第25話:海水浴
――七月。
マリオンたちはオリヴァー王子の南方国家群視察に同行することになった。
今回も引率はユルゲンとライナー。そして魔術騎士団から二十名、騎士団から二十名による護衛だ。
マリオンたちは、また各家から馬車を一台と使用人を連れ、荷物を運んでいる。
今回の馬車の組み合わせはユルゲンとマリオンたち女子四人。
ライナーと王子たち、アランにサイモン。
アミン、アレックス、スウェード、ヴァルター、そしてトビアスだ。
「トビアスの監視があの四人で大丈夫なのかしら……」
「あら、ヴァルター様が居るのに信用がないのね」
マリオンの吐露に、サンドラが茶々を入れる。
ユルゲンが笑いながらマリオンに応えた。
「疑惑のある人物を王族や公爵家、それに侯爵家の人間と共に乗せるわけにはいかないからね。私やライナーは君たちを守ることを優先しなければならないから、彼らに頑張ってもらうしかない――人を見る目で言えば、スウェードやヴァルターが居れば大丈夫だろう」
レナがそれに反論した。
「その二人は、トビアスに問題がないといったり、どちらとも言えないと答えた二人よ? トビアスの方が上手に感じるわ」
ララは少し考えてから口を開いた。
「アレックス様とヴァルター様という、ザフィーア二強が揃っているから、暴れられても抑え込めるとは思うんだけど……逆に搦手に対応できるかは不安よね」
ユルゲンは「なーに、心配しすぎだよ」と笑うだけだった。
――出発から何日か過ぎ、もうじき国境付近に差し掛かる頃。
馬車が昼休憩で停車し、マリオンたちは下車して外の空気を吸っていた。
マリオンがトビアスに話しかける。
「トビアス、調子はどう? 馬車の空気は悪くない?」
「みんな打ち解けてくれて、楽しく過ごしていますよ」
トビアスが笑顔で応えた。
(トビアスと打ち解けた? あの四人が?)
マリオンは疑問に思いながら「そう、それならよかったわ」といってヴァルターの元へ行く。
小声でヴァルターに話しかける。
「トビアスの様子はどう?」
マリオンの問いかけに、穏やかな笑顔でヴァルターが応えた。
「じっくり話してみると、彼は思ったより好印象でした。怪しい素振りも見られませんし、大丈夫でしょう」
アミン、アレックス、スウェードに聞いても、同様の答えが返ってくる。
(どういう事かしら。私たちの心配は杞憂だった、ということであればいいのだけれど)
マリオンの直感判定は相変わらず鈍ったままだ。彼女には不安だけが募る。
マリオンはサイモンや王子たちにもそのことは報告した。
「……そうか。マリオンは引き続き、警戒を続けておいてくれ」
マーセル王子はそう告げて、昼食を続行していた。
オリヴァー王子も、何かを考えるように俯いた後、昼食に手を付けていた。
サイモンは「あいつは油断ならない。なるだけ俺の傍から離れるなよ」と言っていた。
マリオンたちは南方国家群に入り、いくつかの街を抜けていく。
南方国家群は木造建築が多い。その表面を泥で覆い、塗料で白く塗ったものが多いのだ。実際、街並みは白い家が多く見えた。
白い色は太陽の熱を弾きやすいので、この地方なりの暑さ対策なのだ。
マリオンたちは北方国家群の時のように、街並みを見て回り、お土産を数点買う。そんなことを繰り返して二週間ほどで沿岸部の滞在拠点に到着する。
リゾート地として発展しているそこは大きな宿も多いが、それでも前回ほど部屋数のある宿はない。使用人や護衛も含むと、百名近い大所帯だ。
馬車で分かれたグループごとに部屋を取り、集団で寝泊まりすることとなった。
「やっぱり今回も貸し切りなんですね」
