第5話:お母様の弟子
――一月の少し暖かい昼下がり。
ヒルデガルトの友人、その娘たちを呼んだ茶会が開かれていた。
昔から親子で時折遊びに来ていたので、個別にマリオンと顔見知りではあったのだが、全員集合は初めてだ。
全員が十二歳、ということで早速意気投合していた。
「全員集合なんて初めてね」
カップを傾けながら笑っているのがララ・フォン・ワグナー伯爵令嬢。
燃えるような深紅の髪と、同じ色の瞳が特徴の大人びた少女だ。
一歳年上の兄が居る、ということでマリオンとはブラコン仲間として意気投合していた。
「マリーからよく話は聞いていたわ。これから四人で仲良くしましょうね」
クッキーを齧っているのがレナ・ウォルフ伯爵令嬢。
クリーム色の髪の毛が可愛らしい、年齢よりは幼く見える少女だ。
噂好きで、この年齢にして中々の情報通だ。双子の兄が居る。こちらは兄妹仲は良いが、別にブラコンという訳ではない。
「マリー、今夜は泊っていくからそのつもりでよろしくね!」
「うぇー! サニー今夜も泊るの?!」
マリオンにウィンクを飛ばしてきたのがサンドラ・ブランデンブルク伯爵令嬢。
長いゴールドブロンドが美しく、長身で肉付きが良い、優しい顔の少女だ。
見た目通りで心優しい少女なのだが、泊りに来るとマリオンを抱き枕にする悪癖がある。
最初に抱き枕にされた時に「なんで?!」とマリオンは突っ込んだのだが「私の身体が”マリー大好き”と叫んでいるのよ」と、マリオンには意味の解らないことを言っていた。理解しようとするだけ無駄、というものだろう。
サンドラの父はフィル・ブランデンブルクだ。彼は学生時代、ヒルデガルトに想いを寄せていた一人だ。
遺伝子が騒ぐのかもしれない。好みが似ているのだろう。異常なマリオン好きは、クラウディア王妃の同類と言ったところだ。
マリオンは顔はもちろん、雰囲気もヒルデガルト譲りの可憐な少女だった。
「あなたたちはグランツに通うの?」
マリオンは少し砕けた口調で話しかけた。この四人に対してだけは、素を出すことが多かった。心を許しているのだろう。
三人は顔を見合わせた後、マリオンに頷いて見せた。
「親がグランツ卒業生だし、あそこを卒業すれば箔が付くもの」
サンドラもクッキーの欠片を口に運びつつ言った。
グランツ卒業生の子供はグランツに通う事が多い。
優秀な人の子供は優秀、そして優秀な子供ならばグランツだろう、という暗黙の了解があるのだ。
「私は寄宿生になるつもりよ。別邸から通うにしても、通学時間がもったいないもの」
ララがカップを傾けながら言った。
「あなたの場合、お兄さんが寄宿生だから追いかけたいだけじゃないの?」
というレナの突込みに、ララは顔を赤くしながら「うるさいわね!」と文句を言っていた。
笑い終わったサンドラがマリオンに質問を振った。
「マリーはどうするの? 私も寄宿生になるつもりなんだけど。どうせなら一緒に寄宿生にならない? あなたが居ないと安眠しづらいのよ」
「私はグランツには通わないかもしれないわ。それほど魔術を巧く扱えないから」
サンドラはその返答にとても残念がった。「相部屋になりたかったのに」と酷く落胆していた。
レナがサンドラに尋ねた。
「なんでそんなに相部屋になりたいの?」
「マリーと相部屋になれば、おはようからおやすみまでなんて温いことを私は言わないわ。お休み中もずっと一緒よ!」
「寄宿生活中ずっと抱き枕にするつもりなの?!」
マリオンの突込みに、「当然よ?」と得意げに笑っていた。どうやら本気の様だ。
レナは「クラウディア様もヒルデガルト様にべったりだったそうだから、きっとこんな感じだったのね」と遠い眼をしていた。
寄宿舎は二人一組の相部屋で二段ベッドだ。それほど広いものではない。少なくとも、添い寝をするようには出来ていない。
そんな場所でサンドラの体格に抱き枕にされたら、相当狭苦しいだろう。
(たとえグランツに通うことになっても、寄宿生は遠慮した方が身のためかもしれないわね)
