第10話:学生たちのパーティタイム!(1)
雪解けが始まり、春の気配を感じる頃――それは唐突にやってきた。
「夜会、ですか?」
「ええそうよ」
ヒルデガルトは毎週開かれるクラウディアたちとのお茶会に臨んでいた。その席での発言だった。
クラウディアは優雅に紅茶を口に運んでいる。
「あなた、来月からグランツに通うじゃない? いい頃合いだから、一発ガツン★とかましておこうかと思うの」
クラウディアは儚げな笑顔で、物騒なことを言い出した。
ヒルデガルトは頬を引くつかせながら、真意を訪ねた。
「ガツンって……具体的にはどういうことですの?」
恐る恐る聞いたヒルデガルトの言葉に、アストリッドが横から答える。
「そりゃーわかり切ってるだろ? ヒルダの交友関係を夜会で見せつけるだけさ」
ヒルデガルトはカップに目を落とし、それがどういう結果を生むのかに思いを馳せた。
(交友関係……)
「わたくし、社交界のことを何も知らないので、それがどういう結果になるのかピンとこないのです」
ヒルデガルトは吐露した。直接的な結果は容易に想像がつく。だが、連鎖してどうなっていくのかが分からないのだ。
困っているヒルデガルトを見て、クラウディアが楽しそうに言葉を投げかける。
「ヒルダは頭がいいから、すぐに理解すると思うのだけれど……じゃあヒントを上げる。まず、夜会は王宮で開くわ」
「王宮」
ヒルデガルトが呆然とオウム返しをした。
(夜会初手が王様の住む場所って……)
そんなヒルデガルトを見て「さぁ、考えてみて?」とクラウディアが促した。
ヒルデガルトがカップに目を落としながら頭を回転させていく。
「……王宮ということは、殿下が参加なさいますよね。というより、主催者? 招待されれば辞退しづらい夜会になりますわね……そこで、殿下やクラウたちと私が友人であることをアピールする。おそらく、招待先は同世代の学院生徒たち。つまり、現役の生徒たちに、私がクラウたちと親しいことを見せつけるわけですね。『私を蔑ろにすることは、殿下の友人を蔑ろにすることである』、と見せつけて牽制し、私を直接的な危害から守るのが一番の目的」
ここまでは正解のようだ。クラウディアはニコニコと、楽しそうに続きを待って居る。
ヒルデガルドはカップを見つめたまま、更に考えを進めていく。
「……いえ、これだけでは”ガツン”とは言えないわね。陰口を叩く輩もなるだけ抑えておきたい。私の事を蔑む輩をさらに抑え込むためには、私とお父様との仲を見せつけるのが一番ね。仲睦まじい私とお父様を見て、それでも孤児の養子と陰口を叩けるような図太い神経を持った人間は、生徒たちにまずいない――つまり、王宮嫌いのお父様を、夜会に引っ張り出せと、そうおっしゃりたいのかしら? そしておそらく、クラウたちのお父様方も夜会に参加する。ならばそれを口実にお父様を引っ張り出せますわね……ああ! 私の後ろにお父様方が付いていることを、生徒たちの父兄にも知らしめたいのね!」
”孤児の平民上がり”のバックに前ファルケンシュタイン公爵家当主にして前筆頭宮廷魔術師であるヴォルフガング、そして四方守護最高指揮官であるクラウディアたちの父親とその娘たち、そして次期国王であるフランツ王子がガッツリと親密にしている様子を見せつけるのだ。
彼らの影響力や発言力はレブナント王国でもトップクラス。彼らに匹敵するのは国王と王妃を除けば、宰相である現ファルケンシュタイン公爵家当主くらいだろう。それすら義兄妹の関係である。
迂闊な噂でも流そうものなら、逆に睨まれて学院や社交界に居場所がなくなるだろう。
(これなら確かに”ガツン”ですわね)
ヒルデガルドはカップからクラウディアに目を移した。
クラウディアは紅茶を飲み干すと、いつもの儚げな笑みとは違う、心からの微笑みを浮かべた。
――社交界を知らぬ身で、たった一つのヒントからここまで導き出せたのだ。彼女なら自分の期待に必ず応えてくれるだろうという確信を、クラウディアは得ていた。
「ねぇヒルダ。私やっぱり、あなたの事が好きよ?」
****
「でもわたくし、夜会用のドレスなんて持ち合わせていませんわ……」
夜会の予定日は二週間後。今からドレスを採寸していたら、到底間に合わないだろう。
だがクラウディアは平静に言葉を返す。
「それは問題ないのではなくて? ヴォルフガング様がぬかりなく準備されていると思うわ」
「自信満々に言うけれど、採寸もしていないのにどうやってドレスを作るんですの?」
ヒルデガルドは伯爵邸に来てから採寸をした覚えはない。
今までは、用意されていたドレスを着ているだけだった。
(……このドレスも、どうやって用意したんだろう?)
