二十三話 : 見えざる足音、雨に消える影
【第一章:梅雨の朝の予感】
福岡市は梅雨に入っておったばい。
先日まで天気続きやったけん、水不足の傾向があり、節水ば促すアナウンスがされとったばってん、激しか雨音にかき消されたようやった。
安モンのラジオで天気予報ば聴きながら、伊頭は朝飯の用意ばしとった。朝は決まって目玉焼きとカリカリベーコン、そしてコーヒー。今日はコジもおったけん、二人分作っとった。足元に擦り付いてくる黒猫のクロば、蹴飛ばさんように注意しながらやった。
伊頭には、懸念していることが一つあった。朝飯の後は予定がある。だが、伊頭に用がありそうな南署の山代から、電話がくるような予感があったのだ。
【第二章:ぼやかされた犯罪】
ラジオからは、近頃世間ば騒がせとる「押し込み強盗」のニュースが流れていた。
その被害の発生点が、中央区から博多区を経由して、じわじわと南区へと移動しとる。そして今、まさに那珂川県へ入ろうとしているフシがある。
真犯人は顔も声も残さん。捕まった実行犯たちは、みなSNSで募集され、携帯ひとつで指示され巧妙に犯罪に加担させられとる。彼らもまた、ある種の被害者やった。「焦げついた借金の集金」という名目で集められ、それぞれに異なる、一見すれば犯罪とは思えんような断片的な指示ば与えられとった。
「……バラバラのパズルば配って、最後に強盗という絵を完成させるとか。よっぽど冷徹な計算ができんと、こうも上手くはいかん」
伊頭はフライパンのベーコンを見つめながら、かつて自分が「狢」と呼ばれた場所で振るっていた「先読み」の力を、嫌でも思い出していた。
【第三章:便利屋の境界線】
「所長、そのベーコン、いい感じにカリカリっスね!」
寝ぼけ眼のコジが、テーブルにつく。
この特殊広域犯罪は、もはや一警察署の手に負える規模ではない。ましてや、今の伊頭はただの便利屋だ。逮捕する権限もなければ、担当でもない。
だが、この那珂川のほとりで暮らす、なじみの爺さんや婆さんたちがターゲットにされるのは我慢ならんかった。
「コジ、朝飯ば食うたら、ご機嫌伺いに行くばい。最近、変な営業の電話が掛かってきとらんかも、皆に聞いて回らなね、商売敵になるかもしれんし」
「了解っス。でも所長。今日は一日雨っすよ?しろしかないです?」
「こげん、雨の日やったら爺ちゃん達、外出せんやろ。返ってよかよ」
「そんなもんっすっかねー」
【第四章 : ならない携帯】
夕方、二人は事務所にもどっとった。事務所にレジ袋がいくつかある。爺ちゃん婆ちゃんちに行った際に、お土産にと持たされた、野菜や茶菓子やった。来てくれただけで、皆んな嬉しかつまた様子やった。途中で警戒中の小百合さんとも会った。コジが何か楽しそうに話し込んどった。
「コジさんや、身体が冷えたやろ?風呂屋にで行ってきんしゃい。」
「そうっスね。ついでに、貰った野菜ば「にわか」に持って行って何か作って貰いましょうか」
「それがよかねー。大目に渡して代金がわりにしてもらうとよかねー」
「じゃあ、にわかでまっとるっす」
と、レジ袋を重たそうにもってコジは「にわか」経由で風呂屋に向かったばい。
クロの毛が付いたタオルで、雨に濡れた所ば拭きながら、携帯を手にとる。
「今日も鳴らんかったねー。せっかくの携帯やのに……」と、ちょっと不満げにしとった。
引き戸が開く。
「入るぞ、伊頭」
「もう、入ってますやん、山代さんや」
「雨が、こげんも降っとるけんしかたんなか」
いつも通りの山代やった。
クロの、毛がついてないおろしたてのタオルば、手渡す。
山代は、目でありがとうと言い、タオルで拭き始めたばい。
「で、どげんしたと?こげな所に急にきてからに」
「単にパトロールしとるだけたい。あんたの事やから、この近辺には警告して回っとるやろ?」
「なんね、小百合さんに聞いたとね?御用聞きがてら、様子ば見て回っただけばい。まぁついでに、騙されんごつ釘ばさしてきたけど」
「ありがとうな。小百合が助かる言うとったよ」
「そげなこと、言いにきたんね?携帯でよかとに」
「携帯?コジちゃんの携帯にばっかりかけるわけにもいかんやろ?」
「いや。その携帯はオサガリでもろた。今はオレのたい」
「早く言わんか!わざわざ雨の中、こんで良かったやないか!」と山代は笑った。
「…………教えとらんやったかね?どうりで鳴らんはずばい」
「そりゃ、知らん電話はかけんばい。」
「ヤツらも、そうやろか?」
伊頭が、話しを例の広域犯罪へと舵をきったばい。
「せやな、何らかのリストは持っちゃるごたる。的を得た相手に電話しとる。」
ある程度、資産を持った老夫婦だけのお宅へだけ、電話ばかけて様子を伺っている感じやった。それも、地域を下ってくるかの様に被害が出ている。
「なんのリストが特定できんとね?」
「それが出来ればよかばってんが……資産ばもっとるかどうかまで解るリストっち、限られるな。」
「ばってん、そういうリストはセキュリティがきつかばい。」
と、なると………………伊頭の頭には嫌な不安が広がった。
「……となると、考えとうはなかばってん、リストの出どころは『内側』かもしれんね」
伊頭の言葉に、山代は答えず、ただ濡れたタオルを強く絞った。
開いたままの引き戸から、湿った夜の匂いが入り込んでくる。
那珂川の風は、冷たく、そしてどこまでも静かだった。




