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第6話:ザフィーア結成

 招集日である今日くらいは楽しもう、ということで大人と子供が分かれて昼食を取り、親睦を深めることとなった。



 グランツを入学を控える十三歳の子供たちを年長組とした。


 サイモン、オリヴァー王子、アミン、アレックスだ。



 残った十二歳の子供たちを年少組とした。


 マリオン、レナ、ララ、サンドラ、それにマーセル王子とスウェード、アランにヴァルターだ。



 集団なので、誰かがリーダーシップを取らねばならない。


 誰にしようか、と話し合いが始まった。




 マーセル王子が口火を切った。


「リーダーなら当然兄上だろう? 第一王子だ。異存はあるか?」


 サイモンがそれに待ったをかける。


「ちょっと待ってくれ、男子の世話は俺が任されている。勝手に動かれても困るよ」


 アミンが参戦してきた。


「男女の集まりです。女子の意見も聞いてみてはどうでしょうか」


 マリオンが女子を代表して意見を述べる。


「女子の世話は私が任されてますから、代表して意見を述べますね。私はサイ兄様がいいと思いますわ」




 この話し合いの場でも、マリオンは男子たちの視線をチラチラと感じていた。


(やっぱり、精霊眼って目立つんだな……来年学校に入ったら、ずっとこんな感じになるのかな)


 マリオンは憂鬱な表情を隠しきれていない。やはり”奇異の目で見られている”と思っているようだ。


 それを見守っていたサンドラ、レナ、ララは内心、頭を抱えていた。




 協議の結果、「ここは侯爵邸なのだし、やはりサイモンがいいだろう」となった。


 マーセル王子が一人反対していた以外、特に異存は出なかった。オリヴァー王子がサイモンを推薦したのも大きかっただろう。



 オリヴァー王子が提案をしてきた。


「我々はヒルデガルト先生の記念すべき弟子一号です。せっかくですから、この集まりに名前を付けませんか?」


 マリオンが疑問を呈した。


「名前ですか? 仰々しすぎませんか? 敢えて名乗る必要も感じませんし……」


 この場にはマリオンたちしかいないのだ。彼女には、名前を付ける必要性を感じられなかった。


 オリヴァー王子がマリオンに応えた。


「マリオン以外はグランツ入学が決まっています。グランツで集まるときに、名前があった方が便利だと思いましてね」


 マーセル王子はこの案に賛成した。


「兄上のいう事も尤もだ。年少組も来年はグランツになる。社交場で会うこともあるだろう。十一名も居たのでは、名前を列挙するのも大変だからな」


 「大袈裟すぎる」というマリオンの意見以外、異存はないようだった。


 女子たちはニヤニヤと様子を見守っていた。


 アランがオリヴァー王子に尋ねた。


「それで、名前の候補はあるのですか?」


 オリヴァー王子が名案とばかりに提案した。


「ここに一名、とても輝かしく象徴的な人物が居るでしょう? その人物にちなんでザフィーア、などどうでしょうか」


 ザフィーア――蒼玉という意味だ。マリオンの精霊眼を象徴とするつもりなのだ。


 マリオンが猛烈に反論した。


「ちょっと待ってください! なんでグランツに入るか不確かな私が、グランツ用の呼び名に関わるんですか! 第一、象徴的ってどういう意味なんですか?!」


 珍獣扱いされたと思ったのだ。さらに精霊眼をいじられたと思っている。それは彼女の神経を激しく逆撫でした。


 特に、こんなお子様集団の名前が自分に関する者になるなど、我慢がならなかったようだ。かなりの剣幕だった。


 だがマリオン以外は、賛同者ばかりだった。


「さすが兄上、名案だな!」

「悪くないですね。響きも綺麗ですし」

「まぁ第一王子の命名なら仕方ないか……」


 女子たちはただ、ニマニマとマリオンを見ていた。


(この状況を楽しんでやがるな?!)


