第10話:対帝国共同戦線
――平日の王宮。その一室でお茶会が催されていた。
主催者はカール・パトリック・フォン・レブナント――レブナント国王陛下。
我が国の参加者は私、ジュリアス、殿下、クラウ。それに四方守護軍のヴィンケルマン公爵、ブラウンシュヴァイク辺境伯、レーカー侯爵、シャーヴァン辺境伯。
招待客は西方国家を代表してドレアニアン王国の王、ダーク・ドレアニアン。東方国家を代表してアウレウス王国の王、フィリップ・アウレウス。
西のドレアニアン王国は、西方国家連合を取りまとめる軍事国家だ。アウレウス王国はレーカー侯爵と共に、東方国家群に時折襲来してくる対帝国を担当している武闘派だ。
つまり、このお茶会にはレブナントと東西国家群の軍事の頭が揃っていることになる。
(んー、これは陛下、なにか大掛かりなことを考えてるのかな)
事前に何も知らされていない私は、黙って事の成り行きを見守ることにした。
陛下が口火を切る。
「早速だが本題に入ろうか――ドレアニアン王から我が国に、”対帝国両面作戦”を提案された。それについて諸侯の意見を聞いておきたい」
アウレウス王が怪訝な顔をして聞き返した。
「両面作戦、とは? 現在、帝国と隣接しているのは西方国家だけだ。進軍ルートは他に存在しない。それとも、シュネーヴァイス山脈を山越えして攻め入ろ、とでもいうのか?」
それに対してドレアニアン王が応える。
「我が西方連合も疲弊してきているが、それ以上に帝国の疲弊が見られる。そう遠くないうちに休戦協定が結ばれるとは思うが、また十年もすれば帝国は再び牙をむいてくるだろう。だが、それではいたちごっこだ。帝国が疲弊してきているこのタイミングで、彼の国を切り崩しておきたいと思う。それに手を貸してもらえないだろうか」
レーカー侯爵がドレアニアン王に質問を投げかける。
「帝国を切り崩す事には賛成だが、どうやるのだ? 先程アウレウス王が言った通り、西以外に進軍ルートはない。海路を選ぶとしても、大規模な兵力輸送を行える船舶など所有している国はないぞ? 山越えなど、重装でできるものでもない。今の帝国相手に山越え可能な軽装で挑むのは、我々の消耗が激しすぎる」
――そう、八年前から配備された帝国の新兵器は、その銃口から雷を迸らせ命中すると爆発する、といったものだった。対抗するには、対雷の魔術を施した全身鎧が必要だが、そんなものを着込んで山越えが出来る訳もない。重たい装備を別に運ぶとしても、余計な時間と人手が必要だ。西側の動きに呼応するのであれば、迅速に動けなければならない。山越えできる軽鎧では、帝国の兵器で戦闘不能になるのが落ちだ。
ドレアニアン王が口角を上げてそれに応える。
「レブナントには、山を消し飛ばせる魔術師が居ると聞く。その人物に東の進軍ルートを作ってもらえばいい。突然出現する東の進軍ルートに、帝国は即応できない。帝国が混乱している間に、我々西方国家が攻めあがる。挟撃すれば、今の帝国は怖い相手ではない」
アウレウス王が質問する。
「それはつまり、東方国家の北に進軍ルートを作り直し、そこから我々に侵攻せよ、と言いたいのか」
ドレアニアン王が頷いた。
私は陛下に質問を投げかける。
「陛下はこの計画をどうお考えですか?」
陛下が頷いて応える。
「私は受けよう、と思っている。帝国は大きすぎる。このまま戦線を維持できれば、じきに内乱で瓦解する可能性もある――が、帝国もそこまで馬鹿ではない。その前に休戦し、国内の整備を行うだろう。その前に叩いて解体しておきたい。ファルケンシュタイン侯爵、君はどう考えるね?」
私は午前中に目を通しておいた書類を思い出しつつ、少し考え、それを述べる。
「二面作戦では足りませんね。西方国家も疲弊しています。そう長く戦線を維持できません。おそらく、帝国を追い込み切ることはできないでしょう。ここは、もっと手数を増やすべきかと」
