幕間~私は『英雄』などではない(6)~
幕間の最終話です。
私の提案した作戦は成功。標的である竜――バハムートは、番の相手が死亡したことで知性を失い、再び火を噴き暴れるだけの怪物となった。
あとは山地に追い込まれた標的を、自衛軍の全勢力をもって制圧するだけ。ただ、それだけのことが困難を極めたのは言うまでもない。
迷走の呪詛のような奇術を用いられないというだけで、軍もどうにか対抗することができた。しかしながら、やはり危険度Sの力は想像を絶する。山地にとどまらず、市街地にまで標的の侵攻を許してしまったのは生涯悔いるべき失態であっただろう。
自衛軍全勢力に国連加盟国の援軍を加えてもなお、竜の猛攻を完全に抑え込むことはできなかった。
竜は避難対象区域をはるかに超え、帝都の8割を超える地域を全焼させた。その鎮火までにかかった時間から、この戦いは『赤の七日間』と呼ばれる弐本帝国史上最悪の惨劇として歴史に刻まれている。
軍の幹部もほとんどが戦死。私はわずかに残った戦力で部隊を編成し、その班長として常に最前線に立ち続けた。
言うなれば、私は死に場所を求めていたのだ。娘をこの手で殺めた私に生きている価値などない。せめて帝都のために戦って死ぬのだと心に決め、銃を握り続けていた。
そして私は、竜と相打った。七日目にしてついに弱った竜へ、手榴弾を握りしめて特攻を仕掛けたのだ。
抵抗する竜の炎の息によって身を焼かれながらも、私は銃を乱射し、手榴弾のピンを抜いた。私のこの特攻が竜を絶命に至らしめたのだと、のちに私は軍関係者から聞いている。
というのも、私自身それを覚えていないのだ。私はこの攻撃で死ぬつもりだったのだから。
しかし、私は生き延びてしまった。全身に酷い火傷を負い、右目はほぼ失明。生死の境を彷徨ったものの、この国の優秀すぎる医療が、私という最低な人物の命を繋いでしまった。
そして、目覚めた私は全国民から『英雄』と呼ばれていた。
皮肉なものだ。かつて娘のために目指していた英雄というものになれたというのに、こんなにも心が満たされないとは。
病室で見たニュース番組は、どれも焼け野原となってしまった帝都についての話題ばかりだった。
その光景を見るたびに、私の選択は本当に正しかったのか、娘を殺めてまで手に入れた戦果は十分だったのかと頭を悩ませた。
もしも竜と和解し、共存の道を選ぶことができたら――そんなことは一切考えなかった。考えないようにしていた。
私の選択は間違っていない。これが人類にとって最善の選択であり、我々自衛軍はこの上ない戦果を上げた。そう考えなければ私は生きていられなかったのだ。
長かった入院生活を終え、私はようやく帰宅を許されるほどに回復した。
帝都にあった自宅は当然焼け落ちており、妻は今、郊外にある仮設住宅に住んでいるのだそうだ。
しかし、帰るのも気が重い。妻にはどんな顔をして会えば良いのかなどわかるはずもない。
私は娘を殺した。一度も見舞いになど来なかった妻が、これまで通りに私と接してくれるはずもない。
謝って済むはずはない。何をしても償えるはずがない。やはり私は死ぬべきだったのだと、妻の現住所に近づくにつれて胸の痛みは酷くなっていった。
ドアノブを回し、戸を引く。
頭を下げる準備はできた。どれほどの非難も受ける覚悟だ。
それでも、私は後悔してはいけない。戦士としての選択を悔いていては、殺めた娘にも顔向けできないではないか。
中に入ると、やはり妻はそこにいた。
天井に結びつけられた縄に、力なくぶら下がった状態で。
部屋は無数の蠅が飛び回り、異臭で充満していた。
そしてリビングルームのテーブルには、外された結婚指輪と一言の遺書。
『許さない』
……私は信じることにした。私の選択は正しかったのだと。
失われた命は計り知れない。それでも、あの竜を倒すためには他に方法などなかったのだ。
*****
それから帝都が完全に復興するまでには約10年の時間を費やした。
その間も私は、あの『赤の七日間』の数少ない生存者として自衛軍の指揮に携わった。やがて、周囲の推薦から私は自衛軍帝都防衛隊の新部隊長となり、帝都に現れる来訪者の討伐と市民の安全に全力を尽くしている。
それでも、私が評価されるには程遠い。にもかかわらず、私は日々英雄と呼ばれ国民の賞賛を浴び続けている。
違う。私は英雄などではない。それは自分が一番よくわかっている。
身体の弱い娘に何一つしてやれず、娘の望んだ幸せ一つ叶えてやることができず、挙句の果てには私自ら娘を手にかけた。
そんな私が英雄に相応しいだろうか。いや、そのようなことは絶対にありえない。
私は英雄などではなく、昔も今も変わらずずっと……『不出来な親』でしかないのだから。
次回から本編へ戻ります。




