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第8話 元夫ざまあ(完全逆転)

医療区画の空気は、張り詰めていた。


宮廷薬師たちが見守る中、ミレイナは静かに準備を進めている。


刻む音。

混ぜる音。

火のはぜる音。


そのすべてが、妙に大きく響いていた。


「……本当にやるのか」


誰かが呟く。


「失敗すれば、命はないぞ」


「責任は誰が取る」


ざわめきが広がる。


だがミレイナは一切気にしない。


(集中しなさい)


目の前の患者に意識を向ける。


呼吸は浅い。

脈は不安定。

毒の進行も限界に近い。


(間に合うかどうか、ぎりぎり)


だが――


(やるしかない)


ミレイナは薬を完成させた。


二つの毒、それぞれに対する解毒剤。

そして、それらを同時に作用させるための調整。


普通なら不可能と言われる処方。


だがミレイナにとっては、理論の延長にすぎない。


「投与します」


短く告げる。


誰も止めない。


いや、止められない。


その空気の中で、ミレイナは患者の口へ薬を流し込んだ。


数秒。


何も起きない。


そして――


「……っ!」


患者の体が大きく震えた。


「おい!?」


「反応が――」


皮膚の黒ずみが、ゆっくりと止まっていく。


呼吸が整い始める。


脈も、安定していく。


「……止まった」


誰かが呟いた。


それが、すべてだった。


次の瞬間――


「ありえない……」


「そんな……」


「本当に……止まっている……」


ざわめきが爆発する。


宮廷薬師たちが一斉に患者へ詰め寄る。


確認し、確かめる。


だが結果は同じだった。


毒は、完全に止まっていた。


ミレイナは静かに立ち上がる。


「これで命は助かります」


淡々とした一言。


だがその意味は、あまりにも大きい。


王宮が総力を挙げても止められなかった毒を、たった一人で止めたのだ。


空気が変わる。


完全に。


先ほどまでの疑念も軽視も、すべて消え去った。


代わりにあるのは――


畏敬。


「……あなたは、一体」


宮廷薬師の一人が、震える声で言う。


ミレイナは答えない。


答える必要がないからだ。


結果がすべてを示している。


その時だった。


「……ミレイナ」


低い声。


ローデンだった。


顔色は悪く、明らかに動揺している。


「本当に、お前が……?」


その言葉に、ミレイナはゆっくりと視線を向ける。


「はい」


それだけだ。


かつてのように、気を遣う必要もない。


ローデンは一歩近づく。


「どうして……そんな力が……」


信じられない、という顔。


ミレイナは静かに答える。


「昔から持っていました」


その一言が、鋭く突き刺さる。


ローデンの表情が凍る。


「……は?」


「あなたが見ていなかっただけです」


静かだが、はっきりとした声。


周囲が息をのむ。


「私はずっと、薬の研究をしていました」


「そんなはずは――」


「結婚してからも」


ローデンの言葉を遮るように続ける。


「あなたが気づかなかっただけです」


沈黙。


ローデンは何も言えない。


いや、言えないのではない。


言葉が出てこないのだ。


「お前は……家にいたはずだ……」


「ええ」


ミレイナはうなずく。


「あなたのために、家を守っていましたから」


その言葉が、さらに重くのしかかる。


「ですが」


ミレイナは一歩だけ前に出る。


「それと、何もできないことは別です」


完全な否定。


かつての言葉を、真っ向から覆す一撃。


周囲の視線がローデンに集まる。


「あの男……」


「こんな人材を……?」


「捨てたのか……?」


ひそひそとした声。


だが、その一つ一つが確実に届いている。


ローデンの顔が歪む。


「……ミレイナ」


声が震えている。


「戻ってこないか」


その言葉に、空気が凍った。


誰もが次の言葉を待つ。


ミレイナは、ほんの一瞬だけ目を閉じ――


そして、はっきりと言った。


「お断りします」


迷いは一切なかった。


ローデンの顔が崩れる。


「なぜだ……!」


「理由は簡単です」


ミレイナはまっすぐに言う。


「私はもう、あなたの妻ではありません」


完全な決別。


それは静かで、だが絶対的だった。


ローデンは言葉を失う。


その時――


「話は終わりだな」


アルトが前に出る。


その存在感だけで、場の空気が引き締まる。


「ミレイナは我が領の薬師だ」


はっきりとした宣言。


「今後の処置は、彼女の指示に従う」


それは、王宮に対する意思表示でもあった。


宮廷薬師たちも、もはや反論できない。


結果がすべてを示している。


ミレイナは静かに息を吐く。


終わった。


過去は、完全に終わったのだ。


もう振り返る必要はない。


「では、次の患者を診ます」


その言葉に、場が動き出す。


誰も逆らわない。


誰も疑わない。


ミレイナはその中心に立つ。


もはや“捨てられた女”ではない。


王宮すら認める薬師


その立場へと、完全に逆転していた。


そしてその日、王都に新たな噂が広がる。


――辺境に、とんでもない薬師がいる。


それはやがて、王国全体を揺るがすことになる。



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