黒海作戦~そして終戦へ1
クリミア沖海戦
サハリンの戦いは、ロシア第六十八軍の包囲が完了したことで劇的な転機を迎えることになった。
補給を絶たれた主力地上部隊が屈服するのは時間の問題となった。北上した10式戦車のグループがサハリン1・2のプラント施設に到着し、ここに主目的がほぼ達成された。
第六十八軍指揮下の北方領土守備隊も、糧道を絶たれている点で同じ運命にある。
「こんな時に起こるのは民間人への略奪行為です。北方四島の市民を飢えさせるわけにはいかない・・・しかし我々が援助に乗り込んでもロシア軍と撃ち合いになるだけです」
陸上幕僚長が定例の戦況報告の場で防衛大臣に語った。札幌の陸自北部方面総監部と防衛省がオンラインで繋がっている。
「戦闘を避ける為、人道支援を国連へ委ねてみてはいかがでしょう?」
「その国連の場で、ロシアと中国は我々に海上封鎖を解けと言っている」
「当然の主張でしょう。恐らく第三者による人道支援でさえ、メンツの為に拒否します。肝心なことは現地住民に本国から見捨てられたと悟らせることです。そこで国連に現地の統治機構と武装解除の仲介役をやらせるのです」
「いい考えだ・・・分かった。政府と協議しよう」
会議が終了すると、航空幕僚長は感心したように頷いた。
「失礼、あなたらしくない意見だと思いまして・・・誰かの入れ知恵ですか?」
「呉の軍師殿です」
陸上幕僚長の答えに、航空幕僚長は驚かなかった。
「なるほど・・・実は私にも連絡がありました。その時は驚いたというか、むしろゾッとしましたが」
「私も同じです。で、あなたに軍師殿は何と言われましたか?」
「ここでやることは終わったので、黒海に向うと言っていました。それから防衛省の動きを逐一教えてくれと・・・私は軍師殿からスパイに任命されたようです」
ウクライナのオデッサ港で白昼堂々と「おおすみ」から軍用車両が次々と陸揚げされている。引き渡しセレモニーはニュースになり、大々的に宣伝された。
港に「おおすみ」と二隻の護衛艦が停泊しているのをロシア軍は報道で把握した。日本は交戦中の相手であり、この三隻を生きて帰すつもりはなかった。
ロシア黒海艦隊は動き始めた。太平洋艦隊の復讐を遂げなければ、ロシア海軍のプライドは保てない。ただウクライナ軍は地対艦ミサイル「ネプチューン」を持っており、うかつには近づけない。出港するのを待つほかはない。
イージス艦「まや」を旗艦とする護衛艦隊主力は既に黒海へ入り、「おおすみ」とは別行動でトルコ領オルドゥ沖を遊弋している。ロシア海軍の拠点、セバストポリまでおよそ五百キロの距離だ。
「司令官、珍しく第一潜水隊群から通信です」
艦長は通信文を司令官へ手渡した。
「今度ばかりは綿密に連携しないと同士討ちになるからな。一等陸尉、陸揚げの方はどうなっている?」
「間もなく終りますが・・・直ぐに出港して逆に怪しまれないでしょうか?」
「観光で来た訳じゃないんだ。ロシアも待ちきれないだろう」
艦長が司令官の代わりに答えた。
「ロシア海軍が待ち伏せにキロ級潜水艦を使って来たら?」
「ルーマニア沖にいるDDH護衛艦が対処する。我々よりはるかにオデッサに近い」
今度は司令官が答えた。一等陸尉は納得したように頷いた。
「抜かりはないですな。あなた方海自が、損害ゼロで勝利してきたことが理解できます。我が陸自はサハリンの勝利と引き換えに、かなりの犠牲者を伴いました」
「これから我々も覚悟せねばならない。犠牲は必ず出る・・・問題はいかに最小限に抑えるかだ」
通信員が報告に来た。
「『おおすみ』、『あきづき』、『ちょうかい』の三隻、オデッサより出港します」
司令官はマイクを握った。今こそ重大な命令が下される・・・艦橋内に緊張が走った。
「全艦、これよりロシア黒海艦隊の拠点、セバストポリへ直進する。全速前進!」
DDH護衛艦を除く、十九隻の主力艦隊は横一列になって三十ノットで進んだ。
一方、DDH護衛艦三隻も東方へ十五ノットで進み始めた。つまり三方向から三つの艦隊がセバストポリ方面へ向かっていることになる。
このうち、「おおすみ」を含む三隻は既にロシア軍に探知されている。これを迎え撃つために、ロシア海軍はキロ級潜水艦五隻をオデッサ前面およそ三百キロの位置へ配備していた。
次に発見されたのは「まや」を旗艦とする主力艦隊だった。哨戒中のロシアのフリゲート艦のレーダーに探知された。十九隻もの日本の艦隊がセバストポリに向けて突進してくる・・・慌てたロシア軍はクリミア半島サーキ飛行場から戦闘爆撃機を発進させた。
「敵機接近!」
