第15話:ペテル共和国の夜会
思いっきり修正ミスをしてて申し訳ありませんでしたー!(五体投地)
――夜会当日。
マリオンたちは持参した盛装に身を包み、夜会に参加していた。
会場は旧帝都の宮廷で開かれ、大講堂にはペテル共和国の貴族議員の面々が参加している。
レナが「おっきな講堂ですねぇ」とその広さに驚いていた。
オリヴァー王子が「旧帝都で一番大きな講堂らしい。かつては皇族が夜会を主宰していた場所だ」と説明をした。
マリオンたち年少組にとっては初の社交場だ。緊張しているのが傍目にもわかる。
マリオンは飲み物をちびちびと口にし、オリヴァー王子と議員たちの会話を少し離れて見守っていた。
「楽しめていますか?」
マリオンが振り向くと、人の好い笑みを浮かべた恰幅の良い男性が話しかけて来ていた。年齢は五十前後だろうか。
マーセル王子が代表で返答する。
「ええ、ご招待ありがとうございます」
「なに、友人からの勧めでね。オリヴァー殿下の友人も来ているなら、彼らも誘ってはどうか、とね」
それからいくつかの言葉を交わし、「なにか困った事があれば、是非頼って欲しい。いつでも力になろう」と言い残し、その恰幅の良い男性は立ち去っていった。
マリオンはその後姿を見やりながらマーセル王子に尋ねた。
「どなたですか?」
「ハーバート・ディーツ議長。ペテル共和国の国家元首、みたいなもんだ。帝国時代は穏健派として知られていた人物らしい」
マリオンが驚いて声を上げた。
「好戦的だった帝国に、穏健派なんて居たんですか?」
オリヴァー王子が「居たらしいですよ」と彼女の背後から質問に答えた。彼女が振り向くと、一人の中年男性を連れてマリオンたちの傍に来ていた。
「”もっと内政に力を入れるべきだ”と言い続けていた人物だと聞いています。皇帝に意見を言える、数少ない貴族だったそうです」
(猫かぶりしてるオリヴァー殿下も久しぶりね)
オリヴァー王子は更に「彼が居るからこの国が安定して運営できているようなものですね」と続けた。
マーセル王子が「そんなに影響力がある人なのか?」と尋ねた。
オリヴァー王子は苦笑し「我儘ばかり言う貴族議員たちを取りまとめられるのが、彼ぐらいしか居ないらしいですよ」と教えてくれた。
(貧乏くじ、というやつかしら)
オリヴァー王子が言葉を続ける。
「この国に滞在中、困ったことがあればなんでも相談してほしいと言われています。マーセルたちも覚えておくといいですよ」
マーセル王子がオリヴァー王子の背後に居る人物に目をやった。
「その方はどなたなんだ兄上」
オリヴァー王子が「ああ、フロリアン・ベッカー議員です。マーセルたちを招待するようディーツ議長に進めてくれた人ですよ」と紹介してくれた。
ベッカー議員が前に出てきて「フロリアン・ベッカーです。どうぞよろしく」と微笑んでマーセル王子に握手を求めて来た。
マーセル王子も「マーセル・ルイス・フォン・レブナントだ」と握手を交わしていた。
マリオンはふと疑問に思い、ベッカー議員に尋ねた。
「なぜ私たちを誘う様に進言したんですか?」
ベッカー議員は笑いながら応えた。
「オリヴァー殿下が、友人と一緒に来たというのに公務詰めだと嘆かれてね。年齢の割にしっかりした方だと思うが、それでは寂しかろうという老婆心だよ」
ベッカー議員の目が、マリオンの右目――精霊眼に止まった。
マリオンが苦笑で尋ねた。
「……やっぱり、目立ちますか?」
ベッカー議員が慌てて精霊眼から視線を外した。
「ああ、不躾な視線を送ってしまってすまない――私は帝国時代、精霊眼に関する伝承を調査していたんだ。とても不思議な瞳だろう? 何故そのような瞳を持った人間が生まれるのか、どんな力があるのかを、若い頃から研究していたんだ」
精霊眼の研究者、と聞いて少し考えた後、マリオンは尋ねた。
「帝国に精霊眼保持者ってどれくらい居たんですか?」
