第14話:ペテル共和国
――翌日。
オリヴァー王子は公務で別行動の日だ。
ライナーと魔術騎士団の半数がそちらに同行した。
マリオンたちにはユルゲンと残りの魔術騎士団が同行する。
昨日の宣言通り、街の商店街に繰り出し土産物になりそうな民芸品を物色していく。
マリオンは女子三人と共に、先頭を歩くマーセル王子の後をついて行く。最後尾にはユルゲンが居て、子供たちの様子を微笑ましそうに眺めていた。
マリオンは男子たちが代わる代わる話しかけてくるのに受け答えしつつ、歩を進めていく。
(やっぱり視線を感じるなー)
昨日より護衛の数が減ったのと、人の多い商店街を歩いていることで、マリオンに集まる視線の数は昨日より多い。
マリオンが近くを歩いているサイモンに、そのことを零す。
「精霊眼がこんなに目を引くものだとは思いませんでした」
「その目は目立つからな。諦めて慣れるしかないさ」
その言葉に、マリオンがまた、ため息を吐く。
マリオンはこの街に来て、未だに精霊眼を持った人間を見かけていない。
レブナント全体でも百人程度しかいないだろうと言われている精霊眼だ。小さな国家に分裂した北方国家群では、やはり珍しいのだろう。そうマリオンは結論付けた。
マリオンが男子たちの様子を伺うと、マーセル王子のように異国情緒を楽しんでいる子たちが大半だった。
比較的おとなしいアランですら、どこか浮足立っている様子だ。
ただ一人、ヴァルターだけはマリオンに話しかける様子もなく、昨日のように静かにしていた。
「ねぇサイ兄様。ヴァルター様の様子、少しおかしくありません?」
「そうか? あいつはいつも大人しいから、あんなもんだろう?」
そう言われてみれば、そうかもしれない、とマリオンは思い直した。
(気にし過ぎかなー)
珍しい民芸品を見るたびに買ってしまいそうになるマーセル王子をなんとか抑えつつ、商店街を何度か往復して皆で一つ、二つの土産を購入し、その日は宿に帰った。
****
翌日、ヴィークスの王都を出発し、次の国の首都へ向かう。
他の国でも同様に、二泊三日の旅程を消化していく。
そうしてマリオンたちの馬車は目的地であるペテル共和国の国境を通り抜け、首都に辿り着いた。
馬車の中でユルゲンが口を開く。
「此処にはレブナントの在外公館がある。宿はその傍のものを貸し切りにしてある。大きな宿だから、個室になるよ。小さいけれどちゃんと浴室もある。北方国家に居る間は、そこを拠点にするからね」
マリオンは「ホントですか!」と喜んでいた――ここまでずっと、サンドラの抱き枕生活である。その魔手からようやく逃れられる喜びに打ち震えたのだ。
逆にサンドラは不機嫌そうに舌打ちをしていた。
レナとララも、個室は望むところだ。共同生活も楽しいものだが、貴族令嬢である。一人でのんびりとしたいのが本音だ。
今まで個室を取れるほど大きな宿はなかった。さすがは旧帝都、といったところだ。
護衛の騎士たちや使用人は団体部屋になる。さすがにそこまでの部屋数はない。
馬車が止まったのは貴族の邸のような豪勢な建物だった――実際、帝国時代は皇族の邸だったものを改装した宿だと、ユルゲンが説明した。
連れて来た使用人たちが、各々の馬車から荷物を宿に運び入れていく。子供たちは一足先に割り振られた部屋へ向かった。
マリオンも、自分に割り当てた部屋をじっくり眺めていく。
個室と言いつつ、結構な広さの部屋だ。四人くらいなら泊れそうなその部屋には、浴室以外にも、小さいけれどキッチンも付いていた。
大きなベッドを見つけ、そこに飛び乗って身体を沈める。
(ここに一か月かー)
旧帝都である此処はかなり大きな街だ。一か月でも全て見て回れるかは、難しいところだろう。
マリオンは旅の疲れに身を委ねながら、ぼーっと天井を眺めていた――不意にドアがノックされる。
彼女は起き上がってドアを開ける――案の定、目を輝かせたオリヴァー王子だ。
「近くを散策してみようじゃないか」
既に恒例になりつつある、到着当日の散策である。
(一か月も滞在するんだから、今日くらいはのんびりしてもいいと思うんだけどな……)
だが第一王子の意向だ。断るわけにはいかず、マリオンは頷いて仲間と合流する。
「あれ? ライナー様だけですか? ユルゲン叔父様は?」
「さすがに疲れた、と言って部屋で寝ているよ」
ライナーが苦笑を浮かべながら応えた。
ユルゲンも、もう老境だ。旅慣れてるとはいえ、長旅は体に辛いのだろう。マリオンはそう思った。
実際は、ユルゲンは部屋には居ない。到着してすぐ別行動をとっているのを子供たちに隠しているだけだ。