その日は四人で楽しく会話を楽しみ、夕方近くに解散となった。
そしてサンドラはマリオンの部屋に泊っていき、宣言通り彼女を抱き枕にした翌朝、満足した顔で帰っていった。
****
――ある朝。
今日もヒルデガルトの魔術の講義が始まった。
「魔術の四大元素は身に着けたから、今日は古代魔法の基礎をやってみましょう」
魔術の四大元素は火風土水だ。現在の魔術体系の基礎ともいえる。
すべての術式はこの四属性をベースに組み立てられる。
マリオンは手を挙げて質問をした。
「古代魔法と魔術の違いはなんですか?」
ヒルデガルトは笑顔で解説を始める。
「魔術は自分の魔力を使うけど、古代魔法は神の魔力を使う。そこが大きな違いね。神に祈り、祈りが聞き届けられると手元に神の魔力が集まってくる。それを魔法に編み上げるのが古代魔法よ」
魔術と魔法の違いは、「魔法のがすっげーことできる」くらいのイメージで構わない。
マリオンはきちんとした魔術理論も教わっているが、普段はそこまで認識する必要はない。
ヒルデガルトが言葉を続ける。
「どんな魔法を使いたいかを神に祈り、それに神が応じることで古代魔法は姿を現すわ。逆に神が祈りに応じなかった場合、古代魔法は発動しないの。私たち精霊眼保持者は神の寵愛を受けているから、寵愛を与えた神は”なるだけ応じてあげよう”と頑張ってくれる。でも”それは無理だ”と思われたら、古代魔法に失敗するのよ――神との会話の仕方は、この前練習した通りよ。さぁ、やってみて。最初は火を生み出すところから始めましょう」
マリオンは頷いて、目を瞑った。
愛の神の気配を手繰り寄せ、「火を生み出す魔法を使う力を貸してください」と祈りを捧げる。
すぐに手元に愛の神の魔力が集まってくるので、それを魔力制御して火に変えた。
ヒルデガルトが拍手をしていた。
「そう、その調子よ。鍛錬を積めば、祈る時間や編み込む時間が短くなって、瞬時に古代魔法を発動させることもできるようになるわ。なるだけその状態にしておいて。特に身を守る術式は、一瞬が命取りになる。治癒魔術を受けられないあなたにとって、生命線になりかねないわ」
「お母様? 私にそのような生命の危機が訪れることがあるのでしょうか」
ヒルデガルトは難しい顔をしながら応えた。
「おそらくないはずだけど、高位貴族は命を狙われることもあるの。王族ともなればもっとね。周りが守ってくれるとは思うけれど、自分の身を最後に守るのは自分になる。できるに越したことはないわ」
(王族って大変なんだなー)
マリオンは、日々命を狙われるようになるとは考えていなかった。
王族ともなれば利害関係者が多くなる。敵対者から狙われる状況に陥れば、簡単に日々が命の危機だ。心休まる日などなくなるだろう。
マリオンは、王族になるプランを考え直そうかと思い始めたようだった。
その後マリオンは、水や風、土を生み出す古代魔法にも成功した。
魔法であれば無から有を生み出すことも簡単だ。実に恐ろしい力である。
魔術は魔術理論に則って操作する。その場にないものを生み出すことは難しい。例外は火くらいだが、あれも熱操作で発生させてるものだ。
ヒルデガルトは最後も拍手をしていた。
「いい感じね。古代魔法なら、あなたの強大な魔力も特に影響がないみたいね――古代魔法は神への祈り。魔法のイメージが伝われば、神は頑張ってそれっぽい力を貸してくれる。けれど、きちんと魔術理論をベースに説得力のあるイメージを祈った方が、より強く確かな力を借りることができるわ。だから、魔術理論の勉強は手を抜いてはダメよ?」
「はい、お母様!」
その後マリオンは「服を刃を通さない材質に変える術式」や「空中に魔力の壁を作る術式」など、防御系の魔法を教わった。
古代魔法にも術式があり、それはより効率的に神に魔法のイメージを伝えるノウハウだ。
