第8話:東方国家群元首団
――シュネーヴァイス山脈の裾に広がるアウルヴィーゼ平原。
その平原は帝国領と東方国家群の間に跨っている。
砂時計のような形状のその平原は、くびれの部分の左右を切り立った崖に挟まれていた。崖はそのまま東西のシュネーヴァイス山脈に繋がっている。
一番幅の狭い所には東方国家群の砦が置かれ、帝国領を睨んでいる――だが、今は無人となっていた。
私の足は今、その地を踏んでいた。
私の背後には東方国家群元首団。それぞれ護衛の軍隊を連れてきているので、ちょっとした連合軍だ。
私の隣にいる陛下はワクワクした笑みを隠しきれていない。
私は顔をしかめて陛下に問うた。
「……ほんとにやるんですか?」
陛下がニコニコと私に応える。
「君だって、一度は納得しただろう?」
私は大きくため息を吐いた。
(確かに、納得はしたけども……国家機密ってなんだろう)
陛下と共に居るお父様も楽しそうだ。
「さぁ、お歴々もお待ちかねだよ? ぱぱーっと見せておくれ」
「お父様まで……」
(でも……仕方ないか。やらないと東方国家の人たちが困るもんね)
私は意を決してイングヴェイに祈りを捧げる。
手元に集まってきた魔力が金色の剣を形作る。
(イングヴェイが言った通り、前より楽な感じがするな)
別の祈りを捧げ、魔法を足に込めて空を駆けあがっていく。
空中で制止し、空の上から東西のシュネーヴァイス山脈に剣を振り下ろす――金色の光が山を切り裂き、切り崩していく。それを何度も繰り返す。
――三十分後、アウルヴィーゼ平原は、東西がつながったシュネーヴァイス山脈で南北に分断されていた。
かつてくびれのあった部分には、標高数百メートルほどの山が出来上がっていた。
(あーとーはー!)
その山裾の地面に対して、金色の剣を東西に走らせる――大きな光の爆発が起こった後、そこには幅百メートルはあろうかという裂け目ができていた。底は見えない。
裂け目を作ったときに、くびれにできた山は剣で切り裂かれ、切り立った崖に姿を変えている。
くびれの南北に裂け目を作り終えた私は、また別の祈りで崖をガッチリと強固に固めた後、”存在をずらし”た。これで、人間の手で傷つけることはできなくなった。これならば崖を登攀することも難しいだろう。
――構造物の存在を、人の世界からすこしだけ神の世界にずらす、という魔法だ。存在の本体が世界の狭間に押し込められ、人の世界の側には屈折した姿が投影して現れる。いわば、恒久的な『蜃気楼』だ。これも泉の畔で覚えた魔法だ。かなり高度な魔法で、使える古代魔術師は少なかったようだ。私は両方の世界をこの目で見てきているので、それで使えるのだろう。
私は辺りの様子を改めて確認した後、大きく息を吐いた。
「――ふぅ。こんな感じでいいのかしら?」
作戦名「人間に魔法を撃てないなら、地形に向かって撃っちゃおうぜ★」である。
帝国が攻めてくるルートを完全に崖で塞ぎ、簡単に崖を攻略できないように前後を深い谷で守るのだ。
どうあっても人間に向かって権能を使いたがらない私に対して、元首たちが提案したのがそれだった。
私は空から舞い降りて、陛下とお父様の元に戻っていく。
私の古代魔法を見物していた元首や護衛の兵士たちは、ただ茫然と、私の手でその姿を変えた地形を眺めていた。
「お父様、こんな感じで大丈夫でしょうか」
私の問いに、お父様は大きく頷いた。
「ああ、これならまともに兵を送ることはできないね。完全に塞がれた、と言っていい」
陛下は子供のような目で、「素晴らしい!」とはしゃいでいる。
アウレウス王が近づいて来て、私に語りかけてきた。
「君が”人間に対して使いたくない”、と頑なに言っていた意味を痛感したよ。確かにあんな力を振るわれたら、人間の軍隊なんてひとたまりもない。戦士としての矜持も尊厳もなく、ただゴミのように命が消し飛ぶだろう。君が良識ある人間だったことを、神に感謝したい」
私は微笑で応える。
「ご理解いただけたようで幸いです」
エシュヴィア公王も近づいてきて、興奮した声で語りかけてくる。