嫌な予感がヒルデガルトの背筋を襲い始めた。
クラウディアが決定的な一言をヒルデガルトに告げる。
「ヒルダ、あなたの『蜃気楼』のオリジナルはヴォルフガング様よ? あなた、自分の『蜃気楼』を私に変えて見せたじゃない? あなたにできてヴォルフガング様にできない訳がないわ」
嫌な予感が、確信に変わる瞬間だった。
ヒルデガルドは恐る恐る、その事実を口にする。
「お父様、私の『蜃気楼』を作って、それで採寸した、ってこと……?」
クラウディアたち四人は、他人事のようにお茶を飲んでいる。
自分の預かり知らぬところで、男親の手により自分の全てが暴かれていた事実に、ヒルデガルドの乙女心はズタボロになっていた。
(乙女のプライバシーがゼロね……)
その衝撃のあまり、ヒルデガルドは涙目で御茶請けをポリポリと齧る小動物になっていた。
「元気出して? さすがにヴォルフガング様が自ら採寸したわけがないのだから、普通の採寸と変わらないはずよ?」
エミリがヒルデガルドに慰めの言葉をかけてくれた。
普通の採寸――仕立て屋の女手が、女子だけで測ってくれたはずだ、ということである。
ヴォルフガングにそのくらいの良識は期待してもいいはずだった。
(……そうよね。さすがにそれくらいはしてくれるわよね)
ヒルデガルドの気分が浮上したのを見計らって、クラウディアが話を統括した。
「では話はまとまったわね。最大の難関はヴォルフガング様よ? 頑張ってねヒルダ!」
ヒルデガルトはしっかりと頷いてみせた。
「わかりました。必ず頷かせて見せます!」
せっかくクラウディアたちがヒルデガルトのために場を作ってくれるというのだ。
ここで結果を出せなければ、女が廃るというものだろう。
****
結果から言うと、ヴォルフガングの陥落は早かった。
「――という訳で、当日、わたくしのエスコートをお父様にお願いしたいの」
「ふむ。ああ、もちろん構わないとも! お前のためならばそのくらい、お安い御用さ」
(――チョロい。いえ、こう言ってはお父様に失礼ね)
これでもヒルデガルトが敬愛する父親である。「チョロい」等という単語は使いたくなかった。
むしろ、ここまで心を砕いてくれるヴォルフガングに感謝を感じていた。
――だが、確認せねばならないこともあった。
「それで、わたくしの夜会用のドレスなのですが――」
ヴォルフガングは満面の笑みで「待ってました」とばかりに応える。
「もちろん用意済みだとも! クラウディア嬢と友人になったときから、いつこうなってもいいように準備してあるよ」
(……気が早すぎでは?)
クラウディアと友人になったのは二か月くらい前だ。その時から夜会の準備など、気が早いどころではない。
そしてヒルデガルトは、慎重に言葉を選んで確認を取っていく。
「お父様? わたくし、今まで採寸をした覚えがないのですが、どうやってお作りになってこられたのですか?」
ヴォルフガングはただ、にんまりと笑うだけで答えなかった。
(――やっぱり『蜃気楼』をお使いになったのね?!)
