第22話:悪い虫
「つかれたー!」
マリオンたちは堅苦しい話を終えて解散し、部屋に戻ってきた――時刻は二時半だ。夕食まではだいぶ時間がある。
(着替えちゃうか)
サンドラも同じ考えだったらしく、さっさと着替えてしまっていた。
「マリー、一人で制服脱げるの?」
「当たり前じゃない! この日の為に何度も練習してきたんだから!」
マリオンが背中のホックに向けて腕を伸ばす。
「よっ! ほっ! あれ? えい!」
「……マリー、手伝うわ」
「……ごめん、ありがとう」
マリオンはサンドラに手伝ってもらって制服を脱いだ後、部屋着に着替えた。
「おっかしいなー、十回に一回は成功するのよ?」
サンドラはマリオンの言葉に笑いながら言葉を返した。
「これで、貴族子女がなんで相部屋か、少しは理解できたんじゃない? ――一人で着替えられない令嬢も、相方に手伝ってもらえば着替えられるからよ」
「あ、なるほどー」
マリオンは思わず手を打った。
「それにしても……この部屋着、物凄く落ち着かないわね」
(下着とほとんど変わらないじゃない……)
マリオンは居心地が悪そうになんども自分の姿を確認している。
サンドラは気楽な笑顔で応える。
「すぐ慣れるわよ。どうせ女子にしか見せないんだもの――あら、レナにララ、またお茶?」
ドアの向こうから部屋着のレナとララが現れて、再びローテーブルに座り込んだ。
「時間があるんだもの。お茶くらいしようかと思って」
「堅苦しい話で肩がこっちゃったから、リラックスタイムね」
そうしてまた四人でお茶を楽しんでいると、窓がこんこん、と音を鳴らした。
サンドラが「何かしら?」と窓の外を覗きに行った。
一瞬硬直した後、ジェスチャーを始めた。
(窓の外に誰かいる?)
サンドラは大きなため息を吐いた後、レナとララに「あなたたちは大丈夫?」と尋ね、二人は呆れ顔で「別に構わないわ」と応えていた。
サンドラが上段のベッドからシーツを剥ぎ取り、マリオンに被せて「きっちり被っておきなさいね」と言った後、窓を開けた。
「よぉ! いやあこういうのはドキドキするな!」
窓から現れたのは――部屋着のマーセル王子だった。
しかも続々とアラン、スウェード、そしてヴァルターが部屋着で現れてから窓を閉めていた。サンドラが急いでドアの鍵を閉めている。
マリオンはシーツを被ったまま硬直していた。
(……なんでみんながここに来てるの? ていうかレナもララもサニーもなんで平然とできるの?!)
女子三人は下着同然の部屋着姿だ。いくら気心が知れてるとはいえ、マリオンには正気とは思えなかった。
マリオンも、シーツの下は同じ部屋着だ。言われた通り中が見えないようにキッチリシーツを閉じていた。
「みんな、なんで居るの? サニーたち、なんで平気なの?」
マリオンはなるだけ小声で問い詰めた。
「私たちは彼らを異性として見ていないもの。全裸なわけじゃないし、部屋着程度なら気にならないわ」
サンドラが平然と応えていた。
(慣れちゃうとこんな境地になるのかな……)
マーセル王子は「飯まで暇だろう? マリオンの部屋にどうせ四人揃ってるだろうから、年少組で遊びに行こうって話になってな」と悪びれもせず言い切った。
しかし、本来は二人部屋である。女子四人ならまだしも、そこに追加で男子四人はスペースが厳しい。
サンドラが主導して位置決めをしていき、男子がローテーブルまわり、女子がベッドや椅子の上に移動した。
「殿下、その手に持ってるのは何ですか?」
「これか? これは『遮音』の結界を晴れる魔道具だ。本来は機密を話すときの為に持たされているんだが、別に今使っても問題ないだろう?」
たしかに、マリオンの右目では部屋全体に結界が張られているのが見えた。つまり男子の声は外に漏れない。
「用意周到ね……で、これってばれたら大事になるんじゃないの?」
ララがにっこり笑って「バレたら一発で停学、問題を起こしたら退学ね」と楽しそうに語った。
マリオンが驚いて声を上げた。
「殿下なにしてるの?! ていうかアラン様やヴァルターまでなんで付いてきてるの?!」
アランはさわやかな笑顔で「女子の部屋に遊びに行くんですよ? その誘いを断る野暮な年頃の男子は居ませんよ」と笑った。
ヴァルターは「大丈夫、何かあったら僕が止めるから」と淡々と語っている。
スウェードは「これが女子の部屋の匂いかー」と鼻の穴を大きくして深呼吸をしてレナに後頭部を叩かれていた。
