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第16話:幽閉

14話と15話の更新ミスってて申し訳ありませんでしたーっ!







 マリオンが目覚めると、一人で石牢に転がされていた。


 薄明かりの中で自分の状態を確認する。



(両手と両足に鉄の枷、猿ぐつわに――これは眼帯?)


 マリオンの右目は、眼帯で塞がれていた。


 彼女からは見えないが、黒い眼帯に白い魔術文様が刻まれている。明らかに術式の付与された魔道具だ。


 両手は後ろ手に鉄の枷を嵌められている。それは両足首にも嵌められていた。


 この拘束では、まともに動くことも難しいだろう。


 猿ぐつわで声も封じられている。叫んだところで、遠くまで声は届かない。


 ――三人は無事だろうか。


 マリオンはまず、友人たちの身を案じた。だが今、彼女たちの安否を確認する手立てはなさそうだ。



 大講堂の傍、開け放たれた扉。人の好い笑顔――完全に油断した。



 大胆な犯行だったといえる。


 走ればすぐに大講堂に戻れる場所、開け放たれた扉の外は、少ないが普通に人が行き交っていた。


 そして人の良い笑顔から、マリオンは悪意を感じ取ることができなかった。


 彼女の直感すら欺いた。長く貴族をやってきた男が、何枚も上手だったのだ。


 いや、マリオンは不快感を感じていた。だが、精霊眼を凝視されてるせいだと勘違いしてしまった。



(大人って怖いんだなぁ……なんて考えてる場合じゃないか)


 自分がどれくらい意識を失っていたのかは分からない。今が何時なのかもハッキリしない。ここはどこなのか。不安は尽きない。


 だがマリオンはまず、三人の安全を確認したかった。


 精霊眼研究者だったベッカー議員の狙いは、おそらく精霊眼を持ったマリオンだけだろうと考えた。


 友人の三人を巻き込んでしまった罪悪感がマリオンを襲っていた。



 辺りに人の気配はない。湿った空気の中、ただ一人、マリオンは薄暗がりの中に転がされていた。


(なんとかこの枷を破壊しないと逃げることもままならない)


 砂時計の砂粒のように、強い魔力を込めれば破壊できるかもしれない。そう考えたマリオンは、試しに全力で魔力を枷に集めてみた。





――一時間後。


 全身を汗に濡らし、魔力をぶつけ続けたが、鉄の枷が壊れる気配はなかった。


(やっぱり砂と鉄じゃ強度が違うのかなー)


 だが繊細に掴み取ろうとしていた砂粒と違い、今回は容赦なくマリオンが持っている魔力全てをぶつけていた。


 鉄くらいなら壊せそうな予感が彼女にはあった。破壊するためなので、魔力制御も最低限しかしていない。


 それでもひび一つ入らなかった。


 疲労感から、これ以上魔力を叩きつけるのは精神力が危うい気がした。枷を魔力で破壊するのを、マリオンは諦めた。



 マリオンには分からなかったが、この鉄枷は特別製だった。ただの鉄枷なら、すぐに破壊できたのだ。


 魔力が付与されていることは解ったが、それがどんなものかを知るだけの知識や技術が彼女には欠けていた。


 この枷は対魔術師用に用意されたもの。魔力でねじ切る事はできなかったのだ。



 マリオンはトネリコの葉は持ってきていなかった。だが例え持っていたとしても、三人の無事を確認するまでは使えなかっただろう。


(お母様は、移動先は馴染みのある場所じゃないと難しいようなことを言っていた)


 此処がどこなのかわからないまま、一人で逃げるわけにもいかなかった。戻ってこれなければ、三人を見殺しにしてしまうからだ。



(困った時の神頼み、やるかー)


 二人の神の気配は見つかった。早速愛の神の気配を手繰り寄せ、語りかける。



(愛の神様ー、聞こえますかー)



 返事はなかった。


 何度か呼び掛けてみたが、声が返ってくることはなかった。


 豊穣の神に対しても話しかけてみたが、結果は変わらなかった。



(残った手は……古代魔法か)


