第7話:品評会
――大人たちが集まるテーブル。
子供たちはお互いの健闘をたたえ合い、談笑を始めていた。
アストリッドが立会人から戻り、席に着く。
「いやあ、元気な子供たちだね!」
ヒルデガルトが大きなため息を吐いた。
「子供の集団は、突然何を始めるのか予想がつかないわね……」
クラウディアが楽しそうに微笑んだ。
「その面倒を、あなたが二か月間見るのよ? 息子たちをよろしくね?」
ルイーゼが紅茶を含んだ後、微笑を浮かべた。
「それにしてもリッドの息子、強かったわね」
「あの子は体力もみっちり鍛えてある。そこにあたし仕込みの技巧が加わるんだ。強くて当然だよ」
エミリもケーキを頬張りながら頷いていた。嚥下してから口を開く。
「――アランも、あの外見に似合わず強かった。ディーター様の息子とは思えないよ」
ヒルデガルトがそれに応える。
「ディーターだって、ああ見えてそれなりに鍛えていたわよ? 今では立派に騎士並の実力があるし。やっぱり本家のスパルタ教育を受けて来ただけはあるわね」
ルイーゼがヒルデガルトの肩を叩いた。
「元気の有り余る男の子の集団は怖いわよ? そこにお姫様が居るなら尚更、ね」
ヒルデガルトが目を瞠った。
「……まさか、それってマリーの事?」
クラウディアが儚い微笑で頷いた。
「アラン以外の男子、みんな見惚れてるみたいだったわね。あの年頃の男の子は分かりやすくて楽しいわ」
エミリが補足した。
「アランはヒルダと同じ精霊眼であるマリーに興味を持っているだけみたいだね。ディーター様と同じく、マリーシンパになるんじゃない?」
アストリッドが大笑いした。
「今度は婚約前の大混戦だ。果たして誰がお姫様の心を射止めるんだろうね?」
フィルが苦笑いを浮かべている。
「マリオン様はヒルデガルト夫人と違い、気性の荒い子ではなさそうですから、私のように顔面を殴られるようなことはないでしょうね」
ハーディがニヤリと笑った。
「――いや、あそこまでヒルデガルト夫人に似ているのだ。中身が同じでも不思議じゃあるまい?」
ヒルデガルトが困惑して応える。
「マリーは心の優しい穏やかな子よ? 私みたいに怒ったら何をするかわからないような子じゃないわ」
ルイーゼが呆れたようにそれに応えた。
「あなたね……自分も外見はそうだったこと、忘れちゃったの? それにマリーはあなたよりずっと強かな子よ。本性を隠すのなんて訳ないわ」
フィルが軽妙に笑った。
「ははは! あの中の誰かがお姫様の心を射止めたら、この中の誰かはヒルデガルト夫人と親戚関係になるわけですね」
フィルにも息子が居るが、まだ幼くこの場には居ない。ただ場を楽しんでいるだけの様だ。
クラウディアがそれに圧のある笑みで応えた。
「あら? それを私が、他人に譲り渡すと思って? ヒルダの親戚の座は私のものよ?」
大人たちは子供たちを肴に談笑を続けていた。
****
午後になり、男子たちは肉体強化術を封印して剣術のみでじゃれあっていた。
女子たちはそんな男子たちを遠目に見やりながら、別の話題に興じ始めた。
ララが悔しそうに口を開く。
「アム兄様があんなに低順位だなんて……あれでも周囲では同年代で負け知らずなのよ?」
レナがそれに応えた。
「ザフィーアがレベル高いんだよ。みんな高位貴族ばかりで魔力も強いし。特に十二歳で年長組と同じ動きができるアラン様とヴァルター様が変態なんだよ」
サンドラが興味本位で話を振ってきた。
「アストリッド様が納得する順位を直感で弾き出したマリーはさすがよね……ねぇ、あの男子八人に直感であなたの好みを点数付けしたらどうなるの?」
「えぇっ! サニーまでそんなこというの?!」
ララもニマニマと笑みを浮かべて乗っかってきた。
「楽しそうね? 是非教えて頂戴!」
三人の笑みの圧がすごかった。マリオンには逃れる術が見つからない。
(うーん、女子って本当にこういう話題好きだよなぁ)
自分も好きなのは棚に上げて、マリオンは心の中でぼやいた。年頃の女子にとって、定番の話題だろう。
「んーそうねぇ直感判定だとこんな感じかしら」
