第1話:神様の贈り物・再び
第5章も一人称文体から三人称文体への改稿をかけました。
一人称文体とはちょっとテイスト変わってしまってるかもしれません。
文体変更で文章量がゴリッ★と増えました。
まーさーかーのー世代交代。そしての恋愛ストーリーです。多分。めいびー。
読後感は3章がやっぱり一番きれいにまとまってる気がします。
3章から5章を読んでも問題ありません(逸話的に4章の出来事が語られたりします)
5章は長いです。約15万文字27話あります。推敲で変わるかも。
パンチの弱いヒロインなのになぜ長い? 何故だろう? 話が落ち着くまで書いてたらこんなんなりました。
話が動き出すまでちょっと時間がかかります。
「おはようございます、マリオンお嬢様」
ベッドに寝る少女に侍女が声をかけた。
だが少女はぴくりとも動かない。
だが侍女は知っている。彼女が聞こえないふりをしていることを。
「朝でございますよ、お嬢様」
少女が布団を深くかぶった。「起きたくない」という意思表示だ。
確かに、冬の朝、布団の魔力は抗いがたいものがある。
だからと言って、淑女が心の赴くままに惰眠を貪るのはいかがなものだろうか?
「朝だっていってるでしょうが! 早く起きてください!」
突如、侍女の得意技、必殺布団剥ぎが少女を襲った。
くるんと回転した少女の身体が、朝の寒気に曝された。
「ちょっとサブリナ! 寒いじゃない!」
少女が愛らしい口を尖らせて文句を言った。
彼女付きの侍女――サブリナは無表情で布団を整えている。
「ちゃきちゃきお起きくださらないのが悪うございます。朝でございます」
悪びれもせず、サブリナは少女に恭しいお辞儀をした。
少女はぶちぶちと文句を言いつつ、ぬるま湯で顔を洗い、着替えさせてもらった後、髪を整えてもらっていた。
少女の目は、姿見に映る自分を眺めている――自分の美貌を確認しているのだ。
母親譲りの可憐な顔立ちは、黙っていれば文句なく可愛いと誰もが言うだろう。
父親譲りの長く青い髪はウェーブがかかっており、幼い頃から丁寧に手入れをされ艶やかに輝いている。
瞳の色も父親譲りの綺麗な浅葱色。彼女がひそかに気に入っているチャームポイントの一つだ。
総合的に見て、魅力的な少女といえるだろう。
少女が髪の手入れを続ける侍女に声をかける。
「お父様とお母様は?」
少女の言葉に、手を止めずに淡々とサブリナが応える。
「すでにダイニングで朝食をお召し上がり中です。サイモン坊ちゃまと大旦那様も揃っております」
少女が時計を見た――七時半。そろそろ彼女の父親が出勤する時刻だ。
少女の身支度が終わり、彼女はゆったりと優雅に部屋を出ていく。
幼いながらも優雅な所作を叩き込まれた少女は、急いでいても慌てることはない。
少女がダイニングに顔を出すと、丁度彼女の父親が席を立ったところだった。
少女が、その場に居る皆に挨拶する。
「おはようございます」
皆から少女へ、返事の挨拶が返ってきた。
少女はそのまま、父親に近づいて顔を見上げる。
「いってらっしゃいませ、お父様」
「ああ、行ってくるよ。私の可愛いマリー」
父親のハグを受けて、少女はニコニコと見送りをした。
彼女の父親はノルベルト・フォン・ファルケンシュタイン。フランツ国王の側近、近衛騎士だ。
現在、このグランツ領を治める伯爵でもある。
少女の背後から、彼女の兄が声をかける。
「本当にマリーは朝が弱いな」
少女が声に振り向くと、彼は優しい笑顔で微笑んだ。
少女は目を瞑り、不満を表情に出して文句を言う。
「眠いものは眠うございます」
朝の弱さは体質だといわれる。ならば、治るものでもないだろう。
少女の兄――サイモン・フォン・ファルケンシュタインは今年で十三歳だ。
春からグランツ中央魔術学院、通称グランツに通うことが決まっている。
一等級の魔力を持ち、文武両道にして質実剛健。そして妹にとても優しい少年だ。
少々行き過ぎた愛情かもしれないが、兄妹が仲睦まじくて悪いことはあるまい。