マリオンの言葉にユルゲンが「そりゃあ警備上の都合だからね」と笑って応えていた。
二階建ての宿は一階が各種設備、二階が宿泊施設となっていた。マリオンたち女子は角部屋だ。
今回もオリヴァー王子はライナーと魔術騎士十人を連れて公務に走り回る予定だ。
「オリヴァー殿下一人、また貧乏くじですわね」
「なに、今回は途中一週間ほどゆっくりする時間がある。その時に息抜きをするさ」
マリオンの眉尻を下げた顔に、オリヴァー王子は笑顔で応えていた。
この場所でもマーセル王子の「街を散策しよう!」という提案でまたぶらぶらしている。
マリオンがトビアスの様子を見ると、トビアスの居たグループの男子たちと仲良く談笑していた。すっかり打ち解けた様子だ。
「ねぇマーセル殿下、サイ兄様、なんか変だと思いませんか?」
他はともかく、ヴァルターはかなり警戒をしていた気がするのだが、今はまるで警戒心が無くなっているように見える、とマリオンは感じていた。
マーセル王子も彼らの様子を観察した後、口を開いた。
「トビアスが本当に好人物だったのか、魔術で絡めとられたのか――後者だとしても、十三歳で使える魔術にそんなものはないはずだ。相手の心、つまり精神を支配するような魔術はかなりの高等魔術。ヒルデガルトやジュリアスですら、使えるかどうかだろう。そんなものを使えると考える方が不自然だな」
サイモンも同じく様子を観察してから口を開いた。
「だが打ち解けたとしても、あそこまで無警戒になるような時間でもないだろう。たった二週間だ。何かをされた可能性は高い。マリーが同じ手を食らったら危険だ。警戒は続けておいた方がいい。決して奴と二人きりにはなるなよ」
つまり、荒事になったときに一番頼りになる二人が、トビアスの術中に落ちたと考えるべき、ということだ。
王子たちやサイモン、女子の誰かが術中に落ちるよりマシとは言え、これはかなり痛い。
夕方前に浜辺に着いた。もうじき夕焼けが海を染めるという。
白い砂浜が広がり、涼しい風が熱さを吹き飛ばしていく。
全員が初めて見る海に心を躍らせていた。
「すげーな! 見渡す限り水だぞ!」
「遠くの水が丸く見えるのねー」
「足元が凄い熱いんだけど……」
マリオンも知識としては知っていたが、実際に見ると感動を覚えた。
マーセル王子は「明日は午前からここで泳ぐとするか!」と海水浴をする気満々の様だ。
女子たちは顔を見合わせて「どうする?」と悩んでいた。せっかくの絶景に身を浸してみたい欲求はあるが、男子たちにマリオンの水着姿を見せたくないようだ。マリオン一人を浜に放置するわけにもいかないと、意見を出し合っていた。
今回女子が持ってきた水着は、肌を覆う面積自体は部屋着と大差ない代物だ。マリオンも三か月部屋着を着用していれば慣れてしまって「これくらい、彼らになら見せても良いかな」という心境にはなっていた。そのことを伝えると悩み抜いた末に「じゃあみんなで入ろうか」ということになった――男子たちから離れるより、近くにいた方が安全だ、という判断もあるのだろう。
女子が水浴びをする、ということでまだ若い魔術騎士たちは付近の警邏に回ることになった。ユルゲンはもう老境なので男性としてはノーカウントとされ、「浜でのんびり監督しておくよ」と語っていた。
翌朝、南国の朝食を満足げに平らげた一行は早速海に向かう。
女子たちは『遮蔽』の結界の中で水着に着替え、宿で着替え終わっていた男子たちに合流して水遊びを始めた。
「うむ! マリオンの水着姿は実に刺激的だな!」