 幸い、この場には他に人が居ない。神の気配はあるから、使うことは出来るはずだ。


 枷を破壊する魔法をイメージして祈りをささげた――だが、愛の神の魔力が手元に集まってくることはなかった。


 豊穣の神にも祈ってみたが、やはり魔力は集まってこない。


(お母様は「神が応じなければ古代魔法は発動しない」と言っていた)


 つまり、神の力でも枷を破壊することができないか、イメージが不十分か。どちらかなのだろう。とマリオンは判断した。



 神は力を貸したくても貸せない状況にマリオンは陥っていた。


 神が力を貸した瞬間、その詳細な情報が相手に洩れる。そんな仕掛けが施されていたのだ。


 もちろんそんな事情を、今のマリオンは知らない。



(打てる手がない……こういう時は……寝逃げよね)


 マリオンは対応を諦めて、目を瞑った。




****


 マリオンは何度か寝逃げを繰り返したが、誰かがやってくる気配はなかった。


 最初に目覚めてから、恐らく一日以上は経過している。マリオンは体感でそう判断した。


 マリオンとて成長期真っ盛りの子供だ。空腹で倒れてそうになっていた。


(攫っておいて放置するとか、何がしたいのか分からないな)


 空腹に苛立ちながら、何度目かの寝逃げを行った。





****


 体感で二日以上は経過した頃。


 暗闇で放置され、時間感覚は朧気だ。


 マリオンは空腹で自分がかなり衰弱している自覚があった。身体に力が入らないからだ。


(人間は数日食事を抜いても死なないけど、水を飲めないと数日で死ぬから気を付けなさい、といつかお爺様が言っていたっけ)


 水を絶った場合、人間は四日から五日程度で臓器不全を起こして死ぬ。ヴォルフガングはそのことをマリオンに教え込んでいた。


 マリオンに死が確実に近づいていた。


 教えられていて、このままでは本当に命が危険だと分かってはいたが、打つ手がないのだ。


 イメージを変えた初歩的な古代魔法もいくつか試してみた結果、古代魔法そのものが使えない事が分かっただけだった。


(つまり、神が力を貸そうとしていない――貸せない理由がある?)



 マリオンは、自分もそうだが、三人の命が心配だった。


 なんとか脱出方法を考えているうちに、マリオンはまた、意識を失っていた。





****


 最初に目覚めてから、どれくらい時間が経ったのか――マリオンにはもう分からなかった。


 既に起きていても、意識が朦朧としていた。


 食べ物よりも、水が欲しかった。


 次に意識を失ったら、もう命がないのではないか――そんな予感さえしていた。


(レナ、ララ、サニー、こんなことに巻き込んでごめんね)


