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第14話:青嵐

 昼時の食堂、ノルベルト以外のいつもの面々がテーブルを囲んでいた。



 クラウディアが呆れたように口を開いた。


「あの魔術フリークが魔術講義を休講にするだなんて、よっぽどのことですわね」


 シュテルンの魔術講義はヴォルフガング以外には務まらない。


 彼は今日、ヒルデガルトの婚約契約で奔走しているため、講義をする余裕がない。その為、今日は急遽休講が通達されていた。


 つまり、シュテルンはお昼で学校が終わる。


 楽しそうにヒルデガルトがくすくすと微笑みながら応える。


「お父様ったら、夢にまで見たわたくしの婿取り話を絶対に逃したくないのですわ」



 ようやく、ノルベルトがやや狼狽したような顔付でヒルデガルトたちに合流した。


「お話は終わりまして?」


 ヒルデガルトの問いかけにノルベルトが応える。


「家から使いの者が来ていた。ヒルダが言っていた通りの条件で婚約を結ぶが異存はないか、と確認を取られた」


 ノルベルトの顔には、現実を信じられない、という表情がありありと浮かんでいた。


 ヒルデガルトは可憐な微笑を浮かべたまま、確認を取る。


「もちろん、異存はありませんわよね? ――ならば、今日中に婚約契約が締結されるでしょうね」


 彼女は紅茶を口に含み、飲み下した。


「なんだか、ほんとうにクラウが二人いるみたいね」

「やることが一緒だもんね……裏で何考えてるかわからないところとか」

「あんたら、本当は双子だったりしないか?」


 ルイーゼたちが苦笑を浮かべてヒルデガルトとクラウディアを見比べている。


 ヒルデガルトは可憐な微笑を浮かべながら三人に応える。


「あら、だってわたくしのお手本、淑女の理想はクラウだもの。似てしまうのは仕方がないわ。でも、クラウはクラウ。わたくしはわたくしでしてよ? そこは今までと変わりませんわ」


 クラウディアは幼少の頃から培ってきた人脈、ヒルデガルトは魔術。得意とする武器も違う。纏う空気や言動が似ていても、戦い方はまったく異なる。



 そんなヒルデガルトたちに、フィルが近づいていって声をかけた。


「――よろしいか、ヒルデガルト嬢。そろそろ夜会の返事をいただきたいのだが」


 ヒルデガルトは声のする方へ顔を向け、その姿を確認すると立ち上がり、己の意志を示した。


「その話なのですが、わたくしこの度、ノルベルト・フォン・キルステン様と婚約いたしましたの。そうなるとエスコート役はノルベルト様が務めることになりますわ。でも、婚約披露前に親しくない方の開く夜会になど、参加することはできませんの。ですから今回は辞退させていただきますわね」


 お前などと親しく交流を持つつもりはない、つまり「一昨日きやがれ」という貴族流の意思表示である。


「……解りました。お二人の前途に祝福を」


 フィルは微笑みを崩さぬまま。恭しく一礼をして去っていった。





****


「結局アイツ、何がしたかったんだ?」


 アストリッドがフィルの後姿を見やりながらぼやいた。


 ヒルデガルトはカップを傾けたまま、鋭くフィルの寸評を述べる。


「ただの軽薄な男ですわ。女性の心を弄ぶことにしか関心がない、薄っぺらい男性ですわね」


 その寸評にルイーゼが驚いた。


「あなた……いつ気が付いたの? デートしてる時はまったく気づいていなかったじゃない?」


 ヒルデガルトは傾けたカップから紅茶を口に受け取り、喉を湿らせた後、言葉を返した。


「――あの方から、デートの終わり際に”目が綺麗だ”と言われましたの。”あなたの精霊眼は美しい。心を現しているようだ”、と。それで気が付きましたわ。”ああ、この男は相手の上辺しか見ることができない男なんだ”と。わたくしの中身を見てかけた言葉など、何一つとしてなかったと気が付きましたの」


