証①
今伯爵とリエッタ様の結婚式の準備をしていた。
はじめ、ローファス伯爵は春になったら王都の教会でと考えていたらしいが、リエッタ様の希望を聞いた結果、ローファス領で行われることになった。どうやら昔見た従兄弟の結婚式が素敵だったため、そういうアットホームな式に憧れがあったそうだ。みんなが食べ物飲み物を持ち寄って、街のみんなから祝福される。アットホームな田舎の結婚式は本当に楽しいのだ。
そういえばリエッタ様の前の結婚式はあの、白い聖堂だ。荘厳で国が主催の規模が大きく、しかも故郷の平民などは招待できない厳粛な式だったはずだ。
こちらで行われる式は、午前中にローファス領の教会で式が始まり、午後から夜にかけては領館の広場で領民に食事がふるまわれ、披露宴が行われる。そのうち音楽が演奏され、お祭り騒ぎになるのだ。お二人の結婚時期が決まってから急ピッチで準備をした。リエッタ様のドレスの準備に、会場の飾りつけなども、全部自分たちで用意しなければならない。平民の結婚式を取り仕切る業者にも協力していただいて、しかしリエッタ様の希望はなるべく叶えたかった。
私はここぞとばかりに来年の作付けを伸ばすべく奮闘していた。今年穫れたジャガイモでフライドポテト、ポテトサラダ、ポテトチップスなどの作り方を、手伝ってくれる女性たちにお伝えし、練習会との名目で女子会をして、作ってもらうことになった。
着々と準備が進む中、レオン様とローファス伯爵が南のクラブ山地に行ってくることになった。リエッタ様にはちょっと見回りに行くということになっているらしいが、私はその詳細を聞いていた。
曰く、石の生る木があるそうだ。中でも透明度の高い石が生る木は『宝石の生る木』と言い、コインくらいの大きさの実が、リンゴのように生るそうだ。季節や時間帯によってさまざまな色に変わり、狙った色になった時にその木の実を採るとその色で定着する。
その石は『ツリーストーン』と呼ばれ宝石として少量、市場に出回っていた。あまり有名な石ではないし、木に生るため中心部に木の種があり、不純物が必ず混ざるので、そんなに大した値段にはならない。
しかも夏場は魔物が活発なのであまり採りに行く人はいない。短い秋が終わり寒くなって、魔物の動きは鈍く、雪はまだ積もっていない頃合いで、やっと採りに行ける珍しい宝石だ。今なら比較的安全に『宝石の生る木』のある山深くの川まで行けるらしい。ちょうどリエッタ様の瞳に似た、綺麗な色が見つかればよいし、無かったら手持ちの宝石をリメイクして贈ろうかという話になっていた。こればかりは運なので、絶対に見つかるということではない。しかしどうせなら新調したいと、採りに行くことになった。
そうして二人が数名の騎士団を引き連れてクラブ山地に向かった時、思わぬ客人がやって来た。
「久しぶりだね!モニカさん!」
「思ったより元気そうじゃん。」
「クラレンスさんとジス?!どうしてここに?!」
二人はいつもの黒い服に身を包み、にこやかに馬車から降りてきた。
「あらあら司祭様が何でこんなところに?」
私の隣でリエッタ様が首をかしげた。
「お二人の結婚式の応援と、ジス君がお姉ちゃんに会いたいかなーと思って連れてきました。」
「何言ってんすか、俺は別にいいって言ってんのにあんたが無理やり馬車に乗せたんだろ。」
プスプスと文句を言っているジスの腕をつついた。
「あんた何言っているのよ、クラレンスさんに!」
こう見えてもオーズ家の次期当主だ。しかし当の本人は全く気にせずにニコニコしていた。
「え~だって最近西の方の窓から外を見てボーっとしてることが多かったじゃない。新聞じゃあモニカさんの情報なんて入って来ないからね?心配だったんでしょ?王太子妃だの、なんだのの噂もあったからね?」
「そんなことない!心配なんてしてねーよ!」
そう言いつつプイっとあらぬ方を向いてしまったが、少し耳が赤くなっている。おや、これはまさか本当に?8歳の頃から、弟は6歳か、離れて暮らしていた割にはずいぶん懐いてくれている。
「ただ・・・、姉ちゃんは男運が破滅的に悪いから、心配になっただけだよ。」
口の中でもごもごと何か言っていた。
「相手がレオン君なら大丈夫って何度も言っているのに。」
「は・・・?」
あっけらかんと言い放ったクラレンスさんのほうを、私は高速で振り向いた。目が合うとニコッと笑われた。
「クラレンスさん、あの、それは・・・?」
