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第23話:マリーの初授業

「マリー、マリーったら! 朝よ!」


 マリオンは妖怪布団芋虫となって声に抗った。


「マリー! そろそろ起きないと朝食を食べる時間がなくなるわよ?!」


「んー……あと五分、サブリナ」


 笑い声の後、「私はサンドラよ?」という声が届き、マリオンはがばっと起き上がった。


 春の朝の陽射しが寄宿部屋に差し込み、眩く彼女の視界を照らしている。


(あー、そうか寄宿舎……)


 ようやく寄宿生活を始めたことを思い出し、マリオンは欠伸を噛み殺しながらタオルを手に廊下へ出た。


 共用の水場で顔を洗い、顔を拭きながら部屋へ戻る。


 サンドラは既に制服に着替え終わっている。時計は七時を指していた。


 マリオンも部屋着を脱いで制服に着替える。その間に、レナやララも部屋に来ていて、マリオンを待って居た。


「お待たせ! じゃあ行きましょうか」


 てくてくと四人で食堂に向かう。


 四人がカウンターで「A定食!」と斉唱し、トレイを受け取りテーブルに着く。


「どう? よく眠れた?」


「いまいちね……あの狭いベッドで抱き枕にされるのよ? 寝苦しくて眠りが浅いわ」


 マリオンがまたもや欠伸を噛み殺しながらA定食を口に運んでいく。


「お、A定食か。外した」

「僕は当てましたよ」

「くっそ! 次は当てる!」


 年少組男子や年長組、トビアスも合流し、十二人がテーブルを囲んだ。



 トビアスが食べながら疑問を口にした。


「ところで、みなさんが時折口にする”ザフィーア”とはなんなのですか?」


 サイモンがそれに応える。


「俺たちにオリヴァー殿下を加えた十二人のグループだ。母上の最初の弟子たちで結成し、オリヴァー殿下が命名した」


 それを聞いた後、トビアスの目がマリオンの右目を捉え、「なるほど……そういうことですか」と口にした。


「そういうグループなら、私が加わるのは難しそうですね。私はファルケンシュタイン侯爵の弟子ではありませんし」


 マーセル王子が「そういうことだ。よくわかっているな」と笑った。


 だがそれに対してトビアスが「でも、マリオン様争奪戦に加わる事は文句を言われる筋合いなんてありませんよね?」とぶっこんできた。


 一同がぽかんと口を開けた――レナやララ、サンドラでさえも。


「どうしたのです? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。何か変なことを言いましたか?」


 ララが「いえ、あなたは感情が掴みづらいから、そんな気がある事に気が付かなかっただけよ」と告げた。


 トビアスは苦笑を浮かべた。


「よく言われます。精霊眼は感情が読み取り辛いですからね。北方国家でも、それが原因で迫害されることは多いのですよ」


 マリオンは食事の手を止め、トビアスに尋ねた。


「精霊眼を持って生まれて、後悔したことはあるの?」


「ないと言えば嘘になりますが、この目のおかげで優遇されることもあったのは事実です。一長一短ですね。マリオン様はどうですか?」


「私はお母様と同じく、後天性の精霊眼よ。この目を授かってから今まで、この右目を自分のものだと思えたことがないわ。それまで私は、自分が魅力的な女の子だと密かに自負していた。でも今は、その自信がまったくなくなってしまった――後悔がないと言えば嘘になる、というのは一緒ね」


 トビアスはその言葉に驚いたように言葉を返した。


「あなたほどの女性が自分に自信を持てないだなんて言ったら、そこらの有象無象が噴血しますよ――大丈夫、あなたは未だに魅力的です。そのうち精霊眼に慣れれば、自信を取り戻すこともできるでしょう」


「本当にそうかしら……私にはわからないわ」



 生まれ持った整った顔立ち、幼少の頃から侯爵家で磨かれてきた美貌、そして身に着けた優雅な所作。


 だがそれを、精霊眼という異物が全て台無しにしているようにマリオンは感じるのだ。



 トビアスが可笑しそうに笑った。


「僕を含めたこの場に居る七人から思いを寄せられてもまだ自信が持てないんですか? 聞きましたよ、”男七人を手玉に取る悪女”という噂。とてもそんな噂通りの人には見えませんね。手玉に取られているのは間違いないみたいですが」


