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専モン医はじめました。〜夢見る獣医、モンスターを診る〜  作者: すぴちょ


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第七話 最初の患モンスター

カラン。


 診療所の扉が静かに開く。


 夕日に照らされながら、一人の少女が恐る恐る中へ入ってきた。


 その隣には、一匹のモンスター。


 灰色がかった緑色の毛並みに、鋭く立った耳。


 一見すると狼だが、その身体は普通の狼より一回り大きく、額には小さな葉のような模様が浮かんでいる。


 フォレストウルフ。


 森に生息するモンスターで、人にもよく懐き、番犬として飼われることも多い種だ。


 だが今は、その耳も尻尾も力なく垂れ下がり、元気なく少女の隣を歩いていた。


「いらっしゃいませ。」


 夢野は自然と笑顔になる。


「モンスター専用診療所へようこそ。」


 少女は少し緊張した様子で頭を下げた。


「あ、あの……。」


「この子を診てもらえますか?」


「もちろん。」


 夢野は優しく頷いた。


「まずはお名前を教えてもらえるかな?」


「私はミーナです。」


「この子はルーク。」


 フォレストウルフは小さく顔を上げる。


『くぅん……。』


 弱々しい鳴き声だった。


 夢野はそっと近付き、ルークの目線までしゃがみ込む。


「初めまして、ルーク。」


「俺は夢野。」


「安心して。俺はモンスター専門の獣医だから。」


 そう言ってゆっくりと手を差し出す。


 ルークは警戒する様子もなく、その手の匂いをくんくんと嗅いだ。


 そして、小さく鼻先を擦り寄せる。


「よし。」


 夢野は安心したように微笑んだ。


「触らせてくれるみたいだね。」


「先生……。」


 ミーナは驚いたように目を丸くする。


「ルーク、人見知りなのに……。」


「信頼してくれたのかな。」


 夢野は優しくルークの頭を撫でた。


 その様子を見ていたエルダが、小さく頷く。


「やはり、お主はモンスターに好かれるな。」


「獣医だからね。」


 夢野は照れ笑いを浮かべる。


「動物って、不思議と緊張してる人が分かるんだ。」


「だから俺も緊張しないようにしてる。」


『ぷる♪』


 受付の上ではリルが応援するように身体を揺らしていた。


「それじゃあ。」


 夢野は診察台を軽く叩く。


「ルーク、ここに乗れるかな?」


 ルークはミーナを見上げる。


「大丈夫だよ。」


 優しく声を掛けられると、ゆっくりと診察台へ飛び乗った。


「いい子だ。」


 夢野はカルテを開き、ペンを持つ。


「じゃあ、まずはお話を聞かせてください。」


「いつ頃から調子が悪いんですか?」


 ミーナは心配そうにルークを見つめながら答えた。


「三日くらい前からです。」


「急にご飯を食べなくなって……。」


「今は水は飲むんですけど、ご飯はほとんど食べません。」


「元気もなくて、ずっと寝てばかりなんです。」


 夢野は頷きながら一つ一つ書き留めていく。


『食欲不振』


『元気消失』


『発症から三日』


 カルテを書き終えると、夢野はルークへ優しく微笑んだ。


「ありがとう。」


「じゃあ次は、実際に診ていこうか。」


 異世界初のモンスター専門診療所。


 そして、夢野にとって記念すべき最初の診察が、いよいよ始まった。


夢野はカルテを机へ置くと、ルークへ向き直った。


「じゃあ診察を始めるね。」


『くぅん……。』


 ルークは少し不安そうに耳を伏せる。


「大丈夫。」


「痛いことはしないから。」


 夢野は優しく声を掛けながら、まずは頭から尻尾までゆっくりと身体を触っていく。


「うーん……。」


 首。


 肩。


 背中。


 お腹。


 四肢。


 関節を一本一本確認し、筋肉の張りや熱も丁寧に確かめる。


 ルークは嫌がる様子もなく、大人しく診察を受けていた。


「触って痛がる場所はなさそうだな。」


 夢野は小さく呟く。


 続いて耳を覗き込み、目の色を確認する。


「目も綺麗。」


「耳の中も異常なし。」


 今度は口元へ手を添えた。


「少し口を開けるよ。」


『あぅ。』


 ルークは素直に口を開く。


 夢野は歯や歯茎、舌の色、喉の奥までじっくり観察した。


「口内炎もない。」


「歯も欠けてないし、喉も腫れてないか。」


 さらに胸へ耳を当てる。


 トクン。


 トクン。


 規則正しい鼓動。


 呼吸音も綺麗だ。


「心臓も肺も問題なし。」


「エルダ、聴診器って本当に便利だね。」


「お主が作ったのであろう。」


「そうなんだけどさ。」


 夢野は苦笑した。


「異世界でもちゃんと使えると嬉しくて。」


 ミーナは興味津々にその様子を見つめている。


「先生、その首から下げてる道具は何なんですか?」


「これは聴診器。」


「体の中の音を聞く道具なんだ。」


「音……ですか?」


「うん。」


「心臓がちゃんと動いてるかとか、呼吸に異常がないかとか、いろいろ分かるんだよ。」


