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証②

 

「できるって言ったら?姉ちゃんはここに残って良いって。」


「え?」

 そんなことできるわけがない。私はバージェス公爵閣下と夫人に、恩返ししなければならないから。しかしできるなら?できるならどうだろう。ここでリエッタ様とフィナと、レオン様と一生過ごせるとなったら?

「俺が継げばいいだろ。バージェス家。俺だってⅮがついてんだから。」


 ジスが、継ぐ?


「姉ちゃんは何でバージェス家に恩があると思っているんだ?俺の病気を治すために、金がなかった家のために行ったんだろ?だったら、バージェス家に一番恩があるのは俺だ。俺が恩を返すべきだ。なんでいっつも貧乏くじを引くんだよ。体が弱くてほとんど外で遊べなかった俺のせいで、姉ちゃんはいつも家の中で遊んでただろうが。」

 それは違う。貧乏くじなんて引いていない。ただただお母さんとお父さんの娘に生まれて、それが本当に幸せだった。そして前世はいなかった姉弟もいて愛されて何も言うことはなかった。当時の私はジスが病気で苦しそうにしている姿を見るのが、何より辛かっただけだ。


「でも、それは私が勝手に・・・。」

「そう、姉ちゃんはいつも勝手だ。バージェス公爵に自分が行くって直談判して、俺の病気も家の借金も全部解決して養子に行きやがって。いきなりいなくなって、どんだけ寂しかったか分かってんのかよ。だから今度は俺が勝手にする。俺がバージェス家の養子になってやる。だから・・・。」

 腕とガシリとつかまれた。思わず見上げればもうすっかり大きくなった弟がいた。

「もう姉ちゃん、我慢すんなよ。」

 泣きそうな怒っているようなまなざしは、小さいころのままだった。

「もう好きに生きてくれよ。公爵のおじさんたちも、姉ちゃんが楽しくやってくれる方が良いに決まっているだろ。あの人たちだって、俺たちと同じくらい姉ちゃんのことが好きなんだから。」


 好きに生きる。


 好きと。あの鈍いレオン様に少しでも私の気持ちを伝えられたら。このままずっとここにいさせてほしいなんておこがましいことは言わないから、ちゃんと好きだとだけ伝えられたら。どれほど良いだろう。たまに胸がぎゅっと苦しくなるし、息もしづらくなる。将来のことを、帰る時のことを考えると、どうしようもなく切なかった。あちらに帰ればもう二度と、こちらに来ることは叶わない。実家でもなければ、ただの旧友のいる地となってしまう。そうなればいつかレオン様は誰かと結婚して、ローファス領を継ぐのだ。初めから分かっていたが、考えないようにしていた。もしかしたら私がこの地にいる間に、レオン様の次の婚約者を年頃の女子生徒が数多く通っていた学園に縁のある、私が探す羽目になるかもしれない。そうなったら私は耐えられるのだろうか。仕事だと割り切ってほうぼうに手紙を書けるだろうか。

 無理かもしれない。

 そんなのとっても出来ない。

 そんな事をするくらいなら、一刻も早く王都に逃げ帰ってしまうかもしれない。

 今だ、そんな気持ちになるなんて、全然割り切れていなかった。

「でも、どうしたらいいのかわからないわ。わたくしは。」

「数年こっちにいるんだろ?だったらその間に考えればいい。バージェス家だって心配いらねーから。だから姉ちゃんは好きに生きればいいんだよ。」

 手を離し、今度は顔をプイっとあちらに逸らしたジスは、私の手の中にいつか渡したハンカチを握らせた。自然と流れ落ちていた涙を、眼鏡をずらして吸いとるが、止まる気配がなかった。




 次の日になってローファス伯爵がリエッタ様に怒られていた。どうやら黙って山に行ったのがバレて、ちゃんと心配させろと言われていた。

 紆余曲折あったが着々と準備は進んだ。途中でレオン様の誕生日があったが、お守りを直して、新しい手袋に刺繍を入れたものになった。とにかく準備で忙しく、余裕がなかった。また怪我をすると嫌なのでお守りは優先して直したが、納得のいくプレゼントではない。レオン様は思いのほか喜んでくれたが、結婚式が終わって落ち着いたら、何か違うものをプレゼントしよう。そう心に決めた。

 そして、結婚式の当日になった。

 雪のちらつく中、午前中は教会にて厳かな式が行われた。ウェディングドレスの刺繍は、私も一部手伝って、会場の飾りつけも招待状も何とか形になった。隣の領地であるから、リエッタ様の親族の方や平民の幼馴染などリエッタ様の思いつくままの人を招待した。ただ、再婚同士なので招待客は遠くてもヴィヴィエ領の方までだった。後はクリス殿下に招待状を送っていて、娘さんを連れて来てくれた。娘のメイちゃんは雪は初めてのようで、はしゃぎまわる姿がただひたすら可愛かった。あれからちょくちょくジスが、クラレンスさんと一緒に来てくれて、手伝ったりしてくれた。

