第25話 肉体の変化
山での訓練が始まってから、一週間が過ぎた。
ヴァルスの体に、明らかな変化が現れていた。朝の走り込みで息切れが減った。木刀を振る腕に、以前より張りが出ている。何より、鏡を見たときの自分の姿が変わっていた。
「筋肉、ついたか?」
リラがからかうように言う。ヴァルスは自分の腕を見た。確かに、以前より太くなっている。でも、それ以上に動きが軽かった。
「気のせいだ」
「気のせいにしては、随分変わったけどな」
ガルドが口を挟む。
「まだまだだ。これからだ」
「わかってる」
その日の訓練は、これまでと違っていた。
「今日は、重りを付けて走る」
ガルドが投げてよこしたのは、足首に巻くタイプの重りだった。金属の板が縫い込まれていて、ずっしりと重い。
「これを付けて、いつも通り走るのか?」
「そうだ」
ヴァルスは重りを足首に巻いた。立った瞬間、足が地面に吸い寄せられる感覚がある。
「行くぞ」
ガルドが先に走り出す。ヴァルスも後に続く。
いつもよりきつい。足が上がらない。呼吸が乱れる。
「遅い!」
ガルドの声が遠くから聞こえる。
(くそっ…)
ヴァルスは歯を食いしばった。
走り終えた時、彼は地面に倒れ込んだ。全身が汗まみれだ。足が震えている。
「休憩は十分か?」
「まだ…」
「次は、木刀だ」
木刀を持ち、ガルドと向き合う。
「重りを付けたままやれ」
「これを付けたまま?」
「当たり前だ」
ヴァルスは重りを外さずに構えた。動きが重い。いつものように体を動かせない。
「遅い!」
ガルドの一撃が、ヴァルスの脇腹を打つ。痛みが走る。
「構え直せ」
ヴァルスはもう一度構えた。今度は、力まないように意識する。生地を捏ねるように、力を抜く。
「来い」
ガルドが踏み込む。ヴァルスはそれを、かわしきれなかった。だが、前に比べれば、反応は速い。
「少しは慣れてきたな」
ガルドの口元が、わずかに緩む。
昼。食事の時間。
リラがヴァルスの隣に座る。
「大丈夫か?」
「なんとか」
「無理すんなよ。まだ一週間だぞ」
「わかってる」
ヴァルスはパンをかじりながら、自分の手を見た。粉まみれだった手は、今は硬い皮で覆われている。指の節々が、少し太くなった気がする。
「筋肉、ついたよな」
「やっと認めたか」
リラが笑う。ヴァルスも、少しだけ笑った。
午後。今度は、崖登りだった。
「ここを登れ」
ガルドが指さす先は、垂直に近い岩壁。高さは十メートル以上ある。
「無理だ」
「無理じゃない。お前ならできる」
「根拠は?」
「お前の体が変わったからだ」
ヴァルスは岩壁を見上げた。ごつごつとした岩肌。ところどころに手がかりがありそうだ。
「…やってみる」
彼は岩壁に手をかけ、体を引き上げた。
最初の一メートルは簡単だった。が、それ以降はきつい。指の力が足りない。足をかける場所も少ない。
「落ちるなよ!」
リラの声が下から聞こえる。
ヴァルスは、自分の体を信じることにした。今までの訓練で、自分の体は確かに変わった。それがわかる。
(…ここだ)
彼は右手を伸ばし、岩の突起を掴んだ。体を引き上げる。足をかけ、さらに上へ。
気がつくと、頂上に達していた。
「…登れた」
彼は頂上から下を見た。リラが小さく見える。ガルドは腕を組んで、こちらを見上げている。
「降りろ!」
ガルドの声。ヴァルスは慎重に降り始めた。
夜。小屋に戻ると、ガルドが夕食の準備をしていた。
「今日はよくやった」
「…ありがとう」
「でも、まだ終わらない。明日もやる」
「わかってる」
食事を終え、火を囲む。リラが口を開いた。
「なあ、ヴァルス」
「何だ?」
「お前、強くなりたいと思ってるのか?」
「…わからない」
「私は、思ってる」
リラの目は真剣だった。
「強くなって、誰かを守れるようになりたい。それが、冒険者としての私の夢だ」
ヴァルスは、何も言えなかった。
ガルドが静かに言う。
「強くなることに、理由はいらない。だが、あるのとないのとでは、強さが違う」
「…そうかもしれない」
ヴァルスは自分の手を見た。硬くなった手。でも、まだまだだ。
<システム通知>
クエスト進行:山岳訓練
訓練は順調に進んでいます。肉体に変化が現れ始めました。
報酬:+50 EXP、スキル「身体強化」獲得。
解説:「肉体は変わった。次は、心だ。」