「これが古き神々の叡智……か。目の当たりにできて、感無量だよ。ありがとう」
私は引きつった笑みで「楽しんで頂けたようでなによりです」と述べるに留めた。
そう、この東方国家元首団は「きちんと作戦が巧く行くか見届けたい」という名目で着いてきた、その実「せっかくの古代魔法を見る機会なんだから、俺たちにも見せてくれ!」という見物客である。
国家元首ともなれば相応に魔術を嗜んでいるし、古代魔法についても大なり小なり知っている。
失われた古代魔法を間近で見物する機会を、逃す訳がなかった。
――もちろん、背後に控える護衛の兵士たちには、古代魔法の事は知らされていない。彼らの目には”なんかすごい魔法を連発する女”としか映っていないだろう。
元首たちはもちろん、彼らにも緘口令が敷かれる約束だが、今回の事が噂に乗るのは避けられないかもしれない。
陛下が元首団に振り返り、号令をかける。
「さぁ! 作戦は無事完了した! 帰るとしよう!」
私はその背後で、大きくため息を吐いていた。
****
――帰路の馬車。私は陛下やお父様、ウルリケと一緒に乗っていた。馬車の周囲には魔術騎士団が付き従っている。
あのまま東方国家群元首団は解散し、各々の国へ戻っていった。私たちも、レブナント王国に戻る最中だ。
陛下はご満悦だ。
「君のおかげで、帝国の東方進軍ルートをほぼ完全に塞ぐことができた。山越えや海超えをしてくる可能性は残っているが、大規模な戦力を送り込むルートはない。安定した東方国家群は今後、内政に力を注ぐことができるようになる。国が豊かになれば国民の生活も向上するだろう」
私は苦笑いでそれに応える。
「東方国家の民の幸せにつながるのであれば、私も働いた甲斐があるという物です」
「今回の褒賞を与えたいのだが、受け取ってもらえるだろうか」
私は陛下の言葉に疑問を呈する。
「褒賞って……なにをするおつもりかは知りませんが、名目はどうなさるおつもりですか? 表立って褒賞を与えることなどできないでしょう?」
陛下はいたずら小僧のように笑っている。
「なに、古代魔法と言わなければいいだけさ。単に”ファルケンシュタイン侯爵の魔法で帝国の野望を阻止した”とでもすればいい」
確かに、魔法はそれ自体が機密だ。その内容を聞かせてくれ、と言われることはないだろう。アウルヴィーゼ平原まで行って地形を確認する物好きも、そう多くはないだろうし、確認したところで、そこで何が起こったのか、後から把握するのは困難だ。
「……それで、褒賞はなにを考えておいでなのですか?」
「君を筆頭宮廷魔術師に任命したい」
「辞退します」
私は即座に拒否した。
陛下は少ししょげ返りながら問いかけてくる。
「何故だ? カストナー侯爵より、君の方がよっぽど頼りになるのだが」
「私を筆頭宮廷魔術師なんかにしたら、殿下から”俺の側近を取らないでくれ”って怒られますよ?」
「なに、フランツ側近の身分はそのままでいい。ただ、何かあった時に私の傍に居る名目が、今はないからね。今回のようなことがあったときに、毎回君を例外的に呼びつける方が反発も大きくなる。その程度の意味さ」
「”その程度の意味”で筆頭宮廷魔術師の執務が増えるんですけど?! それに国王の傍にいない筆頭宮廷魔術師ってどうなんです?」
筆頭宮廷魔術師は国王の懐刀だ。傍に居ない訳にはいかないだろう。
陛下は意表を突かれたような顔で私に応えた。
「今までだって、別にカストナー侯爵は私の傍に居ないよ? それにヴォルフガングも”なかなか王宮に顔を見せない筆頭宮廷魔術師”として有名だったんだよ?」
私はお父様を見た。
「……嘘、その頃から王宮嫌いでしたの?!」
お父様はにこやかに「うん、そうだよ?」と答えた。
(なるほど、お父様の王宮嫌いが有名になるわけだ……)
「それに君なら、筆頭宮廷魔術師の執務ぐらい簡単にこなせるだろう? だから何の問題もないさ」
「やりもしないで簡単にできると言い切れるほど、自信家ではありませんので」
「ではやってみてから判断してくれ。辞令は帰国後、正式に出すよ」
(くっ、失言した!)