 その予感は当たっていた。意識障害を起こしつつあるマリオンが次に意識を失えば、後はそのまま多臓器不全で死ぬだけだろう。



 マリオンは薄れゆく意識の中で、石畳を叩く激しい足音を聞いたような気がした。





****


 ――口の中が湿っている。朦朧とした意識の中で、マリオンはその事に気が付いた。


 マリオンは慌てて水分を喉の奥に流し込んだ。


 乾いた喉は、僅かな水分すら引っかかってうまく流れていかない。


 必死に飲み込むと、また口が湿らされた。


 彼女を抱きかかえる青年が穏やかに語りかける。


「慌てないで。ゆっくり、噛むように飲んでください」


 マリオン目を開けると、そこにはヴァルターがいた。


 マリオンは口を湿らせてくるヴァルターを遮り、声を出した。


「レナ……たち……は……?」


 その擦れた声に、ヴァルターが応える。


「別の牢屋で見つけて、今は他の男子が手当てをしています」


 それだけ言うと、再びヴァルターはマリオンの口を湿らされていく。マリオンは黙って水を飲んだ。


 今のマリオンは全ての拘束から解放されていた。


 猿ぐつわと両手足の鉄枷、眼帯まですべてが外され、床に落ちていた。


 マリオンは水を飲みながら、その事に気が付いた。だが今はただ、水を取り込み続けた。


 ヴァルターが持っていた小さな水筒を空にして、マリオンはようやく「ここは?」と聞けた。


 ギリギリ死の淵で踏ん張れるだけの水を補給できた。だが危険な状態を脱したわけではない。それをヴァルターは観察して理解した。


 ヴァルターがマリオンに応える。


「ペテルの首都から馬車で一日ほど離れた森の中です――歩ける様子ではないですね。背負います」


 ヴァルターがマリオンを背中に背負った。


 牢屋を出て通路を進んでいると、アレックス、サイモン、アラン、アミン、スウェードが合流した。


 スウェードがレナを、アミンがララを、アランがサニーを背負っている。


 サイモンとアレックスは長剣を手に持って居た。敵に見つかった時に対応するためだ。


 サイモンが「ヴァルター、俺がマリーを背負う。お前とアレックスが道を切り開け」と言って、マリオンを代わりに背負った。


 この中ではヴァルターが最も腕が立つ。彼に剣を振るってもらう方が適していた。


 だがそれ以上に、妹を他の男に背負わせたくない、という想いがあったのも確かだ。これでもマリオンは婚前の淑女なのだ。肉親以外が無暗に触れて良い存在ではない。

 それはスウェードやアミンも同様だった。彼らも妹を背負っているのだから。


 そのままマリオンたちは通路を進んでいく――ララとサニーはマリオンと同程度に意識が戻っているようだったが、レナは意識が戻っていない。最も衰弱した状態だった。


 スウェードの表情が険しい。与えられるだけの水は与えてみたが、意識が戻らなかったのだ。後一日も経たず、レナの命の火が消える。それをスウェードは知っていた。



 途中、兵士に何度か遭遇したが、ヴァルターとアレックスが瞬く間に切り捨てていった。


 そこに一切の躊躇も容赦もない。彼らは相手を殺す覚悟をしてきている。もちろん、殺される覚悟も。


 階段を何度か上がっていく。


(地下深くだったのか)


 いくつかの角を曲がったところで、マリオンたちはユルゲンと鉢合わせをした。


「すまん、追いかけるのが遅れた」


 ユルゲンにしては珍しく、緊迫した声だ。その表情も厳しい。


 いつものんびりマイペースだったユルゲンしか知らなかったマリオンは、少し驚いた。



 ユルゲンはマリオンたち女子の様子を確認した後、四人を下ろすように指示した。


 そしてマリオン以外の全員を見渡して告げた。


「これから目にする事、耳にすることは決して口外するな。解ったら頷け」


 意識のある女子と男子全員が、戸惑いながら頷いた。


 ユルゲンは座り込んでいたマリオンに跪き、語りかけた。


「古代魔法は教わっているな? 元気になった自分をイメージして、豊穣の神に生命力を分けてくれるよう祈るんだ。できるか?」


 マリオンは古代魔法や豊穣の神の事をユルゲンが知っている事に驚きつつ、言葉を返した。


「捕まっている間、古代魔法は試してみましたが使えないみたいでした」


 ユルゲンは少し考え「捕まっている間、何かに拘束されていなかったか?」と尋ねた。


「枷と眼帯、それに猿ぐつわを付けられてました」


 ユルゲンはマリオンの身体を見て、拘束が無くなっていることを確認してから再び告げた。


「それならおそらく、今は使えるはずだ。試してみてくれ」


 マリオンは頷いてから、言われた通りのイメージで豊穣の神に祈りをささげた――今度は手元に僅かな魔力が集まってきたので、それを魔法に編み込んで体に纏う。


(少しずつ、身体が楽になってきた、かな)


