第21話:植物園の密談
「こっちは誰もいないよー!」
「こちらもだ!」
「ここもオッケー!」
マリオンたちは植物園に来て周囲を確認した後、ザフィーア十一人で中に散り、無人であることを確認していった。
「――よし、これなら密談には十分使えるな」
マーセル王子が宣言した。
遠くに入り口が見える位置に陣取る。これなら誰かが入ってきても、この中の誰かが気づける。
「それじゃあ父上から教えられたことを伝えておくぞ。もちろん許可は取っている」
皆が頷いた。
「まず、前回の北方国家視察でマリー達を誘拐したベッカー議員は未だ見つかっていない。これだけ長期間諜報部から逃げ続けている以上、おそらく帝国の精霊眼の魔術師を匿っているのと同じ勢力が匿ったのだろう、と見做しているそうだ」
マリオンが手を挙げた。
「帝国の精霊眼の魔術師、とはなんなのですか?」
「お前たちは、古代魔法を知っているか? とても古い時代に使われていたという強大な魔法、という話だ」
全員が首を横に振った。
誘拐事件で見聞きしたことは殿下にも伝えるな、というのがユルゲンの話だった。マリオンは当然として、あの場に居た人間は頷けないのだ。
「その帝国の魔術師は古代魔法の一部を扱えるらしい。かつて帝国はその力で西方国家群を苦しめた。帝国解体時に魔術師の行方を追ったが、未だにその行方は知れていない。我が国の諜報部は大陸でも屈指の情報網を持つ。尻尾も掴ませない、というのは並大抵の勢力にできることじゃない。おそらく同じ勢力に匿われているだろうということだ」
「ディーツ議長はその後、どういう動きを見せたんだ? 奴の盟友だったんだろう?」
サイモンの質問に、マーセル王子は頷いて応えた。
「とても協力的に北方国家の情報を渡してくれている。諜報部からの報告とも齟齬がないそうだ。少なくとも、ディーツ議長が匿っている、ということはないだろう。彼の情報網でも、尻尾を掴むことは出来ないようだ」
マリオンが尋ねた。
「彼の目的は、何だったのかわかりましたか?」
「ベッカー議員は精霊眼の研究者だった、という話だったな。おそらくマリオンの精霊眼に興味を持って誘拐したと思われる」
「研究対象を、衰弱死させるものなんですか?」
マリオンの質問に、マーセル王子が沈黙した。
なんどか呼吸を挟んだ後、意を決したように口を開く。
「ここからは最重要国家機密になる。この場に居ない人間、それがたとえ兄上であろうと洩らすな。理解したか?」
(オリヴァー殿下にも?)
戸惑いつつ、全員が頷いた。
「マリオン、お前の精霊眼は古代魔法が使えるな? お前が精霊眼を用いて古代魔法を使うように追い込んだんだ。実際に試しては見たんじゃないか?」
(どうやらユルゲン叔父様と同じくらいは知ってそうだし、ここは認めてもよさそうだなぁ)
「ええ、確かにユルゲン叔父様とも、そういう話はしましたわ。古代魔法を使おうとしても発動しませんでした」
マーセル王子が頷いた。
「ユルゲンの話では、”神が古代魔法を研究されるのを嫌がって応じなかったのだろう”ということだった。北方国家にも精霊眼保持者は何人かいることが確認されているが、自在に古代魔法を使えるのはヒルデガルトとマリオン、お前たち片目の精霊眼保持者だけだ。その秘密を探りたかったのだろうと」
アレックスが手を挙げた。
「その古代魔法というのは神が関わっているのか? 創世の神が」
マーセル王子が首を横に振った。
「いや、創世の神ではない。同じ時代の、他の古き神が力を貸すのが古代魔法だ。ヒルデガルトに力を貸しているのは豊穣の神というらしい。人が祈り、神が応じる。それが古代魔法だ。その力は現代魔法を遥かに凌ぐ。ヒルデガルトの逸話の数々は、その古代魔法に拠るものだ」
(殿下、かなりの事を教えてもらってるのね)
「マリオン、お前は古代魔法をどの程度使えるんだ? グランツ時代のヒルデガルトと同じくらいに使えるのか?」
「……いえ、今の私は当時のお母様程の力で使うことは出来ないだろう、と言われています」
「だが使えることに変わりはないからな。お前は今後も、古代魔法を使えることを悟られるなよ――特に、このタイミングで現れた北方の精霊眼保持者、トビアスには気を付けろ。奴に秘密を知られたら、奴も古代魔法を使えるようになるかもしれない。留学の目的が古代魔法である可能性は十分考えられるからな」
マリオンは戸惑いつつ、頷いた。
(彼がベッカー議員と同様、古代魔法を追い求めている?)