 つまり、フィルの口から出た内面を評価する御託は全て口先だけだった、ということにヒルデガルトは気が付いたのだ。


 フィルの目は女性の上辺しか見ておらず、それしか評価していなかった。相手の真価を見抜けない人間なのだろうとヒルデガルトは切り捨てた。


 クラウディアは興味深そうに微笑みを浮かべた。


「あら? その程度で、鈍感なあなたが気づけるものかしら?」


 ヒルデガルトも微笑みを返しつつ、流し目でをノルベルトを見た。


「以前、”あなたの右目こそが綺麗だ。あなたの綺麗な心が、全て現れている”と仰って下さった方が居ましたの。だから気づけたのですわ」


 皆の視線がノルベルトに集まった。


 ノルベルトは顔を真っ赤にして照れ、弁明を始めた。


「いやあの! それは! 決して口説いたわけではなく……つい、思ったことが、口から零れてしまい……」


 その様子にジュリアスが「なんだ、気取った褒め台詞も言えるんじゃないですか」と少し感心していた。


 ヒルデガルトはクスクスと笑い、改めてノルベルトに微笑んだ。


「だからですわ。真心から出た言葉だからこそ、わたくしはあの時、嬉し涙を流したのです。思えばあの時だったのでしょうね。わたくしがベルトに惹かれ始めたのは」


「お、惚気かー?」

「ごちそうさま」


 アストリッドとルイーゼが笑いながら二人を茶化した。


 それを微笑みで受けながら、ヒルデガルトは言葉を続けた。


「ベルトの言葉に、私は今まで三度救われました。一度目はその瞬間。二度目はフィル様の時。そして三度目は、人生の決断に怖気づきかけた時」


 ノルベルトが三度目について問いかけた。


「あの、決断した夜に?」


 ヒルデガルトは頷いて応える。


「ええ、わたくしは貴族として生きて行くことを決めた。けれど、どうしても僅かに覚悟が足りなかった。そんな迷っているときに、フィル様が送ってくれた花を見て”この花が、ベルトの送ってくれた花だったならば、どれほど力になっただろうか”。そう思った。その時、自分の気持ちに気が付きました。その途端、フィル様のまがい物の好意と違う、ベルトの心からの好意に気が付いた。”あの言葉を送ってくれた人と共に歩めるのなら、自分に怖いものはない”。そう思えた。最後に背中を押して頂いたのですわ」


 クラウディアが感心したように、だが責めるようにヒルデガルトに詰め寄った。


「あら、そんな素敵な言葉を送られていたなんて、初耳よ?」


 ヒルデガルトは苦笑を浮かべ応える。


「ごめんなさいクラウ。自分でも気が付かないうちに、クラウにも話したくないほど、大切な言葉になっていたみたい」


 ――最も大切な言葉はまだ教える事が出来ていない。だがそれも、そのうち教える日が来るだろう。


 クラウディアは微笑みながらため息を吐いた。


「もういいわよ。今聞けましたもの。そんなノルベルト様なら、私のヒルダを預けても良いと思えるわね――でも、ヒルダを泣かせるような真似をしたら……わかってるわよね?」