 マリオンの顔色が少しずつ回復していった。


 それを見ていたユルゲンの表情も、少し緩んだ様子だった。


 マリオンの体がかなり楽になったと自覚する頃、ユルゲンがマリオンに告げた。


「これでもうしばらくは大丈夫だ。他の三人にも同じ魔法をかけてくれ。特に、レナの状態が危険だ」


 マリオンは頷いて、急いでレナに魔法をかけていく。


 蒼白だったレナの顔に、少しずつ赤みが戻っていくのがマリオンにも解った。


 ユルゲンの指示で、続いてサニーやララにも魔法をかける。


「――よし、続きは馬車の中だ。急ごう」


 これは応急処置に過ぎない。まだまだ命が危険な状態に変わりないが、この場に座り込んで回復を続けている余裕もないのだ。


 女子四人が再び背負われ、出口を目指して進んでいく。


 外に出ると、二十名以上の兵士たちが切り捨てられていた。マリオンはそれを見て驚いていた。


「これ、みんながやったの?」


 サイモンが「いや、ほとんどはユルゲン叔父上だ」と口にした。


 マリオンがユルゲンを見ると「昔取った杵柄だ」と僅かに微笑んで返された。


 衰えたとはいえ、ユルゲンは傷を負わずにこれだけの数の兵士を相手取るだけの力は残っていた。


 ユルゲンが兵士たちを足止めしている間に、子供たちに中へ救出に向かわせていた。


 全員で急いで森の中を走り抜ける――奥の方に、大型の馬車があった。


 子供たちが馬車に乗り込む。


 ユルゲンが「馬車の中で回復を続けてくれ。自分の事も忘れるな」と告げ、御者を務めた。


 マリオンは言われた通り、自分を含めた女子四人に古代魔法をかけ続けた。


 特にレナを中心にララやサンドラにかけ続け、サイモンから顔色が悪くなったのを注意されてようやく自分を回復させる。そんなことを繰り返していた。


 中々意識の戻らないレナの手を、スウェードが両手で握りしめている。


 ララやサニーも、レナを心配そうに見守っていた。


 馬車は夜を徹して走り、宿に戻っていった。





****


 宿に戻ったマリオンは、ベッドに寝かされていた。他の女子たちも同様に、自分の部屋で寝かされている。


 マリオンたちを救いに来た男子全員とユルゲンが、マリオンの部屋の中に居た。


 ユルゲンは「他の三人も命の危機は脱した。信用できる医者が手配できるまで、少し待ってくれ」と告げ、ベッドサイドに腰かけた。


 マリオンの回復魔法で、三人ともほぼ衰弱からは脱出できていた。自分を後回しにしていたマリオンがまだ少し、衰弱気味だ。だが命の危機からは脱している。


 ユルゲンが真剣な顔をして、厳しい声で尋ねた。


「何が起こった?」


 ユルゲンの問いに、マリオンは助けられるまでの覚えていることを説明した――その間、ユルゲンの双眸が鋭く光っていた。


 話を聞き終わったユルゲンが語る。


「奴か。分かった。私は少し出かけてくる。女子たちは衰弱しているだけだった。水分と栄養があるものを取っていれば回復するはずだ。果物をすりおろしたものでも口にするといい――全員、今回見聞きしたことは絶対に他言するな。たとえ殿下たちであろうともだ」


 古代魔法の事も神の事も最重要国家機密だ。それを王子たちに洩らすな、と言い含めたのだ。


 そう言ってユルゲンは部屋を後にした。



 サイモンはユルゲンの代わりにベッドサイドに座り、マリオンの手を握った。


「……無事でよかった」


 マリオンは苦笑を浮かべて応えた。


「私もそう思います」


 マリオンにも、命が無くなる寸前だった自覚があった。よく命を拾えたものだと、今でも思っている。


 マリオンはスウェードに「レナは?」と尋ねた。馬車から降りても、彼女の意識は戻らなかった。


「さっき目を覚ましたよ。マリオン様のおかげで、助けられたみたいだな。ありがとう」


 マリオンは胸を撫で下ろした。


 一番重篤だったレナが大丈夫なら、ララやサンドラも大丈夫だろうと思えたからだ。



 マリオンは男子に「助けてくれてありがとう――でも、何が起こったの?」と尋ねた。


 サイモンが代表して説明してくれた。


「マリーたちが中々戻らないから、みんなで探してまわったんだ。けど宮廷の中に姿がなかった。外で警備してた叔父上たちにも姿を見てないと言われて、慌てて捜索したんだ。しばらくして叔父上から”手が足りないから手伝ってくれ”と言われて、あちこち走り回ってた」


 手がかりがなかったユルゲンは、現地に居る諜報部を総動員した。


 それでも手が足りないと判断し、後の指揮を部下に任せ、自分が子供たちを率いて心当たりを探し回っていた。ユルゲンの勘が当たり、なんとか命が失われるのを防げたのだ。



 マリオンが再び尋ねた。


「殿下たちは?」


 救出時から今まで、王子たちはマリオンの前に姿を見せていない。


「別室でライナー様たちに警護されてる。叔父上の指示で”殿下たちは動くな”と言われてね……マリー、お前は少し休むといい。果物の事は、サブリナに伝えておく。少し食べたら眠るんだ」


