第11話:はじめてのデート
――休日。ヴォルフガングの邸には、朝から皆が集まっていた。
クラウディア、エミリ、ルイーゼ、アストリッド、さらにノルベルト、ジュリアスが居た。
こんな急な予定では護衛を用意できない、ということでフランツ王子は不参加だった。彼はクラウディアに「ヒルデガルトの事は頼んだ」と密かに伝えていた。
「クラウは聞いていたけど、なんで勢ぞろいしてらっしゃるんですの?!」
皆は顔を見合わせて「保護者同伴」と異口同音に口にした。
ヒルデガルトの背後から「お嬢様、私も同伴いたしますので」と当然のようにウルリケが声をかけた。忘れられないように、念の為である。
(ウルリケは、最初からそのつもりだからいいとして……)
「みなさまの心配するお気持ちは有難いのですが、フィル様は”二人で街を散策”と仰ってました。ですから、みなさまはちゃんと離れていてくださいね?」
「心配しなくても、適切な距離はとりますわよ」
クラウディアの表情は、いつもの儚い微笑み。
ヒルデガルトには彼女たちが何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
(大丈夫かな……)
しばらくして「ブランデンブルク子爵子息がいらっしゃいます」と従僕から伝えられた。
「そう、では到着されたら、また教えてください」
と、従僕を下がらせる。
ヒルデガルトが振り返ると、皆の顔には緊張が走っていた。
(なんでそんな臨戦態勢なの……)
時計の針が十時を回ってしばらくする頃に、フィルは到着した。
「本日は招待を受けて頂き、ありがとうございます――ああ、今日のあなたも素敵だ」
カジュアルなスーツに身を固めたフィルがそこに居た。午前の陽光の中で光輝くフィルが、ヒルデガルトには眩しく見えた。
ヒルデガルトも、動きやすいドレスを選んで身に纏っていた。街を散策なのだ。動きやすい方が良いだろうという判断だ。
「いえ、そんな……では参りましょう」
ヒルデガルトははにかみながら応え、フィルの馬車に向かう。
馬車に乗る時、普段はウルリケが手を取る。だが今日はフィルが「さぁお手を」と手を差し伸べる。
ヒルデガルトはおずおずとその手を取り、馬車へ乗り込む。その後にウルリケが続いた。
フィルの馬車が、伯爵邸から街を目指して出発する。
皆の乗る馬車が、その後ろをついていった。
「フィル様、ごめんなさい。わたくしの友人たちが、心配してついてくると譲らなくて」
ぞろぞろと続く馬車の列――とても二人で散策、という感じではないだろう。
この馬車にはウルリケもいるが、婚前の貴族子女が二人きりになるなどありえないし、侍女はノーカウントなので二人で散策にも影響はない。
(というか、ウルリケだけで問題はないはずよね)
何故クラウディアまで付いてくると言ったのか、全く理解できなかった。
(みんな、心配性ね……)
ヒルデガルトには、フィルが危険な人物には見えなかったのだ。
「構いませんよ、それだけあなたがみんなから愛されている証拠でしょう」
その言葉を聞いて、ヒルデガルトの胸が熱くなった。
「わたくし……愛されているのかしら……わたくしなどが」
気が付いた時には孤児だった。院長は慈しんでくれたが、心は常に渇いていた。
今自分は、あれほど渇望していた愛情の中に居るのだろうか――心の奥では実感が伴わず、どこか不安になる。
愛を知らずに育った子供は、そういう歪な心を持ちやすい。愛の基準が己の中にないので、不安から逃れられないのだ。
どれほど愛を与えられようと、その渇望が癒される日はこないのかもしれない。そんな不安と背中合わせの人生となる。
「あなたは、愛されるに値する女性ですよ。もっと自分の魅力に自信をもってはどうですか?」
フィルの微笑みは優しい。自分は、こんな暖かい言葉を投げかけてくれる人を殴ってしまったのだ、という自己嫌悪がヒルデガルトを襲った。