 クラウディアの儚い微笑みに圧が増す。その圧がノルベルトに襲い掛かっていた。ヒルデガルトの怒りほどではないが、並の生徒なら怯むほどのプレッシャーだ。


 だがノルベルトはその重圧を正面から受けとめ、それでも怯まずに断言した。


「私がヒルダを泣かせるのは、嬉し涙だけですよ」


 クラウディアも楽しそうに「そうでないと困りますわ」と優しく微笑んだ。





****


 それから数日後の夜、ヒルデガルトはノルベルト一家を伯爵邸に招いた。


 婚約締結の祝いの席をヴォルフガングが設けたのだ。


 キルステン伯爵夫妻は、今もヴォルフガングと語らっている。


 ヒルデガルトとノルベルトはバルコニーに出て、その姿を眺めていた。ウルリケは静かに窓辺で控えている。



 ヴォルフガングと自分の両親が楽し気に談笑している姿を瞳に納めながら、ノルベルトが口を開く。


「私は、今も信じられません。こんなに自分に都合よく、事が運ぶだなんて。夢を見ているのではないか、とさえ」


 ヒルデガルトはくすくすと笑う。


「あら、ではそのほっぺたをつねって差し上げてもよろしくてよ?」


 そのまま彼女の手がノルベルトの頬に伸ばされた。


 ノルベルトは伸ばされたヒルデガルトの手を、自分の手で包み込んだ。


「あなたの心が、こうもあっさり手に入るとは、思っていませんでしたので」


 ノルベルトの目がヒルデガルトの目を見る――彼女の右目を。


「わたくしが、ベルトに嘘を言っていると思ってらっしゃるの?」


 試すかのような、意地悪な質問が投げつけられた。


 ノルベルトは微笑みながら言葉を返す。


「――いいえ、あなたの右目を見ればわかる。あなたの心は、確かに私のもののようだ」


「ベルト、あなたは不思議な方ね。わたくしの目を見るだけで、わたくしの心を見抜けるだなんて。あなたには隠し事なんて、できない気がするわ」


 ノルベルトの笑みが苦笑いに代わった。


「あなたの心が解っても、あなたが何を考えているのかまではわかりませんよ――それに、私がファルケンシュタイン家に入るのも実感が湧きません」


 ヒルデガルトは楽しそうに微笑を浮かべている。


「そうね。あなたはファルケンシュタイン公爵家の末席に加わることになる。公爵家の分家として生きて行くことになる。これから大変でしてよ?」


 ノルベルトは微笑んで言葉を返す。


「私も、あなたに恥じぬ人生を送ると決めたのです。立派に家を盛り立てて見せますよ」


 お互いに、笑みを交わした。


「ねぇベルト、一つ聞いてもいい? あなたは、私が貴族社会と距離を置き、平民の世界に生きると決めたなら、どうしていたのかしら?」


「あなたを追いかけましたよ。貴族の地位を捨て、あなたの傍であなたを守る人生を選んだでしょう」


「でも、それではあなたの人生が台無しよ?」


「騎士としての道は絶たれるでしょうが、騎士として生きる事のみが私の道でもない。一市民として事業を起こして身を立てる道を探ったことでしょう。それはそれで、やりがいがある――それに」


「それに?」


 ヒルデガルトはノルベルトの言葉を待った。ノルベルトはゆっくりと言葉を続けた。


「あなたならきっと、貴族の道を歩むだろうとも思っていました」


 ヒルデガルトは少し驚いたようだ。


「あら、どうして? わたくし、自分ですらわからず、あれほど迷っていたのに」


「あなたは、苦難が待ち受けようとも、まっすぐ前を向いて生きて行く人だ。あなたは貴族社会を恐れていましたが、きっとその恐れに打ち勝ち、前に進むと確信していた――一晩で打ち勝つとは、さすがに思いませんでしたがね」


 ははは、と楽しそうにノルベルトは笑った。


 ヒルデガルトの顔に、再び微笑が乗った。


「そう――やっぱり、ベルトには隠し事はできそうにありませんわね」


 ノルベルトがヒルデガルトに問いかける。


「あなたの夢は、叶いそうですか?」


 ヒルデガルトはそっと、ノルベルトに身を寄せる。


「ベルトが傍にいてくれるのであれば、わたくしはきっと”可愛いお嫁さん”になれると思うわ――それともわたくし、可愛げがないかしら?」


 ノルベルトの腕が、ヒルデガルトを優しく包み込む。


「確かに、あなたを怒らせたら、と思うと身が震えますが――怒らせなければ、あなたは可愛らしい女性ですよ」


「では、なんの問題もありませんわね――愛しています。ベルト」


「私もです――ええ、二人であなたの夢を、叶えることにしましょう」




 春の終わりを告げる風が、二人を祝福するかのように吹いてた。





ヒルダの恋愛はここで一旦決着です。


「なんでジュリアスじゃないのん」とお思いかもしれませんがもしかすると「拙者、お気に入りの男の子を不遇にしたがる性癖持ち侍と申す」案件かもしれないです。


いやむっちゃお気に入りなんですけどねジュリアス。どう動かそうとしてもあの子不遇ポジションに自分から滑り込むんです。ノルベルトはむしろ「ふーん」ぐらいのポジションなので我ながら謎性癖です。


3章からはぐっとファンタジー寄りのお話が展開されます。

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