第11話:学生たちのパーティタイム!(2)
ジュリアスの展開する索敵魔術の中は、敵意の坩堝だった。
(ヒルデガルト嬢に対する敵意、だろうな。ああもアピールされたら無理もない)
この国最高峰の人材たちがバックに居ることをあれだけアピールしたのだ。敵愾心を煽ってしまうのは仕方がないだろう。
彼女に迂闊に手出しは出来なくなったが、反面表に出せない敵意は膨れ上がった。
確かにヒルデガルトを守るには効果的な作戦だったが、今、クラウディアを守るのにこの敵意は邪魔すぎた。
(クソッ! これでもヒルデガルト嬢にかなり近づいたはずだけど、数百人規模の敵意を仕分けるなんてやってられないぞ!)
毒は吐くが、ジュリアスは根気強く敵意を仕分け、生徒父兄以外の敵意を探っていく。
――砂時計の鍛錬で鍛えられた集中力は、きちんと生かされていた。
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「クラウに近づきすぎてもだめ、離れすぎてもダメ。……地味に面倒な役回りね!」
エミリが愚痴を吐く。
この計画は刺客の襲撃を誘発しなければならない。警戒していると思われてはいけないのだ。
「多分壇上で事は起こる。一番目立つし、あの子はそういう派手なのが好きだものね。で、それ以外の可能性を潰すのが私たちの役目って訳ね」
ルイーゼもため息交じりだ。
襲われるとわかっていて見守らなければならない。心配でない訳がない。
「そんな派手な演出で、いったい何をしたいんだ? あの子……」
アストリッドの疑問に、ルイーゼが応える。
「私たちの実力、正確にはヒルダの実力をこの会場中に見せつけたいのよ。ついでに西方国家に証拠を突き付けて、なにか外交カードにでもする算段じゃないかしら?」
一石二鳥でも三鳥でも、狙えるだけ貪欲に狙っていく。クラウディアはそういう人間だった。
三人は顔を見合わせ、改めてため息を吐いた。
――彼女らの友人は、実に性根が悪い。
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ノルベルトが会場を俯瞰して見たところ、確かに普段より衛兵の数が少なかった。
ヒルデガルドの言った通り、フランツ王子の周辺だけは通常に近い数の護衛が付いていた。
(殿下だけは守るように言われているんだな……これは陛下たちもご承知ということか)
いつでも飛び出していけるよう、肉体強化術の準備はしていた。
仲間たちの中で、ノルベルトが一番機動力があることを自覚していた。
毎週ヒルデガルドと術比べをしているうちに、ノルベルトの魔力制御は飛躍的に進歩していた。
今なら以前の数倍の瞬発力で動ける自信があった。
(ヒルダ嬢のおかげではあるが……まだまだ勝てないのが悔しいところだな)
真摯に研鑽する姿勢において、未だ彼女に及んでいないことを自覚していた。
(今回、クラウディア嬢とヒルダ嬢に同時に危険が迫った時、自分は果たしてどちらを選ぶのだろうか)
――考えてみたが、答えは出なかった。
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ヒルデガルトの術式は、確実に刺客の姿を浮かび上がらせ始めていた。
(身体の運び方が生徒のものではない……特定の生徒に近寄る様子もないから、父兄でもない。つまりこれも刺客候補)
会場前方にいる刺客候補は三人。左右と中央、どこからでも飛び込んでいけるようにしている、と判断した。
仮に取り押さえられても、取り押さえる役を足止めして別の方角から襲い掛かる。波状攻撃だ。おそらく同時には動かないだろう。
(だいぶ消耗してるけど、索敵術式の持続時間にまだ問題はない。だけど、いざというときのために、索敵術式を早く切り上げてなるだけ魔力は温存しておきたい)
ヒルデガルドは気が焦っていた。そして同時に、激しい怒りを抱えていた。
(なんで最初から相談してくれないのよ! こんな、私たちを試すような真似をして……なんのつもりなの?!)
疲労と焦りで、怒りゲージは決壊寸前だった。
焦燥感より、怒りの方が勝っていたかもしれない。
だから判断をわずかに誤ったことに、この時ヒルデガルトは気付かなかった。
「クラウディア・フォン・ヴィンケルマン公爵令嬢より、ご挨拶があります。みなさま盛大な拍手をお願いいたします」
壇上から響き渡る声。
(――ッ! わざとらしい! なにこの「どうぞ狙ってください」ってシチュエーション!!)
ヒルデガルドが急いで刺客候補三人の動向を探る。詳細に捉えるため、三人に索敵ターゲットを絞った。
今夜怪しい動きをしたのはこの三人のみ。いずれか、あるいは全員が刺客と判断した。
舞台袖からクラウディアが現れる。壇上中央に辿り着く前に、一人目の刺客が動き始めた。
すかさず捕縛魔術を準備、クラウディアに辿り着く直前に捕縛が完了するように調整する。
(華やかな捕り物を演出すればいいんでしょ!)