「フィル様、そんなお言葉は勿体なく思います。先日暴力を振るってしまったばかりだというのに」
肩を落としたヒルデガルトに、だがフィルは笑って答えた。
「その埋め合わせのために本日がある。もうあの日のことは忘れましょう。今日は楽しむことだけを考えてください」
ヒルデガルトはその笑顔に「……はい!」と元気良く微笑みを返した。
そう、今日楽しんで見せることがあの日への贖罪なのだと己を奮い立たせた。
ヒルデガルトは楽しむことを固く心に誓って、フィルを見つめていた――ここまでかけられた暖かい言葉の数々を、ヒルデガルトは胸に大切にしまい込んでいた。それがどれほど空虚なものかを知らず、宝石のように大切に。
ウルリケは表情を殺しつつ、警戒する眼差しでフィルを見ていた――当然、できる侍女はフィルの真意などお見通しである。職務だから静観しているが、唾棄すべき男だと軽蔑していた。
****
街を歩いていくヒルデガルトとフィルの後を、男女の集団がついていく。
あまり近寄り過ぎると、ヒルデガルトが「もう少し離れてください!」とお願いしてくる。
近づいては追い払われる、そんなやりとりを繰り返し、両者の間は五メートル程度になっていた。
ウルリケだけがヒルデガルトの背後に控えている。
笑いあう二人の様子を見たクラウディアが、冷めた表情で口を開いた。
「あなた方が悠長にしてる間に、リードを著しく広げられましてよ? 構わなくて?」
誰に向けたか定かではない言葉に、ノルベルトが反論する。
「私たちが不甲斐ない、と言いたいのですか?」
「それ以外に聞こえたなら言い直しましてよ?」
クラウディアの表情は冷淡だ。
苦虫を噛み潰したような顔でノルベルトは黙った。
ジュリアスは、複雑な表情で前を歩く二人を見つめていた。
己の中の感情に気づきつつあるようだった。
「あの男が、ヒルデガルト嬢を本当に幸福にできるというのであれば、俺はそれでも構いません――みなさんから見て、彼女の幸福につながる男だと思いますか?」
その声に応えるのはルイーゼだ。
「……胡散臭い、という印象が抜けないわね。勘で判断してよいのならば、あの男は近づけては駄目。いつかあの子が泣く破目になる」
アストリッドも同意する。
「誠実からは程遠い男に見えるね。見た通り軽薄な気がする」
エミリも賛同する。
「私も同意見だよー。あんなのに近づいたら、食い尽くされて終わるだけだよ」
「……女子一同の意見は概ね一致よ。それを聞いてもなお、指をくわえていたいならご自由に」
クラウディアの容赦のない言葉に、ジュリアスは押し黙った。
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もうすぐお昼、ということで食事ができる場所へ向かう途中、ヒルデガルトは花屋の前を通りかかった。
春らしい花が並んでいるのを見て、思わず微笑みが零れていた。
「おや、花ですか――この花をくれ」
無意識に足が止まっていたヒルデガルトに気付いて、フィルが少し引き返してきた。そして目に付いた花を一凛注文した。
「さぁ、これをあなたに」
ヒルデガルトに手渡されたのは、小さな赤いチューリップ。花言葉は確か――
そこまで気が付いた時、ヒルデガルトの顔が朱に染まっていた。
「あ、あの! これは!」
ヒルデガルトは慌てて押し返そうとするが、フィルに優しく胸に押しつけられた。
「私からの気持ちです。どうか、受け取ってください」
(気持ち?! なおさらダメでしょ!)
「う、受け取れません!」
フィルは、笑顔で「深く考えないでください。赤い花は、あなたに似合う」と押し通した。
――これは、愛の告白と受け取っていいのだろうか。
(知り合って間もないのに、何故? どうして? いつ?)