マリオンが地面に枝で名前を書いていく。
サイ兄様:五十点
アミン様:四十点
ヴァルター様:三十五点
アラン様:三十五点
マーセル殿下:三十点
アレックス様:二十五点
スウェード様:二十点
オリヴァー殿下:五点
それを見た三人が大きく声を上げた。
「シビア過ぎない?!」
「これ五十点満点?!」
「オリヴァー殿下果てしなく低いわね?!」
「そんなこと言われても、基準がないと分かりづらいから、サイ兄様を真ん中の五十点にしたのよ。それに直感だから、文句を言われても私だって困るわ!」
「「「このブラコン!!」」」
(ごもっともです)
男性の好み順位でトップが実兄というのはいささかどうだろう。
マリオンもそう思うのだが、理屈じゃなく直感なのでどうしようもない。
ララは兄が比較的高得点なのでまぁまぁ満足の様だ。
「アム兄様の評価が高めなのはいいでしょう……でも、ヴァルター様の評価がやたら高いわね?」
「なんでなのかしらね……確かにアストリッド様譲りで顔立ちは整っているし、美形の類だとは思うけど。あんな気弱な方は好みではないはずなんだけどなぁ」
レナは別の所が気になっているようだ。
「オリヴァー殿下が異常なほど点数が低いのが不思議なのよね。あの方、既に社交界でも人気の方よ?」
まぁそうだろう。なにせ婚約者の居ない第一王子。見目麗しく剣の腕も立つ。王族教育で頭脳も明晰だ。物腰も柔らかい王子様。欠点らしい欠点が見つからない少年だ。
「でもなんかね、あの方は胡散臭いのよ。私の直感が”あいつには近寄るな”って告げてるの」
「あーなんとなくわかるかも」
「第一王子が腰が低いってちょっと意外だよね。マーセル殿下みたいなのが普通のはずだし」
「あの態度が演技だとしたら、結構な食わせ物ね」
女子三人が同意し始めた。やはりなにか感じる部分があったらしい。
レナは「スウェード兄様は勝ち目がなさそうね」と笑いながら、順位をメモしていた。
「なぜメモを取るの?」
「え、面白そうだから記録を着けようかと」
(私で遊ぶ気ね……)
****
フィルとハーディ、ディーターは夕方で帰宅し、クラウディア王妃たちは一泊する事になっていた。つまり、大人たちの女子会だ。
夕食も庭でテーブルを囲み、大人席からは
「今夜は! 二十年ぶりの! ヒルダとの! お泊り会!」
「はいはい」
「どーどー」
「静かにしないと、また縛り付けるわよ?」
「あはは……」
などという声が子供席に届いていた。
学生時代を彷彿とさせるはしゃぎぶりである。
それを聞いていた王子たちは、どこか恥ずかしそうだ。
ララがぽつりと言った。
「……ほんと、クラウディア様とサニーって同類なのね」
サンドラは他人事のように夕食を口に運んでいた。
アランが意外そうに尋ねて来た。
「えっ?! サンドラ嬢もあんな感じなんですか?!」
レナが深く頷いていた。
「”おはようからおやすみまでマリーと一緒”が口癖の子よ」
そこにサンドラが冷静に訂正を入れる。
「そんな温いことを私が言う訳がないでしょう? おはようからおやすみまでを通り越し、おやすみ中もずっと一緒よ?」
マリオンがげんなりしながら口を開く。
「サニーはいつも泊りに来ると、私を抱き枕にするのよ……」
それを聞いた男子たちが、羨望の眼差しをサンドラに向けた。
「羨ましい……」
「なんだよその同性特権。ずるいぞ!」
「その役、変わってくれないか?」
「おいスウェード、後で木剣持って向こうに行こう。根性叩き直してやる」
銘々が口に思いを乗せる中、サンドラが胸を張って高笑いを始めた。
「ほほほほ! 悔しかったら女に生まれ変わって出直してくることね! マリーの隣は私の居場所よ! 今までも! そしてこの先もね!」
サンドラは、普段は心優しい少女なのだが、マリオンが関わると性格が変わる。
アランがぼそりと「あ、ほんとに同類だ」と呟いていた。
****
――翌朝。
朝食を済ませたクラウディア王妃たちは「子供たちをよろしくね」と言い残し、早々に帰っていった。
ヒルデガルトは「午前は執務に充てるから、魔術講義は午後から行います。それまでは自由時間よ」と告げ、書斎に向かっていった。