「え?モニカさんがレオン君のこと好きなんてマゼンダもミランダさんも、ライオルト君もみんな知ってたよ。それに私にはモニカさんの『刺繍の願い』が見えちゃうしね?それはもう、レオン君は黄金色に輝いていて眩しいくらいだし・・・。」
バチンとウィンクを決めたクラレンスさんには悪いが、今はそれどころではない。顔から背中から時期ではないのにぶわっと冷や汗をかいた。みんなにバレてた?そんな話を聞いて今度は顔が真っ赤になった。
「言いふらしたりはしてないよ。」
余りの顔色の変わりように、クラレンスさんがポンポンと背中をあやすようにたたいてくれた。
「あら、当たり前だわ。人に言わないなんて当然よ。人には人のペースってものがあるのよ。人の心を踏みにじって何が楽しいの?あなたそれでも神職なの?」
「おや王妃様・・・、ではなく、リエッタ様。踏みにじってなど。」
「踏みにじって無かったらこの子をからかうようなことは言わないわ。」
リエッタ様は私を自分の腕の中に入れて、クラレンスさんを睨みつけていた。どうしよう頼りになる。きっと王妃の威厳のあるリエッタ様に睨まれて困り果てているのだろう。しかし顔をあげる勇気がなかった。
「ふふふ、これではいつぞやと逆ですね。」
明るい声のクラレンスさんに、そういえば昔クラレンスさんと王妃だったリエッタ様とお話したことがあった。今から思えばこんなに、リエッタ様と仲良くなれるとは思わなかった。最近は一緒に結婚式に出す料理のメニューを考えて、試作をキッチンで並んで作ったりするのだ。あの頃の冷たい声を想えば、今は奇跡だ。なんだか楽しくなってきてしまった。
「ふふ、そうですね。わたくしは今、リエッタ様が全然怖くないんですわ。」
「あら、あのころだってあなたは子供のくせに全然、物怖じしない子だったわ。わたくしと話していても意見もしっかり言って、しまいには交渉までしようとしたくせに。可愛げとはかけ離れた子だったじゃない。」
顔をあげれば口を尖らせたリエッタ様がいた。クラレンスさんは相変わらずニコニコと笑っていたし、目が合ったジスは眩しそうに目を細めた。
「いえ。内心パニックでしたよ。顔に出さないだけで。なにせ王妃様の前ですもの。」
でも、シエナ様と第三王子殿下の幸せのためには何としても解消しなければならない婚約だった。あの頃はあの頃で必死に毎日生きていた。
「そういうところが、リチャードの琴線に触れたんでしょうけどね。」
ため息交じりに吐き出されたが、そういうところに心当たりがなかった。腕を放して小首を傾げれば、クラレンスさんが頭をポンポンとしてくれた。
「先ほどはすみません。からかい過ぎました。」
「いいえ。わたくしも動揺し過ぎました。」
この間だって、シエナ様のお父様やら、伯爵にバレたのだから今更な気もしてきた。
「なんか楽しそーだな、姉ちゃん。」
「うん。楽しいよ。」
二人を応接室に案内してから、少しばかりお話しした。結婚式まで近くの教会に部屋を用意してもらったらしい。そこでなら祈力を込める実験を思う存分できるそうだ。今は冬場に温かさを持続するカップを作っているらしい。そんな保温マグカップみたいなことまでできるとは。そのうち夕食を食べてから教会に行くことになった。
あたりが暗くなり、本日の書類を終えてもう少しで夕食会だ。少し伸びをしたタイミングだった。部屋の外が慌ただしい。見に行ってみると玄関ホールで伯爵とレオン様の姿があった。周りには2名の騎士が座り込み、メイドが慌ただしく走っていた。
「レオン様?!」
ボロボロの制服に、左手には応急処置のあとがあった。
「ああ、ただいま戻りました。」
血の気が引いて駆け寄るといつも通りのポーカーフェイスだった。クラレンスさんが伯爵に祈力を使って治療をしていた。
「何があったんです?」
「ちょっとどいて、姉ちゃん。」
ジスが私を押しのけてレオン様の左手の布を取った。布には血がにじみ、制服は破れていた。思ったより大きな傷に、手が震え出した。
「水と綺麗な包帯を持って来て。」
手慣れた様子のジスが、私の目を見て言ったので、少し落ち着いて頷いて動こうとしたとき、フィナがお持ちしましたとメイドを引き連れてやってきた。水の入った桶とタオルやら包帯やらを持っていた。さすが仕事のできる女。
「毒とかは・・・。何に嚙まれたかとかは分かる?」
「いえ。あまり姿は・・・。ただ、あれはアイスワイバーンだと思うのですが。」
ワイバーン。ヴォルデさんが言っていたような気がするが、他に情報がなかった。