マリオンは下段ベッドの中でシーツを被って脱力していた。
「マリオンの部屋着が隠されてるのが納得いかんが、噂に違わぬ刺激的な服だな。ヴォルフガングの奴、案外助兵衛なんだな」
サンドラがマーセル王子の言葉に反論した。
「男子にマリーの部屋着姿を晒す訳がないでしょう? それにこれは男子に姿を見せないよう女子を律する服だもの。敢えて刺激的にしてあるのよ」
「噂じゃ、その刺激的な服を悪用する令嬢も過去に居たらしいじゃないか。ヴォルフガングの目論見は失敗してないか?」
マリオンが推測を述べる。
「お爺様の場合、おそらく”その程度で堕落する生徒はこの学院には不要”と判断されたのよ……本質はとても厳しい方ですもの」
スウェードが「いや、でもこの服で夜に迫られて落ちない男は不能じゃないか?」とサンドラを見て言った。
サンドラは「この私の部屋着を見ても理性を保っていられるのは、親しいザフィーアの男子ぐらいでしょうね」と高らかに笑った。
ザフィーアのメンバーはマリオン以外、お互いを異性と見做していない。二か月に及ぶ共同生活で、すっかり同性同然として見るようになっていた。
マリオンはぼそりと「その異性と見做さないメンバーに私も含めてもらえないかしら」と呟いた途端、男子四人から「それは無理」と断言されていた。
(どうしてこの中で一番慎ましい体型の私だけが除外されるのかしら……)
マリオンがため息を吐くと、窓の外を叩く手が視界の隅に見えた。マリオンが「まさか」と思ってシーツを被りつつ窓の外を覗いたその目に、サイモンたちの姿が映っていた。
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マリオンが呆れたように声をかける。
「さすがに、窮屈じゃありません?」
「マリーの身を案じて来てみれば、案の定こうなっていたな」
ローテーブルの周りには男子七人がみっちり座り込んでいる――年長組三人が合流したのだ。
「あの……悪い噂が立つと困るので、これからはこういう事は避けてもらえない? これ以上悪評が立つと学院にいられなくなるわ……」
”入学早々男子七人を部屋に連れ込んだ悪女”なんて噂が立ったら社交界にも居られないだろう。
だがレナが笑いながらそれを否定した。
「大丈夫よ、みんなこのぐらいの遊びは結構やってるの。二人きりじゃなければ問題視されることは滅多にないわ。『大人にバレなきゃセーフ!』という遊びよ――あ、もちろん手を出したらアウトだけどね」
ララがにっこりと「”寄宿舎で悪い虫がつかないように”っていうのは、こういうことよ」とマリオンに微笑んだ。
マリオンは脱力しながら呟いた。
「悪い虫って、虫のことじゃなくて男子の事だったのね……」
その言葉にマーセル王子が「そりゃそうだろ?」と応え、そこにサンドラが朝の事をばらしていた。
部屋が大爆笑に包まれた。
「さすが侯爵家の箱入り娘だな!」
「分かっていて虫よけの結界を持たせる父上も大概だな。その認識すらさせたくなかったと見える」
マリオンは恥ずかしくなってプルプル震えた後、布団の中に潜り込んだ。
「おーいマリー? どうしたんだ?」
「ほっといてください! どうせお子様ですよ!」
「あ、今更気づいたのね」
その後、一時間ほど皆で会話を楽しんだ後、「そろそろ逃げないとバレるから」と男子たちは帰っていった。
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マリオンはようやくシーツを脱ぎ捨て、大きくため息を吐いた。
「はぁ。殿下はまだしも、サイ兄様までやってくるだなんて……」
「あなたが心配だったのよ」
ララがふふっと笑った。
マリオンが疲れたように呟いた。
「みんなも、本当にザフィーアのメンバーを異性と見做していないのね……この格好をみんなの前で晒す勇気、私にはないわ……」
サンドラが楽しそうに口を開く。
「あなたにそんな勇気は不要よ。というか奴らには欠片すら見せたくないから、きちんと毎回隠れておきなさい?」
「毎回ってどういうこと? これからもあるの?!」
「あると思うわよ? ――まぁ、頻繁にやらかさないように注意はしておいたし、何かあったら集まる、くらいの場所でしょうけど。女子が男子寄宿舎に行く方が体面が悪いもの」
「何かって、どんなとき?」
