おそなえ
先月、ある噂を聞いた。この県のどこかに、「勝利のお地蔵さん」が存在するらしいのだ。
なんでも、そのお地蔵さんに「野球のボールをおそなえ」すると、次の試合で勝てるのだとか。
間もなく、高校野球の地区大会が始まるので、ぜひとも試してみたい。お地蔵さんにおそなえ物をすること自体は、別に悪いことじゃないし。
ただし、大きな問題があった。県内のどのお地蔵さんなのか、噂の中では詳しく語られていないのだ。
たくさんのお地蔵さんの中で、「本物」は一つだけ。
しかし昨日、俺は新たな噂を耳にした。「勝利のお地蔵さん」がある場所の情報だ。
それは曖昧なヒントの羅列でしかなかったが、俺はすぐさまピンときた。あのお地蔵さんで間違いない!
翌日の早朝、俺は家を飛び出すと、自転車で走った。もちろん、新品のボールを持ってきている。
そして、朝もやの中、そのお地蔵さんの元にたどり着いた。
ところが、先客が来ていたらしい。真新しいボールが一つ、すでに置いてあったのだ。
ついつい悪い考えが浮かんでくる。もしも、このボールをこっそり持ち去って、どこかに捨ててしまえば・・・・・・。
しかし、それは一瞬だけだった。馬鹿馬鹿しいと、その考えを却下する。
先にボールをおそなえした奴も、俺と同じだ。ただ、次の試合に勝ちたいだけ。その思いを踏みにじることはしたくない。
お地蔵さんの前だからというのも、俺の良心を強く後押しする。やはり、悪いことはいけない。
先にあったボールの横に、自分が持ってきたボールを置くと、
「地区大会の決勝で会おうぜ!」
その場の勢いから出た言葉だった。先にボールを置いたのが、どこの学校の生徒かは知らない。
でも、本当にそうなったらいいな、と思った。先に決勝で待っていてくれ。俺も野球部の仲間たちと、その場所にきっとたどり着く。
だって、これは「勝利のお地蔵さん」だ。
俺は晴れ晴れとした気持ちで、自転車を軽やかに漕ぎ出す。さあ、今日も野球の練習をがんばろう。
次の日のことだ。
朝のニュースを見ていて、俺はみそ汁を吹き出した。
テレビの中で、アナウンサーが告げている。
「昨夜、このお地蔵さんが大量のボールに埋もれているのが、近所の人によって発見されました。警察が確認したところ、ボールは三百個以上あったそうで」
次回は「観客動員数」のお話です。




