第9話:シュテルン選抜試験(2)
待機室に戻ってきたフランツ王子は満面の笑みだった。戻ってきた瞬間のサムズアップ。
「はははは! ヴォルフガングから掛け値なしの褒め言葉を貰ったのは初めてだ!」
(殿下はいつも叱られてばかりでしたしね……)
「最後は……私か。殿下が突破できて、私が不合格になどならないようにせねばな」
フランツ王子が合格したことで緊張がほぐれたのか、ノルベルトの表情はだいぶ柔らかい。
ふと、フランツ王子が何かに気づいたように仲間たちの数を数え始めた。
「俺たちは八人だよな。ノルベルトがまだだから、ここに居る合格者は七人のはずだ」
ヒルデガルトがそれに応える。
「その通りですわね。私たち以外の戻ってきた方々はみな、蒼い顔をして沈んでましたし。泣いてる方もおりました。失格したのでしょう」
「合格すると、媒介に使った魔法銀がヴォルフガングの後ろに並べられるだろう? その数が七より多かった気がする」
(う~ん、なんで並べるのかな……何か意味があるのかしら)
「戻ってきていない合格者が居る、ということですわね。どんな方なのかしら」
クラウディアでも、中にいた人間は把握できても、誰が合格しそうなのかまでは推し量ることができない。それ以上は推測しても無駄、と話は打ち切りになった。
「次! ノルベルト・フォン・キルステン」
パシーンと己の頬を叩いて気合を入れなおしたノルベルトが力強く言った。
「では、合格してきます」
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ノルベルトも帰ってきてサムズアップ。ヒルデガルトたちは全員合格、ということになった。
全員で円陣を組んでハイタッチを交わす。実に青春の絵面である――ジュリアスも恥ずかしそうに加わっていた。
「そういえばみんなはどんな術式で合格したの?」
それを打ち明けたのはヒルデガルトだけだ。
ジュリアスは苦笑いをして答える。
「俺は”秘儀”を使え、と言われました。”秘儀”は、その内容自体が機密なんですよ。いくら友人と言えど、簡単に教えるわけにはいきません――どうしても知りたければ、筆頭宮廷魔術師にでもなってください」
筆頭宮廷魔術師には、国家内に保有される魔法の知識が与えられる。これは誰かが知っているべき情報なので、筆頭宮廷魔術師が統括して知識を管理しているというだけだ。
ヒルデガルトはその言葉に驚いていた。
「え? 私は普通に使って見せてますよ?」
ジュリアスが冷静に解説をする。
「『蜃気楼』はヴォルフガング先生の代名詞。既に有名ですから問題はありませんよ。ただ、普通は滅多に人前で使うものではない、とだけ覚えておいてください」
「あら? そうなるとお父様、みなさまに各ご家庭の”秘儀”を使う様に仰ったの?!」
「多分そうなんじゃないですか? あの方は高位貴族の”秘儀”はだいたいご存じですし」
フランツ王子とノルベルト以外は、皆が頷いた。
この二人は王族と騎士家系だ。通常、魔法を持たない家となる。
王族は嫁いできた家の魔法を敢えて継承しない――嫁いできた家の魔法をすべて受け継いでいたら、王家が魔法でパンクしてしまうからだ。
騎士は肉体強化術に特化するのが常なので、魔法を持たない家がほとんどだ。
審査員がヴォルフガング一人だったのも、秘儀を使わせるのが理由の一つだった。
「殿下とベルト様はどんな術式を求められたんですか?」
ノルベルトが応える。
「私たちは肉体強化術に特化しています。魔法銀とは相性が悪いどころではない。”秘儀”も持っていない。なので、”手鏡の形状を変えろ”と言われました」
フランツ王子も頷いている。
「”立方体を作れ”と言われたな。だがあの金属、本当にデリケートだった。なんとか形にはしたが、特訓前だったら絶対に無理だったぞ」
ジュリアスが補足を入れてくる。
「そういうケースでは、純粋に魔力制御の質だけを見るのでしょう。高い力量を持つ者には相応に難しい課題を、そうでないものには基礎力を求める試験だったのでしょうね」
時計を見たヒルデガルトが号令をかける。
「さぁ、そろそろお昼ね! 食堂に行きましょう?」
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普段より人の少ない食堂――いつものように仲間たちでテーブルを囲む。
ヒルデガルトが呟く。
「結構時間かかったわね。私たちの順番が早い方で助かったのかしら?」
