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ジン視点。
『Relive -リライヴ-』、最終話です。
今の俺の胸中を支配する感情があるとすれば、それは『無』だ。
高揚も、興奮も、落胆も、悲観も、何一つ存在しない。ただ、目の前の光景が事実であることを淡々と認めるだけの、虚無。
この感情にももう慣れた。慣れるには十分すぎるほどの時間と経験を、俺は蓄積してきた。
「これ以上の幸せはない、か……相変わらず嘘をつくのが下手なヤツだな」
そうつぶやいた俺は拳銃を取り落とし、とうとうすべて灰となって消えた"彼女だったもの"を見つめた。
「お前にとっての最高の幸福は、俺と共に生きられる未来を勝ち取ることだったはずだ。なのにそんなくだらない譲歩をして、俺を気遣ったつもりでいるのか? 本当に馬鹿な女だよ」
誰も聞いていない独り言を垂れながら、俺は懐のナイフを取り出す。
そしてそのナイフを左手に握り、自身の右手を豪快に斬りつけてみせた。
どす黒い血が右手から吹き出す。あれだけ大量に血液を吸われたというのに、まだこんなにも体内に残っているのかと感心すら覚える。
「だから俺はお前が嫌いなんだ。いつも自分ばかり勝手に満足して死んで、俺を壊れた世界に取り残していく」
俺は、右手から吹き出す血で地面に線を描く。彼女が最期に勝ち取った、赤々と輝く英雄の心臓を中心に、円を描くように。
「これで、98,429回目。桁がまた一つ増えるのも時間の問題だな」
俺が元の魔力を取り戻すための――『共鳴』状態へ至るための条件は、『魂の番の相手との口づけ』。先ほど口移しで彼女に血を飲ませた今の俺は、生前と同等の魔力を完全に取り戻している。
そんな俺が描くのは、魔法陣。中心に捧げられた魔力核を触媒に起動する、時魔術の究極と言える大魔術。俺が元の魔力を取り戻したが故に、ようやく起動が可能となった大魔術。
そしてそれは、俺がこの世界に来訪者として迷い込むきっかけとなった――俺から愛を奪った、この世で最も忌まわしき大魔術。
この魔術を完成させたのは、俺がまだこの世界にやってくる前だ。
時魔術の発展のため日々研究を重ねていた両親を手伝おうとした結果、不運にも俺が完成させてしまった時魔術の究極――――時間軸の巻き戻しを可能とする大魔術だ。
この魔術を完成させるのは、本来であれば俺の両親となるはずであった。ところがどこで運命の歯車が狂ったか、俺の手によってこの大魔術が完成してしまったために、俺は実の両親から妬まれ、憎まれ、毒を盛られる羽目となってしまった。
そうして迷い込んだこの世界。弐本帝国の帝都トウキョウという街。どういう因果か、俺はこの地で二度目の生を強いられることとなったのだ。
そして俺は、この街で出会ってしまった。既に狂わされた歯車を、さらに狂わせる最悪の存在に――『魂の番』の相手に――彼女に、出会ってしまったのだ。
今度こそ俺は幸福を手にすることができるのだと、初めはそう思った。魂の求めるまま、本能の赴くまま、俺は彼女とこの上なく愛し合った。
だが、この世界はそれを許しはしなかった。自衛軍帝都防衛隊である。
俺と彼女は追われた。この世界の異分子として、徹底的に。
もちろん俺たちは抵抗した。不運の中で死んだ俺たちが、ようやく手に入れた人並みの幸福を奪われてなるものかと。
しかし、俺たちは敗北した。『竜殺しの英雄』率いる自衛軍の力には、どう足掻いても敵いはしなかったのだ。
そして彼女は、俺の目の前で死んだ。このときの俺は涙腺から血が噴き出すほど、声帯が捻じ切れるほど、心が四分五裂に引き裂かれるほどの慟哭の海に沈んだものだ。
だから俺は、この大魔術を行使することを決めた。死んだ彼女の心臓を魔力核とし、時間を回帰し、今度こそ彼女との幸福を実現するために。
こうして俺が立ち返ったのは、自身がこの世に産まれ落ちたその瞬間だった。
ここから俺の狂った生涯がもう一度始まった。同じように両親の研究を手伝い、この大魔術を完成させ、妬まれ憎まれ毒殺され、再び俺はこの弐本帝国へ――帝都トウキョウへと来訪したのだ。