マーセル王子がぼやく。
「自由時間と言われても、やることがないな」
昨日は木剣を持って大暴れしたことで気が済み、男子たちは今日はそんな気分ではない。だがやることが見つからず、手持ち無沙汰なのだ。
オリヴァー王子がサイモンに尋ねた。
「サイモン。この辺りで暇をつぶせる場所はないのですか?」
サイモンは困った顔で応える。
「そう言われてもな……森の探検ぐらいしかないぞ?」
ファルケンシュタイン侯爵邸は、街から少し離れた小高い丘の上にある。
周囲は森で囲まれ、小川も流れている。
夏になれば釣も楽しめるが、今は一月だ。水も凍っている。
この季節になれば森には飢えた灰色狼の群れも出る。大人でも迂闊に近寄ることはない。
そんな説明を聞いたマーセル王子が俄然やる気を出した。
「森の探検、面白そうじゃないか! ザフィーア初の集団行動で行ってみよう」
女子たちは灰色狼、と聞いて腰が引けている。マリオンもわざわざ、そんな危ない橋を渡る気はない。
「この季節じゃ花が咲いている訳じゃないし、私たちが行っても楽しい場所じゃないわ」
サイモンも反対した。
「灰色狼を侮るなよ? 奴らは群れで獲物を襲う。子供なんてひとたまりもないぞ」
だがマーセル王子はそれでもめげなかった。
「これだけの人数だぞ? 昨日あれだけ実力を見せあっただろう? それに必ず襲われると決まったわけじゃない。そんなに怖がる事じゃないさ」
オリヴァー王子がサイモンの肩を叩いた。
「サイモン。済まないが、マーセルは言い出したら聞かない奴だ。ちょっと森の中に入ってすぐ帰ってくれればいい」
サイモンはしばらくオリヴァー王子を見つめ、俯いて大きくため息を吐いてから口を開いた。
「……昼までに戻ってこれなければ、母上から大目玉だからな? それだけは忘れるなよ?」
我儘王子を説得するのは無理と判断し、抵抗を諦めたのだ。
マリオンたちはサブリナに森に行く事を伝えた。
「殿下のお願いなの。お昼までには戻るから、お母様には内緒にしておいて」
サブリナはしばらく逡巡してから返事をした。
「……わかりました。ですが、お昼までに戻られなければ奥様にご報告いたします。お忘れなきように」
「ありがとうサブリナ!」
男子たちは自宅から持ち込んできていた長剣を腰に帯び、女子たちは動きやすい服装に着替えた。
サイモンが号令をかける。
「――よし、それじゃあ行くぞ!」
サイモンが先導して、ザフィーア全員で森の中へ足を踏み入れた。
****
人の出入りが無くなる冬の森に、道らしい道はない。
男子たちが長剣で枝を打ち払い、踏み固めていく。
その後を女子たちが慎重に歩を進めていった。
しばらく歩くと小川に出た。夏にはノルベルトとサイモンが釣をする場所だ。
案の定、水は凍り付いている。
マーセル王子が疑問を口にした。
「なぁ、この小川、歩いて渡れると思うか?」
マリオンがそれを制止する。
「凍った小川の上を歩くのは危険ですから止めた方がいいですよ。氷が抜ければ溺れ死にます」
サイモンが別の方角を指さした。
「あっちに橋が架かっている。そこから渡ろう」
またしばらく歩いていくと、木製の小さな橋が架かっていた。それを順番に渡っていく。
レナが「なんか、冒険してるって感じだね」と言った。
サニーは「男子ってホント、こういうの好きよね」とぼやいた。
ララはどこか楽しそうだ。
マリオンは不思議に思い、ララに尋ねた。
「なにか面白いものでも見つけたの?」
辺りは常緑樹しかない。特に女子に面白い景色ではないだろう。
「……気づかないの? 男子たちはね、あなたに良いところを見せようと必死なのよ」
(私に? なんで?)
マリオンがきょとんとしてると、ララは「ふふ、まぁそのうち解るわよ」と笑っていた。
ザフィーア一行は、だいぶ森に踏み入っていた。
サイモンが懐中時計を確認した。
「そろそろ戻らないと、昼に間に合わなくなるぞ」
マーセル王子が遠くを見て声を上げた。
「おい、この先になんかあるぞ。ちょっとだけ行ってみよう」
サイモンはため息を吐いて、先導を続けた。