陛下がニヤリと笑い、「ほぅ、手数とは?」と続きを促した。
「陛下、我が国の工作で、帝国内の内乱を誘発させる準備が整っていますね? ならば東西からの挟撃と同時に内乱を起こさせましょう。更にもう一方、帝国が考えても居なかったところから大規模な兵力を送り込み、がら空きの帝都を強襲する。これならば、短期間で帝国を解体まで追い込むことも可能でしょう」
陛下が楽しそうに「もう一方、とは?」と私に尋ねた。
私は微笑んでそれに応える。
「東方国家が攻め入り、帝国が東西に戦力を偏らせた頃合いを見計らって、ここから北、シュネーヴァイス山脈に通り道を作りましょう。東方守護は東方国家群の支援、西方守護は西方国家群の支援を行い、残った北方守護と南方守護で中央から、がら空きの帝都に速攻をかける。帝都さえ落とせば、帝国との長い戦いも終止符を打てるでしょう」
ドレアニアン王がさすがに驚いて声を上げた。
「シュネーヴァイス山脈に道を作る?! あの険しい山を吹き飛ばせるとでもいうのか?」
私は微笑んでそれに応える。
「やってみなければわかりませんが、その魔術師になら、おそらくできるでしょう。それが駄目でも、軽装で山越えをして速攻を仕掛けるだけです。後者の場合、東西の負担がやや増えますが、結果は変わらないでしょうね」
私は応え終わると、紅茶を含んで陛下を見た。
陛下が満足げに口を開く。
「――なるほど、いい案だ。だが四方の守護軍を全て動員しては、我が国ががら空きになってしまうな。その問題はどう対処する?」
私はにっこりと微笑みを返す。
「きっと、その”山を吹き飛ばす”魔術師が睨みを利かせてくれるのではないでしょうか」
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東西、そしてレブナントで合意が取れた、ということで、アウレウス王とドレアニアン王は早々にお茶会を退席していった。これから作戦に備えて各国と打ち合わせを行うのだろう。
クラウのお父様方もそれぞれ領地へ戻っていった。実働部隊である。本格的な作戦の為の準備を進めるのだろう。
現在は春。決行は秋頃を予定していた。あのプランであれば、雪が降る前に帝都に攻め入れるはずだ。
お茶会に残ったレブナントの面々は、のんびりとお茶を楽しんでいた。
「シュネーヴァイス山脈に穴をあけるって……いくらお前でも無茶じゃないか?」
殿下の言葉に、私は「そうですか? できそうな気がするから、多分できますよ」と答えた。
クラウは呆れ顔だ。
「あなた、自分一人でレブナントを守り切るの?」
「進軍ルートを切り裂いて谷で塞いでしまえば、腰が抜けた兵士が攻めてくるとは思えませんし……それでもいう事を聞かないのであれば、強制的に眠らせて悪夢を見る魔法でもかけますわ」
三日三晩、酷い悪夢を見る古代魔法、なんてものも、面白そうなので覚えておいた。実に酷い魔法だ。おそらく本来は拷問用だろう。士気を削ぐには十分だと思っている。
私はジュリアスにお礼を述べた。
「いつもありがとうねジュリアス。あなたが資料を分かりやすくまとめてくれていたおかげで、話し合いもスムーズだったわ。陛下ったら、何も教えてくれないんですもの」
じろり、と陛下を睨む。
陛下は悪びれもせず「君とジュリアスのことを信じているからね。それに、私が直接説明するよりそっちの方が早いだろう?」と笑っていた。
私はため息を吐いた。
(ほんとうにこの陛下は……)
私は毎回、陛下に振り回されてばかりな気がする。はやく殿下に王位を譲ってくれないだろうか、などと考えていた。
ジュリアスがいつものように冷静に口を開く。
「西方国家は戦争続きで食料が不足しています。一方我が国はエドラウス領の大豊作続きで、食料には余裕があります。これを西方国家に格安で融通しましょう。恩は売れるときに高く売りつけるべきです」
