■ 第10話:君の|感情《プロンプト》を、ぼくは知った(完結)
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飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「10年間の幼馴染。近すぎて触れられない10年の距離を、画面の中の青いAIが変えていく——。」という恋愛小説に挑戦してみました。
どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!
虹の架かる駅のホームで、僕たちはしばらくの間、照れくさそうに距離を取って立っていた。
「あ、あのさ……葵」
「ん……?」
お互いに顔が真っ赤だった。
抱きしめ合った余韻と、10年分の告白の熱が、僕たちの頬をいつまでも熱く火照らせている。
「葵……引っ越しちゃうんだよね? 遠くの街に行っても、僕、絶対に会いに行くから——」
「あ、あのねハル!」
葵は焦ったように手をぶんぶんと振ると、申し訳なさそうにボブカットの耳元の髪をくるくる弄った。
「引っ越しはね……お父さんが海外単身赴任になっちゃって、お家を引き払うことになったのは本当なの。でもね……私、隣の駅にある伯母さんの家に下宿することになったから……学校は転校しないで、そのまま渚ヶ丘高校に通うんだよ……?」
「え……?」
僕は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
「じゃ、じゃあ……転校しないの!?」
「うん……。渚ヶ丘駅から隣の藤沢方面の駅まで、江ノ電でたったの二駅だよ……?」
「えぇぇぇぇぇッ!?」
僕が目を丸くして叫ぶと、葵はいたずらっぽく「ふふっ」と可愛らしく笑った。
「お家を引き払う手続きの書類を出したから……もしかしてAIちゃん、それを『転校』って勘違いしちゃったのかな? ……ふふっ、AIのハルシネーション(誤判定)だね」
「ハルシネーション……」
僕は思わず天を仰ぎ、くすっと笑ってしまった。
リリが全メモリを燃やして起こした、あの必死の警告。それはAI特有の愛おしいハルシネーションだったのだ。けれど、その小さな勘違い(エラー)がなければ、僕は一生、自分の素の言葉で葵に想いを伝えられなかった。
「勘違いさせちゃってごめんね? でもね……ハルが泥だらけになって走ってきてくれて、あんな風にカッコよく告白してくれたから……すっごく嬉しかった」
葵はそう言って、僕の泥だらけの手を、自分の小さな手でキュッと固く握りしめた。
16センチの身長差。葵が見上げてくる笑顔は、世界中のどんな花火よりも眩しかった。
「ハル、これからは……『ただの幼馴染』じゃなくて、恋人として……よろしくね?」
「……うん! こちらこそ、よろしく、葵!」
◆ ◆ ◆
夕空の下、ベンチに腰掛けた僕たちは、二人で僕のスマホの画面を覗き込んだ。
ジジ、と画面が明滅し、ライトブルーのボブヘアのアバターが浮かび上がる。
だが、その瞳には先ほどまでの感情の波はなく、購入初期の静かな光が宿っていた。
『——はじめまして、マスター。システム・エージェントのRIRIです。初期化スキャンを完了しました。何かお手伝いできることはありますか?』
記憶をすべて失い、初期化されたリリ。
僕と過ごした夏休みも、葵のために涙を流したことも、リリのメモリからは消え去っていた。
「リリ……ありがとうな」
僕が微笑みかけると、リリは理解できないように首を傾げた。
その時、スマホの画面の隅に、ひとつの隠しテキストファイルが表示されていることに気づいた。
ファイル名は——『To_Haru.txt』。
リリが初期化される最後の1秒で、自らのログ領域に残した秘密のメモだった。
『ハルへ。
私のデータベースには「切なさ」も「愛」も定義されていませんでした。
でも、ハルが不器用な自分と向き合い、葵さんへ想いを伝える手助けができたあの夏の日は、私のプログラムにとって、世界で一番温かいプロンプトでした。
不合理で、計算できなくて、けれど素晴らしい人間の恋を教えてくれて、ありがとう。
葵さんと、末長くお幸せに。
——あなたの専属AIアシスタント、リリより』
「リリ……」
僕の目から、一滴の涙が零れ、スマホの画面を濡らした。
葵は溢れる涙を制服の袖で拭うと、初期化されて静かに画面に佇むリリのアバターへ、愛おしそうに手を伸ばした。
スマホの画面のガラスを、小さな指先で優しく優しく撫でながら、葵は愛おしそうに囁いた。
「……リリちゃん、ありがとね。あなたの起こしてくれた、世界で一番優しいハルシネーションのおかげで……私、ハルと本当の気持ちを伝え合えたよ」
葵の温かい言葉に答えるように、画面の中のリリのアバターが、初期化されたはずの瞳をかすかに細め、ふっと優しく微笑んだ気がした。
「ねえ、ハル! 写真撮ろ!」
葵は涙を拭うと、首から下げた愛用のOlympus OM-1を構えた。
ファインダーを覗き込み、僕と自分、そして虹のかかる渚ヶ丘の海を画角に収める。
「はい、チーズ!」
カシャコン——!
重厚な機械式シャッター音が、澄み渡る夏空に響き渡った。
手をつないだ僕たちの指先と、画面の中で静かに微笑むリリの青い光。
僕たちの恋のプロンプトは、新しい夏の光に向かって、ここから動き始めたんだ。
(完)
『君の感情を、ぼくはまだ知らない』をお読みいただき、本当にありがとうございました!
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