「へぇ……。」


 ミーナは感心したように目を丸くした。


「便利ですね。」


「便利だけど、これだけじゃ分からないこともある。」


 夢野は立ち上がり、部屋の隅に置かれた一枚の透明な板を手に取った。


「じゃあ次は、これを使ってみよう。」


「それは……?」


 ミーナが首を傾げる。


 夢野は透明な板を光にかざした。


「透明草と制御草のエキスを使って作った、特製のレントゲン板。」


「体の中を映すための道具だよ。」


「れんと……?」


「まあ、簡単に言えば体の中を見る道具。」


「異常がないか確認できるんだ。」


 夢野はルークを板の前へ立たせる。


「少しだけじっとしてね。」


『くぅん。』


 透明な板が淡く光り始める。


 やがて、その向こう側にルークの骨格や内臓がぼんやりと映し出された。


「おぉ……。」


 ミーナが思わず声を漏らす。


「体の中が見えてる……。」


 夢野は真剣な表情で映像を確認していく。


 骨に異常はない。


 内臓に影もない。


 胃にも大きな異物は見当たらない。


「うーん……。」


 夢野は腕を組んだ。


「触診も異常なし。」


「口の中も綺麗。」


「心音も正常。」


「レントゲン板でも特に異常は見つからない……。」


 エルダも隣から覗き込む。


「原因が分からぬか?」


「いや……。」


 夢野は考え込む。


「何か一つ、聞き忘れてる気がする。」


 そう呟くと、夢野はミーナへ向き直った。


「そういえば。」


「ルーク、最近いつもと違うことはなかった?」


「例えば、普段行かない場所へ行ったとか。」


 ミーナは少し考え込み、やがて「あっ」と声を上げた。


「そうだ!」


「三日くらい前、お父さんと一緒に森の奥まで行ったんです!」


「いつもは行かない場所なんですけど……。」


 夢野の目がきらりと光る。


「森の奥?」


「……なるほど。」


「少し原因が見えてきたかもしれない。」


「森の奥……か。」


 夢野は顎に手を当て、小さく頷いた。


「その時、何か食べてるところは見た?」


 ミーナは記憶をたどるように首を傾げる。


「うーん……。」


「私は見てないです。」


「でも、お父さんが薪を集めてる間にルークが一人で森の中へ行っちゃって。」


「戻ってきた時には口の周りに土が付いてた気がします。」


「土?」


 夢野の表情が少し変わる。


「拾い食いした可能性があるね。」


「やっぱり!」


 ミーナが不安そうな声を上げる。


「大丈夫。」


 夢野は落ち着いた声で答えた。


「レントゲン板でも大きな異物は見えなかった。」


「心臓も肺も問題なし。」


「お腹を触っても強い痛みはない。」


「だから命に関わるような病気ではないと思う。」


 ミーナはほっと胸を撫で下ろした。


「よかった……。」


「ただね。」


 夢野はルークの頭を優しく撫でる。


「森で何か変なものを食べて、お腹の動きが少し悪くなってるみたいだ。」


「消化しきれなくて、食欲も落ちちゃってるんだね。」


 ルークは「え?」と言いたげに首を傾げる。


『くぅ?』


「食いしん坊にはよくあることだよ。」


 夢野は苦笑しながら棚へ向かった。


 取り出したのは三本の小瓶だった。


 一つ目は琥珀色の液体。


 二つ目は淡い緑色の液体。


 三つ目は透き通った青色の液体。


「これは胃腸の動きを良くする薬。」


「止まりかけたお腹を、元気に動かしてくれる。」


「こっちは、お腹の中の物を出しやすくする薬。」


「消化しきれずに残っている物を、無理なく排泄しやすくしてくれるんだ。」


「そして最後が栄養剤。」


「食欲が戻るまで体力が落ちないように支えてくれる。」


 エルダが瓶を眺めながら頷く。


「なるほど。」


「お腹を動かし、余計な物を外へ出し、体力を補うというわけか。」


「その通り。」


 夢野は笑顔で答えた。


「今回は焦らなくて大丈夫。」


「ゆっくり休めば、きっと元気になるよ。」


 そしてルークの頭を優しく撫でる。


「今日は無理にご飯を食べなくてもいい。」


「水はしっかり飲ませてあげて。」


「食欲が戻ってきたら、消化のいい物を少しずつ食べさせてあげてね。」


「もし吐いたり、お腹がどんどん膨らんだり、明日になっても全然元気が戻らなかったら、すぐ連れて来て。」


「はい!」


 ミーナは何度も頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 夢野はカルテに最後の一文を書き込む。


『診断:拾い食いによる軽度の消化不良』


『処方:胃腸運動改善薬・排便補助薬・栄養剤・安静』


 ペンを置いた夢野は、満足そうに微笑んだ。


「これで診察終了。」


「お大事に。」

【本日の診療記録】

■患者:フォレストウルフ(ルーク)

 症状:食欲不振・元気消失

 診断:拾い食いによる軽度の消化不良

 処方:胃腸運動改善薬・排便補助薬・栄養剤・安静(拾い食い禁止)


次回の診療予定:バルーンバード

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