 トビアスの目が男子一同を見渡していた。


 ララが「あら、本気の発言だったってこと? じゃあ今度から”男八人を手玉に取り実兄を含めた九人を従えるお姫様”に昇格ね」と笑っていた。


「その”お姫様”っていうのも本当にやめてくれないかな?! 柄じゃないのよ!」


 マリオンが思わず素で語気も荒く返していた。


 しかしアランに「でもあなたは高貴な血を目指しているのでしょう? 呼ばれ慣れておいても損はないですよ」とさわやかな笑顔で突っ込まれた。


 サイモンから「あまりおしゃべりしていると授業に遅れるぞ」と突っ込まれたので、皆で黙って食事を勧めて部屋に戻った。



 マリオンたちが筆記用具を用意して教室に向かう。


 席順は昨日決めた通りだ。


 最初の一週間は共通科目のみ、その間に選択科目を申し込んで、翌週から選択制になる。


 さっそく最初の教養科目の教師が現れ、大きく手を叩き「授業を始めます!」と声を上げ、最初の授業が開始された。





****


 五十分の授業が終わり、十分休憩に入った。


 マリオンが一息ついた。


「なんだか、最初だけあって進み方が緩かったですわね」


 スウェードだけがちょっと苦しげだったが、皆余裕でこなしていた。


「余裕がある奴はとっとと自習で先に進んでしまい、選択科目を多く取るらしい。ヒルデガルトやジュリアスは優秀過ぎて時間を持て余していたらしいからな。そういう奴への対策も踏まえた選択科目制なのだろう。毎週の定期試験で結果さえ残せば何をしても良い、というのは昔と変わらないそうだ」


 マーセル王子の言葉にマリオンは「なるほど」と頷いた。


 アランが疑問を口にした。


「定期試験で落第するとどうなるのですか?」


「翌週の放課後から毎日一時間補習があるらしい。落第を繰り返すようであれば退学が視野に入ってくるというから、あまり気を抜くなよ――尤も、その心配はスウェードくらいにしか当てはまりそうにないがな」


 皆に笑いが起こった。スウェード以外の年少組はもちろん、トビアスも余裕だった。


 これならマリオンたちは、この科目は次の時間から自習をした方が良いだろう、という話になっていた。





 そんな調子で午前の三科目を終え、食堂に十五人が集まった。


「B定食!」


 三度繰り返された斉唱に、慣れ始めた調理職員が微笑んでトレイを渡した。



 マリオンが不満顔で文句を言う。


「どうして初日を終えたのにみなさま私と同じものを選ぼうとするのですか?!」


「どうせなら、同じものを食べるのも一興だろう? そのうちバラバラに頼むようになるさ」


 マリオンはマーセル王子の言葉に納得できないものを感じつつ、だんだんと慣れてきた料理を口に運んでいく。


 オリヴァー王子が「トビアス、お前もマリオン争奪戦に名乗りを上げたそうだな――どうだマリオン、今の直感判定はどうなっている?」


「え?! それはトビアスを含めて、ですわよね? そうですわねぇ……」


 マリオンは食事の手を止め、点数を口にしていく。いつの間にかレナがメモを用意していて点数を記して行った。



 ヴァルター:九十点

 マーセル殿下:八十五点

 オリヴァー殿下:五十五点

 サイ兄様:五十点

 アラン様:四十八点

 アミン様:四十六点

 アレックス様:四十五点

 トビアス:三十点

 スウェード様:二十三点



 一同が騒然となった。


「おい、マーセル殿下がいつのまにかヴァルターに肉薄してるぞ?!」

「王族パワーおそるべしね……」

「その”王族パワー”という単語は点数据え置きのオリヴァー殿下を嬲(なぶ)るから止めて差し上げろ」

「トビアスが初回にしては案外いい位置ですわね。お兄様が減点を食らったのは先日の態度が原因かしら」

「ちょっと匂いを嗅いだだけで減点とかきつくねーか?!」



 アランが「あと一歩でサイモンを抜いて恋愛対象圏内ですか。もう一息ですね」と爽やかに笑っている。


 トビアスが「ああ、こんな遊びをしていたんですね。なるほど悪女なんて噂が立つわけだ」と苦笑していた。


 マリオンが疲れた顔でため息を吐いた。


「みなさんが面白がって順位を競っているだけですわ。オリヴァー殿下が卒業するまでの残り二年間で私の心を射止める男性が現れなかった場合、私は殿下たちのいずれかと婚約をする、というゲームですの。王妃殿下も乗り気だそうですので、国家公認のゲームですわ」