彼もまた、母親譲りの整った顔立ちをしていた。
家柄と能力、そして容貌を兼ね備えた彼の元には、その年にして既にいくつもの縁談が舞い込んでいる。
少女が食卓に着く。そのままゆったりと優雅に朝食を口に運んでいく。
母親が優しく少女に語りかける。
「マリー、今年はあなたが十二歳になる年よ。食事が終わったら早速魔力検査をしましょうね」
「はい、お母様」
母親――ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタインはフランツ国王の側近、筆頭宮廷魔術師だ。フランツ国王の懐刀と呼ばれている。
そして現在、グランツ領の隣、エドラウス領を治める侯爵でもある。
父親よりも母親の爵位が高いため、少女の家は侯爵家となり、当主は母親が務めている。
こういったケースは非常に珍しい。通常、淑女が爵位を賜る事など無いので当然ではある。
ヒルデガルトは”空を駆け山を消し飛ばす魔術師”という異名や、”独りで一万人の軍隊を追い払った”などという眉唾の逸話が豊富な人物だ。
何の冗談なのか、と思う話だが、これは既にこのレブナント王国の常識になっている。実に常識外れの魔術師といえる。
平和な時代になった現在では”王宮嫌いの筆頭宮廷魔術師”という異名を、少女の祖父から受け継いでいる。
滅多に王宮に赴かないことで有名なのだ。
少女も”よくそれで懐刀が務まりますね?”などと質問するぐらいだ。
少女の祖父が、いつもの人の好い笑みで笑いかけていた。
「マリーの魔力は、どのくらい強いだろうねぇ」
「私はお母様くらい強い魔力が欲しいですわ」
少女の答えに、彼女の祖父は可笑しそうに応えた。
「ヒルダは特等級だよ? 特等級は極稀にしか生まれない。さすがにそれはないだろう」
少女の祖父――ヴォルフガング・フォン・ファルケンシュタインは、元公爵家当主にして元筆頭宮廷魔術師だった男だ。
かつては大魔術師として名を馳せていたが、今では隠居生活を楽しむ一人の大人しい老人である。
弟子を取っていた時期もあったが、今は一人も取っていない。
ヒルデガルトは「物凄いスパルタだったわ」と遠い眼で少女に教えていた。
少女の名はマリオン・フォン・ファルケンシュタイン。今年で十二歳になる、生粋の侯爵令嬢だ。
親しい人からはマリーと呼ばれ愛されている。
質素を旨とするファルケンシュタイン侯爵家には、十分な富と名声があり、愛情深い両親と優しい兄や祖父に囲まれ、マリオンは何不自由なく生きてきた。
だがマリオンは唯一この家に足りないものがあると思っていた――血筋、である。
ヒルデガルトはヴォルフガングの養子である。つまり血縁関係はない。ヴォルフガングの公爵家の血を、マリオンやサイモンは受け継いでいない。
ノルベルトは由緒正しいキルステン伯爵家の血筋を持つが、マリオンは「パンチがないわね」と一刀両断だ。
マリオンは自分が高貴な血筋、つまり王家や公爵家に嫁ぎ、子供を一ダースでも作ればファルケンシュタイン侯爵家に高貴な血筋を入れることもできるのではないかと考える少女だった。
マリオンはその手段として、自分の美貌が武器になると自負していた。だが高貴な血筋に嫁ぐ為には更に求められるものがある。
高い魔力だ。魔力の高さは遺伝する為、高貴な血筋ほど低い魔力を迎えたがらない。王家や公爵家なら最低でも二等級、通常は一等級が求められる。
つまり、今日これから行われるマリオンの魔力検査には、彼女の玉の輿計画の成否がかかっていた。
そんな大切な日に惰眠を貪っていたマリオンだが”眠かったんだから仕方ないじゃない”と開き直っていた。
マリオンの食事が終わり、ヒルデガルトに促されて二人は共にサロンへ移動した。
****
「さぁマリー、これを両手で持って頂戴」
ヒルデガルトから水晶球を手渡され、マリオンはそれを大切に両手で握った。
マリオンが水晶球に脅しの念を込めている――あんたに私の未来がかかってるんだから、キッチリ高い魔力を出してもらうわよ?!
