パーフェクトゲーム
英国の由緒ある競馬場で、重要なレースが行われようとしていた。
出走するのは、たった二頭だ。どちらの馬にとっても、これが初めてのレース。
このレースの模様は、英国全土に生中継される。事前にテレビや新聞等で大きく告知されており、国民の関心は非常に高い。
競馬場の貴賓席には、競馬好きで知られる女王陛下の姿があった。
侍従長が告げる。
「間もなくレースが始まります。そろそろ馬券の購入が締め切られる時刻ですが」
しかし、女王陛下はにっこりと笑うだけだった。いつもなら、どの馬が勝つのか賭けるのに、今回はその気がないようだ。
二頭の馬が、スタートラインにやって来る。
どちらも白い牝馬だ。よく似た外見をしている。
それも当然かもしれない。
二頭の父親は同じだ。英国競馬界を代表する名馬。
ただし、母親が違う。
といっても、それぞれの母親は姉妹同士だ。
この二頭はこれから、あるものを賭けて戦う。
そのきっかけをつくったのは、女王陛下だった。
女王陛下は先日、新馬たちの名前をつけるために、王室が所有する厩舎を訪れていた。
競走馬としてのデビューを間近に控えたこの時期、王室の人間から名前をつけてもらうのが、ここの新馬たちの伝統なのだ。
最初の新馬の前で、女王陛下はほんの少し考えてから、
「父親の名前が《パーフェクトハンギング》で、母親の名前が《クイーンゲーム》ですか」
そして命名する。
この子の名前は《パーフェクトゲーム》。
父親の名前と母親の名前を、ドッキングさせてみた。パーフェクトは「完全」、ゲームは「試合」という意味。
たしか、野球というスポーツにおいて、「完全試合」とは、投手が達成する記録の中でも、最高のものだと聞いている。縁起のいい名前だ。
ところが、次の新馬の前まで来て、女王陛下は「しまった」と思った。
「父親の名前が《パーフェクトハンギング》で、母親の名前が《プリンセスゲーム》ですか・・・・・・」
となると、この子の名前も《パーフェクトゲーム》?
しかし、それでは、同じ名前の馬が二頭になってしまう。英国競馬界では、そのような命名を認めていない。
「だったら、《プリンセスハンギング》?」
それを聞くなり、同行していた侍従長は慌てた。
「お待ちください、女王陛下」
プリンセス=王女、ハンギング=絞首刑。その名前は、さすがに縁起が悪すぎる。
かといって、こちらの馬を《パーフェクトゲーム》にすると、先ほどの馬が《クイーンハンギング》になりかねない。
クイーン=女王、ハンギング=絞首刑。絶対に駄目だ。縁起でもない。
結局、この二頭についての命名は、保留することになった。
「でも、どちらかの馬には、《パーフェクトゲーム》とつけたいんですよね」
すでに女王陛下は、その名前を気に入っているようだ。
そして、一つの決断を下すのである。
「レースをして勝った馬が、《パーフェクトゲーム》です」
敗れた馬にはレース後に、別の名前をつけると宣言した。もちろん、《クイーンハンギング》や《プリンセスハンギング》ではない名前だ。
こうした女王陛下の思いつきは、その日の内に英国全土へ広まった。レースの開催は二週間後である。
さっそく大手ブックメーカーが動き出した。英国人は紅茶以外に、ギャンブルも大好きだ。このレースを対象とした賭けが、大々的にスタートする。
とはいえ、父親が同じで、母親は姉妹同士。外見もよく似ている上に、新馬なので実績もない。賭けのオッズは拮抗していた。
侍従長は悩んでいた。
女王陛下は仰っている。どちらの馬が勝っても構わないと。
しかし、それは本心だろうか?
もしかしたら、勝って欲しい馬を、すでに決めている可能性がある。
だったら、その通りになるよう「お手伝い」するのが、そばにお仕えする者の務め。
はたして、女王陛下の本命馬はどちらなのか。侍従長は頭をひねる。《クイーンゲーム》の子か、《プリンセスゲーム》の子か。
それさえわかれば、その馬に最高の騎手を乗せればいい。
あとは、うまくレース運びをしてくれるだろう。適度に接戦を演じつつ、最後には勝つように。
というわけで、レースまでの間、英国の諜報機関に協力を頼み、彼らと連携して、女王陛下の本命馬を突き止めようとしてきた。
だが、レースまであと数日になっても、本命馬は不明のままだ。この件で動いている諜報員たちの間では最近、「最後はコイントスで」という言葉が流行っているという。
途方に暮れる侍従長。
しかし、あきらめるわけにはいかない。できる限りの手は打っておく。
とりあえず、二頭の騎手には、英国競馬界最高峰の人材を二人、手配しておいた。
その上で、ある計画を準備する。
もしも、レース開始直前までに、女王陛下の本命馬がわからない時には・・・・・・。
そして、レース当日だ。
二頭の馬がゲートインする。間もなくレースが始まるのだ。
侍従長は決心した。おそらく今が、例の計画を使うタイミングだろう。これ以上は引き延ばせない。
密かに特殊部隊へと合図を送る。プランBを実行せよ。
すると、競馬場の奥に隠れていた彼らが、その姿を現した。
「ちょっと待ってもらおうか!」
登場したのは、十人の騎手と十頭の新馬だ。
彼らは競馬場内を疾走し、スタートラインまで来ると、
「《パーフェクトゲーム》という素晴らしい名前は、この馬にこそふさわしい!」
口々に叫んでから、十人で声をそろえて宣言する。
「その名前を賭けたレースに、我々も参加するぞ!」
そこから先は、丁寧な口調になって、女王陛下に出走の許可を求めてきた。
侍従長はポーカーフェイスを維持したまま、
「いかがしましょうか?」
女王陛下にお伺いを立てる。
「いいでしょう。彼らの参加を認めます。ふふふ。なんだか面白いことになってきましたね」
二頭だけで行う予定が、いきなり十二頭のレースになった。
こうして各馬がゲートインする。
スタートの合図と同時に、一斉に飛び出した。
このレース、それぞれの馬が自分の持ち味を発揮して、激しく順位の入れ替わる展開になった。
ゴール前の直線だ。
ここで《クイーンゲーム》の子と《プリンセスゲーム》の子が、猛烈な加速で他の十頭をふり切っていく。
そのまま後続との差を一気に広げると、二頭はほとんど横並びの状態で、ゴールラインを駆け抜けた。ワンツーフィニッシュである。
自分の馬が両方とも、他の馬たちに勝って、女王陛下は大満足のようだ。プランBは大成功。侍従長はホッとする。
なお、このレースに参加した二位以下の馬たちは後日、女王陛下から「新しい名前」を頂いた。
《パーフェクトゲーム》が野球由来なので、十一頭の名前もすべて、野球由来のものになったのである。
めでたし、めでたし。
次回は「一方的な試合」のお話です。