ヒルデガルトは混乱していた。顔は真っ赤なままだ。
ヒルデガルトが俯いてフィルの後ろを歩いていると、フィルからそっと手が差し伸べられた。
「さぁ、お手をお嬢様。そんなに俯いていては、はぐれてしまいますよ?」
ヒルデガルトは、おそるおそるその手を、指先でつまんだ。
フィルはその初々しい様子を見て軽妙な笑い声をあげた後、食堂までヒルデガルトを誘導した。
****
ヒルデガルトとフィルのテーブルから少し離れたところに陣取った男女六人。
女子一同は思い思いの言葉を口にする。
「初デートで赤い花なんて送る? フツー」
「ほんっと軽薄よね……」
「でもあの子、まんざらでもなさそうなのよね……心配だわ」
「ああして初々しいあの子を見てるのは楽しいのだけど……相手が悪いわね」
寸評を聞かされている男二人は、やはり複雑な心境だった。
自分たちが見たことのないヒルデガルトの姿に見惚れると同時に、何故あそこに居るのが自分ではないのかと、嫉妬の炎に焼かれていた。
(……腹を括る時か)
ノルベルトは以前から考えていたことを決意した。ずっと迷っていた。だがもう迷っている猶予はない。
ジュリアスは、己が妹と錯覚していた女性の魅力に改めて見惚れ、不覚を恥じていた。
(ようやく気が付くなんて、なにが天才だ。ただのボンクラじゃないか――彼女は、俺が守るんだ)
二人の男の様子を横目で確認していたクラウディアは、小さくため息を吐いた。
(やっとスタートラインに並ぶ気になったのね。手間のかかること)
クラウディアの大切な友達。自分を孤独にしたくないと、叱りつけて涙を流してくれた、人生で一番大切だと思える友。
彼女の幸福のためにも、男たちには頑張ってもらわないと困るのだ。
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夕陽が空を染めている。赤い陽射しの中、フィルも赤い光に包まれていた。
今日、たくさんかけられた温かい言葉が、自分とフィルの間に満ちているかのような錯覚をヒルデガルトは覚えていた。
「今日は楽しかったです」
ヒルデガルトの、心からの言葉だった。
男性と二人で連れ歩く経験などしたことがなかったので、全てが新鮮だった。
こうまで一人の女性として扱われた記憶もなかった。
まるで自分が、本当に淑女になったかのように思えた。
浮かぶ微笑みは、心からのものだった。
「――やはりあなたは、美しい」
今日、なんども彼女にかけられた言葉だ。自分が魅力的なんだと、錯覚しそうになり、戸惑っている。
「そんな、私には過ぎた言葉です」
ヒルデガルトは俯いて応えた。
昔から、自分が整った顔立ちをしているという自覚はあった。
だけど、本物の貴族子女に紛れてしまえば埋もれてしまう。その程度だと思っている。
その上、片目だけが非人間的な精霊眼だ。この異物がある限り、自分は他人より劣っているだろうと思っている。
やはり、ヒルデガルトの劣等感は根強くこびりついていた。
だがそれでも、今日はたくさんの愛情深い言葉をかけられていた。ヒルデガルトはそう認識していた。胸の中は宝石箱のようにキラキラしていた。これなら自分の渇きも癒せるのではないか。そう思えるくらいだった。
フィルはそんなヒルデガルトを見つめている。
「本当ですよ――特にあなたの左目は、宝石のように美しい。あなたの心を現しているかのようだ」
その言葉を聞いて、ヒルデガルトは愕然とした。
表情が一瞬抜け落ちたが、慌てて微笑みを張り付け、取り繕った。
「ありがとうございます」
彼女は、鍛えた淑女の笑みで応えていた。
――以前聞いた言葉と似ていた。だが、受けた印象はまるで正反対だ。
ヒルデガルトはさっきの一言で、今日という一日をすべて正確に理解した。
なんと虚しい一日だったのだろうか。胸の乾きが酷く疼いた。
以前、ヒルデガルトに真心からの言葉を送ってくれた男性は、すぐ傍で見守ってくれていた。
――その人と、言葉を交わしたい。そんな欲求が心を満たしていた。
その後邸に帰るまで、ヒルデガルトはフィルの言葉を上の空で聞いていた。
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帰宅したヒルデガルトは、一瞬ノルベルトの方を見て、何か言いたげにしていた。
だが、他の友人の姿に目を走らせた後、「疲れました。わたくしは部屋に戻ります」と辞去していた。
見守っていた六人の友人たちは、伯爵邸のサロンを借り、今日一日を統括していた。
「最後、何を言われたんだと思う?」
「明らかに一瞬、無表情だったよね」
「それまで本当に楽しそうだったのに、あの後は作り笑いだったわね」
「失策してくれたなら儲けものだけど、あの子を傷つけたのは許せないわ」
女子たちは憤慨していた。
ノルベルトの目にも、その後の彼女が悲しんでいたのが解った――彼女の右目は雄弁なのだ。
(彼女が悲しむのを、みすみす許してしまった。もっと傍に居られたなら――いや、今の俺に、その資格などない)
その資格を得るためにも、迅速に動かねばならないと改めて決意していた。
(守る、と誓いながらこの体たらくだ。我ながら嫌になるな)
ジュリアスも自身の不甲斐なさに憤っていた。あの男を傍に置いて居てはいけない。
二人の男の想いを運んで、夜は過ぎていった。
****
「ねぇ聞いた? あの噂」
朝の教室。エミリがクラウディアに語りかけていた。
「ノルベルト様も、とうとう決断したみたいね」
クラウディアがエミリの言葉を肯定した。
(決断、とはなにをだろう?)
