第26話 ただいまと進化
山での訓練が終わり、ヴァルスたちは帰路についた。朝日が昇る前に出発し、日が完全に沈む頃には、見慣れた森の入り口が見えてきた。
「…着いたぞ」
ガルドの声に、ヴァルスは深く息を吐いた。足は痛い。肩は重い。でも、それ以上に胸の中が軽い。
リラは無言で馬から降り、ペカルを撫でる。「お前も頑張ったな」
三人は静かにダンジョンへ続く道を歩いた。洞窟の中はひんやりとしていて、外の冷たい空気とは違う、湿った冷たさが肌を包む。
「ただいま」
ヴァルスが店の扉を開けると、懐かしい小麦の香りが迎えた。数日ぶりなのに、ずいぶん長く離れていた気がする。
「おお、帰ったか!」
ブロガーの声。彼は店の奥から顔を出し、手には何か新しい道具を持っている。その背後には、見慣れない大きな影。
「見ろ、これ。新しいオーブンだ!」
「…随分立派なのを」
以前のオーブンより二回りは大きい。石と煉瓦で頑丈に組まれ、煙突も新しく設置されている。火力も安定しそうだ。
「お前が頑張ってる間に、俺も頑張ったんだ。ついでに棚も新しくした。壁も塗り直した。看板も修理したぞ」
ブロガーはドヤ顔で胸を張る。確かに、店内のあちこちが変わっていた。粉を計る台も新しくなり、客が座る椅子も増えている。
「ありがとう。助かる」
「礼はいい。その代わり、新しいパンをたくさん焼け。お前がいない間、常連客が不満そうだったからな」
ヴァルスはうなずいた。
リラはとっくにカウンターに座り、焼き立てのパンをかじっている。ガルドは壁に寄りかかり、目を閉じているが、眠ってはいない。
「そういえば、お前ら、ちゃんと訓練してきたんだろうな?」
ブロガーが尋ねる。ヴァルスは少し照れくさそうに、山での話を始めた。
「まず、毎朝走った。山を登って降りて。足が千切れるかと思った」
「ほう」
「それから、ガルドに戦い方を教わった。木刀で何度も打たれて、体中あざだらけになった」
ガルドが無言で腕を組む。リラが口を挟む。
「私もやったぞ。結構きつかった」
「でも、一番笑えたのは、ヴァルスがバゲットでウサギを捕まえようとした時だ」
リラが笑い出す。ヴァルスは顔を赤らめた。
「あれは…仕方なかったんだ。罠を仕掛けたんだ。バゲットを地面に刺して、周りにパンくずを撒いて。そしたら、一時間後に戻ったら倒れてて、横にウサギが震えてた」
「…本当か?」
「本当だ」
その場が笑いに包まれた。ガルドも、口元が少しだけ緩んでいる。
夕方、店にはいつもの顔が集まった。リラ、ガルド、ブロガー、セレナ、レン。それに、近くの村から来た常連客も何人か。
セレナは「たまたま通りかかった」と言いながら一番良い席に座り、レンは黙って隅に立ち、手にはいつものように三つ分の銀貨を持っている。
「…で、山では何をしてきたんだ?」
セレナが尋ねる。ヴァルスはさっきの話に加えて、さらに詳しく語り始めた。
「ガルドが崖から落ちそうになった時もあったな」
リラが茶化す。ガルドが眉をひそめる。
「落ちてない」
「落ちかけた」
「…どっちでもいい」
「あと、重りを付けて走るのがきつかった。最初は足が上がらなくて、何度も転んだ」
「それでも、続けたんだろ?」
セレナの問いに、ヴァルスはうなずく。
「諦めたくなかったから」
その言葉に、みんな少しだけ黙った。それから、ブロガーが大きな声で言う。
「まあ、無事に帰ってきてよかった。それに、新しいオーブンもできたしな!」
「そうだな」
ヴァルスは立ち上がり、エプロンを手に取った。
オーブンから焼き立てのパンが次々と運ばれる。リラは目を輝かせ、セレナは無言で手を伸ばし、ガルドは遠慮がちに一つ取る。レンは黙って銀貨を置き、三つ持ち帰る。それを見たブロガーが口を開く。
「おい、今日はヴァルスの話を聞く会だぞ。ちゃんと座れ」
レンは少し迷ったが、隅っこに座った。
「うまい」
ガルドの言葉に、ヴァルスはほっとした。
「山にいる間、ずっとこれを食べたかった」
「だったら、早く帰ってくればよかったのに」
リラが笑う。ヴァルスも笑った。
「ガルドがなかなか帰してくれなかったんだ」
「お前が弱すぎるからだ」
ガルドの言葉に、また笑いが起こる。
夜。みんなが帰った後、ヴァルスは一人で店内に立っていた。
新しいオーブン。新しく並べられた棚。壁にはブロガーが作った看板。どれもこれも、彼がいない間に成長した証だ。
「…ただいま」
誰もいない店内に向かって、もう一度そう言った。
返事はない。でも、それでよかった。
<システム通知>
新規実績解除:帰還と進化
山での訓練を終え、店に戻りました。店は新しくなり、あなたも変わりました。
報酬:+100 EXP、称号「帰ってきた成長者」
解説:「ただいまと言える場所がある。それだけで、人は強くなれる。」