ヒルデガルトはショックのあまり、その日どうやって部屋へ戻ったのか記憶がなかった。
気が付いた時にはウルリケに愚痴って泣きついていた。
ウルリケは「私からも旦那様にきつく申し上げておきます」とヒルデガルトを慰めていた。
ウルリケの目はやはり、ガンギマリだった。
****
――夜会当日。ウルリケたちが気合を入れてめかし込んだ赤いドレス姿で、ヒルデガルトとヴォルフガングは共に王宮に降り立った。
王宮嫌いで有名なヴォルフガングにエスコートされているヒルデガルトは、とても目立っていた。
生徒に同伴して来場していた父兄たちが、二人にたびたび視線を寄越した。
ヒルデガルトにもそれが分かり、顔が強張っていた。
そんなヒルデガルトに、ヴォルフガングが優しく声をかける。
「大丈夫。今日もお前は美しいよ」
ヴォルフガングを見上げ、ヒルデガルトは微笑んで返す。
「ありがとうございます、お父様」
微笑みを交わし合う二人を、グランツの生徒や父兄に見せつける。作戦ポイント一つクリアである。
そのままヒルデガルドとヴォルフガングは、ルイーゼ、エミリ、アストリッド、そして四方守護最高指揮官の四人と合流した。
クラウディアはフランツ王子と共に入場するらしく、その場には居なかった。
「やあヒルデガルト嬢、素敵な衣装だ。よく似合っているよ」
クラウディアの父親たちが、ヒルデガルドに跪いて手の甲に口づけを落としていく――信頼の証である。
その様子を見ていたグランツの父兄たちが騒然とする声がヒルデガルトの耳に届いていた。
その様子を確認し、ヒルデガルドが小さく言った。
「作戦ポイント二つ目、クリアね」
今度はエミリがヒルデガルドに飲み物を手渡しながら言う。
――学生たちに給仕されるのはノンアルコールワインである。十五歳で成人とは言え、未成年も多いからだ。
「軍の実力トップ四があなたの背後に居ることを、これでアピールできたわね」
ルイーゼがヒルデガルドの肩を抱き抱えながら笑った。
「そもそも、王宮嫌いのヴォルフガング様がエスコートしてる時点であり得ない珍事よ?」
ルイーゼの言うことももっともだ。なにせ王宮が嫌いだからと、第一王位継承者を自宅に呼びつける程なのだから。
「よくヴォルフガング先生を引っ張り出せましたね」
ヒルデガルドの背後からジュリアスが声をかけた。
彼女が振り返ると、普段会う時の長衣と打って変わってフォーマルスタイルだ。そのままヒルデガルドの傍に近寄る。
「ジュリアス! あなたも来てくれたのね!」
「可愛い妹弟子の企みの手助けです。来ない理由がありませんね」
そう言って、澄まし顔でワインを口にしていた。
ヴォルフガングと同じく、ジュリアスがこういった場を苦手としているのは本人が公言している事だった。
それを押して来てくれたことに、ヒルデガルドの胸が熱くなった。
ジュリアスの目が、ヒルデガルドのドレスに落ちる。
「……よく似合っていますね。あなたは赤が似合う」
微笑むように、ジュリアスは言った。
(面と向かってジュリアスから褒められるのは初めてじゃないだろうか)
「あ、ありがとうございます……」
ヒルデガルドは照れて俯きながらお礼を言った。
周囲ではエミリやルイーゼ、アストリッドがニマニマと顔を見合わせている。
(きっと後で揶揄われるんだろうなぁ)
ヒルデガルドは、ふぅ、とため息を吐いた――その目が、人混みの中に一人の姿を見出した。
「……っ! ベルト様! ここです!」
誰かを探している様子のノルベルトに対して、ヒルデガルドは思わず声を上げ手を振っていた。
ノルベルトはすぐにヒルデガルドたちに気が付いたようで、足早に輪に加わってきた。
「――すごい人混みですね。学院の生徒のほとんどが来ているんじゃないですか? これは」