 マリオンはゆっくり頷いた。


 その様子を確認したサイモンは優しく微笑み、男子たちは部屋を出ていった。





****


 二日後、回復した女子三人がマリオンの部屋を訪れていた。


「みんな、出歩いて大丈夫なの?」


「大丈夫よ、マリーのおかげですっかり元気!」


 笑って応えるレナの顔は、確かに元気そうだった。


 マリオンはまだ、そこまでは回復できてはいない――馬車の中で三人を優先した分だけ、回復が遅れているのだ。巻き込んでしまった罪悪感があった。仕方のないことだろう。


 ララが疲れた顔でベッドサイドに腰かけた。


「それにしても、ひどい目に遭ったわね」

「ほんとほんと。成長期の子供からご飯を奪うとか重罪よ?!」

「ベッカー議員、あんな酷いことをする人に見えなかったのにね」


 マリオンは「あはは……」と力のない笑いの後に、三人に尋ねた。


「みんなも鉄の枷や眼帯を付けられてたの?」


 三人が首を横に振った。


 サンドラが「縄で手足を縛られて猿ぐつわは噛まされてたけど、鉄の枷はかけられてなかったわね。眼帯もなかったわ」と言った。


(じゃああれは私だけの拘束だったのか)


 三人の話で、マリオンはヴァルターが魔法で牢屋の鍵を切り裂いて助け出したと教えられた。


 そのあと他の男子が拘束を解き、一人ずつ付き添って水を与えていったのだと。


「鍵を切り裂く魔法?」


 サンドラが応える。


「なんかね、剣に魔法を付与してたわよ? 魔法だから詳しいことは教えてもらえなかったけど」


 その言葉にレナが応えた。


「お母様がアストリッド様から少し聞いたことがあるらしいけど、”何かを代償にしてすべてを切り裂く刃”を作り出す魔法なんですって。すべてとはいっても、人間の使う魔法だから限度はあるらしいんだけど。何を代償にするかは教えてもらえなかったみたい。で、その魔法を使うために、アストリッド様の家系では男女ともに剣術を嗜むんですって」



 必要な代償が大きすぎれば、支払いきれず魔法は失敗する。代償が不十分であれば、切り裂くに及ばない。そんな魔法だった。


 現代魔法の限界ではあるが、通じる範囲であれば、強烈で活用範囲の広い魔法である。


 アストリッドの家、つまりシャーヴァン辺境伯の家に伝わる魔法だ。それをヴァルターは伝えられていた。


 アストリッドが剣術に長けているのも、この魔法を使いこなすためである。刃を生み出すだけの魔法なので、それを振るう技術が求められるのだ。


 より高い剣の技術があれば、払う代償を減らすこともできる。


 ヴァルターも同じ理由で剣術を叩きこまれていた。



 マリオンは、ヴァルターが十二歳にして既にその魔法を修めている事実に驚いていた。


(ヴァルター様って余り目立たないけど、実は完璧超人なのでは?)



