十五話:かまいたち
【第一章:夕暮れの自販機と、女子の愚痴】
那珂川の土手に、夕暮れの影が長く伸び始めた。夏の終わりの風は、日中の熱を微かに残しながらも、どこか寂しげたい。
山代は、土手沿いの古びた自販機に、硬貨をチャリンと放り込んだ。隣に立つ小百合に、視線で問いかける。
「どれがいい?」
山代の言葉は、標準語やった。警察内部の、公ではない休憩時間。二人の会話は、自然と共通語になる。
「では、紅茶で。冷たいのを」
小百合も短く答え、山代が取り出した缶を受け取った。束の間の、けれど重苦しい沈黙が流れる。
「で、最近のアイツ(伊頭)はどうだ? 小百合」
山代は、自分の缶コーヒーを開けながら、切り出した。小百合からの、定期的な伊頭の行動報告たい。
「報告と言うより、愚痴ですが。特に目立った事は、していません。むしろ、一日中、事務所で野良猫ば撫でるばかりで、何もしていないに等しいです。いったい、何時間寝る気か? 成長期か?!ち、呆れてしまいました。このまま目を覚ますなと言いたい」と、小百合さんは言いよった
小百合は、紅茶を一口飲み、眉間に皺を寄せた。彼女の口から出るのは、報告という名の、伊頭の怠惰への底知れない愚痴やった。
「先日の、十路人のバイク盗難事件のあった日も、そうです。……夕方近くまで事務所で寝ていたらしいです。」
世話になってるんだから、手伝ってやれば良いのにと、山代に訴えとった。
【第二章:山代の笑いと、過去のあだ名】
山代は、小百合の愚痴を聞きながら、ふ、ふふ、と、声を殺して笑い出した。
「そうか、そうか。のんびりしているか」
小百合は、怪訝そうに山代を見た。伊頭の怠惰を、山代は笑って許容している。これで良いのか?と、疑念が募る。
「問題無い。教えてくれてありがとう、小百合。以前通りで、安心したよ」
山代は、缶コーヒーを飲み干し、遠くの那珂川の川面を見つめた。
「小百合。あいつの行動は、中々見えないのが当たり前なんだ。普通に見えている……のんびりしているのは、あいつにとって、良い傾向なんだ」
小百合は、合点がいかない様子で、山代を見つめ続けた。
山代は、薄く笑い、トレンチコートの襟を立てた。
「昔、アイツが『こっち側』にいる時も、そうだった。だから、誤解される事も多いし、評価も悪かった。上の連中には、特に煙たがられてたな」
山代の瞳に、過去の、けれど鮮明な記憶が蘇る。
「だがな、小百合。アイツが事件に関わると、あっという間に解決してしまう。妬み、嫉妬やなんかも多かったな。知ってるか? アイツは『かまいたち』ってあだ名されてたんだ」
「かまいたち?」
小百合が、眉をひそめた。
「ああ。かまいたちってのは、相手を倒して、切り刻む。鋭すぎて慎重さの欠片もねぇ……でもな、その後に薬を塗って、治療するんだよ」
山代は、小百合の紅茶の缶を見つめた。
「罪を憎んで、人を憎まず。アイツらしいじゃないか。
だが、そこは、ただの作業だ。ヤツの凄さは、それを誰に行うか判断してる事だ。それを瞬時に見極める鋭さがヤツの存在価値なんだ」
【結末:ダンゴムシと、夏の終わり】
山代の言葉に、小百合は、心の中で深くツッコミを入れた。
「時代劇か?! 罪を憎んで人を憎まずなんて、そんな格好いいもんじゃなかとよ! 『かまいたち』より、一日中丸まって寝とる『ダンゴムシ』の方が、まだまともに見える!」
小百合は、紅茶の缶を握りしめ、山代への深い信頼と、伊頭の怠惰のギャップに、再び呆れるしかなかった。
那珂川の風は、夏の終わりを、さらに熱く、そして温かく揺らしとった。
山代の口から語られた「かまいたち」のあだ名。それは、伊頭の過去の鋭さと、彼の中にある深い人間愛を、小百合の愚痴を通して、鮮烈に浮き彫りにしたのやった。
小百合は、何言ってんだ、この親父って顔をしとった。
そして、紅茶の空缶を捨てようとゴミ箱を探すが見当たらない。
山代は言う。
「ゴミは持ち帰るのが、常識だ。後始末は大変なもんだな」