ヒルデガルドは給仕からワインを受け取ると、ノルベルトに差し出した。
「今日はみなさんの新たな一面が見られてとっても楽しいです! ベルト様も、決まってますね!」
ヒルデガルドは満面の笑みでノルベルトの姿を褒め称えた。
ノルベルトはワインを受け取ると、「あー」とか「その……」とか、何か言いたげに視線を泳がせている。
「男だろ! 言うべきところはちゃんと言え!」
バシン! とアストリッドに背中を叩かれたノルベルトが、覚悟を決めたように口を開いた。
「……今夜のヒルダ嬢も、とても素敵ですよ」
何か眩しいものを見るような目でヒルデガルドに微笑んでいるノルベルトに褒められて、彼女の顔が真っ赤に染まった。
「ありがとうございます……」
彼女のお礼の言葉は、最後ぼそぼそと呟くようにしか聞こえなかった。
しばらく二人が見つめあっていると、その間にジュリアスが割り込んでくる。
「ノルベルト、君はもう少し気の利いたことは言えないのか?」
「おやおや~? 修羅場かな~?」
エミリが楽しそうに冷やかし始めた。
ヒルデガルドたちはそうして楽しい時間を過ごしていった。
時間が過ぎ、フランツ王子にエスコートされたクラウディアが入場してきた。
目の覚めるような青いドレスを身にまとったクラウディアは儚げで、会場のどの生徒より気品に満ちていた。
(さすがクラウ、場慣れしてるわね……)
彼らの入場口にほど近い場所にヒルデガルドたちの席は用意されていた。
ヒルデガルドに向かって、フランツ王子とクラウディアはまっすぐ足を向けた。
「よぉ! いいな! クラウの次に美しいことを認めてやろう!」
フランツ王子は最大限の褒め言葉をヒルデガルトに送った――彼にとってクラウディアこそ至上なので、それに次ぐことが最高の褒め言葉だった。
そんなフランツ王子とクラウディアの仲睦まじさを、ヒルデガルトは眩しそうに見つめてから、言葉を返した。
「ありがとうございます殿下。殿下もそうしていると王子様に見えますわね?」
その言葉に、フランツ王子が即座にムキになる。
「正真正銘、王子だ!」
フランツ王子の周囲から笑い声が飛び出ていた。
――第一王子に対して軽口を言える仲だ。これも立派なアピールである。
笑いが収まると、クラウディアがヒルデガルトに抱き着いていった。
「ヒルダ、今日は来てくれてありがとう」
ヒルデガルトも、クラウディアを抱きしめ返した。
「そんな! 私こそ、呼んでくれてありがとうクラウ!」
その後、クラウディアはその場にいる他のみんなとも会話をしていき、一通り済むと他の席へ向かっていった。
(殿下とクラウが、最初に挨拶に来たのが私、というのがきっと大事なのね……)
つまり、作戦ポイント三つ目、クリアである。
既に会場中がざわついている。
ヒルデガルトの精霊眼は目立つ。彼女が来月から編入してくる生徒であることは、会場中にとっくに知れ渡っていた。
その背後にこれだけの人脈が付いていることを、十二分にアピールしていた。
(でも、なんとなく、これだけじゃない気がするんだよね……)
――不思議な、だが嫌な予感がヒルデガルトを襲っていた。
****
ヴォルフガングたち父兄が別のテーブルに移動し、その場には生徒たちだけが残っていた。
「ところで、変な噂を耳にしたんだが知っているか?」
ノルベルトが唐突に話を切り出し始めた。合流するまでの間に、小耳にはさんだ噂らしい。
「変な噂……あれのことかしら? でもちょっと信じられないわね」
情報通のエミリには心当たりがあるようだった。
ヒルデガルトが二人に尋ねる。
「どういう噂ですの?」
アストリッドがめんどくさそうに応える。