クラウディアが会場に向かって声を張り上げようと口を開ける前に、一人目の男が舞台袖から壇上に上りクラウディアに駆け寄っていくのが解った。
だが刺客が壇上に登りきったところで、背後からノルベルトが猛烈なタックルを仕掛けた。
僅かに揉みあいになったが、すぐさま刺客を無力化して床に捻じ伏せていた。
(ベルト様ナイス!――次も動いてる!)
一人目が失敗しそうとみるや、二人目も壇上に駆け上がろうとする。これも壇上に駆け上がる寸前に、頭上から落ちてきた火炎流に飲まれ無力化させられた。
(これはジュリアスね。殺さないように加減できるなんて、上達したわねー。そして残り一人ならば!)
ヒルデガルドは、三人目が動くより前に壇上に向かって駆け出していた。
(クラウ! あなたがやりたかったのは、私に期待しているのはきっと、こういうことでしょう?!)
苛立ちながらも術式を準備する。彼女の意図を、正確に把握していた。
刺客が刃を持ってクラウディアに体当たりするのを追いかけるような形で、ヒルデガルドも駆けていた。
だが、刺客の足が彼女よりもわずかに速かった。
――凶刃は、クラウディアの心臓に深々と突き刺さっていた。
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観衆の悲鳴が会場に響き渡る。刺客は仕事を果たしたことに満足の笑みを浮かべ、標的の顔を見上げて――違和感に気づいた。
標的は笑っていた。その傷口から、出血することもなく。
パチン、と指が鳴ると、標的であるクラウディアは炎の奔流となって刺客に襲い掛かり無力化、そのまま炎の縄になって刺客を取り押さえた。
(あっちの刺客も縛っておくべきね!)
ノルベルトが取り押さえている刺客も、ヒルデガルトの炎の縄で縛り上げられ――ヒルデガルトはようやく息を吐いた。
(さ、さすがに長時間の索敵、からの『蜃気楼』はキツイ――ッ!)
どちらも消耗の激しい術式だ。いくら特等級のヒルデガルトでも、これは厳しかった。
既に魔力は空っぽに近い。体力、精神力もギリギリだった。これ以上の魔術は命に係わる。
ヒルデガルドは肩で息をしながら、ギロリとクラウディアを睨んだ。息を整えながら、ゆっくりと彼女に近づいていく。
その目には、怒りの炎が滾っていた。理性は既に、遠く手放している。
怒りゲージなど、とっくに粉砕済みだった。
「えーと、ヒルダ? 助けてくれて、ありがとうね?」
豪胆で知られるクラウディアが、鬼気迫るヒルデガルドの怒気に気圧されて後ずさっていた。
この後はこってり絞られるだろうことを皆が予感した。
それまで張り詰めていた会場の緊張がプツリ、と途切れる音が聞こえた気がした。
――そして、四人目の刺客が動いた。
すべての刺客が囚われ、暗殺が失敗した――その、空気が弛緩する瞬間のみに狙いを定めた熟練の凶刃が、瞬く間に標的に迫った。
「――クラウッ!」
標的と刺客の間に居るのは、魔力が尽きた魔術師が一人だけ。魔術師は迷うことなく、その身を投げ出していた。
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一度弛緩した空気を再び引き締めるには、時間が必要だった。
その間隙を狙った凶刃は、間違いなく標的の心臓に迫っていた。
この瞬間、動ける可能性があったのは二人だけだった。
駆け上がる足音、クラウディアの目線――その一瞬で理性を取り戻し、すべてを悟ったヒルデガルドは、無理矢理発動した肉体強化術でクラウディアと刺客の間に割り込んだ。
「――クラウッ!」
(――でも、これ以上の魔術はホント無理ッ! )
凶刃が自分の心臓をあと僅かな距離で刺し貫く。そのシーンをスローモーションで眺めていた。
魔力も体力も精神力も、魔術を行使する余力は残っていなかった。
(あーあ。夢、叶えられなかったなー……クラウの期待にも、応えられなかった。それがちょっとだけ、残念。)
あと数センチで刃が自分に届く――ヒルデガルトは目を強く瞑り、痛みに備えた。
――ドンッ! という激しい音が彼女の耳に届いた。
(刺さっちゃったか)
だが、彼女の胸に痛みはやって来なかった。
(あれ? 痛くない?)