「植物園は夜になると男女の逢瀬に使われる定番。さすがに私たち男女が夜に集まるのは逢瀬と見做され兼ねなくて具合が悪いわ。緊急で夜に集まらなきゃいけない時に使われるんじゃないかしら」
「夜の女子の部屋に男子が来るのも大概問題じゃないの?!」
レナが「だーかーらー、それくらいみんな結構やってるのよ」と笑った。
(貴族令嬢の貞操観念ってどうなってるのかしら……寄宿組だけがブロークンなのかしら……)
マリオンが頭を抱えていると、サンドラが声をかけた。
「そろそろ食堂が開く時間ね。着替えて行きましょう」
レナとララがそれに応じて部屋を出ていった。
(仕方ない、着替えるか)
マリオンはサニーに手伝ってもらいつつ制服に着替え直し、四人で食堂に向かった。
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「B定食!」
カウンターに十二人の斉唱が鳴り響いた。
昼間に続く斉唱に調理職員は再び苦笑を浮かべつつ、トレイを渡した。
それを受け取りテーブルに着席するザフィーア寄宿組――そしてトビアスである。
マリオンが不服そうに声を上げる。
「どうしてみなさんわたくしと同じものを注文するんですの?!」
皆、マリオンがメニューを選ぶまでわざわざ待ってから、彼女と同じものを選んでいくのだ。
「せっかくの初日ですから、マリオン様と同じものを食べようかと思いまして」
アミンの言葉にみんなが頷いていた。トビアスはそれに便乗して遊んでいただけだ。
マーセル王子がトビアスに尋ねた。
「部屋の整理は終わったのか?」
「ええ、元々大して持ち込めませんし、我が家は裕福ではないので、持ち込める物はろくにありませんから」
マリオンはトビアスに尋ねた。
「平民なのにグランツに通うだなんて、よっぽど優秀でいらしたのね」
「北方国家は十歳から教養学校が始まります。精霊眼保持者はさらに優遇が受けられるので、ヴィークスで一番良い学校に通わせてもらっていました。そこで主席を取っていたら留学の話を持ち掛けられたんですよ」
(さらっと主席を”取っていたら”といったけど、つまり一番良い学校で複数年主席を務めたってことよね……)
サイモンがトビアスに尋ねる。
「君の魔力は何等級なんだい?」
「私は三等級ですね。平民としては最上位です。グランツに入るには下限ギリギリでしたけどね」
ははは、とトビアスは明るく笑った。
(精霊眼だからって魔力が高くなるわけじゃないんだなー)
トビアスが逆にマリオンに尋ねた。
「マリオン様は何等級なんですか?」
「私はお母様と同じ特等級よ」
(精霊眼に目覚める前は三等級、なんて情報は与えない方が良さそうね)
トビアスはかなり驚いていた。
「親子そろって特等級なんですか? 聞いたことないな、そんな話」
「あら、それを言ったら親子そろって精霊眼というのも多分初めてじゃないかしら。親子で片目の精霊眼、という意味では、大陸史上初じゃない?」
もしかしたら人類史上にはかつて居たかもしれない。
その辺は今度、豊穣の神にでも聞いてみてもいいだろう、とマリオンは考えていた。
サイモンがトビアスに「ちょっとマリーに話しかけるのは止めてくれないか」と口にした。
その顔は厳しいものだ。
(あら、シスコン発動かしら?)
怪訝な顔でトビアスが応える。
「なぜです?」
「マリーの手元が危なっかしくなるんだ。食べることに集中させてやってくれ」
「……あ、なるほど。わかりました」
(私は幼児か?)
マリオンは不満を覚えつつ、慎重にB定食を口に運んでいく。
周りの皆が、マリオンを凝視しないよう我慢しているのを彼女は感じていた。時折ちらちらと視線が寄越されていた。
アランがトビアスに尋ねる。
「魔術はどの程度修めているんですか?」
「基本的なものだけですね。大した魔術はまだ使えません」
スウェードもトビアスに語りかけた。
「なぁ、北方国家にも魔法はあるのか? 魔術師の家に伝わる秘術だ」
「ええ、あるそうですよ。見たことはありませんが、そういうものがある、と勉強しましたから」
(トビアスは平民、魔法を持っている訳がないものね)
トビアスが皆に尋ねた。
「みなさんは魔法を持った家なのですか?」
サイモンが代表して応える。
「アレックスとマーセル殿下以外は確か持っているはずだ。今のみんなが使えるかどうかはわからないな」
トビアスの目が輝いた。
「うわ! 魔法いいですね! 見せてもらうことは出来ないんですか?!」
(魔術が好きな子なのかな?)