(ああ、そういえばそんな資料もあったわね)
国民の日々の生活にかなり影響が出ているらしい。税として収穫のかなりの部分を徴収されるので、市井に出回る食料が減っているのだ。徴収された収穫物は国外に売られ、戦費の足しとされる。
戦争は人命もお金も消耗する。こんなもの、さっさと終わらせるに限る。
陛下も頷いて「すぐに打診しよう」と答えた。
その後、ジュリアスと共にいくつかの提案を行い、陛下がそれらを受け入れてお茶会は解散となった。
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――九月。収穫も終わり、各地で収穫祭が行われる時期でもある。エドラウス領は今年も大豊作で、大規模な軍事行動を控えていても、レブナント王国は飢え知らずだ。
「始まりましたよ」
ジュリアスが、連絡術式によって自動的に文字が記されていく鏡を見ながら伝えてくる。
大型の魔物からとれる魔石を分割し、その魔力の波長と魔法銀の鏡を同調させることで、魔法銀に魔力で刻まれる文字を別の場所にある鏡にも刻み込む、という術式だ。大規模な軍事行動で使われる有名な連絡術式の一つである。
連絡を取る時間を事前に取り決めておくだけで、報せを走らせるより早く遥か遠方と連絡を取ることができる。ネックはそんな大型の魔石が希少なことと、術式が高度過ぎて、この術を使える魔術師の数が限られることだろうか。
ジュリアスが言葉を続ける。
「西方国家連合軍が西方守護軍と共に帝国に大規模攻勢を開始しました。あとは帝国内からの続報待ちですね」
帝国内に放った密偵の中で、この術式を使えるのはユルゲン兄様だけだ。
兄様には陛下から「頃合いを見て内乱を起こすように」と命令が下っている。今回、帝国領内で合計五か所の同時内乱を起こす計画だ。それに同調して別の勢力が内乱を起こす可能性もある、というのがユルゲン兄様の見解だった。巧く行けば帝国内を大混乱に落とせる。この西方の動きは兄様の術式にも伝わっているはずなので、もう間もなく内乱が起こるはずだ。
私はお茶を飲みながらジュリアスに応える。
「では、わたくしも出発しますわね。帰ってくるまでの事はまた任せるわね」
「ええ、お気をつけて」
カップを置き、ジュリアスと挨拶を交わしてから、私はアウルヴィーゼ平原へ向かう。ここから平原まで一か月。帝国の注意を西に引き付けるのには十分な時間だろう。
平原では既に、アウレウス王率いる東方国家連合軍とレーカー侯爵率いる東方守護軍が待機しているはずだ。
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――南北に分断されたアウルヴィーゼ平原。私の足は、再びこの地を踏んだ。
私の背後には東方連合軍とレブナント東方守護軍、合計五万近い兵が待機している。東方国家群のどの国も、余力など残さない全力だ。このタイミングでなんとしても帝国を解体しておきたい。そんな意気込みを感じる。
谷に掛ける橋を構築するための資材も山積みとなっている。平原を分断する崖を吹き飛ばしたとしても、その前後にある深い谷は埋まらない。山脈を削って埋めてもいいのだが、それよりは橋を掛ける方が早いという判断だろう。
私は平原を分断する崖の前に立ち、イングヴェイに祈りを捧げる――直ぐに、右手には使い慣れた金色の剣が現れる。
(あんまり使い慣れるものじゃない、とは思うんだけどね。ついつい使っちゃうのよね)
私が振るうイングヴェイの破壊の権能は「ファルケンシュタイン侯爵の魔法」として周囲に認識されている。人間としては規格外だが、精霊眼特有の特殊能力だろう、ということで周囲が納得しているようだ。これが古代魔法であることを知っているのは一部の人間のみだ。
地面を抉らないように注意しながら剣を振り下ろす。金色の爆発と共に、八年ぶりにアウルヴィーゼ平原は南北につながった。
