二十四話 : 那珂川ナイト・ディテクティブ(第2部 : 完)
【第一章:法のスキマ、心のスキマ】
山代からの連絡で、広域強盗の「リスト」の出元が判明したばい。それは県庁ではなく、税務署に出入りする第三者機関やった。人手不足と働き方改革。その歪みがもたらした管理の「スキマ」から、老後の蓄えという名のキズナが漏れ出しとったんやった。
山代は即座に広域犯罪の担当部署へ繋いだが、トカゲの尻尾を切り落としたに過ぎん。場所が変われば、また同じ悲劇が繰り返されるだけたい。
「所詮、組織っちゅうのは、許可がなきゃ動けん。手順を踏んどる間に、大事なもんは濁流に飲まれて消えてしまうばい」
伊頭は、かつての自分を思い出していた。誰かの許可を待ち、法に縛られ、ようやく捜査にこぎつけた時には、もう手遅れやった。だからこそ、彼は玲子と共に、存在すら認められない、応援も予算もなか「狢」という名の荒野を選んだのだった。
【第二章:事務所の場所(理由)】
豪雨の夜、玲子を失い、伊頭は警察を辞めた。
彼がこの那珂川のほとりに事務所を構えたのには、理由があった。
そこは、泥の引いた現場で「玲子の指輪」が発見された場所に、一番近い場所やったからたい。
数年間、彼はここでずっと、あの日届かなかった「一手」を悔やみ続けてきた。ポケットの中の小銭入れに指輪を忍ばせ、那珂川の風に吹かれながら、動かない時間の中に生きてきたのやった。
「なんば、考えとっとですか? 例の詐欺のことっスか?」
コジが顔を近づけて、覗き込んできた。その屈託のない笑顔に、伊頭はハッとしたばい。かつての同僚の笑顔と、一瞬重なっとった。
【第三章:那珂川ナイト・ディテクティブ】
外は、あの事件の日と同じような激しい雨が降り始めた。
伊頭はひとり、トレンチコートを羽織って事務所を出た。
「所長、どこ行くっスか? 煮込み、冷めるっスよ!」
コジの声が背後で聞こえたが、伊頭は手を軽く振るだけで、雨の土手へと足を進めた。
那珂川の川面が、街のネオンを反射して鈍く光る。
伊頭は橋の上で立ち止まり、震える指で小銭入れから「傷だらけの指輪」を取り出した。
「もう、大丈夫たい。俺はここで生きるっち、決めたばい」
伊頭は、その指輪を暗い水面へと放り投げた。「悪かったな、ありがとな」と呟きながら。
小さな飛沫と共に、玲子との、そして自分自身との呪縛が、那珂川の底へと静かに沈んでいった。助けられんやった名前が、古かトレンチから剥がれ落ちた気がした。
【第四章:新しい朝(Outro)】
翌朝、雨は上がっていた。
事務所に戻ると、コジがソファでいびきをかいて寝ていた。テーブルの上には、冷めたもつ煮込みと、自分の携帯が置いてある。
伊頭はコーヒーを淹れ、窓を開けた。
水不足を解消するには足りんやったかもしれんが、那珂川の濁りは少しずつ引いてきている。
「そろそろ起きんね、コジさんや。よかオナゴがだらしんなかよ」
コジが目をこすりながら起き上がる。
「お? 所長。なんか、今日は顔色がよかですね?」
「なんね。コーヒーが美味かだけたい」
伊頭は笑い、足元に寄ってきたクロの頭を撫でた。
もう、背中に絡みつく名前は、包容へとかわっとった。
今日の予定はと、汚たなか手帳ば胸のポケットからとりだした。改めて見ると、書きかけの夢ばっかり増えとる。仕事の事はほとんど書いてなかった。
仕事しても、報酬はいつもため息のひとつばってんが。
「値上げするのも、つまらんしねー」
また、ため息を吐くが、悪い気分ではなかった。
伊頭は貧乏を楽しんどった自分に気がつく。貧乏やからこそ繋げるキズナもある。それもたくさん。
「そげなもんたいねー、しかたんなかよ」
クロに笑って言った。
「ちゃんと稼がないと、家賃がまた厳しくなるっスよー。携帯の支払いもあるっスからー!」
コジが笑う。そこへ、
「そうですよ! しっかりしてください!」
と、小百合さんが事務所に入ってきたとばい。パトロール中に近所のばあちゃんから、伊頭あてに生卵を託されたようやった。さらに、
「先日の一件の報告に来たら、一緒になってしまった」
と、山代までもが後ろから入ってきおった。
狭い事務所に溢れる、いつもの声と、いつもの顔。
那珂川の風は、新しいキズナと穏やかな朝の光を連れて、事務所を通り抜けていった。
第2シーズンーー完ーー




