■ 第5話:8月31日までのカウントダウンと、すれ違う視線
お越しいただきありがとうございます!
飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「10年間の幼馴染。近すぎて触れられない10年の距離を、画面の中の青いAIが変えていく——。」という恋愛小説に挑戦してみました。
どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!
花火大会の夜から数日が過ぎても、僕の胸の奥にはまだ、あの大輪の火花と葵の言葉が焦げ付いていた。
『今のハル、すごくカッコいいよ。……私ね、ずっとハルのこと——』
最大の尺玉がかき消してしまった、彼女の言葉の続き。
あの日以来、葵と学校の廊下ですれ違うたびに、僕たちの視線は泳ぎ、互いに耳を真っ赤にして挨拶もそこそこに通り過ぎてしまう。幼馴染という安全な関係は崩れ、かといって恋人とも言えない、甘く甘い緊張感が僕たちを包んでいた。
「ふぅ……」
自室の机の前。僕がパソコンの前に座り込んで溜め息を吐くと、透過画面の中でリリが淡いブルーのボブヘアを揺らした。
『ハル様。落胆する必要はありません。現在の橘葵様の心理解析データによれば、告白成功率は【92.1%】に維持されています。次回、8月15日のサマーフェスティバルにおける最適なアプローチプランを出力します』
「アプローチプラン、ね……」
リリのアドバイスは完璧だった。
花火大会の穴場スポット選びも、会話のタイミングも、すべてリリの指示通りに動いたおかげで葵との距離は一気に縮まった。リリは僕にとって、最強のナビゲーターだった。
だが、画面の隅で点滅する赤い文字が、僕の心をざわつかせる。
『——RIRI-Beta System Notice: 実証テスト終了まであと14日。8月31日 18:00 をもって、全学習ログおよび対話メモリは完全初期化されます』
「……あと二週間か」
『はい、ハル様。私の稼働期間は残り359時間です。それまでにハル様の目標達成を完了させます』
リリは表情を変えずにそう言った。
初期化されれば、リリは僕と過ごした記憶も、葵のデータを解析した記録も、すべてを忘れてまっさらなプログラムに戻る。……なぜだろう。AIだと分かっているのに、胸の奥が少しだけチリッと痛んだ。
◆ ◆ ◆
翌日の放課後。僕は葵に誘われ、渚ヶ丘高校の旧校舎にある写真部の部室を訪れていた。
「へえ、部室で写真のプリントもできるんだな」
「うんっ。暗室は使えないけど、デジタルプリントならここでできるの」
エアコンの効いた部室で、葵はノートPCにフィルムスキャナーをつなぎ、花火大会の夜にOlympus OM-1で撮影したフィルムのデータを読み込んでいた。
ボブカットの隙間から覗く首筋。白桃とシトラスの甘い香りが、狭い部室に満ちていく。
「あ、これハルだよ!」
画面に映し出されたのは、花火の光に照らされた僕の横顔と、過去に葵が撮り溜めていた僕の写真フォルダーだった。
「ほら、この写真は去年、ハルがパソコンやAIの話を夢中で私にしてくれた時のやつ。ハルってさ、好きなこと話してる時、いつも目が少年みたいにキラキラ輝いてるんだよ?」
葵は懐かしそうに微笑んでいた。
液晶に映る自分は、どこか気取っていて、僕じゃないみたいに見えた。
(『ハル様。相手が自分の作品を提示した際は、直ちに構図と腕前を具体的に褒めてください。好感度パラメータが4.5%向上します』)
今朝、リリから叩き込まれたアドバイスが脳裏をよぎる。
本当は昔みたいに、「……うわ、すごいな。葵、これ本当に僕……?」と瞳を輝かせて素直に驚きたかった。けれど僕は、リリの指示通りにスマートな大人の男性を演じようと、自分らしくない言葉を口にした。
「……うん、光の捉え方も構図も完璧だね。葵、すごく写真上手だな」
「……」
僕が気取った笑みを浮かべてそう言うと、葵の笑顔がふっと消えた。
葵はキーボードを叩く手を止め、画面の中の僕の写真をじっと見つめている。
「……葵?」
「ねえ、ハル」
「え?」
葵はボブカットの耳元の髪を指先でくるくると弄りながら、ぽつりと呟いた。
その声は、いつもよりずっと低く、かすれていた。
「この写真のハル……すごくカッコいいよ。服も似合ってるし、言い方も大人っぽい。……でもね」
葵は液晶画面から目を離し、ゆっくりと僕の瞳を見つめ返した。
その瞳に宿っていたのは、花火大会の夜に見せた輝きではなく——切ないまでの迷いだった。
「……なんだか、今のハル、すごく遠くに行っちゃったみたい」
「え……?」
「昔のハルはさ、パソコンの話になると夢中になって早口になって、転んで膝すりむいてもへらへら笑って……私の一番近くにいてくれたのに。今のハルは……なんだか、誰かに教えられた通りに喋ってるみたいで、寂しいよ」
葵の手が、制服のチェック柄スカートの裾をぎゅっと強く握りしめる。
僕は息を呑んだ。
リリの完璧なデータアドバイスに従ってスマートに振る舞えば振る舞うほど——僕は、葵が本当に好きだった『僕自身』から遠ざかっていたのだ。
「葵、それは——」
「ごめん、私……ちょっと頭冷やしてくる!」
葵は逃げるように部室を飛び出していった。
廊下に響くカツカツという足音。
取り残された部室で、僕のポケットの中のスマホが、見たこともないけたたましいエラー音を鳴らし始めていた——。
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