黒海作戦~そして終戦へ2
大攻勢と民族独立運動
黒海艦隊が壊滅した!
知らせを受けたロシア海軍総司令部は、その信じられない損害に衝撃を受けた。旗艦「アドミラル・マカロフ」は大爆発とともに真っ二つに裂け、艦隊司令官は戦死した。フリゲート艦の大部分は沈没し、数隻は大破炎上したまま海上を漂っている。かろうじて生き残った二隻の対潜コルベットは、アゾフ海まで全速で退避した。
輸送艦「おおすみ」を待ち伏せていたキロ級潜水艦五隻の連絡も途絶えた。DDH護衛艦「いずも」、「いせ」、「かが」から発進した対潜ヘリコプターにことごとく撃沈されていた。
さらにロシア陸軍総司令部は別の知らせを受けていた。ウクライナ軍の東部戦線への大攻勢が始まったのだ。
アントノフ大橋を破壊し、ドニエプル川を盾に防備を固めようとしていたロシア軍は、ハルキウから南下するウクライナ軍に包囲される危機に直面した。ルガンスク州およびドネツク州のロシア軍は、防戦一方で援軍を送る余裕はない。
へルソン州のロシア軍は対岸のへルソン市を失ったものの、へルソン州全域からの撤退は許されなかった。それはクリミア半島の孤立を意味し、ロシアとクリミアを結ぶものはケルチ海峡にかかるクリミア大橋一本しかなくなる。
その為、ロシア軍はロストフの南部軍管区から国境を越えて増援部隊を送り続けるしかない。南部軍管区には、チェチェン共和国や北オセチア共和国にまだ有力な部隊が駐在している・・・
ここでもうひとつの動きが水面下で始まっていた。ロシア連邦を構成する共和国の中には反ロシア志向の強い国がある。
チェチェン共和国はその代表格だ。歴代の独立派の指導者たちは全てロシア当局に殺害されている。今の指導者はロシアのコントロール下にあり、強力な弾圧で独立派の動きを封じている。それもロシア軍の後ろ盾があってのことだ。
独立派の一部は過激化し、テロ事件をたびたび引き起こした。第二次チェチェン紛争終結の2009年までそれは続く。
2008年、南オセチアをめぐってロシアとグルジアで戦争が勃発した。2011年に始まったシリア内戦にもロシア軍は介入している。この不安定な地域でロシアは自らの脅威の芽を徹底的に潰し、国益に繋がる相手には気前よく軍事支援に応じた。
根底には強国ロシアの復活への野心と、西側諸国への対抗心がある。しかしそれは同時に多くの敵を作ることになった。抑圧された人々は民族独立の意識が再び高まっていく・・・ロシア軍の弱体化とともに。
一方のアメリカは表向きには随分とおとなしくなった。遠く離れた紛争地域で血を流すことの馬鹿らしさを国民は悟り、不干渉主義が台頭している。
かつては目的の為なら悪魔とでも手を結んだCIAも影が薄くなった。そもそも彼らは目立ってはならなかった。最近の中国や中東での工作失敗のためか、より慎重になっている。
反乱分子に「ジャベリン」や「スティンガー」を供給するより、価値の高い情報提供で反乱を成功に導くことが効果的であり、手を汚さずに済むのだ。
チェチェン人たちの悲願の独立達成の為、ロシア軍の動きと、勝利の為の戦術を説いていく・・・静かに、そして慎重に・・・
海自護衛艦隊は黒海作戦の第二段階に入った。ウクライナ軍の東部戦線におけるロシア軍大包囲網を完成させるために、ロシア軍増援部隊の行く手を巡航ミサイルで阻止することが要求されていた。
地対艦ミサイルの攻撃に悩まされながら、護衛艦隊はケルチ海峡へ接近している。そこはロシアとクリミアにまたがるクリミア大橋がかかっている。ウクライナの攻撃で損害を受けたこの橋は、急ピッチで復旧作業が進められていた。
クリミア大橋の完全破壊は当初からの作戦の一部だった。ここで護衛艦隊は本国から思わぬ命令を受ける。