 もちろん、楽しんでいる。「いつ気が付くのかなー」と傍観しているのだ。



 オリヴァー王子は満足げに「ではザフィーアで決定ですね」と頷いた。


「……そのザフィーアとやらに、私は入れないでくださいね」


 心底不服そうにマリオンが告げた。せめて、自分は含めるな、と言い張ったのだ。


 マーセル王子が不思議そうにマリオンに尋ねた。


「お前が居るからこの名前になったんだ。そのお前が抜けてどうするんだ」


 自力ではどうにもならないと悟ったマリオンが、涙目でサイモンの顔を見た――だがその顔には諦観の表情が浮かんでいた。


「……マリー、第一王子と第二王子の意向だ。諦めてくれ」


 マリオンはがっくりと肩を落とし「……はい」と了承した。


 王子たちに加えて兄の意向だ。逆らう事など、彼女にはできないのだから。





****


 マリオンたちの目の前でサイモンとアミンが木剣を持って対峙していた。


 昼食を食べ終わり、紅茶を楽しんでいたマリオンが不用意に「この中で誰が一番剣術が巧いのでしょうね」と発言した事がきっかけだった。



 マリオンの言葉に男子たちが一斉に色めきだった。


 銘々が「俺が」「いや俺だ」「当然兄上だろう?」と口にした。


 収拾がつかなくなった場を見てマリオンが「あーもう! では実際に手合わせしてみればよろしいではありませんか!」と提案した結果、男子たちの間で組み合わせの協議が始まった。