そして再び、俺と彼女は出会った。次こそは彼女を守り、幸福を手に入れるのだと意気込んだ。
だが、それは叶わなかった。二度目もやはり自衛軍が俺たちの障害となったのだ。
彼女は死に、再び俺だけが残された。しかし俺のやるべきことは一つだ。こうなれば、俺と彼女が幸せに生きてゆける世界線を引き当てるまで、何度でも時を遡り、何度でも戦ってやろうと、俺は心に誓ったのだ。
それからは試行錯誤の繰り返しだった。
あらゆる策を練り、試し、失敗しては彼女の死に絶望する。その度に俺は自身の産まれた瞬間へと立ち返り、両親に殺されるとわかっている生涯を送った。
その中で次第に俺は、生存率の高い選択肢の厳選ができるようになっていった。
自衛軍に入隊したのも、スカイタワーや帝都防衛隊基地を襲撃する作戦も、他の来訪者の番を抱き込んで協力させる計画も、すべて数万を超える試行錯誤の中で生存率が高い選択肢を厳選した結果だ。
そしてこれまで何度となく経験してきた試行錯誤の繰り返しによって得たものを、俺は『独自の情報源』と呼んで他者の言及をはぐらかしてきた。
その実態は情報源などではない。俺自身が実際に経験したことの積み重ねだったのだ。『竜殺しの英雄』がどれほどの力を持っているかも、計画に利用した他の来訪者たちのことも、本来なら俺が知るはずのない異世界転移術式の詠唱も、すべて数万回を超える経験から身に着けたものだった。
だが、どれほど入念に計画を練っても、その計画が想定以上の成果を上げようとも、彼女は必ず俺の目の前で死んだ。
あまりにも安っぽい表現だが、"運命"とでも言えばいいのだろうか。彼女が死に、俺が取り残されるという結末は、どれほど策を労したところで永遠に変わることはないのかもしれない。次第にそう思うようになっていった。
そしてその苦悩に苛まれ続けた俺は、いつからだっただろうか、彼女を愛しいと思う感情を完全に失ってしまっていた。
彼女さえいなければ、俺はこの帝都トウキョウで自衛軍に殺され、それですべて終わるはずだというのに。
彼女にさえ出会わなければ、戦いの末に命を落とす彼女の姿にこれほど苦しまされることもないというのに。
彼女さえ愛さなければ、わざわざこんな大魔術まで使って呪われた生涯を繰り返すことなど絶対にありえないというのに。
こうして俺が彼女に対して抱くようになった感情は、ただただ純粋な嫌悪だけとなった。
永遠に輪廻する苦悩を俺にもたらす疫病神に、俺はいつしか憎しみすら抱くようになっていた。
俺の前に現れるな。俺に語り掛けるな。俺に触れるな。
殺してやる。次こそ殺してやる。今度こそ俺が殺してやる。
そんなどす黒い感情が、常に俺の胸中を渦巻いていた。
だが、どれほど彼女を憎んでも、どれほど彼女を殺そうとしても――理性がどれほど彼女を否定しても、心が、本能が、魂が彼女を求め続けた。
この大魔術の行使をやめれば、もうこの生涯を輪廻しなくて済む。こんな呪いはもう今回限りにしよう。何度そう心に誓っても、気が付くと俺はまたこの魔法陣を地面に描いている。
理性と、感情と、本能。これらがすべて乖離し、統率を完全に失っているが故に、俺は理にかなっていない選択肢を苦しみながら選び続ける。
これが『魂の番』という呪い。殺したいほど嫌悪する相手を永遠に愛し続けなければならない苦悩。俺はそんな生涯を、既に十万回近く繰り返してきたのだ。
「――動くな魔術師ッ!! 貴様は完全に包囲されているッ!!」
魔法陣を描き終えたそのとき、クレーターの上から男の声がした。
状況ならおおよそ把握できる。神々の戦いがようやく沈静化して近づけるようになった自衛軍がこの場を調べに来たのだろう。
ただ、その程度のことに興味はない。俺は描き上げた魔法陣へ魔力を注入。時間回帰の大魔術の起動準備に取り掛かった。
「何をしているッ!? 今すぐ奇術の行使をやめて投降しろ!! さもなくば射殺するッ!!」
