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二十一話 : 電波のキズナ、猫のキズナ



【第一章:文明開化と仲間割】

 

 その日、事務所の中の伊頭いとうは、珍しく上機嫌やった。

理由はほかでもなか。コジが携帯を新しい機種に変えるというので、お下がりの端末を譲り受けたのだった。

「……所長、設定終わったっスよ。サービス名は『デンデデン』の『ドコデン仲間割なかまわり』。自分と紐付けたんで、通話料も格安っス」

仲間割(なかまわれ)か。……えらい縁起のよか名前やね」

「いや、仲間で入ると割引、の略っスから」

今まで事務所には固定電話すらなく、連絡といえばコジの携帯を借りるか、土手の公衆電話まで走るかやった。探偵事務所としてどうなのかという話ではあるが、伊頭は「電話なんてかけるくらいしか使い道はなか」とうそぶいていた。


そんとき、事務所の引き戸が勢いよく開いたばい。

今週、最初の依頼だった。

「猫が、逃げたんです!」

切羽詰まった女性の悲鳴に近い言葉やった。


 

【第二章:那珂川の追走劇】

 

 依頼人は、最近この近くに引っ越してきたばかりの女性だった。

 保護したばかりの猫をこの地区の病院へ連れて行こうとした矢先、キャリーケースの隙間から逃げ出したらしい。

「遠くから連れてきた子なんです。この辺の地理なんて知らないし、早く見つけないと……!」

猫にとって、見知らぬ土地での脱走は命取りたい。車通りや野犬、あるいは縄張りを持つ野良猫たち。

 伊頭は「すぐに探しますたい!」と告げ、事務所を飛び出した。

「……コジ! お前は事務所で依頼人から猫の特徴、癖、好きな食べ物を詳しく聞き出せ。情報は整理して俺の携帯に送れ!」

「了解っス! 情報収集はお任せを!」

伊頭はまず依頼人の自宅付近を駆け回った。

ほどなくして、手元の携帯が震える。コジからのメールだ。

『猫種:キジトラ白。右耳にさくらカット。好物はカツオの削り節。臆病だが、追い詰められると威嚇する癖あり』

「よし。臆病なら、人通りの多い道は避けるはずたい」

携帯でコジとリアルタイムに情報を共有しながら、捜索範囲を広げていく。

「コジ、北側の住宅街にはおらん。猫の目線で考えれば、あっちの古いもりの方が隠れやすいはずや」

「同感っス。地図で見ると、老松おいまつ神社が怪しいっスね」


 

【第三章:老松神社の決闘】

 

 那珂川から少し離れた老松神社の境内。

伊頭が足を踏み入れると、古い社の裏から激しい羽音と「シャーッ!」という鋭い威嚇音が聞こえてきた。

駆けつけると、そこには二羽のカラスに囲まれ、必死に背を丸めて応戦しているキジトラ白の姿があった。

「……こらっ、悪か鳥めら! あっち行かんね!」

伊頭が怒鳴り散らしてカラスを追い払う。猫は震えていたが、伊頭がコジから教わった「好物の匂い」を指先に纏わせて近づくと、観念したようにその腕の中に収まった。人慣れしとったのは助かったばい。

 携帯を手にしてから、わずかニ時間足らずのスピード解決。

駆けつけた依頼人は、猫を抱きしめて「ありがとうございます……! 本当に、本当に……!」と、涙を流して喜んだ。

その腕の中で安心しきった猫の表情を見て、伊頭は人の愛情と、言葉の通じない動物との間に結ばれる「キズナ」の深さを改めて感じとったのやった。


 

【第四章:夕暮れの残り香】

 

 夕暮れ時。

事務所の前に椅子を出し、伊頭は那珂川から吹き抜ける風に当たっていた。

隣では、コジが満足げに自分の新しい携帯をいじっている。

「コジ。お前の携帯のおかげで、一匹の命が助かったばい。感謝しとるよ」

「へへ、柄にもないこと言わないでくださいよ。仲間割なかまわれしなくて良かったっスね」

伊頭はふふっと笑い、足元にすり寄ってきた愛猫のクロを抱き上げた。

膝の上で喉を鳴らすクロの温もり。

 

このクロも、かつてはどこかの誰かとキズナを結んでいたのか。あるいは、自分と出会うためにあの雨の日にいたのか。

「あんたとも、長い付き合いやね」

クロの頭を撫でながら、伊頭は遠い過去の、ひとつのキズナを思い出し、ポケットの中の小銭入れを触ったとばい。

 

 そこには、かつて大切だった「キズナ」の欠片が、まだ静かに息づいている。

もう二度と戻らない、悲しい別れの記憶と共に。「あんたとも、長い付き合いやね……」伊頭の声は、那珂川の風に溶けるように小さかった。



 ――便利になった世の中でも、変わらないものがある――

那珂川の風は、新しい電波と古き想い出を混ぜ合わせ、穏やかな夜を連れてくるようだった。


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