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劫火、火花、火花、劫火、火花、劫火――
鬼の爪が英雄を襲い、英雄はその爪をいとも簡単に太刀で受け、火花を散らす。
すかさず英雄は劫火をまとった太刀を振りかざし、鬼の首を狙う。
しかし鬼はそれを容易く潜り抜け、再び爪を立てる。
一進一退とは呼べない。互いに進みも退きもしない。レーラと御旗の戦況は、どちらも決定打に欠ける完全な互角となった。
御旗が太刀を振るうたび、街を包む劫火は激しさを増していく。その光景はまるで『赤の七日間』の再来を想起させるほどだ。
しかし、レーラの身体はそれほどの熱量の中でも熱傷一つ受けない。いや、厳密には、受けた熱傷がまばたきよりも早く、刹那のうちに完治するほどの驚異的な不死性を発現しているのだ。
「……なんだ、あれは……」
人類の領域を明らかに超越した、例えるならば神々の戦い。
すべてを燃やし尽くす圧倒的な破壊の力と、何をもってしても殺すことのできない不死の力。
これは『矛盾』だ。この言葉は、万物を貫く矛と万物を防ぐ盾は同時に存在し得ないという逸話から生まれたものである。
しかし、この『矛盾』が今まさに目の前で起きている。ジンはその事実を前に、遠巻きに呆然と見つめることしかできずにいた。
「……こんな力は……知らない……ッ」
世界の終焉すら招くのではないかと思わせるほどの、驚異的な力と力のぶつかり合い。
たった一人の傍観者の動揺すら知らぬまま、膨大な熱量の中心では鬼と英雄が変わらず牙を交えていた。
「――う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッ!!!!」
真っ赤に染まった左の眼球を見開き、レーラは雄叫びを上げながら狂爪で御旗の喉元を狙う。
それに対して御旗は顔色一つ変えることなく、握った大太刀をレーラに向けて振るう。
結果、鬼の右腕は灼熱の刃によって撥ねられ宙を舞った。すかさず御旗は太刀を再びしならせ、レーラの首を狙う。
しかしその太刀は、レーラの首には届かない。降り抜かれるはずであった太刀は、血飛沫を上げながら刀身を鷲掴みにする右手によって遮られたのだ。
ふと、御旗の脳裏に一瞬の困惑が生まれる。
彼奴の右腕はたった今斬り落としたはずだ。にもかかわらず、なぜ彼奴は自分の太刀を右手で防御しているのだ、と。
その刹那の隙をレーラは見逃さない。すかさず距離を詰めたレーラは、硬い鱗に覆われた御旗の肩に牙を立て、深々と抉った傷からその生き血を吸い出し始めた。
その牙に危機感を覚えた御旗も即座に対抗。自身の体温を限界まで急上昇させる。
結果、御旗の血液は沸点へ――いや、それをさらに超える高温まで一瞬で到達した。
煮えたぎった鉄を一気飲みしたも同然のレーラは即時離脱。喉から食道にかけての体組織が溶け落ち、その先の消化器系も重度の損傷を受けた。
が、それも刹那の時間の話。御旗が太刀を構え直す頃には、レーラの右腕も喉もまったくの無傷。五体満足の状態へと回帰していた。
「なるほど。肉体を損傷した事実すらなかったことにするレベルの再生力、というわけか」
あくまでも冷静にそう分析する御旗。しかしそんな彼とは対称的に、レーラはいつでも飛び掛かれるよう体勢を低く構え、剥き出しの牙で英雄を威嚇し続けた。
束の間の静寂。周囲には街を焼く劫火の弾ける音だけが響いている。
そして数秒後。その静寂を先に破ったのは、弾丸のような勢いで飛び出したレーラだった。
彼女の右の爪が再び御旗を襲う。対して御旗は大太刀を前方へ大きく突き出し、その切っ先を鬼の右手のひらへ突き立てる。結果、レーラの右腕は御旗の太刀に沿って肘まで大きく裂けたのだった。