まだ部屋の中には三十人弱が残っていた。彼らは午後の部に回るのだろう。
ヒルデガルトが仲間たちといつものように昼食を食べていると、突然背後から声をかけられた。
「――失礼、ヒルデガルト嬢、でよろしいかな?」
「ほぇ?」
ヒルデガルトが不意を突かれて間抜けな声を上げ、サンドイッチに食いつきながら振り返った。
そこにはサラサラのゴールドブロンドを纏った長身の生徒が立っていた。
ヒルデガルトが顔をまじまじと見ても、彼に見覚えはなかった。
(うわーまつ毛ながっ……こんなに整った顔の人は見たことがないかも)
一見すると女性のようにすら見えるが、骨格が男性であることを主張している。ターコイズブルーの瞳は、ヒルデガルトの瞳をまっすぐ貫いていた。
険のこもった声でクラウディアが誰何する。
「あなた、どなたかしら? 何か御用?」
「――失敬、フィル・ブランデンブルク。シュテルン合格者の一人です。合格者同士、ご挨拶を、と思いまして」
フィルは、一度目を伏せて微笑を浮かべた後、クラウディアに微笑みかけて応えた。
「そう――ではもう顔見せは済んだわね? わたくしたち食事中ですの。あちらにいってくださるかしら?」
クラウディアは険も隠さずに追い払おうとした。こんなに拒絶反応を示してるのはディーター以来だろう。
「……解りました。今日のところはこれで――ではヒルデガルト嬢、また次の機会に」
そう言うとフィルはヒルデガルトの片手を取り、その手の甲に唇を落としていった。
「はい?!」
硬直して動けないヒルデガルトの瞳を見て、改めて微笑み、フィルは颯爽とその場を後にした。
「――はっ! なんだったのあれ?!」
ヒルデガルトはフィルの行動が予想外過ぎて、完全に頭がフリーズしていた。しばらく呆けた後、クラウディアに食って掛った。
「フィル・ブランデンブルク子爵子息。社交界でも美貌で名を馳せている方ですわね。あまり大きな夜会には出てこられないようですが、彼の周囲には常に令嬢が集まるともっぱらの評判ですわ」
クラウディアは当然彼を知っていた。知らないふりをして追い払ったのだ。
やっぱり険が取れないクラウディアに、ヒルデガルトは恐る恐る問いかける。
「クラウ、あの方嫌い?」
「能力があるのに努力を怠る方を、わたくしが好むと思って?」
クラウディアはにっこりと儚い笑顔で応えた。
「シュテルンに合格する能力があるのに、今まで息を潜め努力らしい努力をしてきた姿がない」、そんな彼を嫌悪しているのがヒルデガルトにも伝わった。
(そっかーそういう評価の方なのかー)
ヒルデガルトがフィルの去った後をぼんやり眺めていると、クラウディアがヒルデガルトの手の甲を丹念に拭っていた。
「あとで浄化魔術をかけましょう。汚らわしいですもの」
その笑顔は圧が強く、嫌悪感を隠そうともしていなかった。好感度はどん底だろう。
ヒルデガルトがぽつりと呟く。
「でも、今度から同じクラスになるんですよね……あの方と」
あんな男だが、合格者に名前を連ねるほどの魔術の腕前を持つのは確かなのだ。。
(帰ったらお父様にも伺ってみよう)
ヒルデガルトが一同の顔を覗き見ると、全員表情が硬かった。特にジュリアスとノルベルトは、複雑な表情をしていた。
(仲良くできるといいんだけどなぁ)
****
「お父様、フィル・ブランデンブルク様ってどういう方ですの?」
ヒルデガルトは夕食後のティーサロンで、ヴォルフガングから話を聞いていた。
「彼か……そうだな。成績は中の上、今までこれと言って目立った功績は上げてこなかった男だね。十五歳だが婚約者もいない。浮名を流すというほどでもないが、身を固める気配もない。だが、合格を認めざるを得ないほどの魔術の腕を持っている。実につかみどころのない男だ」
(お父様でも評価に困る、ということかしら)
「クラウはとっても嫌っているみたいでしたわ」
「はははは! そうか、クラウディア嬢も彼の能力は高く評価しているんだね。そして今まで埋もれることを是としていた姿勢に嫌悪感を抱いた、という訳だ。確かに、彼女が一番嫌うタイプだろうね」
「もしかしなくても、お父様もお嫌いなタイプではなくて? お父様も、能力には責務が生じるというお考えでしょう? その責務から逃げるように息を潜めていた彼を、好むとは思えませんわ」
ヴォルフガングはもう一度笑うと「もちろんだとも」と鋭い目つきになった。その目にはやはり、嫌悪感が漂っている。