というマーセル王子の言葉に、サイモンが「殿下、三メートル以上近寄ったら殿下と言えど切り捨てます」と座った眼で睨みつけていた。
(刺激的、という意味ならサニーの方が圧倒的だと思うんだけど……彼らの価値観が解らないわ)
水に濡れてもボディラインが出にくいデザインの水着は、日焼け対策の魔術も完備した優れものだ。
そんな水着を着ても、マリオンの慎ましい体型とサンドラの豊満な体型が雲泥の差であることは一目瞭然である。
男子たちから五メートルほど離れて女子たちが水遊びをする。そんな午前を過ごしてお昼となり、浜で肉を焼いて食べようとユルゲンが提案した。
成長期の子供たちが肉をがっつく中、マリオンはこっそりトビアスの様子を伺っていた――ここまで、彼からなにか行動を起こしてくることはなかった。
やはりアミン、アレックス、スウェード、ヴァルターと意気投合しているようだった。
食事を終えると、マーセル王子が「岩礁の方を探検してみよう!」と言い出した。少し水遊びに飽きたらしい。
女子の周囲にはユルゲンとサイモンが付き従い、男子たちは銘々分かれて移動している。
トビアスは引き続きヴァルターたち四人と一緒に移動していた。
「動きを見せないわね……考え過ぎなのかしら」
「まだわからん。目を離すなよ」
サイモンの言葉にマリオンは頷いた。
マーセル王子が「洞窟を見つけた! 入ってみよう!」と言い出したので、マーセル王子たちを先頭に中に入ることにした。
マーセル王子、アランが先頭、続いてトビアスやヴァルターたち、最後に少し離れてサイモンや女子とユルゲンで進んでいく。
それぞれが手元に火炎魔術で明かりを灯して進んでいく。
ユルゲンから「多分これは鍾乳洞だね」と教えてもらった。
幅は三メートル程度、高さも同じくらいだ。
ずんずん進んでいくマーセル王子たちに、ユルゲンが「あまり先に行かないで!」と叫んだのだが、初めての鍾乳洞探検に興奮してしまっているのか、言う事を聞かずに暗闇に消えて行ってしまった。
ユルゲンが頭を掻いた後「サイモン、悪いがここで女子を頼む。すぐ戻ってくるから」とマーセル王子たちを呼び戻しに先の方へ走っていった。
「マーセル殿下ったら、ほんとお子様ね」
マリオンが大きくため息を吐くと、女子三人も同意していた。
サイモンは緊張して付近を警戒しているようで、無言を貫いている。
「サイ兄様? なにをそんなに緊張しているの?」
「ん、ああいや、今は丸腰だからな。どうにも不安で」
確かに、水着のマリオンたちは武器らしい武器は持ち合わせていない。
武錬で組内術を習っているサイモンは素手でもそこそこ戦えると思うが、それでは心許ないのだろう。
五分ほど待ってみたが、ユルゲンが戻ってくる気配はなかった。
代わりに、背後からかつん、かつんと複数の足音が聞こえてくる。
サイモンがマリオンたちの背後に回り、両手で庇った。
全員が無言で音の主を見極めようとする。
明かりで照らされた音の主は、南方国家の衣服を着た男たちだった。
「何者だ。何の様だ?」
サイモンの誰何の声をきっかけに、男たちの身体が弾けた。合わせてサイモンも動き出す。
サイモンと互角以上の速度で動き回る男たちに、サイモンはあっさり組み敷かれ、頭部を殴られて気絶させられていた。
男たちが、マリオンたちに近寄ってくる。
「……」
レナ、ララ、サンドラは無言でマリオンを庇った。だがサイモンを組み伏せるほどの男達に、一瞬で気絶させられていた。
マリオンが声を上げる間もなく、男たちが彼女との距離を詰め――
(捕まる!)
身構えた瞬間、男たちの身体が弾け飛んだ。
(ヴァルター?!)