爆発が落ち着いたのを見計らって、兵士達は急いで橋を構築していく。進軍に耐える幅百メートル近い橋を二本掛けるのだ。かなりの重労働である。
私も古代魔法で手伝いたいところだが、あまりに人目が多すぎるので古代魔法は使えない。大人しく橋が構築されるのを見守る。
数時間後、無事に橋が完成する。完成した橋の上を連合軍が進軍していく。
アウレウス王が私に挨拶に来た。獰猛な獣のような笑顔で笑いかけてくる。久しぶりに大暴れできる予感に、心躍っているのだろう。
「では、我々も北進を開始する。最後の仕上げ、よろしく頼むぞ」
「ええ、アウレウス王もお気をつけて」
アウレウス王とレーカー侯爵が橋を渡っていくのを見送ると、私も急いで馬車でレブナントにとんぼ返りだ。
最後の仕上げ――内乱と東西の戦線構築で帝国が大混乱に陥っている間に、レブナントからまっすぐ北進する道を作り進軍する。帝国に決定打を与える一手だ。
私がレブナントに戻るまでの一か月で、帝国の注意は完全に東西に向くはず。内乱鎮圧でも兵を動かし、帝都の守りから意識が外れるには丁度良い頃合いだろう。
私を乗せる馬車は、一路レブナントを目指して進んでいった。
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「どうジュリアス。戦況は入ってきてる?」
帰国してすぐ宮廷に向かい、ジュリアスに確認を取る。
いつものように落ち着いたジュリアスから答えが返ってきた。
「順調ですね。西部に集められていた帝国の兵力、その半分以上が東部や内乱鎮圧に向かっています。東方連合軍は順調に北進し終わり、今は帝都目指して西進を開始しています。疲弊していた西方国家連合軍も士気が上がったのか、国境よりもかなり深く入り込んだところに戦線が構築されています。時間と共に押し切るのは間違いないでしょう。機を伺っていた帝国内の反抗勢力も動き出し、帝国は大混乱みたいですよ」
予定通りである。順調すぎて怖いくらいだ。
私はジュリアスに尋ねてみた。
「順調すぎる、と思わない? 何か見落としている点はないかしら」
ジュリアスは少し考えた後、首を横に振った。
「今のところ、そういったものはないはずです。例え見落としていたとしても、既に帝国に対して飽和攻撃を行っている状態です。あちらに余力はありませんよ。不安ならいつものように、彼に聞いてみたらどうですか?」
私は僅かに逡巡した後、頷いた。
イングヴェイの気配を手繰り寄せ、語りかける。
(――イングヴェイ、聞こえてる?)
『ああ、聞こえてるよ』
(巧く行き過ぎて不安なんだけど、見落としてる事ってあるのかな)
『君ならなんとかなるさ。大丈夫。いつものように、頑張りなさい』
(ほんと、いつもそればっかりね!)
『はははは! 人の世界の営みだからね。神は見守るのみだ』
「”頑張りなさい”って、いつもの言葉だけね」
私は両手を広げて肩をすくめた。
ジュリアスはそれを見て、僅かに笑みを浮かべる。
「なら、何の問題もないでしょう。何かが起こっても対処できる。そういう事でしょう?」
「……それもそうね。できることを精一杯やる。いつも通りね。じゃあジュリアス。シュネーヴァイス山脈まで行くわよ」
私はジュリアスを伴いシュネーヴァイス山脈を目指した。
中央突破するレブナント軍の連絡役兼、魔術師部隊の隊長として、ジュリアスには従軍してもらうことになっている。団長となったライナー率いる魔術騎士団も、今回は攻撃役として同行だ。
レブナントに残るのは、各領地に私兵がいくらかと、王都を守る三千の一般兵士、そしてベルトをはじめとした近衛騎士だけ。
(ほぼノーガード。ここを襲う西方国家など、居ないと思うのだけれど)
なんとなく嫌な予感はするが、私は私の役目を全うしなければならない。
馬車はレブナント軍が待機する山麓目指して走り出した。