「じゃあ大丈夫だ。」
ジスがレオン様の手を包むと、そこが金色に輝きだした。祈力が傷を癒していく。
「大丈夫そう?」
「ああ。というかワイバーンに噛まれた割には傷が小さい。傷だけならすぐ治ると思う。ポイズンワイバーンなら先に毒消しをしてから傷を塞がないとなかなか治らないんだ。」
すぐ治るという言葉にホッとした。たまたまジスとクラレンスさんがいてよかった。思わず両手でジスの制服の腕を掴んでいた。じっと、視線を感じてレオン様のほうを見ると、こちらを凝視していた。
「・・・モニカさんにいただいた、こちらのおかげかと。」
レオン様が右手でオレンジ色の紐の付いた石をポケットから取り出した。
「またちぎれてしまいました。」
いつぞやお渡ししたお守りのサンストーンだ。いつもつけているベルトの先には残りの紐が無残についていた。
「その網目模様は・・・。」
ジスが目線だけ落とした。私はそれを受け取った。
「またお直ししますね。」
何度もレオン様のケガの身代わりになっている。こんな物でもレオン様を守れるのなら、良かった。
「はい、お願いします。あの、ところで、こちらの方は・・・。」
ああそうか、レオン様とジスは初対面だ。
「あ、わたくしの弟のジスと申します。」
ジスは手を動かしながらレオン様のほうを見た。
「どうも。ジスです。教会で聖職者の端くれをしています。姉がいつもお世話になっています。」
一瞬レオン様が驚いた顔をしたが、またいつものポーカーフェイスに戻っていた。
「あ・・・、ああ、どうも初めまして、弟さんでしたか。レオン・Ⅽ・ローファスと申します。ここの領地の息子です。」
そこで唐突にジスがこちらを向いた。
「ねぇ、貴族に挨拶するときって、俺もちゃんと名乗ったほうがいいの?」
「そのほうがいいわね。確かに。」
そういえばこの子全然挨拶のマナーがなってない。後で一通り教えておかなければ。クラレンスさんも教えてくださればいいのに。面白いからそのままにされていそう。
「あ、そうなんだ。ジス・Ⅾ・バージェスです。よろしくお願いします。」
レオン様の傷はすっかりふさがったが、一週間は激しい運動はしてはいけないと言われていた。その後ジスとクラレンスさんが、残り二人の騎士の手当てを行ってくれていた。その間にレオン様に何があったのかをお聞きしたが、どうやら『宝石の生る木』の木の実を食べに来ていたワイバーンと鉢合わせをしたらしい。左腕がすっぽりと咬まれたが無事だったのはお守りが身代わりになったおかげだと言われたが、想像しただけで恐ろしい。また手が震え出した。
その日はすっかり遅くなり、ジスとクラレンスさんは結局泊まっていくこととなった。
食事を終えて少し時間があったからせっかくだしジスの顔を見に行った。フィナに部屋に案内されたジスはオーズ領から持って来ていた荷物をいじっていた。
「レオン様を直してくれてありがとう。」
「・・・、いや。聖職者だし当然だろ。それよりワイバーンに腕を持っていかれそうになったのに、くっついているって方が奇跡だって。」
「うん。お守りのおかげかも。」
「アレって教会の外の売店みたいなところで買ったんだろ?」
「そうだよ。」
「あの紐、姉ちゃんがつけたんだろ。」
「うん。」
ベッドに座ったジスが、ふう、とため息をついた。
「千代輪の編み方だ。母さんから教えてもらっていたやつ。」
ジスにはわかるのか。隣に座って続きを待った。
「それにあの人の持っているもの、姉ちゃんが刺繍を入れたやつだらけだった。手袋もハンカチもこのお守りも、他にもあるんだろ。」
「まあ、刺繍をもらったことがないと言っていたから、私が刺したものをあげたり、誕生日プレゼントにしていたから。」
「師匠に聞いていたけど、仲がいい幼馴染って本当だったんだな。」
「うん。学園に言ってからのほうが、一緒にいる時間が多かったけどね。」
「ふーん。姉ちゃんはあの人と結婚すんの?」
何を言われたのか、私は思わず固まった。けっこん?
「何言ってんのジス。私は数年ここで過ごしたら、バージェス家に帰らなきゃならないのよ。結婚なんてできないわ。」
そう、いくらわたしが本当に毎日ここで幸せな時を過ごしていても、いつかは終わりが来る。私はここに期間限定の恋をしに来たのだから。嫡男となったレオン様と、結婚なんてできるわけない。
「できるって言ったら?姉ちゃんはここに残って良いって。」