 女子がそんな会話をしていると、ドアがノックされ、殿下たちが入ってきた。


 オリヴァー王子が疲れたように口を開く。


「やっとライナーから部屋の外に出る許可が下りた――みんな無事か?」


 女子全員が、笑顔で頷いた。


 マーセル王子が悔しそうに口を開く。


「捜索に参加できず、すまなかった。今回俺たちは、何の力にもなれなかった」


 マリオンは笑ってその言葉を否定した。


「殿下たちは王位継承者です。私たちの誘拐が陽動で殿下たちが本命だった場合を考えれば、迂闊に動かれる方が困りますよ」


 オリヴァー王子は厳しい顔になって「今回の件はペテル共和国に厳重に抗議する。許しがたい蛮行だ」と口にした。


 マリオンがオリヴァー王子に尋ねる。


「あれ? そういえば隣町の視察とかはどうなったんですか?」


 オリヴァー王子は苦笑を浮かべて応えた。


「こんな状況で視察を続行できるわけがないだろう。予定は中止になったよ」


 マリオンが納得した様に頷いた。


「それもそうですね……じゃあ、もう帰国するんですか?」


 オリヴァー王子が頷いて応える。


「被害者全員の回復が確認でき次第、帰国する。予定の半分も消化できていないが、またいつ襲われるか分からないからな」



 マリオンが王子たちにも、何が起こったかをかいつまんで説明しているところにユルゲンが帰ってきた。


「医者が手配できた。昼過ぎには診察に来るから診てもらってくれ。それとマリーに確認しておきたいことがある」


 そう言ってユルゲンは真っ二つにされた鉄の枷と眼帯を懐から取り出した。


「それ、私が付けられてた物ですね」


 ユルゲンが頷いた。


「ありがとう。それを知りたかった――すまないが、全員外に出ていてくれないかな。ちょっと機密事項に関わる事なんだ」


 不満げな王子たちの背中を、サンドラたちがなんとか押し出して部屋から出ていった。


 ユルゲンがそれを確認してからマリオンに振り返る。


「この眼帯は精霊眼の上に着けられていたんだね?」


 マリオンは頷いた。


「これには魔力を記録する術式が付与されていた。間違いなく犯人の狙いは精霊眼の力――古代魔法だ。神が君の祈りに応じなかったのは多分、そのせいだろう。神が記録されるのを嫌がったんだ」


 マリオンが鉄枷を見ながら尋ねた。


「じゃあその鉄枷も魔力を記録する者なんですか?」


 ユルゲンは首を横に振った。


「これは帝国が中途半端な古代魔法を利用した技術、それを応用した物の様だ。少なくとも、現代魔術や現代魔法ではない魔法が付与されている。君の魔力でも破壊できなかったのは、そのせいだろう」


 マリオンはその言葉に驚いた。


 その鉄枷は真っ二つにされていた。ヴァルターが魔法で切り裂いたのだ。


 マリオンには、古代魔法を応用した魔法で作られた鉄枷を、現代魔法で破壊できるとは思えなかった。


 マリオンの疑問に、ユルゲンが苦笑で応えた。


「シャーヴァン辺境伯の家に伝わる魔法だね。生命力を代償に、すべてのものを切り裂く刃を生み出す強烈な魔法だ――まったく無茶をする。中途半端とはいえ古代魔法だ。これを切り裂くなど、どれほどの寿命を削ったんだか」


 マリオンが愕然とした――寿命を削る?!


 ユルゲンは優しい顔になって、マリオンの頭を撫でた。


「ヴァルターを後でこの部屋に来させるから、お礼を言っておきなさい」


 頭を撫でられながら、マリオンが尋ねる。


「……ベッカー議員は捕まったんですか?」


 ユルゲンが厳しい顔で応えた。


「いや、完全に行方を眩ましたようだ。諜報部に追わせているが、捕まるかは分からない」


 マリオンが少し考え、再び尋ねた。


「……ディーツ議長はなんと言ってるんですか?」


 ユルゲンは疑う目付きで応えた。


「”あいつがそんな大それたことをしでかすとは思わなかった。私も裏切られた思いだ”と、悔しそうに言っていたよ――なんにせよ、君の回復を待ってから帰国することは決定事項だ。君は休息を取る事に専念しなさい。後の事は、大人に任せるんだ」