そうして彼女は、そっと、目を開けた。
ヒルデガルドの目の前には、刺客を取り押さえるノルベルトの姿があった。鬼の形相で殴り倒し、あっという間に刺客を無力化していった。
(ちょっと、いやかなり怖いと思ったのは、内緒にしておこうかな……)
――この時のノルベルトの姿は、ヒルデガルドの胸に深く刻み込まれることとなった。
こうして、学生たちの大捕り物は無事に幕を閉じた。
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ヒルデガルドはゆっくりと彼女に振り向いた。
クラウディアは、どこか怯えているようだった。
いつも余裕をもって笑っていたクラウディアから、その余裕がなくなっていた。
目の前で大切な友人が、自分のせいで死ぬ寸前だったのだ。豪胆と言われても、まだ十五歳の少女である。当然、動揺していた。
ヒルデガルドは肩で息をしながら、クラウディアに近づいていく。
魔力も体力も、精神力も尽きかけた状態で無理に肉体強化術を使ったのだ。頭痛が酷かった。
命が削れたのは間違いなかった。だがそれを後悔している訳ではない。今、彼女にとってそんなこと、どうでもよかった。
ヒルデガルドがふらふらとクラウディアの目の前に立つ。
クラウディアが両手を広げて、ヒルデガルドに抱き着こうと駆け寄った。
パン! と乾いた音が会場に響いた。
クラウディアの左頬が赤く腫れている。彼女はまだ、何が起こったのか理解していない。
ヒルデガルドが、低く、絞り出すような声で語りかけた。
「こんな……こんな友達を試すようなことをしてたら、クラウはいつか一人になるよ?」
クラウディアの肩が震えた。彼女もそれは解っている。恐れても居る。だが、こんな生き方しか彼女はできなかったのだ。その目が、ヒルデガルドを見た。
ヒルデガルドはゆっくりと、もう一度右手を振り上げ、強く振り下ろした。クラウディアが思わず目を瞑った。
ヒルデガルドの右手は、今度はクラウディアの左頬を優しく包み込んでいた。クラウディアがゆっくりと目を開ける。
ヒルデガルドが、今度は優しく語りかけた。
「私は、一人になるクラウなんて、見たくないよ?」
ヒルデガルドの視界が滲み、そのまま、クラウディアを抱きしめ、吼えた。
「馬鹿! ――心配、させないでよ」
ヒルデガルドは肩越しに、クラウディアの声を聞いていた。
「……ごめんなさい」
涙声の謝罪を受けて「うん、許すよ」とヒルデガルドは答えた。「でも、みんなにもちゃんと謝ってね?」と忘れずに付け加えた。
クラウディアの手がヒルデガルドの背中に回された。
その泣き声が壇上から会場中に響き渡っていた。
だが、その声が彼女の耳からどんどん遠くなっていって、ヒルデガルドの意識は、闇に飲まれた。
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「ヒルダ!」
クラウディアの悲痛な叫びが壇上に響いた。同時に、何人もの足が壇上に駆け上っていた。
倒れているヒルデガルトに、彼らが群がる。
「……魔力を使い過ぎだ。とにかく医務室へ! ノルベルト! ヒルデガルト嬢を運んでください! クラウディア様、あなたに怪我は?!」
ジュリアスの冷静な声が的確に指示を飛ばしていく。ノルベルトから遅れること数秒。彼も可能な限り迅速に壇上に向かう一人だった。
クラウディアに怪我がないことを確認し、ジュリアスはノルベルトと共に医務室に駆け込んでいく。その後ろを、ルイーゼ、エミリ、アストリッドが追いかけた。
壇上にへたり込み、泣き崩れていたクラウディアの傍に、フランツ王子が膝をついて語りかけた。
「……ちゃんと、みんなに謝らないとな。立てるか?」
フランツ王子の言葉に頷きを返し、肩を抱かれて二人は共に医務室へ向かっていった。
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「……若いっていいですな」
ヴィンケルマン公爵が呟いた。
彼は、子供たちを最後まで信じ抜いた。それでたとえ我が子が命を落とすことになろうとも、後悔はしない覚悟でいた。
その腕はヴォルフガングを羽交い絞めにしている。
「これで、彼女らの友情も深まったことだろう」
シャーヴァン辺境伯は涙腺がやや崩壊気味だった。その手はヴォルフガングの口を抑え込んでいる。
「そして、彼女たちの友情の深さも会場中に知れ渡った。今回は怪我の功名、ですかな?」
レーカー侯爵がニッと笑った。その手はヴォルフガングの両手を抑え込んでいる。
「ヴォルフガング、貴公は大人げないぞ。あれだけの実力がある子供たちを、もう少し信じてやらんか!」
ブラウンシュバイク辺境伯は、両足担当だ。