アランが手を挙げた。
「古代魔法を得たとして、その勢力の目的は何なのでしょう?」
マーセル王子が指を二本立てた。
「考えられるのは二つ。一つは単純な魔術的探求心。もう一つは自国家の勢力拡大か――帝国の復権だ」
一同の顔に緊張が走った。
「後者だった場合、また北方は争乱の渦に巻き込まれる。シュネーヴァイス街道がある今、レブナントも無事では済まない。もう地理が味方をする事はない。いくらヒルデガルトでも、もう一度あそこを塞ぐのは厳しいものがあるだろう」
(お母様ならできてしまうんじゃないかな……ちょっと豊穣の神に聞いてみよう)
マリオンは目を瞑り、豊穣の神の気配を手繰り寄せ、語りかける。
北方国家群視察以降、マリオンはヒルデガルトの傍でなくても豊穣の神と会話できるようになっていた。特に最近、声を近くに感じている。
(――豊穣の神様、聞こえますか?)
『ああ、聞こえているよ』
(お母様なら、シュネーヴァイス街道をまた塞ぐことってできるんじゃないですか?)
『そうだなぁ……時間をかければ可能だと思うが、私もだいぶ疲れてしまうね。私は壊すのは得意だが、作る事はそれほど得意ではないんだ』
(じゃあ北方国家のどこかの勢力が古代魔法を手に入れたら、レブナント王国も危ないんですね……)
『そうなるね。だから気を付けるといい――それより、君の友達が君の事を怪しんでいるよ。目を開けなさい』
(あ、はい! ありがとうございました!)
マリオンが目を開けると、周りの皆が呆然として彼女を見ていた。
「マリー、お前今、何をやっていた?」
「な、なんにもやってないよ?」
サイモンの問いかけに、マリオンは目を泳がせて言い訳をした。
アミンが問いかけた。
「あなたの魔力の気配がいつもと違うものになっていた。何をしていたんですか?」
「魔力? それは本当に知らないよ?」
マリオンはきょとんとしてしまう。
神託中に起こる自分の変化までは、まだヒルデガルトから教わっていないのだ。
マーセル王子がぽつりと「神託、か」と呟いて慌てて口を押えた。
「神託とは何だ? マーセル殿下。今のマリーに関係することなのか?」
サイモンがマーセル王子を問い詰め、マーセル王子が大きくため息を吐いた。
「これも、いやこれこそ、絶対に兄上に知られるなよ? ――昔お爺様が”絶対に他人に洩らすな”と言って教えてくれたことだが、ヒルデガルトは豊穣の神とどんな場所でも好きな時に会話をする事ができるらしい。お爺様はそれを”神託”と呼んでいた。そして神託の間は、ヒルデガルトの魔力の気配が神々しく変わると。今のマリオンのようにな。つまりマリオン、お前も神託を使える、いや、神と会話をしていたんだな?」
(お母様は”神との関係は精霊眼である私たちだけしか知らないことも多い。たとえ相手が陛下だとしても、絶対に他人に言ってはいけない”と何度も言っていた。でも殿下はここまで知っている。言って良いのか悪いのか。どうしよう……)
例えばトネリコの葉の事も、知っているのは本人たちだけだ。これは神の世界へ通じる手段。余人へ知らせるべきではないとヒルデガルトが判断した。
同様に、余人へ知らせるべき知識は全てヒルデガルトが管理するつもりで言いつけていた。
マリオンが知るのは必要最低限のものだけ。
今のマリオンは一種のダブルバインドだ。信頼する人からの問いかけと、信頼する人からの戒めで動けなくなってしまっている。
マリオンはマーセル王子の言葉を肯定も否定もできず、硬直してしまった。
そんなマリオンを見たマーセル王子が、困ったように優しく笑った。
「……スマン、お前はそれでいい。お前はきっとヒルデガルトから口止めされているんだろう。ならば、お前はヒルデガルトとの約束を守れ。これは俺がお爺様との約束を破っただけの話だ――このことが教会にバレると、ヒルデガルトとマリオンの人生は無茶苦茶になる。奴らから逃げられる場所はこの大陸のどこにもない。抗える国も、逃げ場も存在しない。そして身柄を奪われれば、取り戻す手立てもない。だから絶対に、他人には洩らすな。解ったかみんな」
古き神と交信できるマリオンたちを、教会は重宝するだろう。そして創世の神の名で神の力を示すのだ。
そういった思惑にさらされたマリオンとヒルデガルトは、教会に身柄を狙われることになる。
彼らの勢力は大陸全土に及ぶ。逃げ場はない。取り戻す力を持つ国家も存在しない。
例えそれ以降、神が力を貸すことがなくなったとしても、一生幽閉される人生が待って居る。