「実兄であるサイモン様が恋愛対象の壁、ということですね。五十点を超えるのはなかなか厳しそうだ」


 トビアスが困ったように笑った。


 マーセル王子が嬉しそうに語る。


「マリオンが目指す王族か公爵家の嫁になる、という夢に現状一番近いのが俺、ということになるな。此処からはヴァルターと俺の一騎打ち、ということになるのかな?」


「今はまだ、二人から求婚を受けても首を縦に振ることは出来ませんわよ。どちらを選んでいいのか私の理性ではわかりませんもの。それにタイムリミットまではまだ時間があります。それまでにオリヴァー殿下やアラン様が追い上げて来れば、まだわかりませんわよ?」


 レナが「どう転んでも保険として殿下たちとの婚約が確約されているのだから、マリオンは気楽よね」と刺すように突っ込んだ。


「レナ達だって縁談は親が進めているのでしょう? そういう意味では立場は変わりませんわよ? それに王族に嫁ぐ厳しさは先日、教えられたばかり。それに見合う自分を磨いていかねばなりません――私はこんな女ですので、トビアスも血迷って参戦するのは止めておいた方がいいですわよ?」


「いえいえ、他のベジタボーな女性たちを狙うよりはよっぽど面白いので、在学中の暇潰しがてら、参加させてもらいますよ」


 トビアスはすっかりマリオンで遊ぶ気の様だ。立ち位置的にアランとどっこいだろうか。


 オリヴァー王子の目は少し厳しめだ。「参加表明は構わないが、ザフィーアの集まりに呼ぶことは出来ない。それは承知しておいてくれ」と告げた。


 トビアスは「構いませんよ。寄宿仲間として交流できれば、時間は充分あるでしょう」と余裕の表情だ。



 サイモンが話題を変えた。


「選択科目は皆、どうするつもりだ?」


 一年目で選べる科目は少ない。


 武錬か水泳か他の教養科目を追加で受ける形になる。国政や軍略は二年目からの選択科目らしい。


 どうやら男子組はみんな武錬を選ぶようだ。


 やはり体を動かすことを優先したいお年頃、というところだろうか。


 武錬は剣術をはじめとした組打ち術を含んだ科目だ。


 マリオンが意外そうにトビアスに尋ねた。


「トビアスも剣術を嗜むのですか?」


「魔力が低い分、魔術で大したことは出来ません。むしろ剣術の方が得意ですね」


 ララが「マリーの直感判定だと、どれくらいの強さに見える?」とまた無茶振りをした。


「え゛、そうですわね……アラン様より少し下、ぐらいじゃないかしら――え、ということは肉体強化術は使いこなしていることになりますわね」


 当然のようにララが不満を表明した。


「それじゃあアム兄様より強いということ?! 信じられないわ!」


 サイモンがニヤリと笑って「じゃあ食後の腹ごなしに武錬場でアミンと一手、手合わせしてみれば良いだろう?」と提案した。





****


 トビアスの木剣が、アミンの首筋に寸止めされている。


 マリオンには見えない速度の攻防の結果、数舜で結果が決まっていた。



 ララが信じられないようなものを見たように「嘘、アム兄様がこんなあっさり……」と呟いた。


 アランも「なるほど、これは僕でも苦戦しそうだ」と苦笑いだ。


 サイモンは「アミンは本来、魔術を多用するタイプの剣術を使う。そうなったらおそらく腕は互角、といったところだろう」と統括していた。



 マリオンが見たところ、トビアスは持てる魔力をすべて肉体強化術に使っていた。肉体の鍛錬度合いはトビアスのが上の様だが、確かにアミンが魔術も絡めてきた場合、それに対応する余力はないだろう。