「報告では十人に満たなかったはずだ。ほぼ全員が軍属の者だったから、レブナントの帝国攻略戦で命を落としたものも居ると聞いた。だから今ではもっと少ないだろうね」
レブナント王国では百人程度いる。
一方、三倍の人口を誇っていた帝国には十人未満しか居なかった。
その事実に、マリオンは困惑しているようだった。
マリオンが再び尋ねる。
「研究をしていて、精霊眼について分かった事はあったんですか?」
ベッカー議員は苦笑を浮かべながら「残念ながら、これといった収穫はなかったよ。皇帝は精霊眼に興味がなかったらしく、ろくな予算も出してもらえなかったしね」と首を横に振っていた。
マーセル王子が「ディーツ議長と友人ということは、あなたも穏健派だったのか?」とベッカー議員に尋ねた。
ベッカー議員は「ははは! 私は軍属だった。どちらかというと、ディーツ議長とは争うことが多かったね」と笑った。
マリオンは不思議に思い「それではなぜ友人になったのですか?」と尋ねた。
ベッカー議員は微笑で応える。
「帝国時代は立場の違いから争うことがあっただけだ。ペテル共和国になってからは、共に国を回していかねばならない立場になった。国の為を思って行動しているうちに、意気投合したのさ。この国には、国の為に動こうとする議員が少ない。少しでも協力していかねばならないとね」
どうやらまともに考えて行動できる大人のようだ、とマリオンは感じた。少なくとも、我欲で動くタイプではないのだろうと――だが、妙な不快感があった。
(悪い人ではないように見えるのに、不思議だなぁ。さっき精霊眼を見つめられたことが嫌だったのかな)
元研究者であれば、見つめるなという方が酷だろう。そう考えたマリオンは、不快感を胸の奥に沈め、微笑を返した。
ベッカー議員も「困ったことがあれば、いつでも相談して欲しい」と言い残し、その場を去っていった。
マリオンはベッカー議員の背中を見送った後、オリヴァー王子に尋ねてみた。
「ああいったまともな議員ってどれくらいこの国に居るんですか?」
オリヴァー王子は「とても数が少ないな。ディーツ議長やベッカー議員を含めても片手で足りる程度だ。他は自分の利権を守ることに必死な奴ばかりさ」と肩をすくめた。
サイモンが近づいてきて「ユルゲン様やライナー様はどこに行ったんだ?」とオリヴァー王子に尋ねた。
(ああ、そういえば姿を見てないな)
オリヴァー王子は「今日招待されたのは子供たちだけだからな。彼らは会場周辺の警備に加わっているはずだ」と応えた。
魔術騎士たちも会場に姿がない。全員が外で警備に加わっていた。
この大講堂には居るのは、ザフィーアの子供たち十二人だけだ。
ペテル共和国側の衛兵は立っているが、レブナントの兵はいない。
だがそれが問題だとは、マリオンは考えなかった。周辺を厳重に警備しているなら、内部は安全に思えたのだろう。
その後、マリオンたちに挨拶に来る議員は居なかった。
遠くから侮蔑の視線をよこす輩ばかりだ。
マリオンはオリヴァー王子に「なんか、感じ悪い人が多いですね」と零した。
オリヴァー王子は「私たちが子供だから侮っているのさ。元は帝国貴族だ。格下のように扱われるのが我慢ならないのだろう」と苦笑していた。
マリオンたちは挨拶に来る人間が居ないのをいいことに、オリヴァー王子と談笑し、料理を楽しんでいた。
オリヴァー王子も、ようやくザフィーアの一員として何かをできたことを喜んでいた。
「あら、マリー、どこに行くの?」
「ちょっとお花摘みよ?」
マリオンは定番の符丁を使った。飲めば出る。生理現象である。
女子三人が「一人で行動しちゃだめよ。私たちも一緒に行くわ」とマリオンに着いてきた。
男子も付いて来ようとしたが、さすがにマリオンが断って遠慮してもらっていた。
用を済ませたマリオンたちは、廊下でベッカー議員と鉢合わせた。どうやら彼も用を足していたようだ。
「おや、奇遇だね」
そう言った彼の視線は、やはりマリオンの右目に注がれていた。
「……やっぱり、興味がありますか?」
