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専モン医はじめました。〜夢見る獣医、モンスターを診る〜  作者: すぴちょ


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第三話 夢見る獣医と小さな相棒

エルダと旅を始めてから、およそ三か月。


 その間、世界では一つの妙な噂が広がっていた。


「見たか?」


「ああ、見た見た。」


「古竜様の背中に人間が乗って飛んでたぞ。」


「俺も見た!」


「いやいや、古竜様が人なんか乗せるわけ――」


「本当なんだって!」


 酒場では毎日のように話題になる。


 空を見上げれば、時折、漆黒の巨大な竜が悠然と飛び去っていく。


 その背には、小さな人影が一つ。


「あれ、絶対古竜様だよな。」


「隣国でも見たって話を聞いたぞ。」


「一体何をしてるんだ?」


 答えを知る者は、本人たち以外ほとんどいなかった。



「いやぁ……。」


 夢野は思いきり深呼吸をした。


「森って、やっぱり空気が美味しいなぁ。」


「お主は毎回それを言うな。」


 横から呆れた声が返ってくる。


 夢野は笑いながら振り向いた。


「だって本当なんだもん。」


 そこはアルトリア王国の外れに広がる《緑葉の森》。


 背の高い木々が空を覆い、木漏れ日が地面へと降り注いでいる。


 鳥のさえずり。


 風で揺れる葉の音。


 どこかで小川が流れる音も聞こえてきた。


 夢野は胸いっぱいに空気を吸い込む。


「今日はここか。」


「うむ。」


 エルダは静かに頷く。


「この森は魔力が豊富でな。」


「様々なモンスターが暮らしておる。」


 この三か月、夢野たちは世界中を旅していた。


 湖。


 草原。


 岩山。


 砂漠。


 それぞれの土地で暮らすモンスターを観察し、その生態を調べ続けてきた。


 そして今日は、初めて訪れる森である。


「楽しみだなぁ。」


 夢野は背負っていた革の鞄を下ろした。


 中から取り出したのは、一冊の厚い本。


 革張りの表紙には、大きくこう書かれている。


 《モンスター図鑑》


 もちろん市販品ではない。


 夢野がこの三か月、少しずつ書き続けてきた手作りの図鑑だった。


 ページをめくる。


 そこにはモンスターの簡単な絵と特徴が細かく記されていた。


 食べ物。


 生息地。


 生活習慣。


 身体の特徴。


 危険性。


 気付いたことは何でも書き込んである。


「随分分厚くなったな。」


 エルダが覗き込む。


「まだまだだよ。」


 夢野は笑って首を振る。


「知らないことばっかりだからね。」


「だから今日も調査だ。」


 そう言って鞄から鉛筆を一本取り出した。


「毎回思うが、お主の調査は面白い。」


「そう?」


「普通なら捕まえて調べる。」


「強い者なら力ずくで従わせる。」


「じゃがお主は違う。」


 夢野は少し照れくさそうに笑う。


「怖がらせたら普段の様子が分からないからね。」


「まずは遠くから観察。」


「何を食べてるか。」


「どんな場所で暮らしてるか。」


「群れで生活するのか、一匹で暮らすのか。」


「どうやって寝るのか。」


「敵が来たらどう逃げるのか。」


 一つひとつ指を折りながら数えていく。


「それを見てから、少しずつ近付く。」


「いきなり触ろうとしたら逃げちゃうし。」


「だから餌を置いて、安心してもらって。」


「仲良くなれたら初めて触らせてもらう。」


 エルダは感心したように息を漏らす。


「獣医とは、随分気の長い仕事なのだな。」


「患者さんが嫌がったら診察できないからね。」


 夢野は笑いながら答える。


「信頼してもらうのも仕事のうち。」


 そう言って鞄を探り、小さな袋をいくつも取り出した。


 木の実。


 果物。


 乾燥させた草。


 小魚。


 干し肉。


「今日は森だから、この辺かな。」


「相変わらず荷物が多い。」


「餌を間違えたら仲良くなれないからね。」


 夢野は真剣な表情で袋を並べ始める。


 その姿を見て、エルダは思わず口元を緩めた。


 世界を救う勇者でもない。


 伝説の英雄でもない。


 目の前にいるのは、モンスターの餌選びに本気で悩む変わった人間だった。


「さて。」


 夢野は図鑑を閉じる。


「今日はどんな子たちに会えるかな。」


 期待に満ちた声だった。


 その時だった。


 草むらの奥で、ぷるん、と何かが跳ねる。


 夢野の視線がぴたりと止まる。


