第八話 飛べないバルーンバード
フォレストウルフを診察してから数日。
王都の外れにある《モンスター専用診療所》は、少しずつ賑わいを見せ始めていた。
「先生ー!」
「うちの子をお願いします!」
「順番にどうぞー。」
夢野は笑顔で患者たちを迎える。
診察室では今日も、様々なモンスターたちが診察を受けていた。
◇
「はい、口を開けてー。」
『ガウ。』
大きな口を開けたのは、ホーンボア。
夢野は奥歯を覗き込み、小さく頷く。
「うん。」
「歯が一本ぐらついてるね。」
「ちょうど生え替わりの時期だ。」
「抜けたら新しい歯が生えてくるから心配いらないよ。」
飼い主はほっと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。」
◇
次の患者は、モフモフの毛に覆われたフラッフィーラビット。
夢野はブラシを片手に毛並みを整えていく。
「毛玉ができちゃってるね。」
『ぷぅ……。』
「ちゃんとブラッシングしないと、毛が絡まって皮膚病の原因になるからね。」
「これからは一日一回。」
飼い主は何度も頷いた。
「はい!」
◇
その横では、人化したエルダが受付を担当していた。
「次の方。」
落ち着いた声で呼び掛けるだけなのだが、その美しさに初めて来た患者たちは一瞬固まる。
「あ、あの……。」
「受付、お願いします……。」
「うむ。」
エルダは淡々と診察券を受け取る。
その姿は、まるで王城の貴族令嬢のような気品に満ちていた。
しかし、その正体が古竜だと知る者は皆、余計に緊張する。
「こ、古竜様が受付してる……。」
「贅沢すぎる病院だ……。」
そんな声が待合室から聞こえてくる。
本人はまったく気にしていない。
◇
一方、その受付カウンターでは。
『ぷる♪』
リルがちょこんと座っていた。
来院したモンスターたちが興味津々で近寄ってくる。
『ぷる?』
『きゅい。』
『がう。』
気付けば小さなモンスターたちに囲まれていた。
「かわいいー!」
子どもたちにも大人気だ。
頭を撫でられるたびに、
『ぷるる~♪』
と気持ちよさそうに震えている。
「リル。」
夢野が笑いながら声を掛ける。
「ちゃんと看板モンスターの仕事してるね。」
『ぷるっ!』
胸を張るように身体をぷるんと膨らませるリル。
エルダはその様子を見て小さく笑った。
「診療所で一番人気かもしれぬな。」
「否定できないなぁ。」
夢野も苦笑する。
開業したばかりの頃は、一日中待っても誰も来なかった。
それが今では、待合室に患者がいるのが当たり前になってきた。
「少しずつだけど。」
夢野は待合室を見渡し、嬉しそうに微笑む。
「この病院を知ってもらえてきたんだね。」
その時だった。
診療所の扉が勢いよく開いた。
「せ、先生!」
一人の女性が大慌てで飛び込んでくる。
「助けてください!」
「うちの子が飛べなくなっちゃったんです!」
夢野はすぐに立ち上がる。
「大丈夫、落ち着いて。」
「患者さんは?」
「この子です!」
女性が両手で抱えていたモンスターを診察台へ乗せる。
その瞬間。
「…………。」
夢野は固まった。
「…………。」
エルダも無言になる。
診察台の上にいたのは、ふわふわの羽に包まれた丸い鳥。
――いや。
丸い、というより。
「……でかい。」
思わず本音が漏れた。
風船のようにぱんぱんに膨らんだその姿は、鳥というより巨大な毛玉そのものだった。
『ぴぃ……。』
バルーンバードは悲しそうに小さく鳴く。
夢野は思わずエルダの方を見る。
「……エルダ。」
「うむ。」
「あれって、普通?」
「いや。」
エルダは真顔で首を横に振った。
「あそこまで丸い個体は、我も初めて見る。」
夢野はごくりと唾を飲み込んだ。
「……これは、診察のしがいがありそうだ。」
夢野は気を取り直し、診察台の上のバルーンバードへ優しく微笑みかけた。
「安心して。」
「俺はモンスター専門の獣医だから。」
『ぴぃ……。』
どこか不安そうだったバルーンバードも、その声に少しだけ落ち着いたように身体を震わせる。
「まずは診察から始めよう。」
夢野はカルテを開いた。
「名前は?」
「ポポです!」
女性がすぐに答える。
「最近、急に飛べなくなっちゃって……。」
「昨日までは飛べてたんですか?」
「はい!」
「朝起きたら飛ぼうとしても、すぐ落ちちゃうんです!」
夢野は頷きながらポポへ近付く。
「じゃあ、まずは触診ね。」
そっと身体へ手を添える。
「……。」
ふわふわ。
もふもふ。
そして。
「やわらかい。」
思わず感想が漏れる。
「先生?」
「あ、ごめん。」
「今のは独り言。」
夢野は咳払いを一つすると、真面目な表情へ戻った。
胸、お腹、翼の付け根。
全身を丁寧に触っていく。
「痛がる様子はない。」
「骨にも異常はなさそう。」
次は翼をゆっくりと広げる。
左右とも綺麗に羽根が揃っている。
折れている様子もなく、羽毛も抜けていない。
「羽根も問題なし。」
夢野は小さく頷いた。
「じゃあ、羽ばたいてみようか。」
『ぴぃ!』
ポポは元気よく翼を動かす。
ぱたぱた。
ぱたぱた。
風は起こる。
だが。
診察台から一ミリも浮かない。
「…………。」
夢野は瞬きをした。
「もう一回。」
『ぴぃっ!』
ぱたぱたぱたぱた!!
