第24話 過酷な山岳訓練
朝。まだ暗いうちに、ガルドの声が小屋に響いた。
「起きろ!」
ヴァルスは跳ね起きた。隣ではリラが既に支度を終えている。彼女はこういう場面に慣れている。
「遅い」
「今起きた…」
「言い訳はいい。外に出ろ」
外の空気は冷たく、吐く息が白く染まる。ガルドは二人を連れて、昨日とは別の道へ進んだ。
「今日はここから走る。往復で一時間。ついて来い」
「走るの? そんなに長く?」
「文句があるか?」
リラは黙って走り出した。ヴァルスも仕方なく後に続く。
道は険しかった。石ころだらけの急斜面。ところどころ倒木があり、飛び越えなければならない。足を滑らせれば、転げ落ちるかもしれない。
「遅い!」
ガルドの声が前に響く。ヴァルスの足はもう重かった。息が上がる。太ももが震える。
「待って…」
「待たない。ここで諦めるなら、それまでだ」
ヴァルスは歯を食いしばった。
(…くそっ)
足がもつれる。何度も転びそうになった。それでも、彼は立ち止まらなかった。
走り終えた時、ヴァルスは地面に倒れ込んだ。全身が汗で濡れている。呼吸が苦しい。
「まだまだだな」
ガルドの声は、感情を読ませない。
次は木刀を持たされた。
「戦い方を教える」
「剣は…」
「剣じゃない。体の使い方だ」
ガルドが構える。ヴァルスも真似をするが、ぎこちない。
「お前の動きは、パン作りに特化しすぎている。無駄がないのはいいが、応用が効かない。もっと柔軟に、もっと自由に」
ガルドが振るう木刀は速い。狙いは的確で、ヴァルスの防御を次々と打ち破る。
「考えながら動くな。体が覚えている動きを信じろ」
「体が…覚えている?」
「そうだ。お前はこれまで、パン生地を相手に戦ってきた。なら、同じようにやればいい」
ヴァルスは、自分の手を見た。粉まみれだった手。生地を捏ね、形を作り、焼き上げる。その繰り返しで培われた感覚。
「…やってみる」
彼は木刀を握り直し、低い姿勢をとった。まるで生地を捏ねるように、体の力を抜く。指先に意識を集中する。
「来い」
ガルドが踏み込む。ヴァルスはそれを、かわさなかった。受け流すように、木刀をそらす。ガルドの体が一瞬、前に傾く。
「おっ…」
リラが声を漏らす。ヴァルスはその隙に、木刀をガルドの脇に当てた。一瞬の静けさ。
「…悪くない」
ガルドの口元が、少しだけ緩んだ。
「次はリラ」
「え、俺も?」
「当然だ」
リラは木刀を構える。彼女の動きはヴァルスより洗練されている。が、ガルドには及ばない。
「もっと低く。重心を落とせ」
「はいはい」
リラは言われた通りに姿勢を低くする。それだけで、動きが変わる。より鋭く、より速く。
「悪くない。次」
「まだやるのか?」
「終わったとは言っていない」
昼。食事は簡素だった。干し肉と硬いパン。水は冷たい。ヴァルスはパンをかじりながら、ぼんやりと遠くの山を見つめた。
「疲れたか?」
リラが隣に座る。
「ああ」
「でも、ちょっとは強くなった気がしないか?」
「…わからない」
「私はわかる。前のお前なら、さっきのガルドの一撃を避けられなかった」
ヴァルスは、自分の手を見た。まだ少し震えている。
「…そうかもしれない」
「でしょ?」
リラは笑った。
午後。訓練はさらに過酷になった。
「今から、この山で獲物を捕まえてくる」
「獲物?」
「食料が足りない。自分で調達しろ」
リラは既に立ち上がっている。ヴァルスも渋々後に続く。
獲物は、ウサギのような小動物だった。素早く、警戒心が強い。
「どうやって捕まえる?」
「お前の力で考えろ」
ヴァルスはしばらく考えて、バゲットを取り出した。
「それでどうする気だ?」
リラが呆れたように言う。
「パンで捕まえる」
ヴァルスはバゲットを地面に立て、その先に持参した干し肉の欠片を刺した。簡単な罠だ。
「…そんなので捕まるか?」
一時間後、戻ってみると、バゲットは倒れていた。地面には小さな足跡。獲物は逃げた。
「やり直しだ」
ガルドの言葉に、ヴァルスは舌打ちした。
二度目。三度目。四度目。何度試しても、うまくいかない。
「なあ、これ、無理なんじゃ…」
「諦めるなら、それまでだ」
ヴァルスは、もう一度バゲットを立てた。
今度は、バゲットの周りにパンくずを撒いた。食べ物の匂いで誘う作戦だ。
一時間後。戻ると、バゲットは倒れ、その横で小さなウサギが震えていた。
「捕まえた!」
「…やればできるじゃないか」
リラが笑う。ガルドは無言でうなずいた。
夕方。小屋に戻ると、ガルドが夕食の準備をしていた。
「今日はこれで終わりだ」
「明日もやるのか?」
「当たり前だ。一週間は続く」
ヴァルスはどっと疲れが出た。リラは平然としている。
「どうだった?」
「…きつい」
「まだまだこれからだぞ」
彼女は笑った。
夜。食事を終え、火を囲む。ガルドが口を開いた。
「訓練の意味、わかったか?」
「少しは」
「俺が教えたいのは、戦い方だけじゃない。生き残る術だ。お前はこれまで、パン屋として生きてきた。それで十分だったかもしれない。でも、これからは違う」
「どういう意味だ?」
「お前は騎士だ。何かが起きたとき、守らなければならないものができる。その時、パンを焼くだけでは足りない」
ヴァルスは黙って聞いていた。
「強くなることは、目的じゃない。手段だ。何を守るために強くなるのか。それを忘れるな」
ガルドの言葉は、ゆっくりとヴァルスの心に染み入った。
「…少し、わかった気がする」
「わからなくていい。体で覚えろ」
ガルドは立ち上がり、自分の寝床に戻った。
リラは火を弄りながら、ぽつりと言った。
「なあ、ヴァルス」
「何だ?」
「私たち、強くなれると思うか?」
「…わからない」
「私は強くなりたい。もっと、もっと」
彼女の目は真剣だった。ヴァルスは、何も言えなかった。
<システム通知>
クエスト進行:山岳訓練
初日の訓練を終了しました。
報酬:+50 EXP、スキル「臨機応変」獲得。
解説:「訓練は始まったばかり。辛い日々が続くが、その先にしか手に入らないものもある。」