 お互いが礼をして木剣をしまい、教室に戻りつつ雑談をしていく。



 マーセル王子がトビアスに話を振った。


「一歳年上のアミンを降せる剣術なんて、よく身につけられたな」


「身を守る為に必要だったから腕を磨いただけですよ。力がなければ踏みにじられる。北方国家は精霊眼保持者にとって生き辛い環境ですから」


(だけどアミン様だってエリートの一員、簡単に勝てる相手じゃないのに)


 アミンはレベルの高いザフィーアだから下位に甘んじてるだけで、並の生徒が相手なら負けることはない。


 ファルケンシュタイン本家のスパルタを受けているアランより少し劣る、というのはそれだけ剣術の才能がある証拠だ。


(勉強ができて腕も立つ、完璧超人の類ね……)



 トビアスが敵対勢力だった場合、かなり厄介な相手になるのではないか――マリオンはそんな予感がした。





 午後になり、魔術の授業が始まる。


 一年生の序盤は魔力鍛錬に毛が生えた程度の内容だったので、マリオンたちは自習を申し出て砂時計鍛錬をすることにした。



「ヒルデガルト先生の弟子である俺らには、グランツのカリキュラムは物足りないな」


 スウェードが砂時計に向かいながら言った。



「しょうがないわよ。レブナント随一の魔術師に師事してるんだもの」


 サンドラも砂時計に向かっている。



「あら、お母様は”ジュリアスの方が魔術師としては上なのに”って常々言ってるわよ?」


 マリオンも砂時計鍛錬だ。



「ヒルデガルト先生は逸話が強烈過ぎるんですよ」

「個性が強すぎるんですよね」


 アランとヴァルターは地面に伏せて腕相撲勝負をしていた。これももちろん魔力制御鍛錬だ。


(アラン様に匹敵する魔力制御を兼ね備えているヴァルターも、やっぱり完璧超人の類よね)


 二人ともすでに魔法を身に着けている身だ。年少組の中では魔術の腕は二強と言っていい。


 マリオンはいろいろと規格外な要素が多いので、どの辺に位置するのかが分かり辛い。


 『蜃気楼』こそ扱えるが、他の魔術は魔力が強すぎて魔力制御が難しいので、この二人に劣るのだ。



 他のザフィーアメンバーも砂時計に向かって集中している。


 トビアスは他の生徒と一緒に授業を受けていた。



「トビアスの魔術の腕、実際はどれくらいなんでしょうね」

「魔力の強さが三等級ってのも自称だからねー」


 ララとレナが言った。



 確かに自己申告だ。


 実際より高く申告しても、留学時の受け入れ試験を突破できない。


 通常は留学時に低く申告する意味などないので、制度に再検査が考慮されていないのだ。



 あまり鵜呑みにしない方が良いのかもしれない、とマリオンは思った。


 少なくとも、二等級のアミンに匹敵する体力強化術をしてのけたのだ。


 彼女の直感通りなら、一等級のアランに匹敵する体力強化術を使えることになる。


 トビアスは”体力や体術を重点的に強化しているからだ”と言っていたが、アランだって本家のスパルタ教育を受けている身だ。そこらの十三歳の比ではない。



「マリーの直感で魔力の強さまでわからないの?」


「何でも具体的に見抜ける程、便利な能力じゃないわよ」


 マリオンはサンドラの言葉に呆れながら応えた。




 実は先程、試しにやってみたのだが、いまいちピンとこなかったのだ。


 マリオンに直感で剣術の腕を見抜かれたことで、警戒させてしまったのかもしれない。


 誘拐事件の時だって見抜けなかった。相手が隠すことに長けている場合、それを見抜くのは困難なのだろう。


 ただ、能力を隠していることはこの結果からも分かった。”要注意”と感じたのは、そのせいかもしれない。


 素性はレブナントの諜報部が調査しているはずだが、それも偽装しているとしたら大したものだ。


 ――結局マリオンの下した判断は「警戒対象」ということだけだった。





 午後の魔術授業が終わり、マリオンたちも鍛錬を切り上げホームルームへ戻った。


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