アミンが苦笑して応える。
「魔法は内容自体が機密です。親しい友人だとしても、おいそれと見せることはありませんよ」
「でも、ファルケンシュタインの『蜃気楼』は有名ですよ? 魔法の一例として教科書に載るくらいです」
サイモンが苦笑を浮かべて応えた。
「お爺様が現役時代からバンバン人前で使っていたからな。あれは例外だ」
「では、ファルケンシュタインであるアラン様やサイモン様、マリオン様は見せてくださいませんか?」
「俺は『蜃気楼』をまだ習得していない。そこまで魔術は得意じゃないんだ――アランはどうだ?」
「少しくらいなら発動と維持ができますね。マリオン様はどうです?」
「私はそれなりに発動と維持ができますわよ?」
B定食を食べ終わったマリオンは、ナプキンで口元を拭いながら応えた。
彼女はパチンと右手を鳴らし、直立不動のもう一人の自分を作って見せた。
トビアスの目が見開いた――羨望の眼差しだ。
「凄い……これが魔法」
トビアスだけじゃなく、食堂に居る生徒たちからもかなり注目を集めていた。彼らも、魔法を直に見るのは初めてだったのだ。
マリオンはもう一度右手をパチン、と鳴らしてもう一人の自分を消した。
周囲のざわめきはまだ収まりきらない。
「トビアスは魔術がお好きなようですわね」
「魔術、というより魔法に対する憧れは持っていますね。いつか自分でも使ってみたいと」
感動冷めやらぬ、という風に興奮気味にトビアスは語った。
マーセル王子の目は、ずっとトビアスを見極めようと、鋭く彼を射抜いていた。
****
夕食後、共同浴場から上がったマリオンとサンドラはのんびりと髪を乾かしていた。
マリオンはサンドラに問いかけた。
「トビアスのこと、どう見た?」
「そうねぇ……かなりの魔法フリークかもしれないわね」
サンドラが少し考えてから答えた。
マリオンもそれに頷き、所感を述べる。
「今の所、悪い人には見えない感じがするわね」
(魔法に憧れる少年、って印象ね)
「直感判定ではどうなの? マリーは異性関係以外に関して鋭いじゃない?」
「その例外事項はなんか腹が立つわね……まぁいいわ。直感だと”要注意”ね……あら? 要注意なの?」
マリオンは自分で口にして驚いた。食事の間、とてもそうは見えなかったからだ。だが確かに今、彼の顔を思い浮かべ直感に問うた時にそう感じていた。
サンドラも意外だったのだろう。少し俯いて考え始めた。
「マリー、髪を乾かし終わったら、シーツにくるまっておきなさい」
「どういう意味?」
「いいから早く」
マリオンは急かされたので、タオルで髪を拭き終わってから下段ベッドの中でシーツにくるまった。
間もなく、窓がノックされる音が響いた。
****
昼間と同様に、ローテーブル周りに男子が腰を下ろしている。
マーセル王子が片手をあげてマリオンに笑いかけた。
「よっ! 風呂上りとはまたセクシーだな」
「なんで昼間に引き続き、夜も来るのよ……」
「用事があったから、ではダメなのか?」
「夜中に貴族令嬢の部屋に忍び込む理由としては弱いわね」
時刻は八時を回っている。入浴が終わり、そろそろ就寝を迎える時刻だ。
「まぁそう堅いことを言うな――それより、マリオンの直感を聞きたくてな」
サンドラがそれに「要注意、だそうよ」と応えた。
「そうか……」
マーセル王子はそう言って考え込んでしまった。
「みんなはどう見たの?」
アランとスウェードは「無害そうに見えた」という意見だった。
ヴァルターは「なんともいえませんが、逆にそれが怖いです」と告げた。
マーセル王子が口を開く。
「俺は危うさをうっすらと感じた。マリーの直感でも要注意と出たなら、やはりあいつは警戒対象だろう。魔法への情熱が強いのも、危険因子だ。自分が古代魔法を使える可能性を知ったら、モラルを捨ててでもその道を選ぶだろう。或いは既に知っていてマリオンに近づいた可能性もある。奴が魔術の腕を隠している可能性も踏まえて、くれぐれも気を付けてくれ」
マリオンはゆっくりと頷いた。
****
男子たちが手早く撤収した後、マリオンは被っていたシーツをサニーに返した――元々、上段ベッドのシーツだ。
「なんだか疲れたわ。じゃあ私はもう明日に備えて寝るわね」
マリオンはそう言って先にベッドにもぐりこんだ。
サンドラも「わかったわ。おやすみなさい」と言って明かりを消していた。
そうしてマリオンが壁際に寝返りを打った瞬間、背後から当たり前のように体をホールドされる。
「ちょっとサニー! この狭さのベッドで本気で抱き枕にするつもり?!」
「おはようからおやすみまでを通り越しておやすみ中もずっと一緒、そう宣言したはずよ!」
ただでさえ体格で抑え込まれるというのに窮屈なベッドだ。尚更逃げ場などなかった。
マリオンはしばらく足掻いてから、寝息を立てているサンドラの気配を感じた後。
(これは考えたら負けな奴ね……こういう時はそう……寝逃げよ)
マリオンは早速、夢の世界の扉を開けた。




