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第8話:シュテルン選抜試験(1)

 朝から教室は騒然としていた。


 グランツスペシャルクラス「シュテルン」が学院から告示されたのだ。


 選考基準を満たせずがっくりと肩を落とす者、野望を燃え滾らせるもの、面白おかしく騒ぎ立てるものなど、反応は様々だった。





「『”全教科で落第点がない者”、”一芸に秀でる者”に受験資格を与える』か。思ってたより緩い条件だね」


 アストリッドが告示の紙を指でつまみ、ひらひらと翻している。


 グランツにおいて”芸”とは魔術の事だ。つまり、”一芸に秀でる”とは、なんらかの得意魔術を持つ者、ということになる。


 スペシャルクラスという割には緩やかな条件だ。


「でも、審査員がヴォルフガング様ご本人よ? どんな無理難題を言い出すかわからないわ。油断は禁物よ?」


 クラウディアは自分の気を引き締めるかのように口にした。


(お父様、時折とんでもないことを言い出すものね……)


 ジュリアスも、冷静に指摘する。


「見た目通りの緩い関門な訳はありません。即興で難解な魔力操作を指示されてもおかしくない――その上で、指示された内容の意図を正しく理解していなければ不合格とされるでしょう」


(ジュリアスも前に、意図を理解してなくて課題を不合格にされたことがあったわね……お父様、意地悪だからわかりやすい課題は出されないものね)


 だが、はっきりしていることはある――ヒルデガルトが大切なポイントを告げる。


「お父様が直々に見る、ということであれば、魔力制御の質が重要なのは確かよ。どんな課題であれ、魔力を雑に扱う生徒は弾かれるでしょうね」


 試験日はわずか二日後。準備期間はないに等しい。


 当日は全日を使って試験が開催される。志願者の数はまだ不明だが、ヴォルフガングも一日大変になることだろう。


 ジュリアスが統括する。


「幸い、俺たちは事前に準備する時間がありました。できることはやってきたのだから、あとは腹を括るしかありません」


 全員が頷きあい、決意を固めた。





****


 ――試験日がやってきた。


 受験生は百人足らず。それをヴォルフガングが一人ずつ、部屋に呼んで審査する形式だ。


 全員が待機室に集められた。呼び出される順番は告知されていない。





 ルイーゼが緊張した面持ちで言う。


「最初の一人は一番緊張するでしょうね……前の人から情報を得られる分、後の人ほど有利だわ」


 普段通り、冷静なジュリアスが応える。


「ですが、情報が多すぎて混乱する、ということもあります。深く考えずに臨むほうがいい」


 ヒルデガルトが皆の顔を見渡すと、大なり小なり緊張しているのが手に取れた。


「みんな、もっと肩の力を抜いていきましょう?」


 ヒルデガルトの気の抜けた声に、フランツ王子が反論する。


「お前たちは通過確定枠だから気楽かもしれんがな。足切り瀬戸際の人間はそうもいかないんだぞ?」


(あの自信家の殿下が弱気になるだなんて……)


 クラウディアの顔色も、あまり良くはない。決して落とせない試験に必要以上に緊張してしまい、切羽詰まった悲壮感が漂っている。


 エミリが「大丈夫?」とクラウディアの肩を叩くが、「ええ、平気よ」と応える姿は、無理をしてるのが見え見えだ。




 待機室全体が緊張感に包まれる中、扉が開き、教師の一人が名簿を手に入室してきた。


 生徒たちの視線が集中する中で、ついに最初の名が告げられる。


「ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン。君が最初だ」





****


 待機室の隣室が試験会場となっていた。


 ヒルデガルトが中を覗くと、広い部屋にヴォルフガングと二人きりになる。彼の傍らには手鏡がひとつ、置いてあった。


(あの鏡を使うのかしら?)


「ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン、入ります」


 ヴォルフガングはいつもの笑みで応える。


「うん、おかけなさい」




 ヴォルフガングの前に置かれた椅子にヒルデガルトが腰を下ろす。


「お前は編入して間がないから正式な成績は出せないが、既に全教科のカリキュラムで皆の先に進んでいる。お前の学力については私が責任を取る、ということで承知させてある」


 ヒルデガルトは頷いて応えた。


「一芸は……言うまでもないね。お前は『蜃気楼』を扱える。あれで十分だ。そのうえで……今から課題を与えるから、制限時間以内にこなしてみなさい」


 ヴォルフガングはいつものように人の好い笑みを浮かべている。


「はい、お父様」


 ヴォルフガングは頷くと、傍らの手鏡をヒルデガルトに手渡した。


「これは魔法銀の手鏡だ。お前はこれを使って『蜃気楼』を作りなさい。制限時間は十分――はじめ!」


 パン、と手が打ち鳴らされた。


(え? 魔法銀? これで『蜃気楼』?)