マリオンがそう思って振り返ると、そこに居たのはトビアスだった。
きょとんとしているマリオンを、トビアスは手を引いて「こっち!」と走って先に連れていく。
「でもみんなが!」
「奴らの狙いは君だ! 他の連中は相手にされない! とにかく急いで!」
トビアスが火炎魔術で男たちの前に壁を作り、その隙に横道へそれて息を潜めるようマリオンへ指示した。
マリオンたちが息を殺していると男たちが通り過ぎる音が聞こえ、その気配が遠くへ消えていった。
「どういうこと? なにがあったの?」
マリオンは小声でトビアスに尋ねた。
「この洞窟の奥で待ち伏せを食らいました。殿下はアラン様やヴァルター様やアレックス様、それに後からきたユルゲン様が守っているはずです。アミン様と私で急いで戻ってきたのですが、途中でアミン様も男たちにつかまりました」
「彼らは何者?」
「おそらく、教会の手の者、でしょうね。全員が首から同じペンダントを下げていました。あれは信仰の証だったはずです」
(ユルゲン叔父様は帯剣していたはず、それでもこんなに足止めされるなんて)
「とにかく、ここに居てもいつか見つかる。この洞窟はあちこちが外に繋がっているようです。この道が外に繋がっていることを祈って進みましょう」
サイモンはトビアスを警戒しろ、と言っていた。だが彼が今、嘘を言っているようにも思えない。マリオンの直感は”嘘はついていない”と言っている。だが同時に”信用するな”とも感じていた。
教会に狙われる覚えはあるが、その秘密がばれたとも思えなかった。
第一、マーセル王子が偶然発見した鍾乳洞で待ち伏せなどできるものなのだろうか。トビアスが中に入るときに仲間に報せた――その可能性は捨てきれない。
(どうする?)
迷うマリオンの手を引いて、トビアスは構わず前へ進もうとする。
力ではかなわないので、引きずられるように進んでいく。
「……信用されていないのは分かっています。でも今は、言う事を聞いて」
その言葉で、マリオンは抵抗するのを諦めて素直に彼に手を引かれて進んだ。
「なぜ私が教会の人間から狙われたのでしょうか」
マリオンは歩きながらトビアスに尋ねた。
「奴らの狙いは殿下じゃなかった。ならば残っているのは、消去法であなただ」
マリオンは少し考えてから、再び尋ねた。
「その消去法の根拠を聞いても良いですか?」
トビアスは大きくため息を吐いた。
「――ふぅ。解りました。降参です。言いくるめるのは無理の様だ。そこまで警戒されてるとは思わなかったな。勝手に納得してくれると思ったのですが――ではお話しましょう」
トビアスは苦笑を浮かべたようだった。
「何年か前から、教会の一部で、まことしやかに囁かれている噂があるらしいんですよ。”片目の精霊眼には神の力が宿っているのではないか”というね」
「……なぜそれをあなたが知っているの?」
「……それは言えません。ですがあなたやファルケンシュタイン侯爵が教会から目を付けられている、という事実は知っておいた方がいい――いや、侯爵はおそらくもうご存じでしょう。あなたが伝えられていなかっただけだ」
「……帝国の密偵からの情報なのかしら?」
「言えない、と私は言いました――ともかく、あなたを教会の手に渡すわけにはいきません。なんとしても宿に戻りましょう」
マリオンたちの足音が、洞窟内に響いていく。
「……ヴァルターたちになにをしたの?」
「……仲良くなるおまじないをかけました。それだけですよ。相手の警戒心を緩める程度のものです。私だって、ギスギスした空気で何日も馬車に押し込まれていたくはない」
「その割には、随分と仲良しさんね」
「私は人と仲良くなるのが得意なんですよ。迫害されてきた精霊眼保持者は、人との関わりを絶つか、無理にでも仲良くなるかの二択しかありません。私は後者だった」
――マリオンには、彼が真実を全て語っているようには思えなかった。
トビアスに手を引かれながら、躊躇いがちに尋ねた。
「……ここまで、いくつ嘘をついたの?」
「それも言えません――やはりあなたを言いくるめるのは難しい。大人しく付いてきてくれるだけでも大助かりってところですか」
それ以上は言葉を交わさず、マリオンたちは無言で歩を進めた。
しばらく進むと、遠くに出口が見えた。
(よかった、ひとまず教会の人間が居る様子はないみたい)
ようやく外に出られる――そうマリオンが思った刹那、腹に重たい衝撃を感じた。
マリオンが苦痛に顔を歪めながら、トビアスの顔を見ると、とても申し訳なさそうな顔をしていた。
マリオンはそのまま、自分の意識を手放した。




