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君の感情(プロンプト)を、ぼくはまだ知らない  作者: 飛鳥創


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■ 第3話:濃紺の浴衣と、カランコロンと鳴る下駄

お越しいただきありがとうございます!

飛鳥創(So Asuka)と申します。


普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「10年間の幼馴染。近すぎて触れられない10年の距離を、画面の中の青いAIが変えていく——。」という恋愛小説に挑戦してみました。


どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!

 8月第一土曜日。渚ヶ丘海上花火大会の当日。


 夕刻の江ノ電・渚ヶ丘駅前は、潮風と祭りの熱気で蒸せ返るようだった。

 海から吹きつける風が、赤く染まった空の下で出店が並ぶ通りの提灯をゆらゆらと揺らしている。ソースの香ばしい匂いとイカ焼きの煙、そして子供たちの歓声が混ざり合い、夏独特の胸を締めつけるような高揚感が街を包んでいた。


「遅いな……葵」


 駅前の時計台の下で、僕は紺色のシンプルな甚平の袖を軽く捲り上げながら、刻一刻と落ちていく夕日を見つめていた。

 ポケットの中では、スマホの透過画面に浮かぶリリが、文字ログを静かに走らせている。


『ハル様、落ち着いてください。心拍数132。手汗の感知量が急増しています。深呼吸を推奨します』

(うるさいな……。今日、本当に葵が来てくれるかと思うと、生きた心地がしないんだよ)

『橘葵様の現在位置は駅改札から徒歩5メートル。到着まであと3秒です』


 カラン、コロン。


 人混みの向こうから、涼やかで乾いた木製下駄の音が近づいてきた。

 人波がふっと割れ、ひとりの少女が姿を現した瞬間——僕は息を吸うことすら忘れて、その場に立ち尽くしてしまった。


「——お待たせ、ハル! 遅くなっちゃってごめんね」


 そこに立っていたのは、いつものセーラー服姿とはまるで違う、息をのむほど美しい葵だった。


 落ち着いた濃紺(ナイトブルー)の生地に、淡い水色と紫の撫子(なでしこ)と朝顔が咲き誇る大人っぽい浴衣。背中には、まるで金魚のヒレのようにふわっと結ばれた山吹色(マスタードイエロー)兵児帯(へこおび)が、夕日を受けて鮮やかに映えている。

 そして何より僕の目を奪ったのは、彼女の髪型だった。

 顎ラインで切り揃えられたいつもの黒髪ボブカット。その左耳の上だけが、小さなガラス玉のついた(かんざし)で涼しげにアップに留められていて——普段は隠れている、白く華奢で綺麗なうなじが、夕刻の光の中に露わになっていた。


「葵……それ、浴衣……」

「うんっ。お母さんに着付けてもらったの。……どうかな? 変じゃない?」


 葵は少し恥ずかしそうに頬を赤らめると、ボブカットの耳元の(かんざし)を指先でくるくると弄った。

 そして、水風船柄の小さな巾着袋をぎゅっと両手で握りしめ、上目遣いで僕を見つめてくる。


 ドクン、と心臓が破裂しそうなほど大きく跳ねた。

 白桃とシトラスの爽やかなシャンプーの香りに、浴衣の糊のパリッとした匂いが交ざり合い、僕の理性を激しく揺さぶる。


(可愛い……なんてレベルじゃない。反則だろ、これ……)


 僕が言葉を失って固まっていると、ポケットのスマホが小刻みに震えた。

『——測定完了。ハル様、橘葵様の本日の美観および魅惑パラメータは通常時の184%を記録。ハル様の脳内ドーパミン分泌量は測定不能レベルに達しています。今すぐ『すごく似合ってる』と褒めるプロンプトを入力してください』

(黙ってろリリ……! 声が出ないんだよ!)


「あ、あのさ……すごく、似合ってる。綺麗だ、葵」

「っ……! あ、ありがとう……ハルも、甚平、かっこいいよ」


 葵は耳まで真っ赤になると、照れ隠しのようにぷいっと顔を背けた。

 下駄の音をカランコロンと鳴らしながら、僕たちは出店がひしめく海岸通りの人波へと歩き出した。


 ドーン、と遠くの海上で試験打ち上げの尺玉がひとつ上がり、夜空を紫に染めた。


 人混みは最高潮に達し、僕たちは肩が触れ合うほどの距離で押し合いへし合いになる。

 ふいに、横を歩いていた葵が、すっと僕の袖口に手を伸ばしてきた。


「ハル……あのね」

「ん?」

「はぐれちゃいそうだから……袖、つかんでていい……?」


 葵の指先が、僕の甚平の袖をぎゅっと小さく掴んだ。

 すぐ隣で感じる彼女の温もりと、赤くなった横顔。

 僕の夏の夜は、もう二度と元には戻れない熱を帯び始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ページ下部の【ブックマーク追加】や【評価】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


次回更新もお楽しみに!


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