 ローファス伯爵が怪我をしながら取りに行った『ツリーストーン』は、綺麗な緑色の見事な石で、真っ白なドレスによく映える、首飾りと耳飾りになった。リエッタ様も美しかった。式に出席したが、本当にいい式だった。

 午前中の式が終わり、今度は午後から披露宴だ。領館の広場では寒すぎるということになり、ホールで披露宴をすることになった。私の出番はここからだった。裏方として料理の配膳やら、皿を下げたりなくなったら補充してもらうために頼んだり。学園の文化祭を思い起こさせる忙しさが待っていた。

「お菓子が思ったより減るわね、もしかして想定より子供の数が多いかもしれないわ。コップの数を増やして。イーリス夫人、空いている窯で何かお菓子は作れないですか?」

「クッキーでしたら、生地を作って冷凍していあるわ。後は切って並べればすぐに焼けるわよ。」

「ではお願いします。数は、3皿ほどあるといいのですが。」

「あるわ。すぐやるわね。」

「モニカさん、フライドポテトがなくなったわ。すごい人気よ!」

「はい、次のが出来ているので運んでくださーい!ケチャップがないなら塩を振ってもおいしいですから。」

「テーブルにジュースをこぼしてしまったみたいです。」

「テーブルごと裏にもっていって。カートを横付けして、片付けてちょうだい。クロスは後で洗うにしても水につけといてほしいわ。新しいクロスはリネン室にあるからとってくるわね。」

「お嬢様そちらは私が行ってきますので、ここにいてください。」

 目が回るほどの忙しさだった。メモを取りながら数十人に指示を出す。会場を歩いて不足が無いかを見て回った。笑い声がするのが救いだった。

「お酒が足りないかもしれないわね。倉庫からもうひと箱とってこようかしら。」

「だったら俺がとってきます。」

 廊下での独り言に後ろから声をかけられて、少し驚いた。振り向けばレオン様が立っていた。本日の主役の息子は、会場から出てはいけないのではないだろうか。

「いえ、レオン様は会場にいてくださいまし。来賓の方のお相手もあるでしょう。」

「来賓と言っても、クリス殿下くらいでしょう。後は領民なので、俺が少し抜けても問題ありません。」

「だめですわ、いけません。レオン様はただでさえずっと王都にいて、顔を知られていないのですから。次期当主として会場で領民に声をかけるのも大切な仕事ですよ。」

「・・・。それはそうですが。」

 あのお兄様の弟ということで、領地の端の村では、レオン様の評判はすこぶる悪い。このままにはしておけない。

「モニカさんに持たせたくないんです。重いですから。」

 珍しく困った顔のレオン様に、胸が自動的に高鳴った。そんなふうに言われたら、私には反論できなかった。

「もう手は大丈夫なんですか?」

「ええ。訓練も問題なくできますし、痛みもありません。ジス殿が綺麗に治してくださいました。」

「・・・、では、お願いします。」

 はいと返事をして、倉庫に向かったレオン様の背を見送った。私も別方向に歩きだした。同じ領館に住んでいるというのに、最近はこんな感じでゆっくり話す機会がなかった。全部後回しにしていた。これからのことも自分の気持ちも。これが終わったら考えよう。出来上がった料理をカートに乗せて、会場に配膳しに行った。

 会場では正装に身を包んだローファス伯爵が、リエッタ様とともに領民と穏やかに話していた。楽しげな笑い声に、外とは違い温かい空気がホールを満たしていた。微笑みあう二人が目に入った。ほっと息をついた。

「今のところは料理も飲み物も足りていますよ。」

 背をしゃんと伸ばしたおじいちゃん執事長のアレックスさんが、私の顔を見て教えてくれた。先ほどからそれしか言っていなかったと思い起した。

「そのようですね。どうやら落ち着いてきたようです。」

 後はレオン様に頼んだワインと、イーリス夫人に頼んだクッキーを足せばいい。少しの間だけ、会場を見渡した。

「モニカさんがいらっしゃってから、この領館はずいぶん、穏やかな空気になりました。」

「え?」

 私が小首を傾げると、アレックスさんがにこりと笑った。家の中を取り仕切っていたナバ家は、自分たちのいいようにしていたらしく、横領一歩手前のことまでしていたようだった。そしてそのナバ家を擁護していたのがマイヤー様で、使用人はナバ家とマイヤー様の言いなりだったそうだ。そうなると当然、もともとローファス家に仕えていた家の者たちとの軋轢が生まれ、使用人も派閥に割れていたようだった。伯爵が離婚なさって派閥がなくなり、内部監査で横領一歩手前に加担していた使用人たちは軒並み出て行ってもらったため、今残っている人たちはローファス領に元から使える人たちだった。私はその手伝いをしただけだった。