移動中に何か変化が起こっていないか、改めて現地での警備体制の確認など、彼にはそれなりにやることがあった。
元書記官と子供たちに教えているが、ユルゲンは諜報部である。その籍は、今も抜けていない。
伊達で視察団の引率を任されている訳ではない。その牙は衰えたとはいえ、ファルケンシュタイン公爵家の次男である。
見た目に反してタフな男なのだ。
マリオンたちはライナーと魔術騎士団を率いて、三十人近くで宿の近くを散策していく。
王子たちは相変わらず、はしゃぎながら男子たちを率いている。
「道が大きいですねー」
馬車道も太いが歩道も広い。今までの街とは段違いだ。レブナントの王都より立派だろう。
ライナーが「旧帝都は、歴代皇帝の虚栄心が詰まった街だ。無駄に立派なのさ」と口にした。
歴代皇帝――野心家で、隣国を飲み込み続けた人間たちだ。
マリオンがライナーに尋ねる。
「その皇帝の一族って、帝国解体でどうなったんですか?」
その問いに、ライナーは肩をすくめて応えた。
「まぁ、放置はできないからね。”それなりの対応”をさせてもらったよ」
そう応えたライナーの目は、どこか冷たい輝きを湛えていた。
”それなりの対応”――子供には、言えないことである。
旧帝都は人口も多い。当然、マリオンに降り注ぐ視線は今までの比ではなかった。
彼女は集まってくる奇異の目にげんなりしていた。
「ここでも精霊眼って珍しいのかしら……」
ライナーが応える。
「この街にも何人かは居ると思うけど、やっぱり珍しいだろうね」
(この視線にも、いつかは慣れないといけないんだろうな)
実際の所、北方国家群の精霊眼保持者についての情報をライナーは知らない。レブナントとの人口比から推測して「そのくらい居るだろう」と述べてるだけだ。
帝国において精霊眼保持者は機密扱いだった。帝国解体時にも資料が喪失しており、情報がほとんどないのだ。
マリオンは大きな商店を覗き見る王子たちを遠目に見やりつつ、少し離れて道端で待って居た。
ライナーは王子たちの様子を見に行ったので、彼女の周囲には護衛の魔術騎士が一人とヴァルターが居るだけだ。
そのことを不思議に思い、マリオンはヴァルターに話しかけた。
「ヴァルター様は、みんなと一緒に見物しなくていいんですか?」
ヴァルターは僅かに考え込んだ後、マリオンに耳打ちをした。
「あなたが見られています。気を付けてください」
マリオンはきょとんとした後、耳打ちをし返す。
「精霊眼が注目されるのは、今に始まった事じゃないですよ?」
ここまでずっと視線を集めてきたのだ。今さら何を、と感じたのだろう。
(そもそもなんで耳打ち?)
ヴァルターは苦笑を浮かべた後、再び耳打ちした。
「奇異の目ではありません。見張られています。不用意に離れて行動しないよう、気を付けて」
マリオンが驚いて、ヴァルターの目を見た――冗談を言っている訳ではない、と彼女は理解した。
(もしかして、私がみんなから離れていたから、心配して傍に居たのかな?)
耳打ちをしてきたということは、見張っている人間に気づかれていることを知られたくない、ということだ。そのこともマリオンは理解した。
マリオンは黙って小さく頷いて、ヴァルターと一緒に仲間の傍に移動した。
****
夕食の席。
ユルゲンを除く皆が食卓を囲んでいた。
マリオンがライナーに「ユルゲン叔父様は?」と尋ねると、「まだ眠っているようだ。食事は後で別に取るんだろう」と答えが返ってきた。
子供たちが談笑に興じる中、マリオンはヴァルターに先ほどの事を聞いた。
「ヴァルター様。見張られてるって、どういうことですか?」
マリオンの口から出た不穏な単語に、談笑していた子供たちの動きが止まった。
ヴァルターが静かにマリオンに応える。
「おそらくヴィークスの街からですが、ずっと視線を感じていました。殿下たちではなく、マリオン様をずっと見ている様でした」
サイモンが真剣な眼差しで口を開く。
「それはマリーが狙われている、と言いたいのか?」
ヴァルターは「それはわかりません。ですが監視されているのは確かです」と応えた。
マリオンがライナーを見る――驚いている様子はない。
「ライナー様も、気づいてたんですか?」
ライナーは微笑みを浮かべ、頷きながら応える。
「気づいていたよ。だが、近づいてくる様子はないようだ。とはいえ、用心するに越したことはない。マリオンも、なるだけみんなから離れないようにしておいた方がいい。他のみんなも、なるだけそのつもりで動くといい」