マリオンの言葉にベッカー議員は恥ずかしそうに「すまない、職業病みたいなものなんだ」と応えた。
ベッカー議員は少し逡巡した後、マリオンに「君たちが知っている精霊眼の話を少し、聞かせてくれないか?」と切り出してきた。
「精霊眼の話ですか? 私はこの目について、何も知りませんよ?」
「君の母上も精霊眼だと聞いている。彼女の逸話でもいいさ。どうだろう、そこに小さな応接間がある。少しでいいんだ。座って話を聞かせてくれないか?」
マリオンはレナやララ、サンドラと顔を見合わせた。
(侮蔑の視線を投げてよこす議員が殆どを占める中、数少ない良識的な大人だった)
逆に帝国の精霊眼保持者の話も聞き出せるかもしれない、とマリオンは考えた。
帝国の精霊眼保持者たちの生活がどんなものだったのか、興味があったのだ。
――ここは大講堂とそれほど離れていない。仮に何かあっても、すぐに逃げ込めるはずだ。
「少しくらいなら構いませんよ。代わりに、帝国の精霊眼保持者の話も聞かせてくださいね」
マリオンの答えにベッカー議員は顔から喜色を溢れさせた。
「よかった! さぁ、こちらだ」
そういってすぐ傍の、開け放たれた扉の中に入っていった。
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扉の中はベッカー議員が言っていた通り、とても小さな応接間だった。
マリオンたちが四人掛けのソファに座ると、ベッカー議員は紅茶を振舞った後、向かいに腰を下ろした。
応接間の扉は開け放ったままだった。密室に連れ込もう、という訳ではないらしい。
紅茶にはジャムが添えられていた。
マリオンが尋ねる。
「これはなんですか?」
「ああ、北方の紅茶の飲み方の一つだ。紅茶にジャムを混ぜると、甘くておいしいよ」
マリオンたちは言われた通り、添えられたジャムを紅茶に落とし、かき混ぜてから口にした。
彼女たちの口の中で、紅茶の苦みや香りと、ジャムの酸味や甘みが混じりあい、今まで味わったことがない風味が広がった。
女子四人で「あら、本当に美味しい」と顔を綻ばせた。
ベッカー議員は「口に合ったようでよかった」と喜んでいた。
マリオンたちはレブナントで耳にした、ヒルデガルトの話を含めた精霊眼に関する話をいくつか口にしていった。
それを聞くたびに、ベッカー議員は喜んでいるようだった。
マリオンは「帝国の精霊眼保持者の生活についても教えてください」と切り出した。
「そうだね。彼らはやはり、生き辛い人生を送っていたようだ。その瞳は目立つ上に感情を読み取り辛い。友人を作るのも大変だ、と知人は零していたよ」
「知人に精霊眼の人が居たんですか?」
マリオンには少し意外だった――それなら、その人から話を聞けばいろいろわかるんじゃないだろうか。
「帝国の精霊眼保持者には、君や母上のように魔力を見る能力はなかったんだ。ただ他人と違う瞳――それだけだった。何か特別なものが見えた、なんて話も聞いたことがないな」
つまり、魔力を見ることができるマリオンのような精霊眼保持者から話を聞きたかった、と言ったのだ。
それにはマリオンも理解を示し、頷いていた。研究者ならば、興味を持つなという方が無理だろうと。
マリオンはカップを傾けながら話を聞いていた。
彼の話では、迫害されていたという程ではないが、近い境遇だったようだ。
(やっぱり精霊眼保持者って、生き辛いんだなぁ)
ことん、と音がして、床にカップが転がっていった。
サンドラがカップを手から落としていた。絨毯が紅茶に染められていく。
「サニー? どうしたの?」
サンドラはマリオンに返事をする事もなく、そのまま後ろに倒れ込んだ。
マリオンが見渡すと、レナやララも倒れこんでいる。
マリオンは立ちあがり、三人の肩を揺さぶった。
「レナ! ララ! サニー! どうしたの?」
息はしているが、反応はない。
そうしているうちにマリオンも急な眩暈に襲われ、立って居られなくなった。
彼女の意識は、そこで途切れた。