故に、教会に神託の事を気取られるわけにはいかないのだ。
それを理解した皆が、深く頷いた。
殿下がまた、大きく息を吐いた。
「――ふぅ。他人の人生を背負う、というのは重たいものだ。その覚悟は持っていたが、その重しを前触れもなく他人に背負わせるというのが、これほどキツイとはな。こんなものを突然背負わせてしまってすまなかった。こんなことになるくらいなら、お爺様からこの話を聞くべきではなかったな」
マーセル王子は、自分の迂闊な一言で、マリオンとヒルデガルトの命運を握る秘密を若い彼らに共有させてしまった。そのことを深く後悔していた。
”神託”という単語すら、教会に知られるのが危険だ、ということだ。その単語を知ってしまったのならば、事実と秘密の重さを打ち明け、絶対に漏らすことがないようにしたのだ。
ヒルデガルトが”誰にも言うな”とマリオンに固く口止めしたのも、教会を警戒しての事だ。
サイモンがマーセル王子の肩を叩いた。
「母上とマリーを守る為、俺は知っておいた方が良い事実だ。お前が重荷に感じることはない。お前の後悔から、俺の分は引いておけ」
アレックスもマーセル王子の背中を強く叩いた――同意見だ、と言いたいのだろう。
アミンも「先生とマリオン様を守る秘密なら、なんの重しにもなりませんよ。私の分も引いておいてください」と言った。
アランは「僕はみんなが知らないことも知らされているので、この話も今さらです。僕の分も引いておいてくださいね」と笑った。
レナ、ララ、そしてサンドラも笑っていた。
「大切な友達の人生を守る秘密ぐらい、大した重さじゃないわ。私たちの分も引いておいてね」
「私だって洩らしていい秘密とそうではない秘密の区別ぐらいつくからね?」
「レナが言うと、なーんか説得力ないんだよねー……」
スウェードも「俺のも引いとけよ?――俺はレナと違って、その辺の分別はきちんとしてるからな!」と言い張った。
ヴァルターは「僕の分も引いておいてもらえますか? 僕がそれを重荷に感じる人間だとでも思いましたか?」と淡々と告げた。
マーセル王子が、感慨に耽るように呟いた。
「……私は友に恵まれたのだな。ありがとう、感謝する」
そう言って、深く頭を下げていた。
「ところで、どうしてオリヴァー殿下に知らせてはいけないんですか?」
マリオンの問いに、顔を上げたマーセル王子が応えた。
「兄上はようやく、野望を振り切ろうとしているところだ。なのに身近にこんな強大な力があると知ったら、野望が再燃しかねない。兄上ならば、マリオンの人生がどうなろうと神託を用いて、教会すら利用しようとしてしまうだろう。仮に教会を意のままにできてしまえば、大陸制覇も言い出しかねない。だから絶対に、兄上に知られてはいけないんだ」
余計な誘惑さえなければ、オリヴァー王子が立派に王になれると、マーセル王子は固く信じているのだ。
確かに、争乱のない世であれば、オリヴァー王子でも十分に国を安定して冶めることができるだろう。
マーセル王子が言葉を続ける。
「ヒルデガルトは人間に対して攻撃的な古代魔法を使いたがらないと聞く。古代魔法で攻め込まれた場合、ヒルデガルトの力はあてにはできない。未然に争乱を防ぐのが、俺たち世代の役目だ」
皆が気鋭を上げ、円陣の中央で拳を重ねあった。
マリオンが尋ねた。
「ねぇ殿下、もしかして教室の席順でヴァルターをトビアスとの間に挟んだのは、彼を危惧していたからですか?」
マーセル王子が頷いた。
「ヴァルターとスウェードは観察眼に優れる。そしてヴァルターが間に居れば、何かされそうになった時に割って入る事が容易だ。今グランツで最も危険視しておかねばならない存在がトビアスだ。奴に気付かれないよう、警戒をしておいてくれ」
皆が頷いた。
だが彼も寄宿生だ。三年間、密着されるようなものだ。その間、秘密を守り切らねばならない。
(人前で神様と会話するのは、やめておいた方がよさそうね――いざという時の為に、お母さまに魔力遮断の術式を教わっておこう)
突然魔力遮断してしまえば怪しまれるが、何もせず神の魔力を検知されてしまうよりはマシだろう。
知らないよりは知っておいた方がいい魔術だ。
マーセル王子が厳しい顔で言葉を続けた。
「先ほどは言えなかったが、トビアスの目的に三つ目の可能性がある――教会が神託の存在を探りに来ている可能性だ。奴が教会の手先だった場合が最もマリオンの身が危ないと言っていい。マリオンも、迂闊に神託を使うなよ?」
「はーい、わかってまーす」