懸命に羽ばたく。
しかし。
浮かない。
それどころか、身体が左右へぷるぷる揺れるだけだった。
待合室から見守っていたリルも目を丸くする。
『ぷる……?』
夢野は腕を組んだ。
「羽ばたく力はある。」
「羽根にも異常なし。」
「なのに飛べない……。」
エルダも興味深そうにポポを眺める。
「不思議じゃな。」
「次はレントゲンを撮ろう。」
夢野は透明草と制御草のエキスで作ったレントゲン板を用意した。
「ポポ、少しだけじっとしてね。」
『ぴぃ。』
板の上へ乗せ、魔力を流し込む。
淡い光が身体を包み込み、やがて透明な板へ骨格が映し出された。
夢野は真剣な表情で確認していく。
「骨折なし。」
「翼の骨も正常。」
「関節も異常なし。」
「内臓の位置も問題ない……。」
何度見ても異常は見当たらない。
「うーん……。」
夢野は困ったように頭を掻いた。
「どこも悪くないんだよなぁ。」
診察室に静かな空気が流れる。
夢野は改めてポポを見つめる。
丸い。
やっぱり丸い。
どこから見ても、まん丸だった。
「……。」
何かが引っ掛かる。
だが、その正体にはまだ気付けない。
「もう少しだけ、詳しく話を聞かせてもらってもいいですか?」
夢野は飼い主へ向き直った。
「もちろんです!」
飼い主の女性は勢いよく頷いた。
「最近、何か生活が変わったことはありませんか?」
夢野はカルテを見ながら尋ねる。
「例えば、ご飯を変えたとか。」
「運動量が減ったとか。」
「うーん……。」
女性は少し考え込む。
「そういえば。」
「最近、食欲がすごくて。」
「ご飯をあげても、『もっとちょうだい!』って鳴くんです。」
『ぴぃ♪』
ポポは得意げに胸を張る。
「かわいくて……。」
「つい、おやつもたくさんあげちゃってました。」
夢野の手が止まる。
「おやつって、どれくらい?」
「えっと……。」
女性は指を折り始めた。
「朝ご飯の後に一回。」
「お昼に一回。」
「おやつの時間に一回。」
「夕方に一回。」
「夜ご飯の後に、ご褒美でもう一回。」
「…………。」
夢野は静かにカルテを閉じた。
「ちなみに、ご飯は?」
「三食しっかりです!」
にこっと笑う飼い主。
「…………。」
夢野は無言でエルダを見る。
エルダも無言で夢野を見る。
二人は同時に、診察台の上のポポへ視線を向けた。
まん丸。
どこから見ても、まん丸だった。
「エルダ。」
「うむ。」
「バルーンバードって……。」
「普通はここまで丸くなる?」
エルダは首を横に振る。
「ならぬ。」
「餌を食べると身体を膨らませる習性はある。」
「じゃが、それは飛ぶために必要な程度じゃ。」
「ここまで膨らむことはまずない。」
「……だよね。」
夢野は苦笑いを浮かべる。
棚から取り出したのは、自作の《モンスター図鑑》。
ページをめくり、バルーンバードの項目を開く。
『食後は身体が風船のように膨らむ』
『空腹時は身体がしぼみ、高速で飛行する』
『適度な体格を維持することが飛行能力に重要』
夢野は図鑑を閉じると、ポポを見つめた。
「……原因、分かりました。」
「本当ですか!?」
女性が身を乗り出す。
夢野は咳払いを一つしてから、真面目な顔で告げた。
「ポポは病気じゃありません。」
「えっ?」
「食べすぎです。」
「…………え?」
診察室が静まり返る。
夢野はポポのお腹をぽんぽんと軽く叩いた。
ぽよん。
ぽよん。
見事な弾力だった。
「バルーンバードは、餌を食べると丸くなるモンスターです。」
「でも。」
「丸くなりすぎると……。」
夢野はポポを抱き上げようとした。
「よいしょ……。」
「……重っ。」
思わず声が漏れる。
その様子を見たエルダが、静かに一言。
「飛べぬわけだ。」
夢野は苦笑しながら頷いた。
「うん。」
「完全に太りすぎ。」
『ぴぃ……。』
ポポは気まずそうに目を逸らした。
どうやら本人(本鳥?)にも心当たりがあるらしい。
【本日の診療記録】
■患者:バルーンバード(ポポ)
症状:飛べない
診断:食べすぎ(肥満)
処方:おやつ制限・適度な運動・飼い主も反省
次回の診療予定:フェニックス