 ヒルデガルトは金属を媒介にした『蜃気楼』などやったことはない。魔法銀などという希少な金属は触ったこともない。


 だが既にカウントダウンは始まっている。混乱している暇はなかった。


(まず、どんな金属なのか把握しないと)


 早速手鏡に魔力を浸透させる。驚くほどの速さで魔力が金属に順応していくのがわかった。


(凄い魔力伝導率……でも、この手応えなら水と同じ感覚でいけそうね。問題は体積を増やせるか否か)


 ヒルデガルトより圧倒的に体積が小さな手鏡で自分を模倣するのだ。なんらかの方法で膨らませる必要がある。


 金属に対していくつもの魔力の波長を当て、反応を確かめる。


(やはり金属の体積を増やすこと自体は難しい……)


 金属の媒介の性質は土に属する。


 授業中に試した土の『蜃気楼』は自分と同じ体積の土を用いた。体積を増やす方法など、魔法以外にないように思える。


(となれば、薄く延ばして魔力で強度を補強する――これしかない)


 方針が決まったヒルデガルトは立ちあがると、手鏡に意識を集中させる。


 手鏡がどろり、と解け落ち、みるみる彼女を形作っていく。


(ただ薄くしただけでは面積が足りない……ならば、存在自体を薄める!)


 魔力で魔法銀の粒子を掴み、隙間を広げていく。隙間には同調した魔力を流し込むことで強度を維持する。


(やはり強度がかなり厳しい! 強めに補強しないと!)


 超極薄に引き伸ばされた魔法銀で、ついにヒルデガルトの全身をかたどった魔法銀の『蜃気楼』が姿を現す。



 二人のヒルデガルトは、ヴォルフガングに向かって淑女の礼を取る。


 頭を上げた彼女たちは微笑んで見せた。


「いかがでしょうか?」


「うん、合格」


 ヴォルフガングは極上の笑みを浮かべていた。


 ――彼も、ここまで見事に『蜃気楼』を発動させて見せるとは思っていなかったのだ。まさに百二十点の出来といえよう。





****


 ヒルデガルトが一息ついて『蜃気楼』を解除した。


 だが、解除した魔法銀の『蜃気楼』は彼女を模倣したまま魔法銀に戻っていった。


「金属で『蜃気楼』を作ると、こういう結果になるのですね」


 ヴォルフガングが頷く。


「これはこれで利用法があるからね。覚えておくといい」


「はい」


 ヒルデガルトは頭の片隅には留めておくことにした。


「お前はこれからどうするね?」


 彼女は少し考えてから答える。


「待機室に戻って、試験内容をみんなに伝えても構いませんか?」


「ああ、問題ないよ。魔法銀の事も、教えてやるといい。解ったからすぐに対策ができる、というものでもないからね」


 ヒルデガルトはヴォルフガングに頭を下げ「ありがとうございます」と伝えた。


 そうして彼女は試験会場を辞去した。





****


「魔法銀……また厄介な課題だ」


 ジュリアスが難しい顔をして俯いている。


「そうなの? 確かに、物凄く難しかったけど」


 ヒルデガルトの率直な感想に、神経質になっているクラウディアが反応する。


「ちょっと! ヒルダでも難しいって、初めて聞いたわよ?!」


 その反応に驚いたヒルデガルトが一応反論しておく。


「別に、お父様の無理難題は今に始まったことじゃありませんわ?」


 グランツに通う前、いや現在でもそれが日常なのだから。



 ジュリアスが魔法銀について皆に解説を始める。


「魔法銀は、魔力との順応性に秀でた金属です。希少ですが、合金に加工して武具に使われることが多いですね。魔法銀を媒介とした有名な術式もいくつかあります――ただし、あの金属は恐ろしくデリケートです」


「デリケート?」


(むしろ、反応が良くて扱いやすかったけど……)


 ジュリアスから「あなたは別格ですよ」という、冷たい視線がヒルデガルトに寄越された。


「魔力に反応しすぎる、といえばいいのか。雑な魔力操作を行えば簡単に歪んでしまう。繊細な魔力制御が要求されます。おそらく、今回の課題は己の一番得意な魔術を、魔法銀を媒介として成立させることでしょう。そのうえで、その質を検査される。受験生が十人も残れば御の字じゃないんですか?」


(お父様、そんな難しい課題を……)


 ジュリアスの解説はまだ続く。


「しかも時間制限付きなのでしょう? その短い時間で魔法銀と自分の魔術との相性を把握しなければならない。魔法銀なんて希少な金属に触れたことがある生徒は多分いません。焦って気が逸れば術式に失敗する可能性が高くなる。実に嫌らしい状況設定だ」