徐々に青白い光がクレーターの中を包んでいく。俺に呼びかけてくる声など気にも留めず、俺はただただ魔術の発動にのみ意識を集中させる。
「構わんッ!! 撃てぇぇぇぇッ!!!!」
合図とともに、数十の銃弾が俺目掛けて降り注ぐ。
それらが俺の腕を、脚を、身体を、頭を撃ち抜く寸前で、俺は彼女の呪いへと思いを馳せる。
またあの地獄が始まる。次こそは彼女を殺せるだろうか。
いや、10万近い試行の中で、今回は初めてあの『竜殺しの英雄』を死に追いやることができた。今回の彼女の戦いを見ると、もしかしたら次こそは……。
何を考えているんだ。そんなことはあり得ない。彼女は必ず俺を残して死に、俺は再びこの魔術を使うことになるのだ。それが運命なのだと何度も思い知ったはずだ。
けれど仮に、運命というものを打ち破れるほどの愛が存在するとしたら……彼女が俺に抱いた愛ならば、もしや……。
様々な苦悩に、思いに、感情に惑わされながら、そっと一息。
俺という存在を壊した忌まわしき呪いを。その呪文を、そっと一息、俺は唱えた。
「――――"Relive"」
最後までお読みいただきありがとうございました。作者のわさび仙人と申します。
これまで投稿していた連載作品を休載し、作家活動が減ってしまっていた私でしたが、久しぶりに長編小説を書いてみました。やはりやってみると楽しいですね、創作って。笑
本作は構想と執筆を合わせて、実は2年以上かかっている結構大掛かりな作品だったりします。
何度もお蔵入りにしては続きを書き、やはりだめだと諦めては気が付くと続きを書いている。そうしているうちに長い月日が経ってしまった作品でした。
当初は10万文字で完結するはずでしたが、いざ終わってみると12万文字を超えていますね。書き始めると長くなるのは物書きあるあるだと思います。笑
さて、本作を読んでみていかがでしたでしょうか。バッドエンドなのはキーワードで既に触れているのでそこまで驚きはなかったことかと思いますが、やはり後味の悪い終わり方というのは好まれないものなのでしょうか。
私は好きですけどね。バッドエンド。読んでいて心がずたぼろになるようなシナリオ、大好きですけどね、ええ。笑
本作においてもちゃんとバッドエンドに相応しい登場人物たちを並べたつもりです。あまり好まれないであろう、正しい者が報われないバッドエンドとは違い、彼らは絶望に落ちるべくして落ちた者たちなのです。
このシナリオを通して、あなたは何を感じたでしょうか。もしよろしければ感想などお聞かせくださると、作者は非常に喜びます。
最後に。私は本作の出来にあまり満足していません(えっ)。
しばらく創作活動を休止していたが故に、目指していたシナリオを表現する力量が及ばなかったと感じるばかりです。せいぜい60点といったところでしょうか。このシナリオを別の腕利きの物書きさんに代筆してもらいたいと思ったくらいです。笑
ですが、決してこの作品が嫌いなわけではありません。大好きです。むしろ私の書いてきたシナリオの中でも最高傑作と言ってもいい。そのくらい好きな作品です。
ですが目指すレベルに自身の文章力が追い付いていない……ッ!! そんな歯痒さを感じる作品でもあります。とても面倒くさい人ですね。笑
ですがきっと私は、この作品を何度も読み返すでしょう。自作品とはいえ、自分の好みのものをこれでもかと詰め込んだ作品です。拙い文章だなと思いながらも、きっと何度でも読んで心をぼろぼろにすることでしょう。痛い人ですね。笑
だって好きなんだもん!!!! このシナリオ!!!! いいでしょ別に!!!! 書いたのジブンだし!!!! 好きにしていいじゃん!!!!
はい。なんだこいつってそろそろなりそうなので黙りますね。何が言いたかったかというとですよ。
限界化してしまうほど私の愛が込められた作品に目を通してくださって、本当にありがとうございました。ということです。
では、また別の作品でお会いすることもあるでしょう。そのときはよろしくお願いします。
以上、わさび仙人でしたー!