ヴォルフガングは、ヒルデガルトが凶刃に倒れそうになった瞬間、全盛期を彷彿とさせる殺気を纏って刺客を屠ろうとしていた。考えての行動ではない。反射的に体が動いていた。頭でいくら子供たちを信じるべきだと確信していても、心がヒルデガルトの危機を許さなかった。
ヴォルフガングが動いていたら、凶刃がヒルデガルトに届く前に確実に四人目の刺客はこの世から消え去っていただろう。
四人がかりでなんとかそれを抑え込んでいたが、紙一重で全てが台無しになるところだった。
今回の件は、学生たちが彼らの力だけで乗り越えなければならない試練だった。これは国王を含め、ヴィンケルマン公爵たちが共有していた意識だ。
親は見守るもの。辛くとも、手を出してはいけない時がある。
そうでなくては、子供たちの成長を阻害してしまうからだ。
「貴公がそこまで入れ込むとはな。老獪な貴公とは思えぬ直情ぶりだ――あの子は、そんなに可愛いか」
ふてくされた老人は、黙して語らなかった。いや、既に語る必要すらなかっただけだった。
ようやく四人の友から解放されたヴォルフガングは、気まずそうに一人、ワインを呷っていた。
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「本当に、ごめんなさい」
医務室で、クラウディアは皆に深く頭を下げていた。
その隣で、同じようにフランツ王子も頭を下げている。
この場に居る全員、クラウディアが真摯に謝罪するところを見たのは、これが初めてだった。
顔を上げたクラウディアは、まだ泣き顔のままだった。
赤く腫れていた頬には、湿布が貼られている。
「あんたがちゃんと謝れる子だったなんて、初めて知ったよ」
「ヒルダが起きたら、もう一度ちゃんと謝んなよ? 凄い怒ってたんだから」
「私たちが言いたかったことは、あの子が全部言っちゃったからね。もうこれでいいわよ」
アストリッド、エミリ、ルイーゼ。三人は優しく微笑みながらクラウディアを囲んでいた。
そんな四人を一瞥した後、ノルベルトはベッドに寝かされたヒルデガルトの手を、改めて握りなおした。
(俺があと数舜でも遅ければ、ヒルダ嬢の命はなかった――よかった。本当に間に合ってよかった!!)
ノルベルトも、身体の限界を超えた肉体強化術でタックルをしていた。その余波で全身が痛い。
だが、痛みなどが気にならないほどの安堵に包まれていた。
鍛え上げてきた身体が、一番必要な時に応えてくれたことに、心の芯から感謝していた。
熱い視線で彼女の顔を見つめ、その手を握るノルベルトを、ジュリアスは冷静に眺めていた。
今回、ジュリアスはほとんど役に立てなかった。
そんな自分に、ヒルデガルトの隣に座る資格などない、と席を譲っていた。
(今回はお前の功労だ。だが次の機会こそは俺が守り切る。失ってなど堪るものかッ!)
各々がいくつもの思いを胸に、夜会の夜は過ぎていった。
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「うー……あたまいたあい」
ベッドから呻き声が上がった瞬間、その左手を握る者が居た。
「お嬢様! お目覚めですか!」
ウルリケは喜色を隠すことなく語りかけた。
「ウルリケ、あたま、いたいんだって……こえ、ちいさく」
先程まで、顔面蒼白なまま主人の目覚めを待っていた侍女は、己の額を主人の手に擦り付けるようにして神に祈っていた。
「目が覚めたかね」
普段より、気持ち小さい声でヴォルフガングは愛娘に語りかけた。
「魔力を使い過ぎだ。数日は完全休養だ。いいね?」
有無を言わさぬ言葉を紡ぎつつ、愛娘の頭を優しく撫でる。
「ねぇ、おとーさま」
「なんだい?」
「きのーは、ありがと、ね」
ヴォルフガングは、言葉を返せなかった。
最後まで信じ切ってやれなかった己を恥じたから。
「おとーさま、すごい、かお、してた。みえたの」
予想外の言葉に、ヴォルフガングの目が見開かれていく。
「わたしが、さされ、そうに、なった、とき、みんなに、とめられ、ても、もがいてる、おとーさまが」
頭痛で、途切れ途切れにしか喋れない声が、必死に思いを伝え続ける。
「いつもと、ちがう、おとー、さまの、ほんとの、かおが、みえて、うれし、かった、よ」
”自分の為に必死になってくれたヴォルフガングの姿が嬉しかったのだ”と、”恥じることはないのだ”と、そう伝えてくれていた。
ヴォルフガングの手が、もう一度、愛娘の頭を優しく撫でた。
「……いいから、もう寝なさい。無理をしては、いけないよ?」
ヴォルフガングはそれだけ言うと、部屋を後にした。
歳をとると、涙腺が緩くなって困るなと、一人、廊下で自嘲していた。