 話を聞いていたクラウディアたちの表情は硬い。


 こっそり近くで耳をそばだてていた生徒たちも、自信を無くして蒼い顔をしていた。



 だが、ジュリアスの声が一転して明るくなる。


「……と、まぁ暗い材料は今ので出し尽くしました。前から言っていた通り、本質は魔力制御の質です。砂を持ち上げるよりかなり難しくなってしまいましたが、精密な魔力制御を心がけてください。とにかく丁寧に。もういっそ、制限時間は忘れてしまってもいいでしょう。そのくらいの気持ちで臨んでください」



 魔法銀の事が室内に知れ渡り、再び喧騒が広がる中、またもや名簿を持った教師が入ってきた。


「次、ジュリアス・シュルマン!」


 ジュリアスの顔に決意が漲った。





****


 三分後、ジュリアスが待機室に帰ってきた。


「どうでした?」


 ジュリアスは、澄まし顔でサムズアップして応えた。


「思った通り、魔法銀を媒介とした得意魔術を成立させろ、と言われましたよ。三か月前の俺だったら失格になるところだった……ヒルデガルト嬢、よくもあの手鏡一枚から、あそこまで精巧に自分を模しましたね」


(え? それはどういう意味? 私の残した『蜃気楼』を目にしたの?)


 ヒルデガルトの困惑した顔を見たジュリアスが、推測を述べてくれる。


「前の受験者が残したものが、そのまま室内に並べられるみたいです。これは、後になるほどプレッシャーですよ」




 ジュリアスの後、数人の名前が呼ばれたが、待機室に戻った彼らの表情は暗い。同伴している友人たちとなにかを話しているようだった。



 その様子を見てヒルデガルトが呟いた。


「失格になったのかしらね」


 ジュリアスがそれに応える。


「無策で臨めば普通はそうなります。逆に、無策でも合格できるような人材を発掘できれば大成功、ですかね」


 グランツのカリキュラムに魔力制御の精度、などというものはない。


 求められる術式を成立させるだけの力量があれば精度は問われないからだ。


 そんなカリキュラムの中に埋もれている生徒を掘り起こすのも、今回の目的なのかもしれない。




「次! クラウディア・フォン・ヴィンケルマン」


「うわわ、私?!」


 完全に動揺しているクラウディアの両肩をヒルデガルトが叩いて激励する。


「大丈夫! 自信をもってクラウ! あなたならできるわ!」


 クラウディアは一瞬躊躇った。だがヒルデガルトの目を見て力強く頷いて見せた。





****


 十分後、待機室に戻ってきたクラウディアは激しく憔悴していた。


「クラウ! 大丈夫?!」


 ヒルデガルトがクラウディアに駆け寄って肩を抱いた。


「だ、だいじょうぶ……あんなに集中したのは、生まれて初めてかもしれない……」


「クラウディア嬢、その様子なら合格できましたね?」


 クラウディアは疲れた顔のまま、にこりとジュリアスに笑みを返した。


「当然じゃない? 私を誰だと思ってるの?」


 ――そこには、普段の”学院の女王”の姿があった。





 その後に呼ばれたルイーゼ、エミリ、アストリッドも、帰ってくるとへとへとになっていた。


「いやマジ無理二度とやりたくない」

「もーやだー」

「ははは……帰って寝たいわ」


 それでも全員が合格して帰ってきていた。


「みんなすごい!」


 五人で肩を抱き合い健闘を褒めあっていた。



「残るのは殿下とノルベルト様ですが、殿下が心配ですね」


 ジュリアスの憂慮した声に、ヘロヘロのルイーゼが応える。


「あーそれだけどね、ちゃんと受験生の力量も鑑みて、加減はしてくれてるみたいよ。特に、魔法銀と相性の悪い術式が得意な場合は、術式が途中で止まってもいい、みたいに言われたし」


 ”止まってもいい”ということは”発動はさせなければならない”。相性の悪い媒介では、発動自体が難しい。


「最初に思ってたよりは、なんとかなりそうな感じだったわよ。だから殿下も大丈夫よ」


「そ、そうか……うむ」


 フランツ王子の緊張は、まだほぐれてない。




 またしばらく別の生徒が呼ばれていく。待機室に戻らない生徒も多く、室内は閑散とし始める。


 制限時間十分を過ぎるより前に失格判定されることも多い。次の生徒が呼ばれるタイミングが早いのでそれが解るのだ。




「次! フランツ・ヨアヒム・フォン・レブナント殿下!」


「……いってくる」


 ふらふらと部屋を出ていく後姿を、仲間たちはじっと見送った。


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