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第4話 領主アルトとの出会い

ミレイナの薬屋が村で知られるようになって、数日が過ぎた。


とはいえ、店らしい看板があるわけではない。

ただ「薬がもらえる家」として、自然と人が訪れるようになっただけだ。


その日も朝から、軽い咳をする老人や、指を切った子どもがやってきていた。


「この軟膏は一日二回。強くこすらないようにしてくださいね」


「ありがとうよ、助かる」


そう言って帰っていく後ろ姿を見送りながら、ミレイナは静かに息をつく。


(思ったより、忙しいわね)


だが嫌ではなかった。


誰かの役に立っているという実感は、思っていた以上に心を満たしてくれる。


そんな穏やかな時間が、突然破られたのは昼過ぎだった。


「開けてくれ!」


荒々しく扉が叩かれる。


ミレイナが驚いて振り向くと、外から男の声が続いた。


「怪我人だ!早く!」


急いで扉を開けると、二人の男が肩を貸しながら、一人の青年を支えていた。


青年はぐったりと意識がなく、服の一部が黒く変色している。


「……これは」


ただの怪我ではない。


近づいた瞬間、ミレイナの表情が変わった。


「中へ運んでください!」


三人は慌てて青年を室内へ運び込む。


床に横たえられた青年の腕は、紫がかった黒色に染まり、皮膚の一部がただれていた。


「森で魔物にやられたんだ!」


「すぐに倒れて……!」


男たちの声は焦っている。


ミレイナはすぐに患部を確認する。


(これは……毒)


しかも、普通の毒ではない。


皮膚の変色と腐食の速度。

微かに感じる独特の匂い。


「……竜毒草の影響を受けた魔物ね」


思わず口に出る。


「りゅ、竜……?」


男たちは理解できていない様子だったが、ミレイナは構わず指示を出した。


「水を。できれば冷たいものを」


「わ、分かった!」


一人が慌てて外へ走る。


ミレイナは手早く道具を広げる。

乾燥薬草、粉末、保存していた抽出液。


(時間がない)


この毒は進行が早い。

処置が遅れれば、腕どころか命に関わる。


水が届くと同時に、患部を洗浄する。


「……まだ間に合う」


小さく呟きながら、薬草を刻む手に迷いはなかった。


配合を頭の中で組み立てる。


解毒。

血流の安定。

組織の回復。


すべてを同時に満たす必要がある。


「少し強い薬になりますが、構いませんね」


誰にともなくそう言い、ミレイナは薬を作り上げた。


それを青年の口に流し込み、残りを患部に塗布する。


しばらくの静寂。


男たちは固唾をのんで見守っている。


やがて――


「……っ」


青年の指が、わずかに動いた。


「おい!?」


「生きてるのか!?」


呼吸が安定していく。

顔色も、ほんの少しだが戻ってきた。


ミレイナは深く息を吐いた。


「峠は越えました。あとは安静に」


その言葉に、男たちはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


「……助かった」


「本当に……」


その時だった。


「騒ぎを聞いた」


低く落ち着いた声が、扉の向こうから響く。


振り向くと、一人の男が立っていた。


背の高い体躯。

無駄のない動き。

濃紺の外套の下には、簡素だが質の良い装備。


ただ立っているだけで、空気が引き締まる。


ミレイナは一瞬で理解した。


(……この人は、ただ者じゃない)


男はゆっくりと室内を見渡し、倒れている青年へと視線を向ける。


「容体は?」


「峠は越えました。毒の進行も止まっています」


ミレイナが答えると、男はわずかに目を細めた。


「……竜毒の類だな」


その言葉に、ミレイナははっとする。


見ただけでそこまで判断するとは。


「ご存知なのですか?」


「ああ」


短く答え、男はミレイナへ視線を向けた。


「それを、あなたが?」


「はい」


「……なるほど」


わずかな沈黙。


その視線には、試すような鋭さと、同時に興味が混ざっていた。


やがて男は一歩近づく。


「名を聞こう」


「ミレイナと申します」


「そうか」


男はうなずく。


「私はアルト・ヴァルディア。この領地を預かっている」


その言葉に、室内の空気が一瞬で変わった。


「りょ、領主様!?」


先ほどの男たちが慌てて立ち上がる。


ミレイナも一拍遅れて理解する。


(……辺境伯アルト)


思っていたよりもずっと若く、そして静かな威圧感を持つ人物だった。


ミレイナはすぐに姿勢を正し、頭を下げる。


「失礼いたしました。まさか領主様とは知らず」


「構わない」


アルトは気にした様子もなく言う。


それよりも、彼の関心は別のところにあった。


「この男は、我が騎士団の者だ」


「騎士団の……」


「本来なら、助からなかった」


アルトの視線が、ミレイナに向けられる。


「それを救ったのは、あなただ」


その言葉は、静かだったが重みがあった。


ミレイナは少しだけ目を伏せる。


「たまたま、知識があっただけです」


「その“たまたま”で、命は救えない」


即座に返ってきた言葉に、ミレイナは顔を上げた。


アルトはまっすぐに彼女を見ている。


「あなたは、何者だ」


問いは簡潔だった。


だが、その裏にある意味は深い。


ただの旅人ではない。

ただの薬売りでもない。


そう見抜かれている。


ミレイナは少しだけ考え、そして答えた。


「……薬を扱う者です」


それ以上は言わない。


だがアルトは、それで十分だと判断したようだった。


「そうか」


短くうなずく。


そして――


「ミレイナ」


名を呼ばれ、わずかに緊張が走る。


「後日、改めて話をしたい」


その言葉は、命令ではなかった。

だが断れる雰囲気でもない。


「……承知しました」


ミレイナは静かに答える。


アルトはそれ以上は何も言わず、踵を返した。


外へ出ていくその背中を見送りながら、ミレイナは胸の奥で何かが動くのを感じていた。


(……この人と関わることになる)


直感だった。


静かに始めたはずの生活が、少しずつ変わり始めている。


その中心にいるのが、あの男――アルト。


暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。


ミレイナはその音を聞きながら、小さく息を吐いた。


「……忙しくなりそうね」


だが、その声にはわずかな高揚が混じっていた。



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