「どういうことですの?」
ヒルデガルトの言葉に、クラウディアとエミリが顔を見合わせて微笑んだ。
クラウディアがヒルデガルトに振り向き、「婚約を解消したらしいですわよ」と告げた。
「えっ?! 婚約解消?!」
その婚約は、キルステン伯爵家が事業に失敗した時、融資を条件に子爵家と結んだ婚約だった。
ノルベルト本人から聞かされ、ヒルデガルトも事情は知っていた。
それを解消するというのは、ただ事ではない。
「ベルト様、大丈夫かしら……」
心配するヒルデガルトに、クラウディアが優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。ノルベルト様だって考えがあっての事でしょうし。それよりも、あなたも覚悟を決めておいた方がよくてよ?」
(覚悟? なんの?)
ヒルデガルトは小首を傾げてクラウディアを見つめたが、その内容を教えてくれる様子はなかった。
恋愛のかけひきは、自覚していく過程も醍醐味の一つだ。その楽しみを奪うつもりは、クラウディアたちにはなかった。
教室に入ってきたノルベルトを見つけ、ヒルデガルトは慌てて駆け寄った。
「ベルト様! 婚約を解消したって本当ですか?!」
ノルベルトはヒルデガルトをまっすぐ見つめ、「ええ、そうですよ」と簡潔に答えた。
「でも、お家の事が……」
眉尻が下がったヒルデガルトの頭に、硬い手がポンと置かれる。
「それは、あなたが心配することではありません。大丈夫。なんとかしますよ」
そういってヒルデガルトの背中を押し、席に座らせた。
(伯爵家の事業、今は安定していたはずだけど、違約金まで含めればかなりの額の負債になるはず……)
おそらく、父親のキルステン伯爵とは大喧嘩に成ったろうことは想像に難くない。
何故そうまでして婚約を解消する必要があったのか。その理由がヒルデガルトには想像つかなかった。
ヒルデガルトがふと気が付くと、いつも空席のはずの左の席に気配があった。
(またフィル様かな?)
顔を上げると、そこにノルベルトが座っていた。
「あれ? ベルト様、いつも後ろに座ってましたよね?」
疑問がヒルデガルトの口を衝いた。
「学院は自由席ですよ? 空いていれば、どこに座ってもいいんです」
ノルベルトは、当たり前のことを、当たり前のように口した。
「それは……そうですけれど」
ヒルデガルトは二の句が継げず、意味のない音が口から洩らしていた。
「……やはり、座るならあなたの右隣りがいいな。クラウディア嬢が羨ましい」
ヒルデガルトはきょとんとして、ノルベルトの顔を見つめた。
「ここからでは、あなたの右目が良く見えない」
ヒルデガルトはわずかに呆然とした後、自然と笑みが零れていた――彼の言葉からは、空虚さを感じなかったのだ。
****
クラウディアは、心から笑っているヒルデガルトの姿を眺めていた。
(覚悟を決めたと思ったら、ガンガン攻めるわね)
それであの子が幸福を感じられるなら、クラウディアにも異存はない。
鈍い彼女のことだ。これくらいしなければ、想いに気づくことはないだろう。
ジュリアスの目にも、笑っているヒルデガルトが眩しく輝いて見えていた。
(……強敵だな)
自分には、まだあの子をあそこまで笑顔にすることなどできない。
だが、隣で守ることを誓ったのだ。簡単に諦められる想いでもなかった。
(それでも、ノルベルトならば任せてもいい、と思えるかもしれないな)
ジュリアスの絶対条件――それは、ヒルデガルトの笑顔だけだった。
あの子の笑顔を守れるのであれば、自分の幸福など二の次で構わないのだから。
****
「お、叔母上!」
ヒルデガルトが振り向くと、ディーターが目を固く瞑っていた。
「あら、どうしたの? ディーター」
その声を聞いて、ディーターが恐る恐る目を開けた。
「あーよかった! 優しい叔母上だ!」
(優しい私?)
