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「これほどの力をもってしても死なないか。どうやら貴様は、危険度A程度に収まる怪異ではないらしい。私と同じ危険度S相当の脅威であると、認識を改めることにしよう」
「人間らが作った記号なんかに興味はねェよッ」
大爆発の直撃こそ避けたものの、レーラの身体には高濃度の竜の魔力をまとった炎が節々に燻っている。
どうやら先の爆発を生み出した炎は御旗の魔力によって生み出された特殊なものであったらしく、それが燃え移った彼女は高速再生する身体を継続的に焼かれ続けていた。
生前をはるかに上回る能力を発揮し、危険度Sの領域にまでその力を増大させたレーラ。今の御旗の攻撃は、そんな彼女の身体へ初めて再生不可能な損傷を与えたのだ。
しかし、それほどの強力な攻撃は何度も繰り出せるものではない。もともと魔力を持たない御旗の身体は超高濃度の魔力凝縮に耐え切れず、白灰と化した皮膚の一部がはらはらと風に舞い始めていた。彼の身体は、保ってあと数分といったところだろう。
「"最後に立ってた方が強い"……殺し合いの意味なんて、強さの証明なんて、それだけで十分だろッ」
「ふん。本当に野蛮なバケモノだ……反吐が出る」
体組織が燃えては再生し、再生しては燃える。御旗の炎とレーラの不死性は互いの力を打ち消し合い、完全に互角の状態を再び作り出していた。
英雄の炎では不死の鬼を焼くことは叶わず、不死の鬼は英雄の炎を前に不死性を失う。もはや互いの魔力では雌雄を決することができず、二人の戦いは純粋で物理的な"力"による終息を待つほかなかった。
「……どうしてだよ」
ふと、レーラの口からそんな疑問が零れ出る。
それを耳にした御旗は、大太刀を構えた姿勢のままで次の言葉を待った。
「どうして邪魔すんだよッ! 来訪者たちは幸せになりたいだけなのにッ! たった一人の大切な人を愛したいだけなのにッ!」
感情を暴発させるように、レーラが吠える。
その叫びを受け、御旗は握りしめる太刀にさらに力を込めた。
「知れたこと。来訪者らは我々人間の社会に紛れ込んだ癌だからだ。我々人間を襲い、傷つけ、奪い、殺す。そんなバケモノが幸福を望むだと? よくもまあそのような戯言を吐けるものだと呆れるな」
「殺してんのはテメェらも同じだろッ! この世界に迷い込んだ、ただ幸せになりたかっただけの生命を、テメェらはどれだけ奪ってきやがったッ!?」
「この世界にとって魔力は脅威だ。その脅威から民を守るのが我々自衛軍の戦士の務め。民に被害が及ぶとあらば、その脅威を排除するのは当然の道理だろう。害獣の駆除と同じことだ」
「誰にも危害を加えずに生きてる来訪者だっているんだッ! テメェら人間さえ寛容なら、共存の道だってあるはずだろうがよッ!」
「それは不可能だ。貴様ら来訪者は、元いた世界で愛とは無縁であったが故にこの世界に迷い込んだのだろう? 他者を尊ぶことも知らぬバケモノと共存など……悍ましすぎて虫唾が走るわッ!!」
「違うッッ!!!!」
憎悪に任せて言葉を吐き捨てていたレーラの声が、不意に泣き出しそうな雰囲気を纏う。
そしてこの叫びを皮切りに、両者の論争は一時静寂を保った。
「……あたしは、愛したかった……愛するために変わりたかった……変わろうと……したのに……」
レーラの身体は小さく震え始め、彼女は慰まろうとするかのように自身の両肩を抱く。そんな彼女の言葉の意味を、彼女の胸を刺す感情を、向かい合って立つ御旗が理解しうるはずはない。
「頼むから放っといてくれよッ! あたしは彼を愛せればそれだけでいいんだッ! テメェも人間なら知ってるはずだろッ!? 誰かを愛する幸せってやつをッ! なのにどうして邪魔を――」
「――巫山戯るなァッ!!!!」
黙して聞いていた御旗が、不意に声を荒げる。そんな彼の失明した右目から流れる血の筋が、彼の死期の近さを匂わせていた。
「貴様の言う通りだ……私は知っている。愛しい者を尊ぶことがどれだけ幸福か。だが、それを奪ったのは来訪者らの方ではないか……来訪者らさえ……この世界に現れなければ……ッ!!」
拳を握りしめ、ぎしぎしと歯を食いしばる御旗。そんな彼の言葉の意味を、彼の胸を抉る感情を、向かい合って立つレーラが理解する道理はない。
「来訪者はこの世界に存在してはならない純粋悪だ。魂の番の相手を探し求めるのも、我々人間の真似事に過ぎん。それが真実の愛であることなど決してありうるものか……ッ!!」
とうとう全身のおよそ半分が白灰となった御旗。
しかしそれでも彼は、握った大太刀を手放さない。目の前の鬼を睨むことをやめない。
「私は自衛軍の英雄……この世界に蔓延る来訪者どもを根絶やし、帝都の平穏を守るのが、私に課せられた唯一無二の使命……もし貴様らを赦し、我々人間との共存を認めてしまったら、私は――」
彼は、自らの心の奥底に燻る後悔を、失わない。
「――私は一体何のために……ッ!! 愛する娘を手にかけなければならなかったというのだッ!!!!」
「んなこと、知るかよッ!!!!」
両者、吠える。
互いに理解し得ない、行き場のない感情を、ぶつけ合う。
「テメェの過去に何があったかなんて知らねェ。けど、そこまで狂っちまうほど悔やむくらいだったら……そこまで狂っちまうほど愛する相手がいたんなら――」
じわりじわりと身を焦がす竜炎に焼かれながら、レーラは英雄を睨む。
憎悪と後悔に歯車を狂わされた、あまりにも哀れな英雄を。
「――テメェの敵は来訪者なんかじゃねェ。テメェは自分の使命と戦うべきだったんだッ!!!!」
「黙れェッ!! 貴様ごときに何が理解るッ!? バケモノの分際で……人間の愛を語るなァァァァッ!!!!」
再び両者、吠える。
もはや相互理解など不可能。二人に残された選択肢は、自身とは相容れぬ憎悪を完膚なきまでに消し去ることだけだった。
英雄は太刀を構え、鬼は爪を立てる。
互いに二撃目を繰り出す力は残っていない。この一合で確実に決着がつくことを、二人はこの上なく確信していた。
そして両者、同時に踏み出す。
雄叫びを上げることもなく、驚くほどの静寂と共に、鬼の爪と英雄の太刀が――まっすぐに邂逅した。