「中止命令ですか?」
対地ミサイル攻撃の任務についている一等陸尉は、司令官に問い返した。
「そうだ。ドネツクのロシア軍攻撃を優先せよと言ってきた。橋は破壊せず通過し、アゾフ海へ入る」
「無茶な・・・敵の懐へ入れと言うわけですか?」
艦長もすぐに異を唱えた。それは敵の拠点の奥深くまで侵入することを意味する。
「敵はミサイルが枯渇し、散発的な攻撃しかできないそうだ。それは確かなようだ。我々はとっくに地対艦ミサイルの射程内にいるのに、全く撃ってこないじゃないか」
司令官はそう言いながらも煮え切らない気持ちがあった。護衛艦隊は命令通りアゾフ海へ進路をとった。
クリミア大橋が視界に入った。辺りは全く静かだ・・・敵機も現れない。
「キロ級潜水艦に注意せよ・・・か。どこからの情報だ・・・」
通信文を受け取った司令官は呟くように言った。そして思い出したように艦長に尋ねた。
「被弾した護衛艦はどうしている?」
「航行不能でDDH護衛艦が救助にあたっています」
「第一潜水隊群は?」
「連絡は途絶えたままです・・・セバストポリの封鎖任務についているはずですが。予定通りなら」
ソナー手は微弱な反応をキャッチした。
「右舷前方に潜水艦!・・・一瞬で反応が消えました」
護衛艦隊は一斉に対潜警戒態勢に入った。ソナーには音波の原理上、僅かな死角があり、潜水艦がそのエリアにいる可能性があった。
「シャドウ・ゾーンへ移動したようだ。油断ならない奴だ」
司令官は深追いせず、そのまま直進を命じた。
全長十八キロのクリミア大橋は海面から三三メートルの高さの船しか通れない。イージス艦「まや」は僅か三メートルの余裕しかない。二万トン近くのDDH護衛艦「かが」など到底通れない高さだ。
十七隻の護衛艦隊は橋をくぐり抜け、アゾフ海へ入っていった・・・
ジョージア国境からチェチェン共和国に至る、不安定地域を力で抑え込んできたロシア軍精鋭部隊は、ついにその地を離れた。もはやウクライナ軍は予備役の寄せ集めで対抗できる相手ではない。
北カフカスより五つの独立親衛旅団の戦車五個大隊および機械化歩兵部隊を含む総勢一万六千の大移動が始まっていた。同時に、ロシア支配下の国々は軍事力を失い、一気に弱体化する。
それが合図であるかのように、独立派武装勢力が動き始めた。再び内戦が勃発しようとしている・・・しかしロシア軍に振り返る余裕はなかった。ウクライナ東部戦線において、十万のロシア軍が包囲されようとしていたのだ。
ウクライナにとっては祖国防衛戦争であり、四千万以上の人口をもって、少なくとも百万以上の兵力を動員できる。
まさにそれは一九四二年のスターリングラードの再現だった。二十万のドイツ第六軍は赤軍に包囲されて壊滅した。赤軍を過小評価し、大攻勢を予測できなかった故の悲劇である。
今度はロシア軍がウクライナ軍を過小評価するという過ちを犯した。スターリングラードのドイツ軍は、市街戦とボルガ川対岸の敵に気をとられている間に、後方の敵に回り込まれてしまう。今のロシア軍は、ドニエプル対岸のウクライナ軍に気をとられている間に、ハルキウから南下する敵に回り込まれようとしている。
いずれも悲劇を逃れる方法は同じだ。機会を逃さず撤退するか、援軍を送って包囲を突破するしかない。ドイツ軍はヒトラーの命令で撤退することもできず、援軍を送ったものの、新手の敵が現れ、包囲を突破できなかった。
今やヘルソンとザポリージャのロシア軍は、大統領の命令で撤退することも許されず、北カフカスからの援軍で事態の打開を試みようとしている。
それを阻止する新手の敵の役割は、海自の護衛艦隊が担うことになっていた・・・