「どういう意味かしら?」
ヒルデガルトが小首を傾げて尋ねる。
「だって、あの日の叔母上、お爺様と同じくらい怖かったんです! だからしばらく近寄るのも怖くて……」
(あの日……あー。フィル様をぶん殴った日ね……)
ヒルデガルトは努めて笑顔で答える。
「あれは私の勘違いで、うっかり暴力を振るってしまって……フィル様にはあの後謝罪したわ。それに、お父様みたいに怖いって……わたくし、笑ってるお父様しかみたことありませんわよ?」
しかしディーターは必死に食い下がった。
「叔母上は公爵家時代のお爺様を知らないからそういうんです! 昔のお爺様はほんと怖かったんですよ!」
ヒルデガルトとディーターの間でそれを聞いていたクラウディアが、冷たく笑った。
「ヴォルフガング様はね。能力があるのに努力を怠る者が大嫌いなの。私と同じように。特に貴族のそれに対してはとっても厳しい方よ? あなたのように高い能力を持ちながら努力ができない軟弱者は、厳しく接されてもしょうがないわね?」
その言葉を聞いて、ディーターの目付きが変わった。
「い、今は違います! 僕だって努力をしています! その証拠に、お爺様はこのクラスに入ることを認めてくださった!」
(確かにそうだ。審査員はお父様。ディーターの努力をお認めにならなければ、合格は出さないものね)
だがクラウディアは冷ややかな笑みを崩さない。
「そう、まだ入っただけ、ね。結果を残すチャンスを与えてもらっただけ。あなたはこれから、今まで怠けていた分を取り返さなければならない。それを軟弱者のあなたにできるのかしら?」
「僕は! 叔母上のようになりたいんだ! いや、なってみせる!」
ディーターの力強い宣言が教室に響き渡った。
(わたしのように? ぱーどぅんみー?)
「……ねぇディーター、目指すならわたくしなどより、もっと適した方がいらっしゃると思うのですけれど」
その言葉を継いでクラウディアが言葉を紡ぐ。
「そうね。あなたにヒルダは高望みが過ぎるわ。足下に及ぶのも烏滸がましい。もっと分相応な目標をお持ちになった方がよろしくってよ?」
(いや。いやいやいやいや。クラウ? 評価がおかしくてよ?)
「いえ、わたくしが言いたいのは、わたくしよりももっと優れた方をと――」
「「あなたより優れた人などこの学院にはいない(わ)!」」
(なぜハモる?! あなたたち、実は仲が良いんじゃないの?)
ヒルデガルトが困ってわたわたしていると、ルイーゼがため息を吐いて助け舟を出した。
「あなたたち、ヒルダを困らせてはだめよ? この子の自己評価の低さは知っているでしょう?」
(……なんかひっかかる言い方ね?)
だがルイーゼの言葉で二人は一応、矛を収めた。
「と、とにかく、喧嘩は良くないわよ? 仲良く、仲良くしましょう?」
クラウディアは一瞬ディーターに目を止めた後、ぷいっとヒルデガルトの方を向いてしまった。
ディーターはそれを確認した後、ヒルデガルトにお辞儀をして自分の席に戻っていった。
(つ、つかれた……)
机にへばりついていたヒルデガルトの頭に、ぽん、と硬い手が乗せられた――それが誰の手だかを理解したヒルデガルトは、少しだけ、元気が出た気がした。