ところが、レーラの腕は裂けると同時に再生を開始。まるで太刀が腕をすり抜けたのかと錯覚する早さで原型を取り戻していく。
そうして彼女の爪は難なく御旗の頭部へと到達。その顔面を引き裂こうと鋭さを増した。
しかし、竜殺しの英雄は倒れない。
彼はたった今突き出した大太刀をさらに水平に振り抜き、レーラの爪が自身の頭部を抉る前に彼女の首を撥ねてみせた。
それと同時に自身も首を捻じり、レーラからの致命傷を間一髪で避ける。右頬の大きなひっかき傷から鮮血を吹き出しながらも、見事な反応と反撃を見せた。
されど、吸血鬼も倒れない。
撥ねられた首は、やはりその瞬間から組織の再生と接着を開始。肉を裂き骨を断った手応えだけを御旗の握る太刀に残し、レーラの首は再び傷一つない状態へと回帰した。
「――う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッ!!!!」
周囲を包む劫火が揺れるほどの、咆哮。それを合図としたかのように、レーラの体躯には形態的な変化が現れ始める。
額から伸びていた二本の突起。それと酷似した突起が肩、背、肘、膝――全身の至る所から皮膚を突き破って姿を見せる。
さらには肌の一部が痣のように赤黒く変色。全身に不気味な斑模様を広げながら、レーラの魔力はさらに膨張を続けていった。
「随分醜い姿になったものだな」
「テメェには関係ねェだろッ」
「ほう、まだ口が利けるだけの理性があったとは」
とどまるところを知らず膨張し続けるレーラの魔力。しかし御旗は怯む様子をまるで見せない。
「姿かたちなんかどうなったっていいんだよッ!! 彼のために戦えるなら、彼との約束を守れるなら……それで彼を愛せるなら、どれだけ醜くなったって――ッ!!」
再び飛び掛かるレーラ。次は肘から伸びた突起で御旗へ襲い掛かる。
待ち構える御旗は呼吸を一つ。大太刀を素早くしならせ、自身へ突き立てられんとする突起を斬り落と――
――ガキィンッ!
「――ッ!!」
戦況はまさに一瞬。いや、一瞬が永遠にも感じられるほどの刹那を競い合う極限状態。
その中で御旗が見せてしまった微かな隙。自身の握る太刀によって斬り落とされ、再び再生するだろうと予測していた敵の体組織が、まさか刃を弾くほどの硬度であるとは。
その困惑を見逃すはずもない。レーラは右手に力を込め、英雄の心臓めがけて爪を立てる。
が、御旗は再度間一髪で致命傷を回避。どうにか反応し身を捩った結果、鬼の狂爪は胸に深々と突き刺さったものの微かに心臓を避けていた。
「……ぬぅッ」
呻き声を漏らしながら、御旗はさらに反撃に転ずる。彼は空いた左手でレーラの角を掴むと、そのまま投げ飛ばすような要領で彼女を組み伏せた。
ところがそれだけでは終わらない。仰向けに倒れこんだレーラの腹部へ、御旗はさらに大太刀を突き立てた。
「ぁぐッ!?」
刃はレーラの腹部を貫き、その下のアスファルトにまで貫通。彼女は右手が英雄の胸へ突き刺さった状態のまま地面に磔となった。
そこからさらに御旗の追撃。彼は膨大な魔力を太刀へと一点集中させ、刀身の温度を急上昇させていく。
その魔力に危機感を覚えたレーラは、地面を転がる勢いで身体を捻じる。
こうして自身の腹を捻じ切り、臓腑を周囲に散らしながらもレーラは磔から解放。そして次の瞬間には、御旗の大太刀に凝縮された高濃度の魔力が炸裂。隕石でも落下したかのような大爆発を引き起こした。
巻き起こる爆風に、燃える建造物が次々と崩れ落ちる。その爆風は、数十メートル離れて傍観することしかできずにいたジンを巻き込んで同心円状に広がっていった。
「なんだッ……!?」
断末魔の叫びを上げる間もなく、ジンは爆風によって瓦礫と共に吹き飛んだ。
そして大爆発の中心地は更地となり、大きく抉れたクレーターの底には二つの影だけが変わらず残っていた。