Su-30およびSu-24の合計十二機が向かってくる。イージス艦三隻を含む主力艦隊にとってはさほどの脅威ではない。対艦ミサイルと対空ミサイルの応酬が始まった。
結果としてSu-24は撃墜され、Su-30は退避した。護衛艦の被害はない。
次に黒海艦隊の主力が出撃する。三千トン以上のフリゲート艦が十隻、あとは千トン以下の対潜コルベットやミサイル艇合わせて二十隻が加わる。
決戦を挑むかのように、この艦隊は「まや」率いる艦隊に正面から向かってくる。これこそ待ち望んだ展開である。
横一列になって全速で向かってくる海自の護衛艦は、ロシアのレーダーにくっきり浮かび上がっただろう。気を引くには十分なアピールだった。護衛艦隊はロシア軍の目をくぎ付けにしなくてはならなかった。その間に潜む潜水艦の存在を隠すために・・・
第一潜水隊群はセバストポリ方面に八隻、オデッサ沖合に四隻配備されていた。オデッサ配備の目的はロシア海軍待ち伏せに対する監視である。
そうりゅう型を主力とする潜水艦隊はキロ級潜水艦との決戦を覚悟していたが、DDH護衛艦が参加する以上、彼らに潜水艦狩りの仕事を譲ることになった。
従って潜水艦隊の主目標はフリゲート艦を中心とする黒海艦隊となった。その目標が向こうから接近してくるのをじっと待ち構えている。
潜水艦隊は迫ってくる黒海艦隊へ道を開けるように展開している。いくらか突破されるだろうが、護衛艦隊が後始末をしてくれる。
基本的に対馬の作戦と同じスタイルだが、護衛艦隊が発見されている点で決定的に異なっている。
さらに、黒海艦隊のアドミラル・グリゴロヴィチ級フリゲート艦は、長射程の音速対艦ミサイルを搭載している。つまりロシア側に先手攻撃の利点があり、護衛艦隊は射程距離に達するまで防戦一方となる。
「対艦ミサイル接近中!」
「まや」艦橋に緊張が走った。
「十二発、高度一万五千メートル!速度マッハ二で向かってきます!」
「オーニクスP-800艦隊艦ミサイルだ。レーダー・ホーミング誘導式の奴だ」
艦長は司令官の顔を窺った。
「本艦および『こんごう』、『あしがら』、迎撃ミサイル発射します」
司令官は頷いた。そして一等陸尉に状況を解説した。
「今回の奴は新型で飛翔速度が早い。かなり突破されるだろう。デコイシステムがどこまで通用するかだが・・・」
司令官の言葉通り、七発のミサイルが突破して向かってきた。デコイシステムが展開され、囮の飛翔体が次々と発射される。
ただ、囮に引っ掛かっても、その高速故にコースを変えないミサイルもあった・・・
「『たかなみ』被弾!」
その護衛艦は左舷前方にミサイルを受け、二百五十キロの弾頭が炸裂した。速度が落ちて隊列から離れていく・・・沈没の危険性は十分にある。
「速度を維持!このまま前進する!」
司令官は非情にならざるを得ない。射程距離に到達するまでの辛抱だ。同時に潜水艦の待ち伏せラインに敵は必ず引っ掛かるはずだ。そこで一気に片を付けるしかない・・・
第二波のミサイル群がやってきた。今度は「むらさめ」が被弾した。
「損害が増えます!」
艦長は落伍していく護衛艦を見ながら言った。後戻りできないことは彼も分かっていた。
「射程距離までの時間は?」
司令官はレーダー員に尋ねた。
「およそ三十五分です」
「まだ撃ってくるな・・・二隻の被害は?」
「大破ですが、いずれも沈没は免れたようです。死傷者の数は不明です」
艦長は答えた。直後にレーダー員が報告した。
「ミサイル第三波、発射されました!」
「数は?」
「五発です・・・待ってください、これは巡航ミサイルのようです」
「カリブルか。奴ら、新型を撃ち尽くしたな。ミサイル枯渇のうわさは本当のようだ」
司令官はこれなら十分かわせると思った。
「迎撃ミサイルはもったいない。至近距離で撃ち落とす」
「それがよいですな。陸自殿からミサイル浪費を指摘されますから」
艦長は一等陸尉の「対馬のミサイル浪費」発言を覚えていた。
黒海艦隊は意気揚々と前進している。一発の攻撃も受けることなく、二隻の敵を仕留めたのだ。ここは自分たちの庭であり、対馬海峡で奇襲された太平洋艦隊の同じ轍を踏むつもりはなかった。ソナーによる潜水艦への警戒も怠りない。
第一潜水隊群の八隻は潜航したままじっと待っている。ロシア海軍のアクティブ・ソナーの能力は把握され、十キロ圏内への接近まで待っていた。そしてその時が来た。
黒海艦隊の全てが、目標距離圏内に入り、攻撃の条件が整った。
全潜水艦に魚雷発射命令が下った。
89式誘導魚雷は各潜水艦の六門の発射管より発射された。そして合計48本の魚雷は二十隻のロシア艦隊へ吸い込まれるように向かって行った・・・




