お寺の鐘を新しく
年末年始、このお寺は大忙しだった。
それがようやく一段落したので、住職はお寺の鐘がある場所へと向かう。
この鐘は数日後、新しいものと交換するのだ。
で、古い方は処分することになるのだが・・・・・・。
住職の脳裏に、この鐘に関する思い出が、次々と蘇ってくる。
たとえば、毎年の大みそかは大変だった。
このお寺では除夜の鐘を、百八回打つ決まりになっている。鐘を打てば打つほど、「ああ寒い寒い」とか「早く終わらないかな」とか、自分の煩悩が増えていく、そんな毎年の恒例行事だ。
脳内で数年分が連続再生される。ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・。
かなり長いので、途中から早送りにした。
他にも、この鐘に関する思い出はある。そう、自分が子どもの頃には・・・・・・。
住職は視線を、あちらこちらへと走らせる。
周囲に人の気配はないようだ。しめしめ。誰にも見られていないのなら、前からやってみたかったことがある。
子どもの頃から、親父によく言われたものだった。「それをやったら、このお寺はお前に継がせないぞ」と。
だから、ずっと我慢してきた。
しかし、すでにお寺は継いでいるし、ちょうど鐘も新しくする。実行するとしたら、今しかない。
住職はサインペンを取り出した。
学校の授業で習った、「あれ」を再現するのだ。
鐘の表面に、すらすらとペン先を走らせる。
「よし、いい出来だ」
書いた文字を、にこやかに眺める。
「国家安康」
「君臣豊楽」
子どもの頃から、このイタズラをやってみたかった。
方広寺鐘銘事件ごっこ。「家」「康」の名が分割されているとして、このあと、大坂の陣が発生するのだ。
せっかく自分ちに本物の鐘があるのだから、やってみたいと思っていた。ついに、念願成就である。
さっそく妄想を開始した。このお寺を包囲してくる徳川の大軍勢。それに対して、どう籠城戦をするのか。歴史マニアとして、血が騒ぐ。
なお、多勢に無勢なので、こちらは現代の技術を、ある程度は使って良いものとする。
といった妄想をしばらく楽しんでいると、ふと一つのアイデアを閃いた。
古い鐘の処分、リサイクル業者にでも買い取ってもらおうかと思っていたのだが、こんな風にしてみたらどうだろう。
しかし、実際にそんなことが可能なのか?
その方面の職人をインターネットで探して、電話で相談してみる。
すると、次の答えが返ってきた。
「実物を調べてみないことには何とも」
翌日、職人がお寺にやって来た。
で、実際に鐘を見てもらったところ、
「たぶん可能ですね」
そこから先、細かい打ち合わせを行った。完成予定は三月末日だという。
そして、その日が訪れた。
住職はお寺のホームページで、新商品の販売を開始する。
商品名は『煩悩退散バット』。本物のお寺の鐘をリサイクルしてつくった、金属バットだ。百八本だけの限定販売である。
しかも、その内の八本は、グリップに「国家安康 君臣豊楽」の文字を彫り込んだ、「家康さん、ごめんね」バージョンにしてみた。
なお、ここだけの秘密だが、このお寺の鐘一つで、百八本の金属バットをつくることは不可能だ。金属の量が足りない。なので、追加で他の金属も混ぜている。どのくらいの量を混ぜたのかは内緒だよ♪
とはいえ、非常に珍しいバットには違いないので、かなり強気な価格設定にしてみた。
三〇本くらい売れたらいいな、と軽い気持ちだったが、なんと三日で「完売」する。この儲けで、新しい鐘にかかった費用が、ほとんど相殺できてしまった。
(ものすごい時代になったものだ)
これは大きなビジネスになりそうな気がする。『煩悩退散バット』の再販を希望する声は、たくさん届いているのだ。
でも、うちの鐘は新しくしたばっかりだし・・・・・・。
というわけで、知り合いのお寺に電話してみる。
「最近どうよ? そっちのお寺、鐘を新しくする予定ある?」
次回は「動物園」のお話です。