オリヴァー王子がライナーに尋ねた。
「目的はなんだ? 何故俺たちではなくマリオンなんだ?」
ライナーは肩をすくめ「さすがにそこまでは、まだ分からないな」と応えた。
その場でザフィーアの子供たちが話し合い、マリオンの周りには常に男子が数人着くようにしよう、ということになった。
女子たちもなるだけ離れないようにしよう、と言い合っていた。
****
――とある一室。
二人の男が向き合って座っていた。
「例の娘がこの街に到着したらしい」
もう一人の男が頷き「準備は出来ている。あとは手筈通りに進めよう」と応えた。
「”あいつ”は短気だからな。あまり待たせるなよ?」
「ああ、解っている」
そう言って男は立ち上がり、部屋を立ち去った。
残された男はグラスを手に取り、ブランデーを注ぎ込んだ。ゆっくりと味わう様に喉に流し込んでいく。
(”あいつ”の我儘にも困ったものだ。少しは追われている身の自覚を持ってもらいたいものだが)
男にとって、その人物は利用価値の高い人間だった。
だがレブナントの諜報部から匿うにも限度があるだろう。あまり派手に動いて欲しくないのが本音だ。
それでも危険を冒すのは、これが成功すれば十二分な見返りが得られるからだ。
長年求めていたものをようやく得る機会――確かに、見逃す手はなかった。
その娘の母親に、帝国は滅ぼされたようなものだった。
娘を使って意趣返しができると考えれば、少しは胸がすくというものだ。
ブランデーを飲み干した後、男も席を立ち、ゆっくりと部屋を後にした。
****
マリオンたちがペテル共和国に到着してから、一週間が経過した。
オリヴァー王子は公務で飛び回る毎日だ。遊ぶ暇がないことを毎晩嘆いていた。
ライナーはオリヴァー王子と共に行動していたので、宿を留守にすることが多かった。
あの日から二日ほどは外出を控えていたザフィーアの子供たちも、さすがに退屈したらしい。
マーセル王子が「そろそろ街を見物に行ってもいいんじゃないか?」と言い出した。
サイモンは気が進まないようだ。
「マリーに何かあったらどうするつもりだ?」
「離れて行動させなければ、問題はないだろう? 護衛だって付いている。それにこのままじゃ、此処まで足を運んだ意味もない」
確かにその通りだ。子供たちの不満も溜まっている。
自分が行動に気を付ければ問題がないはずだ、と彼女は考えた。
「サイ兄様、大丈夫ですよ。魔術騎士十人と、戦える男子が七人ですよ? 私もみんなから離れないようにしますし」
マリオンの言葉で、サイモンも納得したようだった。
そうしてそれからは、マリオンたち一行はペテルの首都をあちこち見て回っていた。
商店街以外にも文化遺産や美術館などを回り、異国の文化を楽しんでいた。
マリオンの周囲には女子三人と男子四人が最低でも着くようになっていたが、ヴァルターが言うには「まだ監視されています」とのことだった。
マリオンはユルゲンにも相談したが「みんなと一緒に行動してれば大丈夫だよ」と微笑まれるだけだった。
夕食の席でオリヴァー王子から「明日はみんなで夜会に出席しよう」と切り出された。
マリオンが驚いて尋ねる。
「夜会ですか? 子供が参加しても大丈夫なんですか?」
オリヴァー王子は頷いて応えた。
「先方から”ご友人も一緒に参加されてはどうか”と言い出されてね――それに、私だけみんなと別行動してばかりでは、寂しいじゃないか」
確かに、この一週間、オリヴァー王子だけが公務で別行動だ。
マーセル王子もどこか寂しそうにしていた。
オリヴァー王子が言葉を続ける。
「私は明後日から、隣町の視察に行く。一週間ほどで戻るが、その間は会えなくなるからな。この調子だと私一人が除け者だ」
「私たちも一緒に隣町に行けばいいんじゃないですか?」
「マリオンは狙われているんだろう? 迂闊に動くのは危ない。此処は在外公館の傍だし、この国で一番安全な場所だ。此処から離れないようにしておいた方が良い」
オリヴァー王子の言葉に、子供たちが頷いた。
「なんか、私がみんなの足を引っ張る感じで申し訳ないです……」
サイモンが手を伸ばしてきて、マリオンの頭を撫でた。
「お前が気に病むことじゃない。気にするな」
スウェードも「そうそう、悪いのは狙ってきてる奴だ」と言った。
サンドラは「私たちが傍に居るから大丈夫よ」と背中を撫でた。
マーセル王子が場をまとめた。
「じゃあ兄上の思い出作りに、明日はみんなで夜会出席だな!」
子供たちが賛同の声を上げ、夜会出席が決定された。