時すでに遅しである。陛下の顔はまたご満悦に戻ってしまった。
お父様は「これで、親子二代で筆頭宮廷魔術師だね」とこれまたご満悦だった。
****
――殿下の執務室。
「結局、先を越されましたね……」
ジュリアスの冷たい視線が私の背中に刺さっている。
(ジュリアスの人生目標だったもんなー……)
帰国後、「帝国の進軍を食い止めた功績」で私は筆頭宮廷魔術師を拝命していた。
殿下は側近を取り上げられるわけじゃないと知って、胸を撫で下ろしていたようだ。
「ごめんなさいジュリアス! 私も辞退したいって言ったんだけど、陛下が”ものは試しだから”って譲らなかったの」
ジュリアスは大きくため息を吐いた。
「あなたに先を越されるなら、別にいいですよ。俺のやることはあなたのサポートです。それは多分、今後も変わらないでしょう」
「ほんっとごめん! ……それで、あの後の帝国の動向は入ってきてる?」
それを聞いた殿下が、私にレポートを差し出してきた。
「ユルゲンからの続報だ。帝国は東方国家群を諦めて、西方国家群に狙いを絞るつもりかもしれない、とさ」
私はそれを受け取り、目を通していく。
「……帝国の判断が随分早いですね」
レポートには、軍事力を西部に移動させる兆候が記されていた。
――私がアウルヴィーゼ平原を分断し、そこからレブナントの王宮まで帰ってくるのに約一か月だった。レポートが届くまでのタイムラグを考えると、私が平原を分断して間もなく、帝国軍があの分断されたアウルヴィーゼ平原を調べたことになる。
となると、既に東方国家群に攻め入る準備を終わらせていて、東部に部隊が居た?
諜報部からはそんな報告など上がってきていなかったはず――だとすれば、諜報部が出し抜かれたのか。
殿下がニヤリと笑った。
「案外、ギリギリのタイミングだったのかもな」
「そう、かもしれませんね」
下手をしたら今頃、帝国軍が魔法兵器を手に東方国家に侵攻し蹂躙を開始していた可能性があった、ということだ。
陛下があのタイミングで東方国家群の元首を招集し、私を説得したのはファインプレーと言えるだろう。
「でも、なぜ東方国家の元首を招集する必要があったのかしら?」
おかげで彼ら全員に国家機密をばらす事態になってしまっている。機密を打ち明けるにしても、人数は少ない方が良かったはずだ。
ジュリアスが冷静に突っ込んできた。
「泣き落としですよ。あれだけの数の元首に嘆願されたら、あなたは動かざるを得ない。陛下一人じゃあなたを口説き落とせない、と読んだのでしょうね。そして、危機が間近に迫っている事を予感していたのでしょう。あなたを迅速に説得するのに、数の力を使ったんです」
殿下が補足してくる。
「それに加えて、東方国家間の連帯感を上げたかったのと、ヒルデガルトの力を見せつけておきたかったんだろう――”おいたをするとヒルデガルトが来るぞ”ってな」
「殿下? わたくしは人間相手に権能を使うつもりはありませんよ?」
ジュリアスがまた冷たい視線で突っ込んでくる。
「――ヒルデガルト夫人。あなた、自分が”相手が人間でさえなければ、平気な顔をして山脈の形すら変える魔術師”って自覚ないんですか? 空を駆け大地を抉る魔術師なんて、どこの国も相手にしたくないですよ」
「う゛、確かにちょっとやり過ぎたかもしれないけどさ……」
実際この後、東方国家に折衝に赴くと、やたら待遇が良かったり、元首に引きつった笑みを浮かべられたりするようになったのだが、それはもう少し先の話になる。