「あれだろ? 西のルーニア国が不可侵条約を破棄しようとしてるだとか、西方守護のヴィンケルマン公爵家の令嬢の身柄を狙ってるだとかいう、眉唾な噂」
そんな胡散臭い噂など、あり得ないと断定している様子だ。
ヒルデガルトがその噂の内容に驚いた。
「ヴィンケルマン……って、クラウが狙われてるの?!」
ノルベルトが頷いた。
「殿下の婚約者でもあり、ヴィンケルマン家の令嬢でもある。身柄を奪われれば、我が国のダメージは大きい」
ヴィンケルマン公爵も、国家と娘を天秤にかければ娘を捨てざるを得ないだろう。
だがそうなったとき、フランツ王子は婚約者を失い、ヴィンケルマン公爵の求心力も低下する。クラウディアは領民からの人気が高いのだ。
身柄を確保できなくても、クラウディアの命を奪えればヴィンケルマン公爵やフランツ王子に精神的大打撃を与えられる。
クラウディアを守り切れなかったことに対する不満も出るだろう。
西方を守護するヴィンケルマン公爵の地盤が揺らぐのは相当な痛手となる。
そこを隣国であるルーニア国が狙って来れば、不法移民問題を抱える西方だ。苦しい戦いとなりかねない。
困惑しているヒルデガルトに、ノルベルトは冷静な判断を述べる。
「だが、クラウディア嬢は学院の寄宿舎に居るし、あそこの警備は厳重だ。易々とどうにかできるわけがない」
ノルベルトの言うことはもっともだ。
厳重な警備が敷かれているというグランツの寄宿舎からクラウディアを攫うのは、現実的ではない。
(でも……今は?)
ヒルデガルトは嫌な予感が走り、その場の皆に問いかける。
「ねぇみんな。ここは王宮だけど、入場時チェックはきちんとされていた?」
ヒルデガルトが皆の顔を見回すが、戸惑うばかりで反応はない――全員、された覚えがないのだ。
「私も、チェックされていないわ。もちろんお父様も」
入場時チェック――王宮で開かれれる夜会であれば、不審物の持ち込みや不審者の有無が必ず調べられる。
大勢の人間が王宮内に入るのに、チェックがないなど通常はあり得ない。
親しい友人だからといって、免除する理由にはならない。
つまり、誰かが意図してチェックを外しているのだ。
(それが意味するのはつまり……)
ヒルデガルトの脳裏に、クラウディアの言葉が蘇る。
『あなた、来月からグランツに通うじゃない? いい頃合いだから、一発ガツン★とかましておこうかと思うの』
ヒルデガルドは、「ガツン★」が意味するところを、ようやく正確に把握した。
(何を考えてるのクラウ!!)
おそらく、先程ノルベルトが耳にした噂も、クラウディアが意図して流しているのだろう。刺客にも巧い事手引きをして招待状を掴ませたのかもしれない。
ヒルデガルドはため息を吐いて、思い至ったことを俎上に載せる。
「多分、クラウは囮ね。わざとチェックを甘くして刺客をおびき寄せ、私たちに解決させたいのよ。お父様方は保険、といったところかしら? 殿下の周囲はまだ警備がいるみたいだけど……」
その場の全員の顔に緊張が走った。ヒルデガルドの言っている事を、即座に理解したのだ。
「今日、この会場に高い確率で刺客が紛れ込んでるわね。おそらく父兄に混じったのでしょう。クラウが望むのは華やかな解決。私たちの力量が試されてるわ。影で解決するんじゃクラウに失望される。衆人環視の中、解りやすく刺客を取り押さえる。……だいぶハードなミッションね?」
相手はプロの暗殺者だ。学生であるヒルデガルドたちには荷が重い。
だがそれでも敢えて「華やかに解決して見せろ」とクラウディアから言われているのだ。
――全員のため息がシンクロした。
(だいたい、そんな計画があるなら前もって相談してくれてもいいじゃない! なぜ、計画に気が付くかどうかまで試されなきゃいけないの?!)