 その間に”子供だけだと危ない”とマリオンが大人を呼びに行くと、アストリッドが立会人を名乗り出た。


 何かあっても自分なら止められる、ということだ。男性に体力負けするアストリッドでも、子供相手なら負けることはない。


 フィルは魔術騎士団長だが、それほど剣術を得意としていない、ハーディは乱雑で子供に怪我をさせかねない、ということで観客に回っていた。


 一応は何かあれば、アストリッドと共に止めに入れるように、と子供たちを見守っていた。



 男子たちが決めかかっていた組み合わせにアストリッドが異存を唱え、調整が入った結果、以下のようになった。


 サイモンとアミン。


 オリヴァー王子とアレックス。


 マーセル王子とスウェード。


 そしてアランとヴァルターだ。




 対峙していたサイモンは両手で木剣を構えている。一方アミンは片手で木剣を構えていた。


「片手で俺の剣を捌けると思っているのかい?」


「案外なんとかなるものですよ」


 しばしの睨み合いの後、サイモンの姿が消えた――また肉体強化術で動いたのだ。マリオンの目には捉えられなかった。


 だがそのマリオンには見えない動きから繰り出される木剣を、アミンは体を捌いて躱していく。


 突如、アミンが鋭い振り下ろしを行い、サイモンの動きが止まった――首筋ギリギリで振り下ろしを防いでいた。


「……やるな」

「あなたこそ」


 弾けるように距離を取り、再びサイモンの動きが消える。


 またアミンはサイモンの木剣を見事に捌いていたが、次第にサイモンの木剣を弾き飛ばすように受け流し始めた――動きを読まれ始め、躱しきれなくなったのだ。


 段々とアミンの表情から余裕がなくなっていき、木剣が打ち合う頻度が上がる。


 遂にはアミンの木剣が弾き飛ばされ、その首筋にサイモンの木剣が突き付けられていた。


「……参りました」


 アミンが負けを認めた。


 サイモンはノルベルト仕込みのフィジカルで攻める剣術を扱う。それを片手で凌ぎ切るのは、同じ体格のアミンには無理があったのだ。




 アストリッドが「これで一つ、順位が決まったね」と楽しそうに言った。




 次はオリヴァー王子とアレックスだ。


 片手に木剣を下げるオリヴァー王子と、両手で木剣を構えるアレックス。


 お互いが同時に姿を消した――どちらも肉体強化術で動いたのだ。


 動き回る一対の影、何度か木剣を打ち合う音が響き渡った後、「フン!」というアレックスの気合の掛け声と共に、オリヴァー王子の木剣が叩き折られ、尻餅をついた。


 アレックスは相当なパワーファイターだ。剛腕を生かした剣術を扱っていた。




 アストリッドが「さすが、ハーディ仕込みの剣術だ。父親そっくりだね」と感心していた。




 次がマーセル王子とスウェードだ。


 こちらは両者とも正統派の両手で構えるスタイル。


 共に同時に動き出し、木剣を繰り出し合う。今度はマリオンの目でも動きが捉えられた。


 年少組だが、一応肉体強化術は使えるようだ。


 次第にマーセル王子が優勢になり、スウェードの木剣が弾き飛ばされ「参った!」とスウェードが両手を上げた。




 アストリッドは「二人共まだまだこれからだが、将来が楽しみだね」と笑っていた。




 そして最後にアランとヴァルターだ。


 片手で木剣を構えるアランと、同じように構えるヴァルター。その姿は鏡を見ているようだ。


 マリオンが見ている中、突如として二人の姿が消えていた。


(年少組なのに、サイ兄様たちと同じくらい速い?!)


 動き回る一対の影と共に、木剣の音が激しく辺りに鳴り響く。


 だがその動きにマリオンが驚いていた次の瞬間、アランの木剣が叩き落とされ、その首筋にヴァルターの木剣が付きつけられていた。


「……参りました」


 アランが笑顔で負けを認めた。




 アストリッドは「どうだい? うちの息子は強いだろう?」と自慢げだった。




 女子たちは対戦が終わるたびに拍手で健闘を讃えていた。


「みなさん凄いですわね!」


 そんな感想を述べたマリオンに、アストリッドが尋ねた。


「なぁマリー。あんたの目から見て、強さの順位はどう見えた?」


「私から見て?! 私、剣術は分かりませんよ?!」


「まぁまぁ、あんたの直感でいいさ」


(そんなこといわれてもなぁ……)


 楽しそうな笑顔のアストリッドに圧され、マリオンは渋々直感で順位を告げていく。


「一位がヴァルター様、僅差で二位がアレックス様。三位がサイ兄様とオリヴァー殿下、これは甲乙つけがたいですわね。五位がアラン様、さすが公爵家嫡男ですわ。六位がアミン様、七位がマーセル殿下、八位スウェード様、お一人だけかなり劣ってますわね」


 アストリッドは「やっぱりマリーは良い勘をしてるね」と同意していた。


 だがその順位に男女から不満が爆発した。


「兄上がそんなに低い訳がないだろう? それに俺だってそんなに弱くない!」

「ヴァルターがなんでそんなに高評価なんだよ?!」

「私の順位が低すぎませんか?」

「アム兄様がそんなに弱い訳がありませんわ!」



 喧騒をアストリッドが大きく手を打ち鳴らして止めた。


「じゃあ、不満のあるやつは手を挙げな」


 半数の男子と一名の女子から手が上がった。


「よし、あたしが言った組み合わせで対戦するんだ。それで納得できるだろう」



 改めて、以下の対戦を行うことになった。


 ヴァルターとサイモン、そしてアランとアミンだ。




 ヴァルターとサイモンが対峙する。


 いつものように両手で木剣を構えるサイモンと、鏡のように同じ構えを取るヴァルター。


「……真似っこが好きなのかい?」

「そういう訳ではありませんが、この方が楽に勝てるので」


 ヴァルターは剣を構えると途端に落ち着いた言動になる。己が鍛え上げた剣術への絶対の信頼がそうさせるのだろう。


(ヴァルター様、普段は弱気な物腰なのに……剣を持つと性格が変わるタイプなのかしら?)