「古代魔法はでたらめな力。困ったときにふんわりとしたイメージを祈ったとしても、神が応じれば魔法になる。でも便利すぎるのよね。時々、あまりにも便利すぎて堕落してるんじゃないかって不安になるわ。マリーも、あまり古代魔法に頼った生き方をしたらダメよ?」
「はい、お母様!」
****
――ヒルデガルトの書斎。
そこにはヴォルフガングの姿があった。
「弟子、ですか?」
ヒルデガルトの言葉に、ヴォルフガングが頷いた。
「ああ、そうだ。お前もそろそろ、きちんとした弟子を取ってもよい頃だからね。他人に物事を教えるという行為は、己を高めることにもつながる有益な行為だ――最後のレッスンだね」
ヴォルフガングがヒルデガルトにウィンクを飛ばした。
困惑するヒルデガルトが口を開く。
「今はマリーに魔術を教えるので精一杯です。弟子を取る余裕なんて――」
「その様子を見て判断したから、大丈夫だよ」
ヴォルフガングが人の好い笑みで笑った。
ヒルデガルトはため息を吐いてから、ヴォルフガングに尋ねる。
「それで、誰を弟子に取ればいいんですか?」
「ああ、全部で十名になるね。マリーやサイを含めたら十二名だ」
「多くありません?! 初めての弟子取りですよ?」
ヴォルフガングが実に楽しそうに笑い声をあげた。
「なぁに、人数はむしろ多い方が、子供の管理は楽なんだよ。自分たちで勝手に遊ぶからね――先方には既に打診をして良い返事をもらっている。あとはお前が頷くだけだ」
「……お父様のスパルタは健在ですのね」
ヒルデガルトはまた、大きくため息を吐いた。
ヴォルフガングが楽しそうにそれに応える。
「メンバーはお前の友人の子供たちになる。招集する当日に親も集めれば、ちょっとした同窓会だ。客間の数が足りないから、子供たちは男女別でまとめて寝てもらうことになるだろう。一番大きな客間をそれ用に改装しよう。寝具の手配はもう終わっているよ」
「……その用意周到振り、本当にお父様ったら、お変わりありませんわね」
ヒルデガルトが苦笑を浮かべた。
ヴォルフガングがそれに笑みで応える。
「了承、で構わないね? ではグランツが始まる春までの二か月間。その子たちを預かる。誰が来るかは、後で名簿を渡そう。私の話は以上だ――では、頑張るといい」
そう言ってヴォルフガングは書斎を出て行ってしまった。
ドアが閉まるのを目で追っていたヒルデガルトは、また大きくため息を吐いた後、領地の執務を再開した。
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朝食の席でヒルデガルトが「グランツ入学までの間、弟子を取るからそのつもりでね」と切り出してきた。
「お弟子様、ですか?」
マリオンの言葉にヒルデガルトが頷いた。
サイモンが尋ねる。
「誰が来るんですか? 春までの間となると、随分長期間ですね」
今は一月だ。グランツ入学は四月の初め頃なので、二月から三月の間ということだ。
そんな長期間、他人と一緒に暮らす経験などマリオンたちにはない。彼女の心に不安がよぎった。
ヒルデガルトがマリオンに語りかける。
「そんなに不安がらなくても大丈夫よ。レナやララ、サンドラが居るわ。女子はその三人だけだけど、あの子たちが居ればマリーは安心でしょう?」
「えっ! お弟子さんってみんなの事なのですか?!」
「ええ、私のグランツ時代の同級生たちの子供になるわ。招集当日は親も呼ぶから、少し賑やかになるわよ?」
サイモンが尋ねる。
「その言い方だと、もっと居るんですね? 他の男子はだれがくるんですか?」
「それは当日のお楽しみ。でも男子は全部で七名よ」
「多くありませんか?! ――あ、最近客間を改装していたのはその為だったんですね」
ヒルデガルトは頷いた。
「男子の面倒はサイが、女子の面倒はマリーがみてあげてね」
マリオンたちはヒルデガルトの言葉に、戸惑いながら頷いた。
****
――一月末頃。
その日は朝から大忙しだった。
大勢の客の受け入れ準備で、使用人たちもてんてこ舞いだ。
