第15話 面接
試験の最終日。朝。
ヴァルスは、昨夜より少しだけ早く目が覚めた。窓の外はまだ薄暗く、遠くで鳥が鳴いている。今日で最後だ。そう思うと、胸の奥がざわついた。
リラはまだ寝ていた。珍しい。彼女はいつも先に起きているのに。ヴァルスは起こさないように、そっとベッドを出た。昨日のパンがまだ少し残っている。それをかじりながら、窓の外を眺める。王都の朝は静かで、どこか懐かしい匂いがした。
「もう起きてたのか」
声のほうを向くと、リラが目をこすりながら起き上がっていた。
「おはよう」
「おはよう…緊張してるのか?」
「少しな」
リラは何も言わず、残りのパンを一つ取ってかじり始めた。
本部に着くと、昨日より人数が減っていた。何人かは試験に落ちたのだろう。緊張した面持ちの男たちが、壁際に立っている。その中に、ガルドの姿もあった。彼はヴァルスを見ると、顎をしゃくってみせた。挨拶代わりらしい。
「これより、最終試験を行う。面接だ」
カイゼルが前に立ち、静かな声で言う。彼の後ろには、数人の騎士が並んでいる。皆、厳しい顔つきだ。
「一人ずつ、奥の部屋へ呼ぶ。順番は、これまでの試験の成績順だ」
名前が呼ばれ、男たちが一人、また一人と奥の部屋へ消えていく。廊下に出るときは強気な面構えだったのに、戻ってくるときは皆、疲れた顔をしていた。何を聞かれたのか、誰も口にしない。
「ヴァルス」
名前を呼ばれ、彼は立ち上がる。
部屋の中は、思ったより広かった。正面に長い机が置かれ、カイゼルと数人の騎士が座っている。壁には、大きな紋章が掲げられていた。
「座れ」
ヴァルスは言われて、中央の椅子に腰を下ろした。椅子は固く、少し冷たい。
「では、質問する」
カイゼルの声が静かに響く。
「なぜ、騎士になりたいのか?」
その質問は、ヴァルス自身が何度も自分に問いかけたものだった。
「…わかりません」
騎士たちが顔を上げる。カイゼルだけは、表情を変えなかった。
「自分の店で、パンを焼いていました。来る人来る人に、美味いと言ってもらえる。それだけで、十分だと思っていました」
彼はそこで一度、言葉を切った。
「でも、誰かが言ったんです。『お前のパンは、人を幸せにする』って」
誰が言ったかは、言わなかった。リラか、ブロガーか、セレナか。それとも、あの老商人か。
「それで、騎士になりたいと思ったんですか?」
「いいえ」ヴァルスは首を振る。「そうじゃない。騎士になっても、なれなくても、俺はパン屋です。それは変わりません」
「では、なぜここに来た?」
「…来いと言われたからです」
騎士たちがざわつく。カイゼルは手を挙げて、それを制した。
「誰に?」
「あなたに。それに、あの商人にも。それに…」
彼はそこで、言葉を探した。
「自分自身にも、でしょうか」
部屋が静かになる。
「俺は、魔王として生まれました。戦うことも、支配することもできない。でも、パンを焼くことはできる。それで、誰かが喜んでくれる」
自分の声が、思ったよりはっきりと聞こえた。
「それでいいのか、と何度も思いました。もっとできることがあるんじゃないか、と。でも、今はわかりません。ただ…」
彼は、机の向こう側の顔を一人一人見た。
「来いと言われたから来た。それだけです」
沈黙。カイゼルは何も言わず、隣の騎士と目配せした。
「質問を変える」
別の騎士が口を開く。年配の、白髪混じりの男だ。
「お前は魔王だ。いつか、人間を支配したいと思わないのか?」
「…パンを焼くのに、支配は必要ないと思います」
「もし、誰かがお前に戦えと言ったら?」
「パンを焼きます」
「もし、誰かがお前の店を潰すと言ったら?」
「…パンを焼きます」
騎士が眉をひそめる。
「それでは、何も守れないのではないか?」
「守る方法は、戦うことだけじゃないと思います」
ヴァルスは、自分の手を見た。粉まみれだった手は、今はきれいになっている。でも、この手が覚えている感触がある。
「俺のパンを食べた人は、みんな笑います。戦っているときでも、悲しいときでも。それだけで、俺は十分だと思います」
年配の騎士は何か言いかけたが、カイゼルが手を挙げて止めた。
「時間だ。下がれ」
廊下に出ると、ガルドが壁に寄りかかって待っていた。
「どうだった?」
「…わからない」
「お前もか」彼はため息をつく。「あの質問、何が正解なんだろうな」
「正解なんてないんじゃないですか」
ガルドはヴァルスをじっと見つめ、それから笑った。
「そうかもな。お前、変わってるよな」
「よく言われます」
二人でしばらく無言で立っていた。やがて、奥の扉が開き、カイゼルが出てきた。
「結果を知りたい者は、明日、この場所に来い」
それだけ言って、彼は戻っていった。
夕方。本部の前でリラが待っていた。
「どうだった?」
「わからない」
「まあ、結果は明日だな」
二人で宿へ向かう道すがら、ヴァルスは今日のことを話した。面接の質問。自分の答え。ガルドのこと。
リラは黙って聞いていた。いつものように笑わない。からかわない。
「なあ、リラ」
「ん?」
「俺、ここに来てよかったと思う」
リラは足を止め、少し驚いた顔をした。それから、いつもの笑顔に戻った。
「そりゃよかった」
それだけ言って、また歩き出した。
その夜、ヴァルスはなかなか寝付けなかった。
試験が終わった。結果は明日わかる。受かっても、落ちても、自分は自分だ。パン屋で、パンを焼く。それだけは変わらない。
窓の外では、誰かが楽しそうに歌っている。王都の夜は、ダンジョンよりずっと明るい。
明日、結果が出る。でも、それだけが全てじゃない。ここに来て、いろんな人に出会った。いろんなことを考えた。
それだけで、十分だった。
目を閉じる。今日は、少しだけ早く眠れそうだ。
<システム通知>
クエスト達成:騎士叙勲試験
全ての試験を終了しました。
結果は…明日。
報酬:??? (結果待ち)
解説:「問われたのは、剣の腕ではない。お前が、何を守りたいのか。それだけだ。」




