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-25-

本編へ戻ります。

 人々が寝静まった深夜。突然火の海に包まれた街は混乱の渦中にあった。

 何が起きたのかもわからず、身体一つで逃げ出す人々の姿は、もうすっかり見られない。

 今この場にあるのは、鎧のような紅い鱗に全身を覆われた一人の男と、身体の節々が燃えてなくなってしまった瀕死の少女の姿だけだ。


 ジンから受け取った血の小瓶をすべて飲み干し、吸血鬼(ヴァンパイア)としての強大な力を十二分に発揮したレーラ。

 しかしその力をもってしても、彼女は竜殺しの英雄――御旗(みはた)大和(やまと)の前に倒れてしまった。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の不死性をもってしても再生が追い付かない圧倒的な熱量。御旗から受けた傷が、レーラの回復を上回る早さで彼女を焼き尽くそうと燃え広がっているのだ。

 これが危険度(ランク)Sの力。自衛軍帝都防衛隊基地をあれほど一方的に制圧した危険度(ランク)Aをもってしても、まったくと言っていいほど太刀打ちできない力の差がそこにはあった。


「私にここまで斬られても、なお燃え尽きずに原型を保っているのか。恐ろしい不死性だな」


「……」


 御旗の呼びかけに答える気力は、もはやレーラには残されていない。

 四肢は焼け落ち、頭と胴体だけの状態で転がった少女は、大太刀を携えてゆっくりと歩み寄ってくる英雄にとどめを刺されるのを待つことしかできずにいた。


 あたし……本当に馬鹿だなあ……。


 朦朧とする意識の中で、ふとそんなことを考える。

 この男と邂逅した瞬間にわかっていたはずだ。戦っても勝ち目はないと。

 にもかかわらず戦いを挑んだのは、愛する者を侮辱された悔しさに惑わされたからだ。罠だとわかっていたというのに、一時の感情に身を任せた結果、彼女は宿敵に傷一つつけることもできずに地に伏すこととなってしまった。


