十七話:サイレント、サイレン
【第一章:暁のサイレンと老いた街】
ワシャワシャワシャ、ワシャワシャワシャ。
那珂川の土手に並ぶ木々から、日の出前からクマゼミの大合唱が降り注いどった。――が、その喧騒を打ち消すように、救急車のサイレンが近づいてきたとたい。
ウー、ウー、ウー。
事務所の薄いカーテン越しに、赤い回転灯の光がぐるぐると壁を舐め、走り去っていく。コジ(恵菜)は一瞬、眩しさに目を覚ますが、睡魔には勝てん。すぐに布団へ潜り込もうとするが、目をこすりながらスマホの画面を見て「まずか……」と小さく呟き、身支度を始めた。
別室では、伊頭が音もなく起き上がっとった。彼はそのまま外へ出ると、土手に立ち、サイレンの行く先をじっと見つめとる。最近、明け方近くなるとよく救急車が鳴り響く。
「この街も年寄りばっかやけんねー」
誰に聞かせるでもなく、伊頭はポツリと独り言を呟いた。
「じゃまするばい!」
事務所の戸が、遠慮もなしにガラリと開いた。山代たい。早朝四時過ぎ、挨拶もそこそこに踏み込んでくるその姿には、ただならぬ緊迫感が漂っとった。
「どげんしたと? こげん早よから。まさか仲田のばぁちゃんになんかあったとね? さっき、救急車が行きよったばい」
「違う。花札の件たい」
『花札』ーー本名は花札純太郎。万引きや寸借詐欺を繰り返す、街では有名な小悪党たい。
「…………わからん。そげな小者のコツで、南署の名高い山代さんが、こげな場末の汚か事務所にくる理由がわからん」
「普通ならそうだが、今回ばかりは違う。立ち小便や駄菓子屋の万引きとはわけが違うんだ」
【第二章:都市伝説と金色の銅管】
「歩きながら話そうかね。急ぎんしゃあごたるし」
「急いどる! 外に車を停めとる。中で話す!」
「しょんなかねー」
見れば、山代の顔の髭は三分の二ほどが剃り残されとった。よほど慌てて飛び出してきたらしかった。
車内の冷房が効き始めるのを待たず、山代が捲し立てた。
「時間がなか。古かガス管が爆発する可能性がある。日が昇って、住民が起きだしてガス圧が上がれば、傷ついた古い銅管が耐えられんかもしれん。最悪の事態もありうる」
「対処する時間も無かごたるね、重要インフラか。して、花札はなんばしよったと?」
「金塊探しらしい。都市伝説ば信じ込んで、那珂川の土手をデタラメに掘っとったらしい」
「そいで、ガスの銅管ば見つけて、金塊と見間違えて掘り出そうとしたんか。なんちゅう、はた迷惑な……」
「そんな所だ。どうしたらえぇ?」
「どうしたらええって……相談する相手が違うやろ?」
伊頭がもっともな指摘をすると、山代は顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前の事務所も爆発するかもしれんとぞ?!」
「しかたんなかねぇ……まず、事務所に引き返すばい。コジが詳しか。たぶん」
「女子大生がか?」
「そうたい。急ぐばい。間に合わんかもしれん」
――バイトに行く前にコジを捕まえないと――
【第三章:死管と、金脈の正体】
結局、「十路人」へバイトに行こうとしとったコジを、事務所前で危うくすれ違うところで捕まえた。
山代から事情を聞いたコジは、意外なほどあっさりと答えた。
「あぁ、土手沿いのあの古い管? あれ、もう使われとらんすよ。埋殺シ配管……『死管』っスよ」
コジの言葉によれば、その管はとうの昔に系統から外れ、ガスなど一ミリも流れていないとのことやった。
――使われなくなったが撤去されずに、地中にそのまま残された銅管やった。――
なぜ彼女がそんなことを知っとるかといえば、以前、この地域の古いインフラを調べて大学のゼミでレポートを提出したことがあったかららしか。
(レポートは本当やけど、本心は『いざという時に掘り出してクズ鉄屋に売れば、よか金策になる』と踏んで、夜な夜な下調べをしていたコジやった)
さらに、那珂川の底に金脈(金塊)があるという都市伝説の元をたどれば、コジがゼミのレポートのためのフィールド調査で土手を掘り返していた姿が、尾ひれをつけて広まったフシがある。その噂を聞き齧った花札が勝手に勘違いして掘りまくり、現場を見つけた新米巡査が、純太郎のデタラメな言い訳を真に受けて話を大きくした――
それが、今回の「爆発騒ぎ」の全貌やった。
「花札は都市伝説を聞き齧って勝手に掘りまくっただけや。新米巡査が花札のデタラメな言い訳を真に受けて、話を大きくしたんやろね」
山代は軽く頭を振っとた。
「結局、何の騒ぎやったんだか」
【結末:渋い缶コーヒーと、朝の静寂】
朝の喧騒が始まった国道沿い。自販機の前で、山代と伊頭は並んで無糖の缶コーヒーを啜っとった。
「…………いったい、何やったんかねー?」
二人して、なんとも渋い顔をしとった。
「今日のコーヒーはしぶかー!」
「渋いな…………」
那珂川の風は、大袈裟な新米巡査、人騒がせな小悪党と、抜け目のない助手の秘密を乗せて、今日も熱く、けれどどこか拍子抜けしたように吹き抜けていった。