 しばらく睨み合い、ヴァルターが「来ないのですか?」と挑発をした瞬間、またサイモンの姿が消える――ほぼ同時にヴァルターの姿も掻き消えた。


 マリオンの目には追い付かない速度で動き回り、木剣を打ち合う音が響き渡る。


 アストリッドが「おお、サイモンも中々やるじゃないか」とまた楽しそうな声を上げていた。


 しばらく動き回る影と共に打ち合う音が響きあい、遂に二人の動きが止まった。


 木剣を振り下ろした姿で硬直するサイモンと、その背後で横薙ぎを振り切った姿で硬直するヴァルター――どちらが勝ったのか、マリオンにはわからなかった。


「……参った」


 サイモンはそう言って、膝を地面に着いた。ヴァルターの横薙ぎが胴に入ったのだ。


「サイ兄様!」


 マリオンは慌てて駆け寄り、覚えたての治癒魔術で治療を開始する。


(お母様が「あなたは早めに習得しておきなさい」と教えてくれていてよかった!)



 ヒルデガルトは、負傷を自分の力でしか癒せないマリオンに、治癒魔術を優先して教えていた。


 本来は高度な魔術なのだが、マリオンの驚くべき魔術センスは難なくそれを習得させていた。


 その事にはヒルデガルトも驚いていた。「あなたは治癒魔術のセンスも高いのね。もしかしたらフィル並かもしれないわ」と唸っていた。



 幸いサイモンの怪我は打ち身程度だったので、負傷は直ぐに完治した。


 マリオンはヴァルターに振り返って叫んだ。


「木剣を当てるだなんて酷いですよ!」


 木製とはいえ鈍器には違いない。当たり所が悪ければ、最悪死に至る。寸止めがマナーだ。


 マリオンの非難に、ヴァルターは挙動不審になって謝った。


「あっと、その、えーと、……も、申し訳ありませんでした」


 その姿に毒気を抜かれたマリオンは、呆気に取られていた。


(……剣を振るってる時とは、本当に別人みたいに弱気な物腰ね)


 アストリッドが笑いながらマリオンの頭を撫でた。


「今のは仕方がない。サイモンも迷いがない、良い踏み込みだった。寸止めしていたら、ヴァルターが逆に胴を切られていただろう――なに、大怪我をするような打ち合じゃあなかった。もしそうだったら、途中であたしが割って入っていたさ」



 アストリッドが「これでヴァルターが一位だってことに納得できない奴はいないね?」と確認を取っていた。


 このうち三人は以前対戦して力量差を知っている。オリヴァー王子と対等だったサイモンが負けたのだ。今度は誰も異存を唱えなかった。




 今度はアランとアミンが対峙した。


 同じく片手で木剣を持つスタイルの二人。ただし、相手に向けて構えるアランに対して、アミンは手に下げている。


 じりじりと回りながら間合いを詰めていく両者。


 突如、二人の姿が掻き消えた。やはりマリオンの目で追いつける速度ではない。


 アミンは再び相手の木剣を体捌きで躱している。木剣が空振る音だけが響く。



(アラン様は十二歳なのに、十三歳のアミン様と互角っていうこと?)


 伊達に公爵家嫡男ではない、ということだ。相応の厳しい鍛錬を積んでいる。ファルケンシュタイン公爵家本家は、スパルタ教育がデフォルトだ。



 次第に木剣が打ち合う音が響き始めた。サイモンの時と同様、体捌きで躱しきれなくなってきたのだ。


 打ち合う音の頻度が多くなり、遂にはアミンの木剣が弾き飛ばされ、その首筋にアランの木剣が付きつけられていた。


 ――途中でアランは両手持ちに構えを変えていた。動きを見切った後、力で押し切るために、戦い方を変えたのだ。


「……参りました」


 息を荒げたアミンが、負けを認めた。



 アストリッドが声を張り上げた。


「これで決着だ! マリーの告げた順位にまだ不満がある奴は名乗り出な!」


 アランは、サイモンには勝てないと自ら認めた。


 アレックスも、ヴァルターの実力を認め、勝てないと告げた。


 年長組の速度に追いつける自信は、マーセル王子にはない。


 つまり、誰からも異存は出なかった。





 こうして、突如勃発した大剣術大会は、なんとか無事に幕を閉じた。


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