ヒルデガルトはその様子に苦笑を浮かべ、マリオンの額に手を乗せ、検査術式を発動させた。
水晶球が次第に光を帯び始める。
(よーし、ドカンと特等級行きましょう!)
夢はでっかく見る主義らしい。
光はぼんやりとした薄明かりだ。マリオンやヒルデガルトの顔を照らす程度の光ではあるが、それ以上強くなる気配はない。
ヒルデガルトの目が冷静に光を見極めていく。
「……三等級ね」
ヒルデガルトが無情に告げた。
マリオンが驚いてヒルデガルトの顔を見上げた。
「三等級?! もう一度よく確認してみませんか?」
ヒルデガルトは首を横に振った。
「間違いなく三等級よ。しかも三等級の中でも弱い方ね」
「そこをなんとか! もう一声ワンランクアップで!」
マリオンの必死の懇願を、ヒルデガルトは苦笑で一蹴した。
「検査に嘘は付けないし、付いても何の意味もないわよ?」
魔力の強さはは五段階だ。三等級ならちょうど真ん中にあたる。
だが血が濃い貴族は一等級から三等級ばかり。そのなかでは最弱である。
(これでは良い家柄に嫁ぐのは無理ね……)
マリオンはがっくりと肩を落とし、水晶球をヒルデガルトに返していた。
おそらくマリオンは、ほどほどの家柄に嫁ぎ、ほどほどの幸せを得て、ほどほどの子供を産み、平穏に生涯を終えるのだろう。
彼女は魔力制御に長けていた。だが三等級の魔力でできることはそう多くない。魔術師として大成することはないだろう。せいぜい、並の魔術師がいいところだ。
落ち込んでいるマリオンにヒルデガルトが優しく語りかけた。
「マリー。落ち込まないで? あなたは頭が良くて魔術センスが高いから、魔術の家庭教師とかには向いてると思うわよ?」
マリオンは物心がつく前後の頃から、教わる前に自力で魔力制御を身に着けていた稀有な子供だった。高い魔術センスがある証拠だ。
魔術センスの高い子供は高い魔力を持つことが多かった。
”高い魔力を制御するために高いセンスを持って生まれるのではないか”という説や、”潜在魔力に影響されてセンスが高くなるのではないか”など、諸説はある。
だが相関関係にあるとは考えられていた。
なので、幼い頃から魔力制御を身に着けていたマリオンを、ヒルデガルトたちは”この子は魔力が高そうだ”と見ていた。
そのことはマリオンは都度言われていて、期待に胸を弾ませていた。
(それが、貴族としては最弱の三等級……か)
マリオンは世の無常を儚んだ。
隣で検査を眺めていたサイモンも、マリオンに慰めの言葉をかけた。
「大丈夫だよマリー。三等級だってそれなりに魔術は使えるし、嫁ぎ先が見つからないこともないから」
(違うのですお兄様! 狙うは大魚! 雑魚など眼中にないのです!)