 最期に一目……会いたかったな……。


 そんなわがままを胸の奥に仕舞い込む。それが許されることはないのだから。

 レーラはジンの計画をすべて台無しにしてしまった。作戦の肝である魔力核(しんぞう)は焼かれ、どう足掻いても勝ち目のない敵陣の最高戦力に無謀にも挑み敗北した。


 超弩級の戦犯だ。そんな愚か者の最期の願いなど、叶えられていいはずがない。


「まったく。なんて(ザマ)を晒してるんだ、みっともない」


 そのときだった。

 薄れいく意識の中、遠く遠くで聞こえた声に心が反応する。そして、途切れいく思考を無理矢理に繋ぎとめる気力を振り絞る。


 そうしてどうにか瞼を持ち上げたレーラの視界に映ったのは――――周囲を包む熱気に衣服や頭髪をチリチリと焦がしながら自分を見下ろす、ジンの姿だった。


「ようやく現れたか、瀬戸(せと)(じん)。そのまま臆病者らしく隠れていれば、もう少し長生きできたというのに」


 御旗がジンにそう呼びかける。しかしジンはその言葉を完全に無視し、弱々しく横たわる少女の元へと歩み寄った。


「……ぇ……ん」


「なんだ、言いたいことがあるなら聞こえるように言え」


 声を出す力も残っていないレーラを見下ろしながら、無感情に吐き捨てるジン。

 そんな彼に必死に言葉を伝えようと声を絞り出すレーラだったが、その声は周囲の劫火が燃え盛る音にすら掻き消されてしまっていた。


「まったく……俺に無駄な労力を使わせるな」


 そうため息をついてジンは膝をつき、レーラの上体を持ち上げる。

 そしてレーラの口元に耳を寄せ、掠れた息と区別もつかないような彼女の声に意識を向けた。


「……ご、め……ん」


「何がだ」


「失敗、した……から。ジンの……計画……全部」


 レーラの心中は、この罪悪感一色だった。

 彼女はジンから受けた命令を最後までこなすことができずに敗北した。絶対に失敗は許されない計画であったというのに。


 愛する人の言いつけ一つ守れない。そんな自分が情けなくて、悔しくて、哀しくて、どうしても謝らずにはいられなかった。

 謝って済むことではないことはわかっている。しかしレーラにはもうそれしかできない。その事実がより一層、彼女の後悔を膨らませていく。


「遺言の時間は終わりだ。続きは地獄の底で語らってもらおう」


 御旗が大太刀を構える。目の前の宿敵二人にとどめを刺すつもりなのは一目瞭然だ。

 しかし、ジンとレーラはそんな御旗のことなど眼中にない。互いの言葉に意識を向けたまま微塵も揺らぐ様子を見せなかった。


「ジンの……言った、通りだった……。御旗(あいつ)……すご、く……強い……。今の(・・)あたしじゃ……どうにも、ならないの……」


 そう囁いて、レーラは肘から先が焼け落ちた右腕を伸ばす。その腕が辛うじて行き着いた先で、彼女はジンの頬にそっと触れた。


「だから…………お願い(・・・)


 レーラ自身、図々しい頼みだとはわかっていた。すべてを台無しにした敗北者の頼みが受け入れられるとは微塵も考えていなかった。

 それでも、今際の際に最後のわがままを言いたくなった。ただ言いたかっただけなのだ。それが拒絶されるとわかっていても。


「…………なら、誓え」


 ところが、ジンの返答はレーラの予想に反していた。


「俺にここまでさせるんだ。次こそ敗北は許されない」


 ジンは糸の切れた操り人形(マリオネット)のように脱力したレーラの上体を抱き寄せ、彼女の耳元で命令を囁く。




「何をいくら犠牲にしても不問にしてやる。だからお前は、計画のことも何もかも忘れて、俺のためだけに戦え。必ずあの男を……竜殺しの英雄を……御旗大和を……他でもない俺だけのために、今度こそ討ち倒してみせろ――ッ!!」




 その刹那、レーラの意識は真っ白に途切れた。

 それと同時に、彼女の牙がジンの首に深々と突き刺さる。


 上がる血飛沫。そして激痛。少女の細い身体を折れそうなほど力強く抱き、ジンはそれを堪える。

 レーラの牙が突き立てられた首に体温が集中する。それが瞬時に吸い出されていく感覚に、ジンは尋常ではない不快感を覚えた。

 全身の血液が、酸素が、一気に失われていく。手足の指先から順に凍り付いていくように身体が冷える。しかしそれすらも次第に感じられなくなるほどに、脳の酸素不足がジンの意識を奪っていった。


 ジンは、覚悟した。自分はこのまま生き血を吸い尽くされて死ぬのだと。

 何を犠牲にしても勝てと命令したのだ。結果自分が犠牲となっても仕方のないこと――







「――約束する」


 ところが気が付くと、ジンはその場に尻もちをついて項垂れていた。やはり一瞬意識が飛んでいたらしい。

 灼熱地獄と化したこの帝都で、驚くほどに身体が冷え切っている。一体全身の血液の何%を失ったのだろうか。


「あんたにここまでさせたんだもん。今度こそあたし、絶対に勝つから」


 座り込んだまま立ち上がれずにいるジンが、ふと視線を持ち上げる。

 そんな彼の目の前には、先程まで死を待つぼろ人形同然だったはずの少女の背中が凛々しく聳え立っていた。


 焼け落ちていた四肢は完全に再生。黄金色だった長髪は紅色のグラデーションが混じり、劫火の中でさらに輝きを増している。

 左の瞳は真っ赤に染まり、そこから浴びせられる眼光は、それだけで鉄をも貫けるような悍ましさを漂わせる。

 そして、彼女の額からは新たに伸びた二本の突起。その容姿はまるで、この弐本帝国に古来より伝わる最も有名な怪異――『鬼』のそれそのものであった。


 ジンとレーラの契約の一つ――ジンの身体から直接吸血しないこと。

 その禁を破り、ジンから膨大な量の血液を摂取したレーラの魔力は、生前の彼女の力を超えてさらに膨張を続けていく。


「見てて、ジン。すぐにあの憎たらしい英雄様の(きった)ない首――――あんたの足元に転がしたげるッ!!!!」


 刹那、この場の三人は共通して悟った――





 ――――これが、最後の戦いになる、と。






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