■ 第9話:10年目のプロンプトと、夕立の晴れ間
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飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「10年間の幼馴染。近すぎて触れられない10年の距離を、画面の中の青いAIが変えていく——。」という恋愛小説に挑戦してみました。
どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!
「ハル……!? どうして、そんな泥だらけで……!?」
発車ベルが鳴り響く渚ヶ丘駅のホーム。
乗車口で足を止めた葵が、大きな黒いキャリーケースから手を離し、雨に濡れそぼる僕の方へ駆け寄ってきた。
膝からは赤い血が滲み、白Tシャツは泥水で汚れ、呼吸は途切れ途切れ。スマートでも何でもない、あまりにも惨めで恰好悪い僕の姿。
「ハル、膝から血が……それに、なんでこんな雨の中に——」
「葵……っ! 僕の話を……聞いてくれ……っ!」
僕は膝に手を当て、肩で息をしながら、まっすぐに葵の瞳を見つめた。
リリのアドバイスなんて、ここにはない。画面の向こうのアシスタントが教えてくれた『成約率を高めるフレーズ』なんて、ひとつも覚えていなかった。
胸の奥で高鳴る心拍数。喉の渇き。
10年間、ずっと言えなかった僕自身の声。僕自身のプロンプト。
「葵! 僕は……僕はスマートな男なんかじゃない! 気の利いた言葉も言えないし、転んで泥だらけになるし、パソコンのことになると夢中になって周りが見えなくなる……そんな恰好悪い奴なんだ!」
「ハル……」
「でも……っ! リリのアドバイスに従って気取っていた時より……今の泥だらけの僕の方が、ずっと僕なんだ! 僕は……不器用で格好悪い僕のままで、葵の隣にいたい! 誰かに教えられた言葉じゃなくて、僕の言葉で……葵が好きだって言いたいんだ!」
土砂降りの雨の音を突き破り、僕の叫びがホームに響き渡った。
「葵が好きだ! 10年前からずっと……世界で一番、葵のことが大好きなんだ!!」
静寂が、ホームを包んだ。
江ノ電のドアがプシューッと閉まり、列車がゆっくりと走り去っていく。
葵は丸い瞳を大きく見開き、ポロポロと涙を溢れさせていた。
ボブカットの髪から雫が滴り、彼女はセーラー服の袖で何度も目元を拭った。
「……バカ」
「え……?」
「ハルのバカ……! 遅いよ……遅すぎるよぉ……っ!」
葵はキャリーケースを放り投げると、泥だらけの僕の胸の中に、泣きながら飛び込んできた。
ドスン、と葵の体温が僕の胸にぶつかる。
白桃とシトラスの甘い香りが、雨の匂いを吹き飛ばすように僕を包み込んだ。
葵は僕の濡れたTシャツを両手で強く握りしめ、僕の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。
「私ね……っ! スマートなハルなんて見たくなかった……っ! 不器用で、パソコンの話になると目が輝いて、私の前で緊張して固まっちゃう……そんな素のハルが、ずっとずっと大好きなんだよぉ……っ!」
「葵……!」
僕は葵の華奢な背中に手を回し、彼女の体を強く強く抱きしめ返した。
16センチの身長差。僕の顎の下に収まる葵の丸いボブカットの頭。10年間、遠く感じていた二人の距離が、今、完全にゼロになった。
ふいに、頭上の重い雨雲が裂け、強い夕日の光がホームを照らし出した。
雨がやみ、渚ヶ丘の海の上に、大きな七色の虹が架かっていく。
ポケットの中で、スマホの画面が静かに、最後の明滅を繰り返した。
『——RIRI-Beta System Notice: カウントダウン終了。全対話メモリの初期化を実行します。……目標達成。ハル様、おめでとうございます』
水色のボブヘアのアバター・リリが、画面の中で静かに微笑み、光の粒子となって消えていった——。
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