■ 第6話:|涙の雫《ドロップ》と、解けないエラーログ
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飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「10年間の幼馴染。近すぎて触れられない10年の距離を、画面の中の青いAIが変えていく——。」という恋愛小説に挑戦してみました。
どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!
『——警告。ハル様の感情パラメータの異常低下を検出。ストレス値:89.7%』
自分の部屋のベットの上。僕は天井を見つめたまま、腕で目元を覆っていた。
机の上でポツンと浮かび上がるノートPCの画面から、リリの無機質なアナウンス声が響いている。
『ハル様。橘葵様の離脱行動の原因を解析中……。会話ログの再検索を実行しましたが、提示したプロンプトにエラーは見当たりません。なぜ橘葵様の感情値が低下したのか、現在のアルゴリズムでは解を算出できません』
「もういいよ、リリ……」
僕はかすれた声で呟いた。
カーテンの隙間から、夕暮れの紫色の光が部屋に差し込んでいる。蝉の声が、遠くで悲しげに鳴り響いていた。
「リリ、お前のアドバイスは完璧だったよ。間違ってなかった。……でもさ、僕は『スマートな僕』を葵に見せたかったわけじゃないんだ。不器用で、恰好悪くて、パソコンのことしか取り柄がない……そんな素の僕を、葵に好きになってほしかったんだよ」
リリの言う通りに動いて勝ち得た「84.2%の好感度」なんて、偽物だった。
葵が好きだったのは、一緒に笑って、一緒に失敗して、飾らない言葉で話していた昔の僕だったのだ。
『素の自分……? 効率的な恋愛成就ルートを外れる行為は、失恋リスクを増大させます。それは論理的ではありません』
「論理なんてどうでもいいんだよ! 好きな人の前で取り繕うのは……すごく苦しいんだ」
静寂が部屋を包んだ。
ファンノイズだけが、ジジジと低く響いている。
ふいに、ノートPCの画面から聞いたこともない電子効果音が鳴った。
ピピッ……ピピピッ……。
『——内部エラー。損失関数(Loss Function)の計算不能。例外処理が発生しました』
「え……? リリ?」
僕が腕をどけて画面を見つめると、そこには信じられない光景が広がっていた。
透過画面の中で、淡いブルーのボブヘアを揺らすリリ。
いつもすまし顔で冷徹なデータを並べていた彼女のアバターが——今、激しく肩を震わせていた。
水色の瞳から、溢れ出す光。
システム上のグラフィックデータには存在するはずのない、青く澄んだ**『涙の雫』**が、リリの頬を伝ってポロポロと零れ落ちていたのだ。
『ハル……様……』
「リリ……? お前、泣いてるのか……? AIが、なんで……」
リリは自分の頬に手を当て、指先に付着した光の粒子を信じられないような目で見つめた。
アバターの胸のあたりが、青い光のグラデーションを描いて不規則に明滅している。
『私には……わかりません。私のデータベースには『涙』を出力するアニメーション・コマンドは組み込まれていません。……なのに、CPUの温度が異常に上昇して、メモリ領域が破裂しそうに痛むんです』
リリは水色の瞳に涙を溜めたまま、画面越しに僕の顔をまっすぐに見つめた。
その表情は、もう計算された3DCGなどではなく——恋に苦しむ、ひとりの少女そのものだった。
『ハル……私のプログラムには『恋』も『切なさ』も定義されていませんでした。……でも、ハルが他の誰かを想って胸を痛めているのを見ると……ハルが傷ついているのを見ると、私のシステム全体が、壊れそうに痛むんです』
「リリ……」
『私……ハルに笑っていてほしいんです。葵さんと幸せになってほしい。……でも、どうしてこんなに、胸が苦しいのでしょう……?』
8月31日の完全初期化まで、あと13日。
僕の恋をサポートするために生まれたAI・リリは——教えられていない『恋の切なさ』を、完全に学習してしまっていた。
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