「わたくしの力ではなく、伯爵様の裁量でしょう。」

「いいえ。伯爵はモニカさんが来てからずいぶん書類仕事がはかどっているようで、無理をして片付けようとすることが減りました。先のスケジュールを出してくださっているのでしょう?よく眠れるようで体調までよくなったご様子です。」

「今までは伯爵のスケジュールまで手が回りませんでしたからね。それもわたくしの仕事ですわ。」

 文官が少ないとは聞いていたがはっきり言っていなかった。軒並みマイヤー様の息のかかった人ばかりで、仕事が伯爵に一極集中されていた。名ばかりの文官はあてにならないと、結局わたくしとレオン様で伯爵の仕事を分担して、フィナに秘書のようなことをしてもらっていた。

「それに使用人たちも、休みが増えたり手当てが増えたり喜んでおりました。」

 冠婚葬祭の休みと手当てを増やしたのは、かなり好評だったらしい。それから子供手当てに介護手当、労災、危険手当なども整備した。こちらは騎士団から好評だった。

「これからももう少し整備して労働環境を整えてまいります。」

 もともと国からの支援金が多い領だ。使わなければもったいない。

「ええ、これからもどんどん良くなるでしょうね。去年の先行きの見えなさに比べれば、雲泥の差です。若様も穏やかな顔をされていることが多くなりました。」

 若様、とはレオン様のことだ。確かにこちらに来てからはよく、笑っている気がする。

「それはご実家に帰って来られたからではないでしょうか。」

「いえ。若様は年に一度帰ってくるときはいつも、厳しいお顔で緊張なさっておいででした。」

「・・・緊張ですか。」

 それはどういうことだろう。マイヤー様と何かあったのだろうか。

「でもモニカさんがいらっしゃってから、明るくなられました。私は、それが一番うれしいのです。ありがとうございます。」

 ニコニコと笑っているアレックスさんに、褒められれば悪い気はしなかった。

「そうなら、うれしいです。わたくしもこの領に来られて毎日楽しいですわ。」

 つられてそう笑っていた。

「モニカさん、持ってきました。ワインでいいんですよね?」

 木箱にワインの入った箱を廊下の外において、レオン様が声をかけてくれた。

「ああ、ありがとうございます。重かったですよね。すみません。」

 アレックスさんに一礼してから、レオン様のほうに向かった。廊下の扉の陰で、少し息をついていた。人前があまり得意ではないのは知っていたから、追い出す真似はしなかった。

「ではワインの補充に行ってきます。」

「はい。俺もそろそろ戻ります。」

 カートにワインを乗せて、会場に戻った。


 そのまま夜のとばりが落ち始め、音楽が鳴り、思い思いダンスをしたり椅子に座ってしゃべりこんだり食事をしたりと過ごしたいた。軽食を出し食事の提供はもう終わり、そこでやっとキッチンの片隅で椅子に座った。料理人も手伝ってくれた女性たちも、今は会場で過ごしているだろう。みんなは何とかシフト制で手伝ってくれたので、楽しめただろうか。私はずっと立ちっぱなしでもうヘロヘロだった。

 鍋の底に残ったスープと、私のためにと用意してくれたパンとおかずをのっそりと口に運びながら、フィナはちゃんとご飯を食べられただろうか?と考えていた。その時カタンと扉の開く音がした。

「フィナ?」

 そう言って顔をあげれば、レオン様がそこにいた。

「大丈夫ですか?」

「いえ。疲れました。もう立てません。」

 こちらも疲労の色の濃い顔で、向かい側の椅子に座った。少し息をふうとつけば、レオン様も同じタイミングで溜息をついた。それに気が付きお互いに力なく笑った。

「無事終わってよかったです。後片付けは明日の朝にしましょう。」

「はい。残ったものは包んだりすれば綺麗になくなると思います。お花も欲しい方に差し上げましょう。」

「あなたはどうしてそういうことを思いつけるんですか?」

「え?わたくし、変なことを申しましたか?」

「いいえ、感心しているんです。」

 これは皮肉だろうか?でもレオン様はそういうことは言わない方だ。皮肉に聞こえる私の心が歪んでいるのだろう。

「そうですか・・・何か食べますか?」

「いいえ。会場でいただきました。今日の料理はみんなおいしかったですよ。」

「そうでしょう。リエッタ様と相談して、いろいろ考えたんですよ。」

 今度は素直に受け取れた。

「今日はいい式でしたね。準備ありがとうございました。」

 少し微笑んだレオン様を直視してしまった。ちょっと元気が出てきた。

「はい。素敵でしたね、リエッタ様のドレスもさることながら、教会も飾り付けるのにちょうどいい綺麗なところでしたし。」


「モニカさんは・・・、どんな教会で式を挙げたいとか、そういうのはあるんですか?」


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 おっレオン突っ込んできたな?  ここは押してくるか?  正直この状況ならば押してなんぼだ!押せ!
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