「……!」


 青く透き通った、小さなゼリー状の身体。


 丸くてぷるぷると揺れるその姿を見た瞬間、夢野の目がこれ以上ないほど輝いた。


「エルダ……。」


「うむ。」


「スライムだ。」


 夢野はごくりと唾を飲み込む。


「本物の……スライムだ!」


 思わず叫びそうになる口を、両手で慌てて押さえた。


 夢野は叫びたい気持ちを必死に押さえ込みながら、その場にしゃがみ込んだ。


「落ち着け……落ち着け俺……。」


 目の前にいるのは、ずっと会いたかった存在。


 ゲームや本の中で何度も見てきたスライムが、今こうして草むらをぷるぷると跳ね回っている。


 興奮しない方がおかしかった。


「まずは観察だ。」


 夢野は深呼吸を一つすると、いつものメモ用ノートを開く。


 青いスライムたちは群れで行動していた。


 草むらの間を跳ね回り、落ちている木の実や小さな虫を身体に取り込みながら食べている。


「雑食寄りかな……。」


 さらさらとペンを走らせる。


『主食:木の実、小型昆虫など』


『群れで生活』


『警戒心は比較的薄い』


『身体は高い弾力性を持つ』


「見た目以上によく跳ねるな。」


 すると、一匹だけ様子の違う個体が目に入った。


「……あれ?」


 少し離れた木陰。


 青いスライムたちと同じくらいの大きさだが、その身体だけが淡い緑色をしている。


 しかも、木の実にも虫にも見向きもしない。


 じっとこちらを眺めているだけだった。


「あの子だけ食べないな。」


 夢野が呟くと、エルダが静かに答える。


「当然だ。」


「あれはヒールスライムじゃ。」


「ヒールスライム?」


「普通のスライムとは食う物が違う。」


「違うの?」


「回復草を好む。」


「薬草の一種でな。」


「傷を癒やす魔力を蓄えておる。」


「だから身体も緑色なんだ。」


 夢野は目を輝かせた。


「なるほど!」


 慌てて荷物を漁る。


「そういえば昨日、薬草の調査で採ってたな。」


 取り出したのは、葉先が淡く光る回復草。


 薬効を調べるために採集していたものだった。


 夢野はヒールスライムを驚かせないよう、少し離れた場所へそっと置く。


 緑色のスライムがぴくりと震えた。


 ぷる。


 ぷるぷる。


 興味津々といった様子で近寄ってくる。


 そして。


 ぱくっ。


 一口で回復草を身体へ取り込んだ。


 すると、身体全体が淡い緑色の光に包まれる。


「光った!」


「魔力を取り込んでおる。」


 エルダは静かに頷く。


「回復草の魔力を糧に、回復能力を得る種じゃ。」


「面白い……。」


 夢野の手は止まらない。


『ヒールスライム』


『主食:回復草』


『植物に宿る治癒魔力を吸収し、回復能力へ変換する』


『通常種とは食性が異なる』


 書き終えると、夢野はゆっくりと腰を上げた。


「さて。」


「次は仲良くなれるか試してみよう。」


 この三か月で分かったことがある。


 モンスターも、いきなり触ろうとすると警戒する。


 まずは餌を与え、安心してもらう。


 焦らず距離を縮めることが大切だった。


 夢野は木の実をいくつか地面へ転がす。


 青いスライムたちは嬉しそうに集まり、ぷるぷると身体を揺らしながら食べ始めた。


「よしよし。」


 夢野はゆっくりと手を差し出す。


 一匹。


 また一匹。


 警戒する様子もなく近寄ってくる。


「触ってもいいか?」


 答えはない。


 しかし逃げる様子もない。


 夢野はそっと一匹へ触れた。


「……!」


 ぷにっ。


 ひんやりとして柔らかい。


 指が少しだけ沈み込み、押し返すような弾力が返ってくる。


「すごい……。」


「本当にぷるぷるだ。」


 子どものような笑顔がこぼれる。


「ずっと触っていたい……。」


「お主。」


 エルダが呆れ半分に笑う。


「顔が緩みきっておるぞ。」


「だってスライムだよ!」


「夢だったんだから!」


 興奮した声に、青いスライムたちまで楽しそうにぷるぷると跳ね始める。


 その少し後ろでは、回復草を食べ終えた緑色のヒールスライムが、じっと夢野を見つめていた。


 その小さな瞳には、ほんの少しだけ興味の色が宿っていた。


調査を終え、夢野はゆっくりと立ち上がった。


「今日はこれくらいかな。」


 ノートを閉じ、荷物を背負う。


「じゃあ行こうか、エルダ。」


「うむ。」


 一人と一頭は森を歩き始めた。


 その数歩後ろで。


 ぷる。


 緑色の小さな影が、一度だけ身体を揺らす。


 そして、ぴょこん。