(うーん、シュテルン、前途多難かしら……)
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試験から数日後、シュテルン合格者の名前が張り出された。
他の生徒に混じって、ヒルデガルトたちも名簿を眺めていく。
「成績順ですのね……」
名簿の一番上に輝くのはヒルデガルトの名前。その次がジュリアスだった。
クラウディアはどこか自慢げに微笑んでいる。
「この辺は順当ね」
ヒルデガルトが自信なさげに呟いた。
「わたくしが一位でいいのかしら……もっと優れた方がいると思いますのに」
周囲の視線が刺々しくヒルデガルトに突き刺さった。「嫌味かそれは?」という奴だ。
「あなた、謙遜も過ぎると嫌味になるから気を付けた方がいいわよ?」
と、ルイーゼが優しくヒルデガルトに忠告していた。
「う……心します」
そんなつもりはなかったヒルデガルトは肩を落としていた。その頭をルイーゼが撫でている。
ヒルデガルトは気を取り直し、改めて合格者の一覧に目を戻した。
「クラウが三位よねきっと」
しかし、三番手は予想外の名前が載っていた。
「フィル・ブランデンブルク?! 嘘?!」
クラウディアよりも好成績を残した、ということである。
「私よりも上位、ですか。実に不愉快ね。己の不甲斐なさに腹が立つわ」
(クラウの眉間に皺が寄ってる……)
だが砂時計の特訓をせずにクラウディアを超えたのだ。その魔術の腕前は疑いようもない。
フィルのあとにクラウディア、ルイーゼ、ノルベルト、エミリ、アストリッド、フランツ王子と続き……
「ハーディ・ドレフニオク? ねぇクラウ、どなたですの?」
クラウディアは嫌悪感を隠す気もないように教えた。
「ドレフニオク伯爵の嫡男ですわね。よく言えば豪快、悪く言えば野蛮な方です。騎士の家だったと思いますわ」
つまり、”野蛮な男”がクラウディアの評価である。
クラウディアが嫌う人間が二人も入る事になる。ヒルデガルトは頭を抱えていた。
「あら、一番下、ディーター?! ディーターも合格してたの?!」
そこには、確かに「ディーター・フォン・ファルケンシュタイン」と記されていた。
「……最悪ですわね」
クラウディアの機嫌が底割れしてストップ安だ。
十一人中、三人も嫌悪する人間が居るのだ。仕方ないことだろう。
ヒルデガルトは大変なことになりそうな予感を感じていた。
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シュテルンは来月から稼働することが決まっている。
それまでは今までのクラスでカリキュラムを受ける日々が続いた。
ヒルデガルトの場合、月末の定期試験で落第点が1つでもあれば合格が取り消される。
「不安ですわ……」
ヒルデガルトはちょっぴりアンニュイになっていた。
「あなたが落第点なんて取るわけがないでしょう。何を不安がっているのやら」
ジュリアスが呆れたように言った。
だがヒルデガルトにとっては初の定期試験である。手は抜けなかった。
定期試験間近になると、試験範囲の復習を入念に行った。
確かに簡単だったが、ミスをするわけにはいかないのだ。
「お嬢様は自己評価が低すぎますよ」
とウルリケにも笑われる始末である。
(そんなに低いかなぁ?)
きらびやかな貴族子女たちの中で”天涯孤独の孤児”という出自。
親の愛を知らず、愛の存在自体を信じられない心。
そして唯一心の拠り所だった顔立ちも精霊眼という異物で自尊心ごと砕かれた。
それらが折り重なって強烈な劣等感になっているのだが、本人に自覚はない。
どんなに努力しても周りには及ばないという思い込みは、中々消え去るものではないのだろう。
いつか、愛する事を知り、愛されている実感を心から受け入れられたとき、ヒルデガルトは生まれ変われるのかもしれない。
そうして定期試験当日。
ヒルデガルトは無事に試験を満点で突破していた。
「やったー!」
と一人喜ぶヒルデガルトを、まわりの仲間たちは冷めた目で見ていた。
「シュテルン主席合格者が定期試験ごときに落ちるわけがないでしょう……」
ジュリアスが冷淡につっこみを入れた。
(そんなこと言われても、不安だったんだからしょうがないじゃない……)
「ともかく! これで明日からみんなでシュテルンね!」
不安要素はいくつもあるが、皆が一緒のクラスというのは守られた。
(これからどんな日々になるのかな?)