「お兄様は一等級の魔力をお持ちだから、そんな暢気なことが言えるのですわ!」
励ますつもりが逆にマリオンに当たり散らされ、サイモンも気まずげだ。
サイモンは能力全てが高水準で、不足がない子供だった。いわゆる完璧超人である。マリオンはそう評価していた。
唯一、魔術センスだけは一等級の人並水準で、ファルケンシュタイン侯爵家の中では低い方だ。だがこの家の人間が異常なだけで、一等級水準は充分高い。
マリオンは「パンチに欠ける」と切って捨てるキルステン伯爵家の血筋も、れっきとした由緒正しい高位貴族のもの。縁談には困らない。
そんなサイモンがマリオンを慰めても、傷口に塩を塗るようなものだろう。
マリオンは、はぁ、と大きなため息を吐き、とぼとぼと自分の部屋へ向かって行った。
その背中に、ヒルデガルトが声をかける。
「あらマリー、もう戻ってしまうの? あれほど楽しみにしていた魔術の勉強は、今日は止めておくのかしら?」
この国では魔力検査の後、魔術制御ができるようになって初めて魔術の習得と使用が許可される。
十二歳になるまで魔力は成長を続けるので、正しい魔力を測定するの為には十二歳になる年を待たなければならない。
通常は魔力検査で魔力の強さを測ってから、その強さに見合った指導の元、魔力制御を習得する。
そして魔力制御を身につけないままで魔術を行使するのは危険なので、許されていない。
つまり、マリオンは魔力を操ることはできるが、魔術はまだ覚えていないのだ。
(楽しみだったけど、落胆が大きくてそれどころじゃないわね)
マリオンの落胆はそれほど大きなものだったらしい。だが、いつかは習わねばならないものだ。
彼女は午前中で気持ちを切り替えてしまおう、と決意した。
振り返ったマリオンが、ヒルデガルトに応える。
「お母様、魔術の勉強は午後からでも構いませんか?」
「ええ、いいわよ。じゃあ私は、執務をするから書斎に居るわね」
ヒルデガルトは書斎に戻り、マリオンは自分の部屋に戻った。
そのまますぐ寝間着に着替えて、ベッドにもぐりこんだ。
(嫌なことがあったら、寝て忘れるに限るわ!)
つまり、寝逃げである。
****
その日からマリオンは三日三晩、高熱で寝込んだ。
彼女の記憶は寝逃げしたところで途切れている。
彼女が次に目を覚ましたのは、三日後の朝だった。
朝の光が差し込む部屋の中に、小鳥の囀りが聞こえてくる。
マリオンの目が壁時計に向けられた――六時前。
普段ならサブリナはまだ、彼女に控えていない時間だ。
喉が渇いていた彼女は、何かないかと辺りを見回し、ベッドサイドに置いてあった水差しとコップに目を止めた。
自分でコップに水を注ぎ、ゆっくりと水を喉に流し込んでいく。
朝の寒気でキンキンに冷えた水が、彼女の体に染み渡っていった。
(なんで朝? さっきまでお昼前だったよね?)
マリオンは小首を傾げた後、ベッドから降り立った。
熱病の影響だろう。足元がふらつき、見事に転んでいた。大きな鈍い音が辺りに響く。
(あれ、なんで力が入らないんだろう?)
まだ体力が戻り切っていないのだが、自覚はないようだ。
転んだ音を聞きつけ、サブリナが慌てて部屋に入ってきた。
「お嬢様! お怪我はありませんか?!」
「大丈夫よサブリナ。ちょっと転んだだけ」
微笑んで言葉を返したマリオンは、サブリナの手を借りて起き上がったが、そのままベッドに戻された。
「お嬢様は三日三晩、高熱で臥せってらっしゃったのですから、まだ安静にしていてくださいませ」
マリオンが目を瞠り呆気にとられた。
「三日三晩も?」
(三等級の魔力がそんなにショックだったのかな……私のメンタル、そんなに弱かったのか)
マリオンは一瞬落ち込んでいたが、すぐに可憐な微笑を浮かべ、サブリナに語りかけた。
「大丈夫よ、もう熱は下がったみたいだし。ふらついてるのはご飯を食べていないせいじゃないかしら?」
「解りました。果物を用意してまいりますので少しお時間を――」
マリオンの顔を見て話をしていたサブリナが、突然動きを止めた。その目はマリオンの顔――正確には右目を凝視している。
マリオンはきょとんとした顔で尋ねた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
サブリナは慌ててドレッサーに走り寄り、手鏡を手に取ってマリオンに渡した。
(自分で確認しろ、ということかしら)
マリオンが手鏡を覗き込むが、本人はまだ気が付いていないらしい。何故驚かれたのか、不思議がっている。
サブリナが一言「右目が」と小さく告げた。
(右目?)
マリオンは太陽の光で右目を照らし、改めて手鏡を覗き込む。
「……なにこれええええええええ!!」
侯爵邸の朝の静寂を、マリオンの絶叫が切り裂いた。
彼女の右目は、無機質で非人間的な、蒼玉の瞳に変わっていた。