ヒルデガルドの怒りゲージがミシミシと悲鳴を上げていた。決壊するまで、間もないだろう。
****
ヒルデガルドが指示を飛ばしていく。
「ともかく、保険であるお父様たちがいる以上、クラウが攫われるという最悪の事態は避けられると思うの。でも万が一はありうる。エマ、ルイズ、リッドは人目が少ない場所でクラウが一人にならないように動いて。決して攫わせてはダメ」
ルイーゼ、エミリ、アストリッドが頷く。
「攫えない、と分かった場合、おそらく刺客はクラウの命を狙うプランBに移る。狙うタイミングは……ねぇ、今夜の夜会、クラウが壇上に一人きりになる瞬間はある?」
全員が解らず、首を横に振る。今夜のセッティングはフランツ王子とクラウディアが全て行っていた。
ヒルデガルドの額に、はち切れる寸前の極太の血管が見えた気がした。彼女は思わず口汚く罵った。
「――あんの性悪! チャンスはくれてやるから、そのタイミングが来るのを逃すなってことね! ……殿下が同伴してる間は、殿下の警備が周囲に居るからまず安心だと思う。けど、念のためベルト様はその周囲で警戒して。ジュリアスと私は索敵と、いざというときに飛び道具で刺客をしとめる役をやるわ」
エミリが驚いて声を上げる。
「ジュリアス様はわかるけど、ヒルダも索敵魔術を使えるの?! あれって学院卒業後に習得するような術式よ?!」
ヒルデガルドは頷いて見せる。
タイプは違うが、ヒルデガルドも索敵魔術はマスターしている。我流だが、今回の条件なら十分使えるはずだ。
「私とジュリアス、二人がかりなら、会場全体をカバーすることができる。この会場は縦長だから、前後に分かれましょう。私が前、ジュリアスが後ろで。私はここで索敵魔術を発動しておくから、ジュリアスは自分の判断で陣取って」
ヒルデガルドとジュリアスが目を合わせ、頷きあう。
ノルベルトが疑問を投げかけてくる。
「連絡はどうするんです? この人混みで一度別れたら、合流するのは難しいですよ」
ヒルデガルドは俯いて応える。
「私もジュリアスも、連絡を取る術式はまだ習得してないの。だから、事が起こるまではプラン通りに、事が起こったら各自の判断で動いて! さぁ行って!」
ヒルデガルドがパンと手を叩くと、各自が取り決め通りに動き出した。
エミリ、ルイーゼ、アストリッドはクラウディアからやや離れた位置に。
ノルベルトは別の角度からフランツ王子とクラウディアを見渡せる位置に。
ジュリアスは会場後方で索敵魔法を展開。
ヒルデガルドは会場前方の、この席から索敵魔法を展開。
(疲れるのよねこの術式!)
ジュリアスが使うのは敵意に反応するオーソドックスな術式だ。ノウハウが豊富な伝統的な術式だが、社交界では敵意が渦巻くので、刺客かどうかを判別するのが難しい。それを丁寧に仕分けるのがコツだ。
一方でヒルデガルドが編み出した術式は、索敵範囲の魔力を検知し、その流れを細かく追っていく術式となる。砂時計鍛錬の応用であり、場合によっては精霊眼の力と合わせることで、中々の効果が見込める。
この場に居るのは皆それなりに魔力が高い人材ばかりだ。その一人一人の動きを把握し、不審な行動をしている人間を炙り出す。
特に刺客ともなれば、肉体強化術を使う公算が高い。その瞬間の魔力の動きを検知できれば、確実に捕捉することができる。
(後で絶対クラウを叱りつけてやる!)
ヒルデガルドは決意を新たにしていた。
こうして、ヒルデガルドたち学生による大捕り物が開始された。