 夢野たちの後を追いかけ始めた。


 ◇


 森を抜けても。


 街道へ出ても。


 小川を渡っても。


 ぷるん。


 ぷるん。


 小さな足音ならぬ、小さな跳ねる音が一定の距離を保ちながら付いてくる。


「……なあ、エルダ。」


「気付いておる。」


 二人は同時に後ろを振り返った。


 緑色のスライムはぴたりと止まり、何事もなかったようにぷるぷると身体を揺らしている。


「付いてきてる……よね?」


「そのようだな。」


 夢野はしゃがみ込み、目線を合わせる。


「どうした?」


「群れのみんなの所へ戻らなくていいのか?」


 ヒールスライムは答えない。


 代わりに。


 ぷるん。


 夢野の靴へ身体を軽く寄せた。


「……。」


 夢野は思わず笑う。


「懐かれたのかな。」


「回復草を貰った礼かもしれぬ。」


 エルダが静かに言う。


「ヒールスライムは恩を忘れぬ種じゃ。」


「そうなんだ。」


 夢野はもう一度スライムへ視線を向けた。


「一緒に来たいの?」


 ぷる!


 元気よく一度だけ跳ねる。


「ふふっ。」


 その反応がおかしくて、夢野は笑ってしまった。


「じゃあ、一緒に来る?」


 緑色の身体が嬉しそうに何度も跳ねる。


 夢野はそっと両手で抱き上げた。


「軽いなぁ。」


 ぷにぷに。


 ひんやり。


 そして思った以上にもちもちしている。


「……幸せ。」


「お主。」


 エルダが呆れたように笑う。


「また顔が緩んでおるぞ。」


「仕方ないよ。」


「ずっと夢だったんだから。」


 夢野は優しくスライムを撫でた。


「そうだ。」


「名前を付けてもいいかな?」


 スライムは小さく震える。


 夢野は少しだけ考えた。


「君は回復草が大好きで、優しくて。」


「それに、小さいけど頑張り屋だ。」


 ふっと笑う。


「リトルスライム。」


「略して――リル。」


「どうかな?」


 ぷるっ!


 今までで一番大きく身体を跳ねさせる。


「気に入ってくれたみたいだな。」


 夢野は嬉しそうに笑った。


「よろしく、リル。」


『ぷるる♪』


 こうして、夢野に初めての仲間ができた。


 ◇


 それからの日々は、あっという間に過ぎていった。


 森。


 湖。


 岩山。


 砂漠。


 沼地。


 鉱山。


 古代遺跡。


 洞窟。


 そして、海


 夢野はエルダに案内されながら世界中を巡り、数え切れないほどのモンスターと出会った。


 遠くから生活を観察し。


 食べ物を調べ。


 餌付けをして信頼を得る。


 身体を触らせてもらい、質感や骨格、筋肉の付き方を記録する。


 病気になりやすそうな部位まで、自分なりに考察していく。


 分からないことはエルダへ聞き。


 それでも分からないことは、自分で何度も観察した。


 それからさらに月日は流れ――。


 旅を始めて一年。


 何も書かれていなかった分厚い本は、いつしか立派な図鑑へと姿を変えていた。


「……完成、とはまだ言えないけど。」


 夢野は図鑑を閉じ、小さく笑う。


「これなら。」


「ようやくスタートラインには立てそうだ。」


 隣ではリルが嬉しそうにぷるぷる震える。


『ぷる♪』


 エルダも静かに頷いた。


「十分であろう。」


「一年でここまで調べる人間など、お主くらいだ。」


「ありがとう。」


 夢野は図鑑を抱き締める。


 そこには獣医として培った知識と、この一年で積み重ねた経験が詰まっていた。


「よし。」


 夢野は力強く立ち上がる。


「病院を作ろう。」


「この世界で初めての、モンスター専門の病院を。」


 エルダは満足そうに笑みを浮かべる。


「ようやく始まるか。」


「ああ。」


 夢野も笑う。


「ここからが、本当のスタートだ。」


 獣医と古竜。


 そして、一匹のヒールスライム。


 三人(?)は顔を見合わせる。


 「うむ。」


 「ああ。」


 『ぷる!』


 思わず笑いがこぼれた。


 世界初のモンスター専門の獣医――専モン医。


 その扉が、いよいよ開こうとしていた。

【本日の診療記録】

患者:ヒールスライム(リル)

症状:人間に興味津々

診断:回復草一束で懐いてしまいました

処方:夢野と一緒に旅へ


次回の診療予定:なし 病院開業!!


少しでも楽しんでいただけたら、ブックマークや評価をいただけると執筆の励みになります。


次回もよろしくお願いします!

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