 そう言い残して、ユルゲンは部屋を出ていった。



 ユルゲンにはこれから、事態の後始末が残っている。子供たちと共に帰るまでに、調べられることを全て調べ上げなければならないのだ。





****


 午後になり、医者の診察を受け「一週間も安静にしていれば、旅に耐えられるでしょう」とマリオンは言われた。


 帰宅しても、完全回復する為には、しばらくは養生期間が必要だろう。



 医者と入れ替わりにヴァルターが部屋に一人でやってきて、マリオンたちは二人きりになった。


 本来、婚前の男女が二人きりになることはあり得ないが、今回はユルゲンが特別に配慮して許可を出したのだ。


 おそらく、秘儀に関することを話し合うことになる場だ。余計な第三者は入れない方良いと伝えていた。



 マリオンがしばらく、言葉を探した。ようやく見つけ出して口を開く。


「……助けてくれてありがとう」


 ヴァルターは静かに首を振った。


「僕がやりたくてやったことです。マリオン様は気にしなくていいですよ」


 マリオンが再び、言葉を探してから応える。


「……あなたの魔法は生命力を代償にする、と聞きました。あの鉄枷を破壊するには寿命を削るとも。それもヴァルター様が望んだことなんですか?」


 少しの間を開けて、ヴァルターは頷いた。


「そうです。僕が望んでやったことです。だからマリオン様が気にする事ではありません」


 マリオンが吼えた。


「気にするなって方が無理です! なんでそこまでしたんですか!」


 マリオンはヴァルターの目を真っ直ぐ見据えた。ヴァルターの目は、静かに彼女を見つめ返していた。


「好きな子が目の前で死にかかっていたなら、助けたいと思うのが普通でしょう? なにも不思議な事ではありませんよ」


「助け出すだけなら、鉄枷まで壊す必要はなかったはずです!」


 興奮するマリオンに対し、ヴァルターは冷静に応える。


「あれには魔法が付与されていた。それがどんなものか、僕にはわからなかった。リスクをすべて排除する必要があると、僕は判断した。……他に質問は?」


 また言葉を探してから、マリオンが尋ねた。


「……どのくらいの寿命を削ったんですか」


 時計の音が、静かに室内に鳴り響いていた。ゆっくり五秒――


「言ったでしょう? マリオン様が気にする事ではない、と。僕が僕の判断で行った。僕が選択した、僕の人生だ」


 マリオンは必死に言葉を探した。また秒針の音が聞こえる。何秒立ったのか――


「ヴァルター様の覚悟を知りたい、と思います。あなたがどれほどの覚悟で、私を救い出したのかを」


 マリオンが絞り出した言葉を、だがヴァルターはいともたやすく弾き返した。


「それを知っているのは僕だけでいい。マリオン様が知ったとしても、失った寿命が戻るわけではない。あなたが気に病むだけだ」


「……私が気に病むほどの寿命を、削ったんですね?」


 ヴァルターは、何も答えなかった。それを教えるつもりは、彼にはない。


「わかりました。私の命に代えてでもその寿命、元に戻します」



 マリオンは目を瞑り、豊穣の神の気配を手繰り寄せ、語りかける。



(――豊穣の神様、聞こえますか)


『ああ、聞こえているよ』


 小さく遠いけれど、声が響いた。


(ヴァルター様が削った寿命は、どれくらいなんですか)


『彼はそれを君に知られたくないんだ。マリオンも、そのことは忘れなさい』


(どれくらいなんですか!)


 マリオンが神に吼えた。彼女はそれを知るまで、納得しないだろう。それを豊穣の神も理解した。伝えるべきか、彼も悩んだ。


 また、マリオンの耳に秒針の音が聞こえた――


 豊穣の神のため息の後、声が聞こえてくる。


『二十年だ』


 目を瞑っていたマリオンの顔が驚愕で染まった――絶句した。


『だがそれを元に戻す魔法は、君の魂が耐えられない。諦めるんだ』


(なんとかでき――)



 目を瞑っていたマリオンは烈しく肩を揺さぶられ、会話を中断させられた。


 ヴァルターが吼えた。


「君が何をしようとしているのか、僕には分からない。だけど、”命に代えてでも”だなんて言われて、黙って見ていると思うなよ?!」


 マリオンは目を開けて叫んだ。


「他人の命を踏み台にしてまで生き残りたいとは思わない! そんな重たいもの、私には背負えない! あなたの二十年に報いる術(すべ)など、私は知らない!」


 マリオンの頬は涙で濡れていた。


 彼女の視界が涙で滲んでいた。


 ヴァルターは冷静に、穏やかにマリオンに語りかける。


「……言ったでしょう? 僕が選んだ、僕の人生だ。惚れた女の為に命を費やした。ただそれだけの事だ。その僕の生き方を否定する事は、たとえ君でも許しはしない――マリオン様、そのことは忘れるんだ。あなたは何も、背負わなくていい」


 マリオンの肩を優しく叩いた後、ヴァルターは静かに部屋を後にした。


 マリオンはただ、涙を流し続け呆然としていた。


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