「ヒルダ、今日は随分賑やかになると聞いて楽しみにしていたのよ?」
「やっほー、おひさー」
「みんな元気そうだね」
「五人で集まるのは、久しぶりじゃない?」
クラウディア王妃をはじめとした、ヒルデガルトの親友たち――エミリ、アストリッド、ルイーゼだ。
ヒルデガルトを含めた五人で、まるで学生のようにはしゃいでいる。
かつて深めた友情は、やはり今も健在だった。
「お爺様のスパルタは相変わらずのようですね。叔母上は一度にこんな人数を相手にして、本当に大丈夫なんですか?」
「ディーター、それは言わないで頂戴。私も今から頭が痛いのよ」
ファルケンシュタイン公爵家本家、当主のディーターだ。
社交界でも大のヒルデガルトシンパで有名だ。ヒルデガルトが白といえば、黒いカラスも白と迷いなく断言する男だ。
学生時代はクラウディア王妃と一緒になってヒルデガルトを取り合っていた逸話は、今も有名だ。
「ヒルデガルト夫人、こうしてプライベートできちんと会うのは初めてですね」
「――息災か」
「フィル、それにハーディ、あなたたち相変わらず仲がいいのね」
騎士団長のハーディ・ドレフニオク伯爵と、魔術騎士団長のフィル・ブランデンブルク伯爵だ。
どちらもかつてはヒルデガルトに想いを寄せていた男達だが、ヒルデガルトの婚姻を機にスッパリ自分たちの想いを諦めていた。
案外、けじめのハッキリした男達だった。
この二人はお互いが未だに親友と認め合う仲だ。よく共に行動している。
それぞれが子供たちを従えている。
ヒルデガルトが子供たちを呼び集め、自己紹介をするように促した。
クラウディア王妃の子供たち。
「第一王子のオリヴァー・ルーカス・フォン・レブナントです、しばらくの間、よろしく頼みます」
「第二王子のマーセル・ルイス・フォン・レブナントだ。世話になるぞ」
ディーターの息子。つまりマリオンのいとこ違いだ。
「公爵家嫡男、アラン・フォン・ファルケンシュタインです。短い間ですがよろしく」
背の高さや春のような笑顔、輝く金髪はディーター譲りだ。きっと性格もディーターのように穏やかなのだろう。そうマリオンは思っている。
その実、中身はしっかりファルケンシュタイン公爵家の男だ。その笑顔に騙されていると、隠した牙で襲い掛かってくるタイプだ。
ドレフニオク伯爵の息子。マリオンは初対面だ。
「伯爵家嫡男、アレックス・ドレフニオクだ」
ぶっきらぼうで、口数は少ない。だが、父親よりは愛想がよいだろう。
ブランデンブルク伯爵の娘、マリオンの親友であるサンドラだ。
「伯爵家息女、サンドラ・ブランデンブルクでございます。」
ルイーゼの子供、ララとその兄だ。
「伯爵家嫡男、アミン・フォン・ワグナーです。よろしく」
「同じく息女、ララ・フォン・ワグナーでございます」
アミンはララと同じく、深紅の髪と瞳を持った大人びた少年だ。
大人びた、と言ってもどちらもまだ子供。限界はある。
エミリの子供、レナとその兄。
「伯爵家嫡男、スウェード・ウォルフだ。よろしくな」
「同じく息女、レナ・ウォルフでございます」
双子だけあって、雰囲気がとてもよく似た兄妹だ。
スウェードはフランクな物腰で他人に語りかける少年だ。彼なりの、人と打ち解ける為の仕草なのだ。
アストリッドの息子。彼もマリオンとは初対面だ。
「伯爵家嫡男、ヴァルター・フォン・クライン、です。あの、えーと、よろしくお願いします」
おどおどと頼りない。いつも豪快なアストリッドとは正反対だ。
マリオンとサイモンも彼らに挨拶をする。
「侯爵家嫡男、サイモン・フォン・ファルケンシュタインだ。ようこそみなさん。男子の世話は俺が任されている」
「同じく息女、マリオン・フォン・ファルケンシュタインでございます。女子の世話は、私が任されています。よろしくお願い致します」
総勢十二名。大所帯だ。
この人数が二か月間の共同生活を行うことになる。
(はぁー、男子も一緒だとか、しばらく気が休まりそうもないわね……)




